鍛錬と成果
今更こんなことを言っても無意味だし、またそもそも検証のしようもないのだが、【武技の石版】とは本来、何かの武技を一つ覚えるための石版だったのだろう。秋斗はこの頃、そんなふうに思っている。
例えば、「火炎剣」という武技があったとする。剣に炎をまとわせ、それで敵を攻撃する技だ。そして【武技の石版】に「火炎剣を覚えたい」と願えば、秋斗は次の瞬間には火炎剣を使えるようになったに違いない。
だが彼は【武技の石版】をそういうふうには使わなかった。彼は「浸透系の武技を覚えたい」と願ったのだ。そしてそれを覚えた。ただ後になって考えてみると、「浸透系の武技」とは「火炎剣」のような単一の武技ではない。むしろ「武技の中のある分野」と言った方が正しいだろう。
[まあ、当然と言えば当然だな。何しろアキの挙げた条件がそういうものだった]
シキの指摘に、秋斗は苦笑しながら頷く。その条件とは、相手の防御を無力化し、使用リスクが少なくて汎用性があり、数種類の武器で使用可能な武技、というもの。この条件全てを満たそうと思えば、つまりカバーするべき範囲が広いのだから、単一の武技では足りないのも当然だろう。
今になって思えば、良く浸透系の武技を習得できたものである。【武技の石版】の懐の深さに感謝だな、と秋斗は思った。ただ習得したとは言え、彼はそれを最初から使いこなせたわけではない。使いこなすためには訓練が必要だった。
これが、例えば「火炎剣」であったなら、最初からかなりの程度使いこなせたのではないだろうか。秋斗はそんなふうに考えている。【武技の石版】は決して無制限に武技を覚えさせてくれるわけではないだろう。いわば容量とでも言うべきモノがあり、その範囲内で武技を覚えさせてくれるに違いない。
つまり習得が容易な武技であれば、余った容量を熟練度のほうへ回してくれる、と言った具合だ。逆に習得が困難な武技であれば、最低限は使えるようにしてもらえるが、あとは自分で訓練するしかない。それが【武技の石版】の仕様なのだろう、と秋斗は思っている。
さて繰り返しになるが、秋斗が覚えたのは「浸透系の武技」である。範囲が広い分これを使いこなせるようになるには、【武技の石版】は明らかに容量不足であったに違いない。よって彼は自分でこの分野を習熟していく必要があり、そのためにこの頃は日夜スライム狩りに精を出しているのだった。
そもそもの話として、「武技」とは何か。武芸の技術はリアルワールドにも数多く存在する。秋斗が勲から教えて貰った剣道のあれこれもその範疇に入るだろう。アナザーワールドの武技も戦う為の技術という点では同じだ。ただし武技は魔力を持ってこれを成すところが大きく異なる。
「要するに武技と魔法は親戚みたいなもんだな」
秋斗はそんなふうに理解している。それが正しいのかは分からない。ただ「分かりやすいから問題なし」というのが秋斗の意見で、間違っているとは言い切れないためにシキも沈黙している。
まあそれはそれとして。では「浸透系の武技」とは何か。浸透系の武技とは「敵の防御を無力化、もしくはかいくぐってその内側を攻撃する武技」だ。そしてそれを「魔力を持って成す技」である。要するに魔力を相手の内部へ浸透させること、それが浸透系武技の肝だった。
秋斗が条件に含めていたように、浸透系の武技は数種類の武器で使うことができる。ただどの武器でも同じように使えるわけではない。相性があり、最も相性が良いのは六角棒やメイスのような打撃武器だった。それはこれらの武器がそもそも内部へ衝撃を伝えるのに適しているためであると思われた。
一方であまり相性が良くない(あくまで打撃武器と比べての話だが)のが、剣や槍などの刃を持つ武器である。武器の特性なのか、秋斗は最初これらの武器で浸透系の武技を使うことそのものに苦労した。
『なんだかなぁ。上手くない』
バスタードソードを手に、不満を滲ませながら秋斗はそう呟いた。彼の視線の先では、ほぼ無傷のスライムがモゾモゾと蠢いている。バスタードソードで浸透系の武技を使おうとして失敗したのだ。
それでも斬りつけたことは斬りつけたのだ。だがその傷はどこにも見当たらない。すっかり塞がってしまっている。秋斗は二つのことを学んだ。一つは刃物で浸透系の武技を使うのは難しいということ。もう一つは普通に斬ったり突いたりするだけでは、やはりスライムにダメージを与えることはできないということだ。
その後、秋斗は何度も失敗した。あまりに成果がなくてイラつき、六角棒に持ち替えてスライム相手に無双したりもした。そしてリアルワールドに引き返し、料理をしていたときにふと思いついたのが、浸透系の武技を使うときのイメージのことだった。
六角棒を使ったとき、秋斗は最初から浸透系の武技を使うことができた。そしてバスタードソードでも同じようにやろうとして失敗した。いわば成功体験をなぞろうとして失敗したわけだ。その原因はまさに成功体験そのものにあったのである。
バスタードソードと六角棒はまったく別の武器である。それなのに秋斗は同じイメージで浸透系の武技を使おうとしていた。それが間違っていたのだ。同じ浸透系の武技であっても、剣には剣に適したイメージが必要だったのだ。
繰り返しになるが、魔力を相手の内側へ浸透させること、それが浸透系武技の肝である。六角棒の場合、よくよく考えてみると、秋斗は波つまり衝撃波をイメージしている。では剣の場合にはどのようなイメージが適しているのか。
(もっと薄く、いやもっと鋭く……)
秋斗がイメージしたのは「飛沫と針」だった。細かい無数の飛沫が、針のような鋭さをもって敵を襲うのだ。無数の飛沫はもちろん魔力で、それを飛ばすトリガーとなるのが、剣を振るうという動作である。
秋斗はそういうイメージで、剣を使った浸透系の武技を組立てた。そして早速スライム相手に試してみる。普通であれば上手くはいかないだろう。だが彼は【武技の石版】を使ったのだ。イメージさえしっかりしていれば使える、という予感が彼にはあった。そしてその予感は当たった。
「よし、できた!」
削り取られたかのようなスライムの傷口を見て、秋斗は会心の笑みを浮かべた。袈裟斬りにしたその刃の軌跡に沿って、スライムの身体が吹き飛ばされて抉られている。浸透系の武技がしっかりと決まった証拠だ。
スライムがモゾモゾと動くと、傷口はたちまち塞がっていく。だがスライムの身体は明らかに小さくなっていた。ダメージが入っているのだ。秋斗は手応えを感じ、またスライムに向かって剣を振り上げた。
バスタードソードで浸透系の武技が使えるようになると、秋斗は次に槍を手に取った。槍も分類としては刃物。それで剣の時の経験が役に立った。イメージしたのは、やはり「飛沫と針」。そしてそれをスライムの内側へねじ込む槍を振るう。
「ありゃ」
秋斗はちょっと拍子抜けした感じの声を出した。浸透系の武技は確かに発動した。そのことは手応えで分かる。だがその結果はあまり芳しくなかった。スライムの身体の、槍を突き入れた反対側が小さく破裂しただけだ。ダメージは入ったはずだが、体積に見て分かる変化はない。
「貫通力は、ありそうなんだけどなぁ」
[スライムとは相性が悪いな]
シキの言葉に、秋斗は苦笑しながら頷く。スライムは身体が柔らかすぎて、貫通力のある攻撃がすぐに突き抜けてしまうのだ。しかもスライムはダメージを負ってもそれで動きを鈍らせるということがない。結果として利きが悪い、というわけだ。
ただ唯一、魔石を浸透系の武技で直撃した場合、槍は一撃でスライムを倒すことができた。魔石を粉砕することで、スライムを倒すのだ。とはいえ魔石は小さい。しかもスライムの身体の中にあるから、屈折率の関係で目で見るのと位置が微妙に異なる。当てるのはなかなか大変だった。
「これは本当に、一かゼロか、って感じだ」
ややぼやくようにしてそう呟きながら、秋斗はまた槍を繰り出す。彼の攻撃は見事に魔石を捉え、スライムは一瞬にして形を失い黒い光の粒子になって消えた。彼はニヤリと笑う。こうして一撃で倒せると、達人になったような気分が味わえた。
[魔石が回収できない。そろそろ止めたらどうだ]
シキがそう苦言を呈するので、秋斗は肩をすくめて魔石を狙うのを止めた。ちなみに槍を振るって点ではなく線で攻撃する場合は、剣とほぼ同じに考えれば良い。剣で突く場合も同じだ。また槍の石突きを使った場合は鈍器として考えれば良く、つまりスライム相手にはこちらの方が有効だった。
「しっかしこうしてみると、武器の種類とか使い方で結構違いがあるな」
やはり「浸透系の武技」は応用範囲が広い。秋斗は改めてそのことを認識した。まだまだ工夫できる部分はあるだろうし、今後はそれが必要になる場面もあるだろう。ただ手持ちの武器で一通り浸透系の武技を使えるようになったことで、秋斗は鍛錬を一区切りとした。
「それにしても、これだけ差があるのに、全部『浸透系の武技』だと訳わかんなくなるな」
秋斗はふとそう思い、それから少し考えて、浸透系の武技を大雑把に三つに分類した。その分類は次の通りである。
殴る場合は「浸透系打撃」。
斬る場合は「浸透系斬撃」。
刺す場合は「浸透系刺撃」。
[そのまんまだな]
「分かりやすくていいだろ」
[もっとこう、厨二心をくすぐるネーミングを……]
「恥ずかしいから却下」
秋斗はそう切り捨ててネーミングの話を終わらせた。これ以上続けると、墓穴を掘りそうだったからである。
ちなみに対スライムに限って言えば、浸透系の武技を使う場合であっても、最も有効な武器はスコップだった。はたくようにしてスコップを振るい、インパクトの瞬間に浸透系打撃を発動してやると、一撃でスライムの身体がほぼ全て吹き飛ぶのだ。しかも魔石はちゃんと残る。
これはスコップを使った場合の浸透系打撃の効果範囲が広いためと思われた。一方で威力自体は弱まっているはずなのだが、スライムには十分すぎるほどの威力なのだろう。威力の減衰は問題になっていない。むしろ魔石を残すためにはその方が都合が良いようにさえ思えた。
「ヤバい。スコップがかなり便利だ」
[なかなか卒業できないな]
スコップからの卒業というのもどうなんだ、と秋斗は思ったが彼は特に何も言わなかった。ともかくこうして彼は浸透系の武技を実戦で使えるレベルに仕上げたのだった。
秋斗「やはりスコップが最強……」
シキ[ただしスライムに限る、と]