魔石
秋斗がアナザーワールドの探索を始めてから六日が過ぎたある日の事。この日、彼は下校途中にある自動販売機の前に立っていた。彼はまるで決闘に臨むかのように真剣な顔をしながら500円硬貨を取り出す。そして睨み付けるようにしながら、それを自販機に投じる。そして缶ジュースを一本購入した。
「買えた……」
[買えた、な]
購入したアロエジュースを取り出し、秋斗はシキと二人で傍から聞けば馬鹿みたいな会話をする。だが二人は真剣だった。何しろ先ほど投じた500円硬貨は、アナザーワールドで手に入れたモノなのだから。
秋斗が通算で三つ目の宝箱(白)を手に入れたのは、昨日のことである。開けてみると入っていたのは何とお金だった。その額、666円。獣の数字に合わせたのか、それとも硬貨を全種類取りそろえた結果なのか。いずれにしてもシステムさんは意外と凝り性らしい。
ちなみに二つ目の宝箱(白)に入っていたのは「杖」だった。一見、ただの細長い木の棒にしか思えなかったのだが、【鑑定の石板】で調べてみたところ、以下のことが判明したのだ。
名称:杖
123cm。ひのき製。
「ひのきの棒かよっ」と、秋斗は思わず叫んでしまったものである。ただリアルワールドに戻ってきてからもう少し調べてみると、この世には「杖術」なるものがあるらしい。動画もたくさんあって、秋斗は感心しながらその内の幾つかを見たりもした。
ただその一方で。求めていた武器としては、この杖は少し期待外れだった。秋斗としてはもう少し武器らしい武器を期待していたのだ。またスライム相手にはあまり役に立たなかったことも、杖の評価を下げることに繋がっている。それで今は別の武器を調達しようとしているところなのだが、それはまあそれとして。
話を戻せば、アナザーワールドで手に入れたお金のことだ。秋斗は最初、これが偽物ではないかと思った。【鑑定の石板】も使ってみたのだがなぜか反応はなく、それもあって彼はこのお金が本当に使えるのか、かなり疑わしく思っていた。
[一度使ってみれば良い]
シキにもそう勧められ、秋斗は実験をしてみることにした。ただ偽物であった場合、コンビニなどで使うのはさすがに憚られ、こうして下校途中に自販機で試してみることになった、というわけである。
その結果は上記の通りである。アナザーワールドで手に入れた500円硬貨でアロエジュースを購入することができた。つまり硬貨は本物だったのだ。買ったばかりのジュースを飲みながら、秋斗は少しだけ感慨に浸った。
「よし、頑張ろう」
ジュースを飲み終えると、秋斗はやる気を出してそう呟く。もちろん頑張るのはアナザーワールドの探索だ。やはり物欲は以下略。
アパートへ帰り、探索服に着替える。手に持つ装備は未だにフライパンと金槌。ひのきの棒、もとい杖は部屋の隅っこに立てかけてある。これを使う日は来るんだろうかと思いながら、秋斗はアナザーワールドへダイブインした。
この日を含め三日間の探索で、秋斗はいわゆる遺跡エリアの探索を完了した。端から端までを、おおよそマッピングしたわけである。この間にドロップした宝箱(白)は一つだけで、中身は赤いグミのような何かだった。ちなみに数は三つ。
形状としては正八面体。一辺の長さは1センチくらいか。指で押してみると、グニグニと強い弾力がある。見ただけでは何なのかさっぱり分からないので、【鑑定の石板】を使ってみると以下のようになった。
名称:赤ポーション
経口外傷回復薬。
「要するにHP回復用のアイテム、か」
ゲーム的だな、と秋斗は呟いた。「経口」とあるので、口から摂取して使用するのだろう。「水薬じゃないんだな」と思ってしまったのは、彼の偏った知識のせいかもしれない。いずれにしても、この赤ポーションを手に入れた事は、彼にとって一つの契機となった。
「なあ、シキ。そろそろ探索範囲を広げないか?」
[いいのか? 武器らしい武器は、まだ出ていないが]
「だけど白箱のドロップ率はそんなに高くないし、武器が出るとも限らない。赤ポーションがあれば、一応保険にはなるだろ。それに……」
[それに?]
「スライムの相手ばっかりしてるのも、飽きてきた」
[アキがそう決めたのなら、わたしはサポートするだけだ]
「良し。じゃあ決まりだ」
秋斗はそう言って一つ頷いた。ただこの日の探索はこれで終わりにして、遺跡エリアの外を探索するのは明日からということにした。明日からはちょうど週末の二連休。腰を据えて探索を行えるだろう。
そして秋斗がアナザーワールドの探索を始めてから、ちょうど十日目。彼は朝からアナザーワールドへダイブインした。右手に持っているのは杖で、左手には盾代わりにフライパンを持っている。金槌はどうしようか迷ったのだが、ひとまずズボンのポケットに突っ込んでおいた。
いつものスタート地点に降り立つと、そこから見える小高い山を目指して秋斗は歩き始める。あの山に登り、頂上から周囲を確認するのが、次なる目標だった。あと、頂上には石板もあるんじゃないかと期待していたりもする。
[最初は様子見だ。あまり無理はするなよ]
「分かってる」
頭の中に響くシキの声にそう応え、秋斗は探索服の胸ポケットに意識を向ける。先日手に入れた赤ポーションを、そこにしまってあるのだ。その存在を確認してから、秋斗は歩き始めた。
シキのナビゲーションで、秋斗は遺跡エリアの縁まで移動する。ここまでの所要時間はおよそ四〇分。これを長いとみるか、短いとみるかは微妙なところだ。ただ途中で何体かスライムを倒しているので、それを無視すれば移動時間の短縮は可能だろう。
さて、遺跡エリアの縁に立つと、秋斗は改めて小高い山へ視線を向ける。最初に見たときには、「何キロか先にあるのだろう」と思ったが、こうして見ると存外近いようにも思える。周囲は意外と開けていて、見晴らしは良かった。
「よし、行こう」
[うむ。気をつけてな]
シキとそう言葉を交わし、秋斗は歩き始めた。歩き始めると、徐々に足下の感触が変わっていく。今までは石畳だったが、ここからは土や草を踏みしめて行くことになる。周囲の様子はもちろんだが、そんなところからも彼はエリアの変化を感じ取った。
だが最大の変化はやはりモンスターだ。予想していたことだが、スライム以外のモンスターが出現するようになったのである。スライムよりはずいぶん小さなモンスターで、しかし秋斗はその大きさに驚いた。
「でかいな……。ネズミか?」
ジャイアントラット、とでも言おうか。普通のネズミの五倍以上はあるように思えた。目が赤々としていて、実に凶暴そうだ。そして秋斗と目が合った瞬間、ジャイアントラットは一気に突進してきた。その様子はどう見ても友好的ではない。
秋斗は反射的に身構えた。腰を落とし、敵の動きをよく見る。緊張はしても臆さない。ジャイアントラットは加速を付けて大きく跳躍し、大きく口を開けて秋斗に襲いかかる。その瞬間、彼も動いた。
「……っ!」
放物線を描いて襲いかかってくるジャイアントラット目掛けて、秋斗は杖を突き出す。その切っ先はジャイアントラットの喉元を深々と抉った。
「ギャァ!?」
重い手応えを感じるのと同時に、くぐもった悲鳴が響く。ジャイアントラットはボトリとその場に落ちた。秋斗は急いで間合いを詰めると、うずくまるジャイアントラットを杖で滅多打ちにする。
それでもジャイアントラットはもう一度飛びかかってきたのだが、彼はそれをフライパンでたたき落とし、また杖で打ち据える。やがてジャイアントラットは力尽き、黒い光の粒子になって消えた。
「ふう」
[アキ、何か残っているぞ]
モンスターを倒して一息つく秋斗に、シキがそう声をかける。宝箱(白)が出たのか期待しながら秋斗は視線を落とした。だがそこにあったのは宝箱(白)ではなかった。小さな結晶体である。それは今まで彼がスライムのコアだと思っていたモノによく似ていた。
「え? さっきの敵って、ネズミだったよな?」
[うむ。齧歯類に見えたぞ]
「じゃなんでコレが残るんだよ?」
[……鑑定だ。鑑定してみれば良い]
シキのアドバイスに従い、秋斗は大急ぎで【鑑定の石板】のところへ向かった。途中のスライムは全て無視したおかげか、十分弱で到着する。鑑定の結果は次の通りだった。
名称:魔石
エネルギー結晶体の一種。様々な用途に使える。
念のため、近くでスライムを倒してその“コア”も鑑定する。結果は全く同じだった。つまりコレはスライムのコアではなく、魔石だったのだ。そして魔石とはモンスターを倒せば必ず手に入るモノらしい。そのことが判明して、秋斗は頬を引きつらせた。
[……げに恐ろしきは思い込みと先入観、だな]
「うん……」
達観したように響くシキの声に、秋斗は力なくそう応える。それから彼は“初めて”手に入れた魔石を、上着の胸のポケットに大切にしまうのだった。
ジャイアントラットさん「カピバラよりは小さいゾ」