【武技の石版】
【武技の石版】に触れた瞬間、秋斗はふぅっと意識が遠のくのを感じた。ただし、意識を失ったわけではない。現実と思考の境目が曖昧になるような、まるで夢でも見ているかのような感覚。その中で彼の意識はその問いかけを感じ取った。
【あなたはどんな武技を求めますか?】
(そもそも、武技って一体何?)
秋斗はそう思ったが、その疑問に対する答えはない。となれば推測するしかない。その基となるのは秋斗自身が持つ知識。それも主にサブカルチャー関連の知識である。
いわゆるバトル物の作品の中で、魔法とは別に登場する能力がある。スキルやアーツと呼ばれることもあるそれは、要するに「武器に合わせた、もしくは武器を使う特殊攻撃」だ。そしてその武器には己の身体も含まれる。
【武技の石版】が言う「武技」も、恐らくはそういうモノなのだろう。秋斗は自分の知識を基にそう理解した。ただ【武技の石版】は特定の武技を習得させてくれるシロモノではないらしい。何しろ【あなたはどんな武技を求めますか?】と尋ねてきている。
そこで秋斗が思い出したのは【魔法の石版】だった。秋斗はその石版を使うことができなかったが、勲は【魔法の石版】を使って魔法を覚えたと言っていた。そして「孫を助けるために回復魔法を選んだ」とも。つまり彼はある程度任意に覚える魔法を選べたのだ。
この【武技の石版】もそれと同種の石版なのだろう。つまりある程度任意に覚える武技を選べるのだ。では自分はどんな武技を覚えたら良いだろうか。どんな武技を必要としているだろうか。たゆたう意識の中で秋斗はそれを考える。
まず思いついたのは、斬撃や衝撃波を放つ武技だ。サブカルチャーを中心に多くの作品に似たような武技がある。確かに近接戦闘用の武器で遠距離攻撃ができたら有用だろう。だが秋斗はその武技が自分にとって有用だとは思わなかった。
無用だとは言わない。覚えることができたなら、たぶんそれなりに使うだろう。だが遠距離からの攻撃なら秋斗は弓が使えるし、少々変則的ではあるが雷魔法も使える。恐らくは一度しか使えない【武技の石版】を使ってまで覚える価値があるようには、彼には思えなかったのだ。
(オレが困る敵って、どんなモンスターだろ……?)
秋斗はそれを考える。最近苦戦したモンスターと言えば、やはりゴブリン・ロードだろう。ついさっき戦ったワニも少々手こずった。城砦エリアのナイトも、万全の状態で正面からぶつかっていたら、分は悪かったに違いない。
それらのモンスターの共通点は何だろうか。それは秋斗の攻撃が通じなかったことだ。彼はそのように考えた。彼は一定以上の防御力を持つモンスターと相性が悪い。敵が攻撃を耐えてしまうと、途端に打つ手がなくなる。ゴブリン・ロード戦がまさにそうだった。
別の言い方をすれば攻撃力不足だ。では攻撃力を高めるような武技を覚えれば良いのだろうか。だがそれはある面でチキンゲームだ。より高い防御力を破るには、より高い攻撃力が必要になる。
(反動とか、キツそうだしな)
秋斗はそんなふうにも考える。「攻撃力を高める」ということは、「限界を超えた攻撃をする」という意味でもある。当然ながらその反動はキツいだろう。何度も使えるようなものではないだろうし、下手をすれば自滅の可能性もある。
繰り返しになるが、【武技の石版】は恐らく一度しか使えない。そのたった一度のチャンスをピーキーな武技のために使ってしまうのは、少々もったいないだろう。秋斗はそう思った。
ではどんな武技が良いのか。これまで考えた点をふまえれば、「防御力の高いモンスターにも通用し、普段から使えるリスクの少ない武技」だ。さらに付け加えるならば、ある程度応用が利くというか、汎用性のある武技だと好い。
(あとは……、色んな武器で使えると良いよな)
秋斗はさらにそう条件を挙げた。彼が使う武器は幅広い。ここ最近でも槍、六角棒、バスタードソード、ショートソード、弓、ナイフと六種類もの武器を使っている。もちろんよく使う武器、あまり使わない武器と偏りはあるが、状況に合わせて武器を変えるのが彼のスタイルになりつつあるのだ。であればやはり、どの武器でも使える武技が望ましい。
なかなか欲張りな条件の数々だ。だがたった一度のチャンス。下手な遠慮はするべきではない。とはいえ条件を考えたら勝手に武技を覚えられる、というわけではない。条件に合致する武技を自分で考えなければならないのだ。秋斗は、主にサブカルチャー関連の知識を総動員して考え始めた。
肝となるのは、やはり「防御力の高いモンスターにも通用する」という点だろう。突き詰めて言えば、それが秋斗の欲しい武技なのだ。だが単純に攻撃力を高めるだけでは使い勝手が悪い。発想の転換が必要だろう。
では「相手の防御を無力化する、あるいはかいくぐる」というのはどうだろう。要はしっかりとダメージが入れば良いのだ。脳筋的にゴリ押しする必要はない。秋斗が鍛えたいのはステータスであって筋肉ではないのだ。
それで「相手の防御を無力化する、あるいはかいくぐる」ような武技は、果たしてサブカルチャーの中にあっただろうか。あった。それは「透し」とか「浸透系」と呼ばれる事が多い武技、もしくは技術だ。
これならばゴブリン・ロードやナイト、ワニにもしっかりとダメージを与えることができるだろう。これまで普通に倒してきたモンスターは言うまでもない。また、まだ遭遇したことはないが、例えば「硬い甲殻を持つ巨大な昆虫のモンスター」みたいな相手にも有効に違いない。
つまり汎用性がある。そして特定の武器でしか使えない、ということもないはずだ。また一時的なブーストを行うタイプの武技ではないので、多用したとしてもそれが原因で自滅するリスクは低い。
(いいね)
秋斗は意識の中でそう呟いた。浸透系の武技なら、彼の挙げた条件を全て満たしている。デメリットがあるとすれば、多くの場合、浸透系の武技は習得が難しいとされている点か。実際、衝撃波を放つだけのシンプルな武技と比べ、浸透系の武技はちょっと想像しただけも難しそうに思えた。
だが今回、秋斗は自力で浸透系の武技を習得するわけではない。【武技の石版】が覚えさせてくれるのだ。そうであるからには、いっそ難易度の高い武技の方が石版を使う価値があるだろう。
(オレは浸透系の武技を覚えたい)
秋斗は意識の中で石版の問い掛けにそう答えた。すると一拍おいてから、また彼の意識が遠のく。薄くなっていく意識の中で、秋斗は誰かが自分を呼んでいるのが聞こえた。そしてその声はだんだんとハッキリしていく。
[……、……キ、……アキ、……アキ!]
「ん……、あ……? ああ……、シキか……」
気がつくと、秋斗は石版の前に立っていた。二度三度とまばたきをすると、徐々に思考が明晰さを取り戻していく。彼は大きく息を吐いてから、石版から手を放す。それから彼はシキにこう尋ねた。
「シキ。オレはどれくらい意識を失っていた?」
[だいたい二〇秒ほどだな。それでアキ、何がどうしたんだ?]
「……一度ダイブアウトする。遺跡エリアで話すよ」
シキにそう答えてから、秋斗はダイブアウトを宣言した。そしてリアルワールドに戻ると、すぐにまたダイブインを宣言する。スタート地点である遺跡エリアに戻ってくると、彼はシキに先ほどの石版について話した。
[【武技の石版】か。勲氏が言っていた【魔法の石版】のような物だったのか?]
「たぶん。勲さんがどうやって魔法を覚えたのかは、はっきりとは分かんないし。なにせオレは【魔法の石版】、使えなかったから」
[確かにあの時、【魔法の石版】は反応しなかったが。だが【武技の石版】は反応した。武技は覚えられたのか?]
「ああ、覚えたぞ」
そう言って秋斗はニヤリと笑った。自分の内側に意識を向ければ、自分が浸透系武技の技能を身につけていることがはっきりと分かる。それは不思議な感覚だった。習ったことのない技を、しかし使えるという確信がある。
ただし、「使える」からと言って「使いこなせる」わけではない。ある家電製品を買ったとして、今まで触ったことのない製品でも、取扱説明書があれば一通りの操作はできるだろう。だがそれを「使いこなしている」とは言わないはずだ。
今の秋斗も、要するにそういう状態である。浸透系の武技を使いこなせるようになるには鍛錬が必要だ。もっとシンプルな武技を選んでいれば鍛錬は必要なかったか、もしくは少なくて済んだかも知れない。だが彼に後悔はなかった。
秋斗はストレージから六角棒を取り出した。刃物よりも打撃武器のほうが浸透系の武技は使いやすい。技能を覚えたことで、同時に得られた知識だ。それで最初は六角棒から取りかかることにした。
六角棒を構えて、突く。その様は高い熟練度を窺わせるが、同時になんの変哲もないただの突きに見える。だがそうではない。実際には、秋斗はちゃんと浸透系の武技を発動させている。派手なエフェクトがないので、ただの素振りをしているようにしか見えないだけだ。
秋斗はその後、何度も何度も突きを繰り返した。もちろん一回毎に浸透系の武技を使っている。そしてだんだんとその感覚が身体に馴染んできたところで、彼はいよいよその武技を実戦で使ってみることにした。
実戦の相手はスライム。ちょうど良く現われた薄紅色の水饅頭に対し、秋斗は六角棒を構える。そして鋭く踏み込んで六角棒を突き出す。六角棒の先端は、何の抵抗もなくスライムの身体に突き刺さった。
これまでであれば、この攻撃でスライムにダメージを与えることはできなかった。六角棒を抜けば、スライムの身体はすぐに元通りになってしまうからだ。だが今回はひと味違う。六角棒がスライムに突き刺さった瞬間、秋斗は浸透系武技を発動させる。次の瞬間、スライムの背中側が大きく膨れ上がり、そのまま破裂して弾け飛んだ。
「おお~、こんなふうになるのか」
スライムから一旦距離を取り、秋斗はそう呟いた。スライムの体積は半分ほどになっている。魔石は健在で、つまり一撃で倒せなかったわけだが、彼はあまり気にしていない。浸透系の武技がちゃんとスライムに効いた。そのことの方が彼には重要だった。
彼はもう一度、スライムに浸透系の武技を放つ。するとスライムは完全に飛び散った。ただ浸透系の攻撃が直撃してしまったのか、魔石まで砕けてしまっている。彼は「ありゃ」と呟き、少々バツが悪そうに頬をかいた。
とはいえ魔石の一つくらい大した問題ではない。秋斗は次のスライムを探した。当面の目標は「浸透系の武技でスライムを狙い通りに倒せるようになること」。その一歩目は魔石を砕かずに回収することか。「赤字じゃ困るもんな」と苦笑気味に呟き、秋斗はモゾモゾと動く薄紅色の水饅頭を浸透系の武技で倒し始めた。
スライムさん「新たな虐待に反対します!」