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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
箍の外れた世界
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川下り3


 いよいよいかだが完成した。ストレージから引っ張り出したいかだの大きさはおよそ二メートル四方。帆はついておらず、「四角い木製の台座」といえば分かりやすいか。木材が二重になっていて、相応の厚みと重量がある。シキ曰く「十分な強度を得るため」だそうだ。


 大きく、また重いため、いかだを持って運ぶことは難しい。ただ地面に置いたまま押して動かす事はできた。それで川にこぎ出すのは難しく無い。ただ秋斗はすぐに中州へ向けて出発したりはしなかった。その前にやっておくことがあるのだ。


「さて。魔石、魔石、っと……」


 そう呟きながら、秋斗は幾つかの魔石を取り出す。そして思念を込めてから川へ投げ込む。次の瞬間、けたたましい放電音が響いた。雷魔法である。


 紫電が治まると、秋斗は次の魔石に思念を込め、また同じようにして川に投げ込む。再び、けたたましい放電音が響いた。彼はさらに三度、四度と雷魔法を発動させる。全部で十二個の魔石を川に投げ込んでから、彼は「よし」と呟き一つ頷いた。


 これで川の中のモンスターは駆除できた、はずだ。倒したところを視認していないので確実なことは言えないが、何の成果もないということはないはずだ。秋斗はそう信じていかだを川の中へ押し出した。


「よっ、と」


 いかだが完全に浮いたところで、秋斗はいかだの上に乗る。そしてストレージから竿を取り出し、その竿で川底を突いていかだを中州へ向かわせる。川の流れに乗ると、いかだは結構速く進んだ。


「よし、順調順調」


 モンスターに襲われることもなく、いかだは順調に中州へ向かう。下が平らなせいか、時折波に突き上げられるような衝撃を受けるが、それもバランスを崩すほどのものではない。このまま何事もなく中州へ到着するかと思われたその時、シキの警告が秋斗の頭の中に響いた。


[アキ、中州にモンスターだ]


「えっ、……って、げっ」


 シキに言われて中州へ視線を向け、秋斗は思わず顔を引きつらせた。そこにいたのは一体のワニ。どうやら川の中に入っていなかったので、雷魔法の影響を受けなかったらしい。秋斗は悔しげに臍をかんだ。


 ワニのモンスターは大きかった。クロコダイルだかアリゲーターだか知らないが、とにかくでかい。二メートルや三メートルなんてものではない。五メートルを超えようかという巨躯。これこそまさにモンスターだ。そしてワニは近づいてくるいかだに気付いたのか頭を上げ、その赤々とした目が秋斗を捉えた。


「……っ」


 秋斗が息を呑む。隱行のマントは装備しているのだが、その効果は期待できそうにない。実際すぐにワニは身体をくねらせて歩き、川の中へ入った。川の水面は波立っていることもあり、あの巨体がウソのように見えなくなる。加えて水の音に紛れて、ワニが立てる音も聞こえない。


「シキ」


[水の中だとな……。探知できない]


 シキの返答を聞き、秋斗はますます顔を険しくした。これではワニが仕掛けて来るまで身動きが取れない。まあ、もともといかだの上では身動きのしようがないが。胸中でそう呟くと、少しだけ気分が軽くなる。それから秋斗はそっと魔石を握った。


 秋斗は腰を落として集中力を高める。正直、いかだの上でどれだけ動けるかは怪しい。だが備えもせずに突っ立っているよりはマシだろう。彼は魔石に思念を込めつつ、ワニが仕掛けて来るのを待つ。一秒経ち二秒経ち、五秒が経過しようとかと言うとき、シキが警告を発した。


[アキッ!]


 警告と同時に、秋斗の視界の右側でアイコンが点滅する。秋斗は反射的にそちらへ振り返る。そこにはちょうど水面から飛び出そうとしているワニの頭があった。


 ワニの前足がいかだを掴む。いかだが傾くのと同時に、秋斗は魔石を投げた。次の瞬間、けたたましい放電音が響く。


「ギィィィィ!」


「ぐぅっ……!」


 ワニが悲鳴を上げて川の中へ沈む。同時に秋斗もいかだの上で膝をついた。敵の位置が近かったので、秋斗自身もまた雷魔法をくらってしまったのだ。


「痛っ……! さすがオレの雷魔法!」


[前向きなのは良いことだ! だがまだ倒せてないぞ!]


 シキがそう言うが早いか、ワニが再び前足をいかだに乗せた。ワニがいかだの上にあがろうとするのを見て、秋斗は中州の方へ大きく跳躍する。いかだが中州へ十分近づいていたおかげで、彼は何とか足が川底につく場所へ着地することができた。


 秋斗は急いで中州へ上がる。その後ろではいかだがひっくり返っていた。彼はストレージから槍を取り出す。その後すぐ、いかだを沈めたワニがすぅっと中州へ近づいて来て、のしのしと歩いて上陸した。


 間近で対峙するワニはやはり大きかった。爬虫類というより恐竜と言われた方がしっくり来る。そんな感じだ。赤々とした目からは、ゴブリンとは違う種類の圧を感じる。殺意というより捕食の意思だな、と秋斗は思った。


「ギィィ……!」


 ワニが薄く口を開いて威嚇する。秋斗は槍を構えながらゆっくりと後ずさった。距離を取るためと言うよりは、水際から離れるためだ。ワニは何度か仕掛けようとしたが、秋斗はその度に槍の穂先を突きつけてその動きを牽制した。


「シキ、周囲は?」


[オールグリーン。中州にいるモンスターはそのワニだけだ]


 シキの返答に秋斗は小さく頷く。そして水際から十分に離れると、彼は次に横へ、ワニに向かって左方向へ動く。彼のその動きに合わせて、ワニも首を動かし身体を曲げた。身体の曲がり具合がある程度になると、ワニは素早く足を動かして身体を真っ直ぐにする。そしてそのまま秋斗目掛けて突進した。


 ワニは秋斗のふくらはぎのあたりへ噛みつこうとする。秋斗はそれを右方向へサイドステップしてかわした。彼はそのままワニの側面へ回り込む。そして無防備な脇腹へ槍を繰り出した。


「なぁ!?」


 秋斗が声を上げる。槍が刺さらなかったのだ。槍の穂先はワニの緑色の皮膚に弾かれてその表面を滑る。秋斗は慌てて距離を取った。


「おいおい、マジかよ」


 秋斗は頬を引きつらせてそう呟く。たしかにワニの皮は固そうだ。だが甲殻を持つわけでも鱗で覆われているわけでも、まして鎧を纏っているわけでもない。それなのに刃物を弾くのは予想外だった。


[撤退を進言する]


「冗談! 身体に刺さらないなら、刺さりそうなところを狙うだけだ!」


 そう言って秋斗は穂先を低くして槍を構える。穂先の高さは、ワニの目の高さとほぼ同じ。ワニはうなり声を上げると、顎を大きく開けて秋斗に飛びかかり噛みつこうとする。その上顎目掛けて、秋斗は槍を突き出した。


「ギィィィィ!?」


 ワニが絶叫を上げた。槍はワニの上顎の内側から外側へ貫通している。ワニは身体を回転させて逃れようとするが、秋斗はその動きに合わせて槍を地面に突き刺し、ワニの身体をひっくり返した状態にして地面に縫い止めた。


「ギィ!? ギィギィ!」


 仰向けになったワニがもがく。だが身体を元に戻すことはできない。秋斗はストレージからバスタードソードを取り出す。そしてワニの白くて柔らかそうな腹部目掛け、大上段から刃を振り下ろした。


「ギィィィィ!?」


 バスタードソードはワニの身体を半ばまで切り裂く。完全に両断するつもりだったのだが、それができなくて秋斗は僅かに顔をしかめた。だがそれでも十分な致命傷である。ワニはすぐに力を失い、黒い光の粒子になって消えた。


「ふう……」


 ワニの姿が完全になくなると、秋斗は思わず安堵の息を吐く。ドロップしたのは、魔石が一つ。少し大きめだろうか。ただリッチやゴブリン・ロードの魔石と比べるとまだ小さい。ボスクラスではない、と言うことなのだろう。


「いや、でも中ボスくらいではあるだろ。あんなにデカいし、強かったし」


[アキ。種類にもよるが、ワニの最大サイズは七メートルを超えるぞ]


「えっ、それってリアルワールドの話?」


[うむ]


「……マジかよ。なんでそんなモンスターがリアルにいるんだよ。いつからリアルワールドはそんな魔境になったんだ?」


[太古の昔から、だろう。恐竜が生きていたころは、もっとすさまじい魔境だったはずだ]


「よくまあ、人間が覇権を握れたもんだ」


 そう呟いて肩をすくめて馬鹿話を切り上げると、秋斗は魔石とバスタードソードをストレージに片付け、それから地面に突き刺したままの槍を回収する。そして「よし」と呟いてから、中州の探索を開始した。


 中州の真ん中あたりにゴツゴツとした岩場があり、秋斗はまずそこへ向かった。中州には彼の腰ほどの高さの草がたくさん生えていて、秋斗は槍でそれを払いのけながら進んだ。シキも言っていたが、中州にモンスターはいない。さっきのワニがみんな食べてしまったのかも知れないな、と秋斗は冗談っぽく考えた。


 岩場まで来ると、秋斗はその周囲をぐるりと歩いた。そして三分の一周ほど歩いたところでそれを見つけた。石版である。その石版は、大きな岩の表面に直接彫り込まれていて、石版と言うより石碑と言った方が近いかも知れない。ともかくその石版を見つけると、彼は笑顔を浮かべて喜んだ。


「お、まさか石版があるとは」


 望外の成果、と言っていい。秋斗はいそいそと手を伸ばして石版に触れる。次の瞬間、彼の頭の中に文字が浮かぶ。


【武技の石版】


 そして彼の意識は遠のいた。


ワニさん「お腹が弱いの」

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[一言] 腐った肉でも食べさせれば良かったのか >ワニ
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