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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
箍の外れた世界
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川下り2


 秋斗は今、川沿いを下流へ向かって探索を行っている。今回の探索では、特別経験値を稼ぐことが目的ではなかったが、エンカウント率はいつもと同じかそれ以上であるように思われた。


 その理由は川にある。要するに水場である川にモンスターが水を飲みに集まってくるのだ。まともな生物ではないモンスターが水を飲む必要があるのか、秋斗としては首をかしげずにはいられない。


 とはいえ、例えばカウなどが草を食んでいるところは、秋斗もこれまでに何度も目撃している。モンスターと言えども、モデルとなった動物の影響を受けるのだろう。そう考えれば水を飲みに来るのもおかしな事ではない。


「そう言えば、何度か狩りの場面にも遭遇したっけか」


 秋斗はウルフの群れがシープの群れを襲っていた場面を思い出す。隱行のポンチョを装備しているおかげなのだろう、ウルフもシープも彼に気付いた様子はなく、まるで普通の野生動物のように狩りが行われていた。


 もっとも、仕留められたシープはすぐに黒い光の粒子に消え、その骸が残ることはない。しかしウルフはそれに構わず、次々にシープを仕留めていた。


 肉を喰わないのであれば、一体何を目的として狩りを行っているのか。秋斗は首をかしげた覚えがある。ちなみに後で調べたのだが、ウルフが倒したシープは、ドロップはもちろん魔石も残してはいなかった。


[もしかしたら、モンスターもレベルアップするのではないのか?]


 その時にシキが立てた仮説はそのようなものだった。秋斗は「まさか」と鼻で笑いかけ、しかし否定する要素がないことに気付いて表情を険しくした。仮にモンスターもレベルアップするなら、それは秋斗にとって大きな脅威だ。


 あの時シープの群れを襲っていたウルフの群れは、その後で秋斗が全て討伐した。正直に言って、他のウルフと大きな違いがあったとは記憶していない。だがそれはモンスターのレベルアップを否定する要素にはならない。秋斗だって、シープを数体倒しただけでは大きくレベルアップすることなどないのだから。


 閑話休題。秋斗がなぜそんなことを思い出したのか。その理由は岩陰に隠れて川の方を伺う、彼の視線の先にある。そこにいたのは、水面を舐める一匹のトラ。秋斗が初めて遭遇する、大型肉食獣のモンスターである。


「トラって……。まあ、ライオンみたいな群れじゃないだけマシか……」


[だが単独で生きて行けるということは、それだけ優れたハンターでもあるということだ]


「レベルアップしてるかも、ってことか……。それでも数は少ない方がありがたいな」


 小声で(傍から見れば秋斗が一人で喋っているようにしか見えないのだが)そう話しながら、秋斗は慎重にトラの様子を窺う。隱行のポンチョのおかげだろう、トラが彼に気付いた様子はない。


 秋斗はそっと槍を岩陰に立てかける。そしてストレージから弓を取り出した。矢をつがえ、弓を引き、狙いを定める。トラはまだ水面を舐めている。そのこめかみを狙って、秋斗は矢を放った。


 風切りの音が響く。次の瞬間、なんとトラは身を翻した。秋斗は思わず「ウソぉ!?」と叫んだ。その声で位置がバレたのかも知れない。トラは姿勢を低くしながら彼に鋭い眼光を向けてうなり声を上げる。赤々と輝く双眸は、激しい殺気を隠そうともしない。


「っち」


 秋斗は舌打ちをしながら次の矢を射る。だがトラはその矢もかわした。秋斗は三の矢、四の矢を放つがどれも当たらない。一方でトラはジグザグに動きながら猛然と間合いを詰めてくる。秋斗はもう一度舌打ちすると、弓を放り投げて槍を掴み、それから隠れていた岩の上に立った。


「ガルァァァァアアア!!」


 雄叫びを上げながら、トラが秋斗目掛けて飛びかかる。だが秋斗の方が高い位置にいるので、彼はその攻撃にあまり迫力を感じない。またトラが四肢を地面から離したのは悪手だった。空中では方向転換ができない。秋斗は容易く、そして冷静にカウンターを決めた。


「グゥゥ……!」


 槍の穂先がトラの喉元を貫く。しかしトラはまだ生きていて、くぐもったうなり声を上げた。そのせいで槍の穂先でトラの体重を支える格好になる。その重さに耐えきれず、秋斗は槍を手放した。そして槍と一緒にトラの身体が地面に落ちる。


「シキ!」


[うむ!]


 秋斗が声をかけると、シキがストレージを開く。そこから出てきたのは六角棒。秋斗は一瞬だけ顔をしかめたが、すぐに六角棒を受け取る。そして陣取っていた岩の上から大きく跳躍し、起き上がろうとしているトラへ振りかぶった六角棒を叩きつけた。その一撃はトラの頭部にきまり、頭蓋骨を粉砕した。


 それがとどめの一撃になった。トラの身体は力を失って崩れ落ち、そのまま黒い光の粒子になって消えていく。秋斗は「ふう」と息を吐いた。ドロップは魔石が一つ。彼はそれを拾い上げ、それからこう呟いた。


「魔石以外だと、何がドロップするんだろうな。トラの肉とか、あんまり美味しくなさそうだけど」


[毛皮ではないのか? トラの毛皮の敷物とか、ポピュラーだぞ]


「どこ基準のポピュラーだよ。少なくともあのアパートには合わないな。……ところでシキ」


[なんだ?]


「欲しかったのは、実は六角棒じゃなくてバスタードソードなんだ」


[…………]


 シキが沈黙する。秋斗は小さく笑って、下流を目指してまた歩き始めた。



 - * -



 探索を始めてから、およそ六〇時間が経過した。つまり三日目なわけだが、アナザーワールドでの太陽の高さはダイブインした時のまま変わらない。明るい時間にダイブインすれば日の出も日暮れもなく、まるで白夜のようにずっと明るい。それで秋斗も「すでに三日目」という意識はどこか希薄だった。


 ただ彼も時間の経過は意識している。持ち込んだ食料の備蓄が、そろそろ尽きそうなのだ。ドロップ肉など探索中に手に入れた食料はあるが、それを調理するための道具を持ってきていない。あるのはせいぜいヤカンくらいなもので、「次はフライパンを用意しておこう」と秋斗は呟いた。


[バターと、塩、胡椒も必要だろう。それでステーキが焼ける]


「おお、いいな。スペアリブとか持ち込むか」


 話が妙な方向へズレていくが、それはいつものことなので良いとして。残っている食料は、あと食事二回分ほどか。海にたどり着けそうな気配はまだ少しもない。「今回は無理かな」と思い、秋斗は苦笑を浮かべた。


[この川の終点まで、本当に何がなんでも行くつもりなのか?]


「う~ん、どうするかなぁ」


 この川が例えば長江やナイル川のように全長何千キロもあれば、途中からとは言え終点にたどり着くには何十日も歩かなければならない可能性もある。秋斗もさすがにそこまでやる気にはなれなかった。


「まあ、帰ったら考えるよ。今回で何か結果が出たら、そこで切り上げてもいいんだけどなぁ」


 秋斗はややぼやき気味にそう呟く。区切りになりそうな結果というと、新たなダンジョンか石版の発見か。どちらも期待薄だな、と彼は苦笑した。


 その後、食事休憩と仮眠をはさみ、寝起きにコーヒーを飲んでから秋斗は探索を再開する。そしてそこからさらに二時間ほど下流へ歩くと、彼は進行方向にあるものを発見した。川の中に浮かぶ小島、中州である。


「結構大きいな。渡れるかな?」


 そう呟き、秋斗は中州に近づいていく。ただし川には入らない。川岸と中州が最接近している場所まで来たが、それでも彼我の距離は三〇メートル以上もあるように見える。水深も深そうで、歩いて渡ることはできそうもない。


「距離だけなら、泳いで渡れると思うんだけど……」


[やめておいた方がいい]


 秋斗が口にした「泳ぐ」というアイディアを、すぐにシキが止める。本気ではなかったのだろう、秋斗も肩をすくめて反論しない。川の中にもモンスターがいる。水中でそれらのモンスターと戦うのは、ハッキリ言って自殺行為だ。


「何とかならないかな」


[そこまで拘らなくても良いのではないか?]


「いや、どうせもうそんなに時間は残ってないし、あの中州を調べて区切りにする」


[アキがそう決めたのなら、わたしはサポートするだけだ。問題はどうやって中州に渡るのか、だな。ふむ……]


「橋を架けられないかな。どうせ一回しか使わないんだから、板をつなげて伸ばしてさ。トレントの木材があっただろう?」


[確かに木材はあるが。だがやめておいた方がいいだろう。強度が心配だ。渡っている最中に折れでもしたら、そのまま川に落ちることになる]


 また仮に渡るための強度が足りたとしても、モンスターの攻撃にどれだけ耐えられるかは未知数だ。浮き橋を破壊されたら、秋斗はやはり川に落ちることになる。


 加えて幅の問題もある。木材のストック量から計算すると、浮き橋の幅は五〇センチほどになるという。進むか戻るかしかできない幅と言っていい。浮き橋の上での戦闘は難しいだろう。


 その後、いろいろと話し合った結果、トレントの木材でいかだを作ることになった。上流からいかだに乗って中州に乗り付けるのだ。


 もちろん、浮き橋と比べていかだが安全かと言えば、多分そんなことはないだろう。危険度で言えば、どっちもどっちのはずだ。ただより強度を得やすいのはいかだであろう。


 強度があると言うことは壊れにくいということで、それはダイブアウトを宣言するまでの時間を稼げるという意味でもある。それが、いかだが選ばれた大きな理由の一つだった。ただしこの案にも一つ問題がある。


[いかだはわたしがストレージの中で作る。ただそうすると、出入り口が小さくて外へ出せない。出入り口を拡張するため、プールしてあるリソースを使用する許可をくれ]


「許可する」


[了解。……よし、ストレージの出入り口を拡張した。これからいかだの作成に移る。それほど時間はかからないと思うから、アキは上流に移動しておいてくれ]


「あいよ」


 そう答え、秋斗は来た道を引き返す。とはいえ中州へ渡るのが目的だから、それほど遠くへ行ったりはしない。せいぜい一〇〇メートルと言ったところだ。


「この辺でいいか」


 いかだを川へ入れるのにちょうど良さそうな河原を見つけ、秋斗はそう呟く。いかだはまだ出来ていない。彼はその周囲でモンスターを討伐し、いざいかだを出したときにモンスターに破壊されないよう、エンカウント率を下げておくことにした。


トラさん「わたくし、生まれも育ちもアナザーワールド。母を知らず、父も知らず、手前の力だけで生きてきました。毛並みのモフモフ具合にはいささか自信がございます。どうぞトラさんとお呼び下さい」

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― 新着の感想 ―
[一言] 異世界と時間の流れが違うと浦島太郎になります。?
[一言] この作品マドンナ候補少ないからね。 トラさん即退場は、さもありなん。
[一言] 沖縄でハブに噛まれて亡くなりそうな名前やなw トラさん・・・
感想一覧
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