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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
箍の外れた世界
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川下り1


 季節は秋にさしかかった。日中はまだまだ暑いものの、朝晩はずいぶんと涼しくなっている。田んぼでも、時期的に早生品種なのだろう、すでに収穫が始まっている。季節の移り変わりは、秋斗にもハッキリと感じられた。


 一方のアナザーワールドだが、こちらは驚くほど季節の変化がない。多少の気温の変化はあるが、春先にダイブインしても真夏にダイブインしても、アナザーワールドの様子はほとんど変わらなかった。


「探索をする側からすれば、すごくありがたいけどな」


 アナザーワールドのスタート地点で軽く身体をほぐしながら、秋斗は誰にともなくそう呟いた。彼が装備している探索服は長袖長ズボン。さらに胸当てと籠手と脛当てを装備している。そして隱行のポンチョ。まだまだ暑いこの季節、もしもアナザーワールドとリアルワールドの気候が連動していたら、こんな重装備・・・では探索もおぼつかなかっただろう。


 実際、特に夏の間は、アナザーワールドはとても快適だった。夏休み中、秋斗は積極的に探索を行ったが、その動機の何割かは避暑だったくらいだ。この調子でいけば、きっと冬も探索がはかどるに違いない。


 さて肝心の探索だが、ドールが使えるようになりアナザーワールドで寝泊まりできるようになったことで、秋斗は探索範囲を大幅に広げていた。そして今回の探索では、かつて石器を作った川岸からさらに下流に向かうつもりでいる。「もしかしたら海へ行き着くのではないか?」と考えてのことだ。


 下流へ向かうのだから、例えばいかだを浮かべるなどして川を下るのが一番早い。素材となる木はそこら辺にいくらでも生えているし、なんならトレントがドロップした木材を使ってもいい。だが秋斗とシキは話し合った結果、川には入らず歩いて下流へ向かうことにした。


 その理由は、やはりモンスターだ。かつて秋斗は川で魚を仕留めたことがあったが、仕留めた瞬間にその魚は黒い光の粒子になって消え、あとには魔石だけが残った。つまりその魚はモンスターだったのだ。これは「水中には水生モンスターがいる」ことを示唆している。


 もしもいかだに乗って川を下っている時にモンスターに襲われたら。あるいはいかだそれ自体が攻撃を受けて分解してしまい、川に落とされてしまったら。まともに戦うのは難しいだろう。ダイブアウトが間に合わなければ死んでしまうかも知れない。


 加えて、向かう下流の様子がまったく分からないから、という理由もある。流れが急な場所や段差のある場所など、どこにどんな難所があるのか分からない。前人未踏の場所へ足を踏み入れようというのだ。モンスターのことを差し引いても、いかだでは心許ない。そう考え、秋斗は川に沿って徒歩で下流へ向かうことにしたのである。


 それで海へたどり着けなかったのなら、それはもう仕方がない。秋斗はそう割り切っている。そもそも、どうしても海へ行くべき理由があるわけではないのだ。「行けるところまで行ってみよう」ぐらいの気持ちでしかない。


「新しいダンジョンか、石版でも見つかれば万々歳だな」


 秋斗としてはそれくらいのつもりでいる。もっとも新しいダンジョンや石版の発見というのも、なかなか難易度が高い。何しろダンジョンは地下墳墓以来、石版は百貨店エリアで見つけて以来、これまで新しいものは見つかっていないのだ。


 だから今回の探索もその範囲を広げるのが本来の目的だ。海へ行き着けば望外の結果、ダンジョンや石版が見つかれば万々歳。期待値は最初から下げておくのがガッカリしないコツである。


「よし。んじゃ行くか」


 川辺に到着すると、秋斗は下流へ向かって歩き始めた。手に持っているのは槍。穂先から石突きまで黒一色のこの槍は、地下墳墓でリッチの取り巻きだったブラックスケルトンがドロップした武器だ。最近の彼のメインウェポンである。


 腰にはショートソードを吊っている。普段、剣の練習で使っているのはバスタードソードだが、長い分だけ重い。機動性を重視して、サブウェポンにはより軽いショートソードが選ばれたのだ。


「ま、どうせバスタードソードもストレージに入ってるしな」


 秋斗は気楽な調子でそう呟く。そう、別にバスタードソードを持って行かないわけではないのだ。バスタードソードはストレージに収納してあって、使おうと思えばいつでも使える。ついでに言えば、六角棒も同じだ。


 もちろん即応性で言えば、ストレージから武器を取り出すより腰に吊ってあるショートソードの方が早い。だがそこまで余裕がないならさっさと逃げた方が、最低限距離を取った方が良い。秋斗はこれでも足の速さには自身があるのだ。主に溜め込んだ経験値のおかげで。


[逃げ足の速さを自慢するとは情けない]


「なら勇猛果敢に戦うか?」


[バカか。昔の偉い人も偉そうに言っているだろう、『三十六計逃げるにしかず』、だ]


「孫子だっけ?」


[出典は「兵法三十六計」だ。著者は檀道済たんどうせい


「何それ? てか誰それ?」


[戻ったらみっちりとレクチャーしてやろう]


「ノーサンキュー!」


 大きな声でそう返事をして、秋斗は川沿いを下流へ歩いて行く。川沿いとは言え、河原を歩いているわけではない。河原は石がゴロゴロしていて足下が悪い。要するに戦いにくいのだ。


 また秋斗は水生モンスターを警戒していた。魚型のモンスターが襲いかかってくるとは、彼も思わない。仮に襲いかかってきても、最初の一撃さえ回避してしまえば、文字通り陸に上がった魚だ。シキのサポートがあれば不意を打たれることもない。楽に経験値を稼げるだろう。


 彼が思い浮かべて警戒している水生モンスターはワニだ。本当にワニがいるのか、それは分からない。だが秋斗はいると思っている。もちろん、戦えば勝てるだろう。だが積極的に戦いたいとは思わない。


 それで秋斗は川から少し離れた場所を歩いていた。川さえ見えていれば下流へ向かうことはできる。それに足下がしっかりしているので、こちらの方が歩きやすい。またこの位置なら川を堀代わりにできる。一方だけとは言え、モンスターに襲われる可能性を下げられるのは大きい。ただしデメリットもある。それをシキがこう指摘した。


[川を堀代わりにするということは、同時に逃げ道を一方塞がれるわけでもあるのだが……]


「背水の陣、というモノもあるぞ?」


[その場合、切羽詰まった状況で死にそうになりながら戦うのはアキ自身だぞ]


「……そうなったらダイブアウトするか」


「切羽詰まった状況で死にそうになりながら戦う」のを想像し、秋斗はげんなりとしながらそう答えた。一度ダイブアウトしてしまうと、再挑戦するときにはまた最初からになってしまうが、大怪我をしたりあるいはそれ以上の事になってしまったりするよりずっと良い。


[それがいい。……それにしても、アキは逃げることを躊躇わないのに、時として避けられる強敵にあえて挑んだりする。なぜなんだ?]


「避けられる強敵って?」


[例えば、城砦エリアのナイトや百貨店エリアのゴブリン・ロードだ。地下墳墓のリッチはクエストという形で報酬が約束されていたから事情が違うと思うが、ナイトやゴブリン・ロードはどうしても討伐するべき理由があったとは思えない。だがアキは戦うことを選んだ。それはどうしてなんだ?]


「どうしてって……」


 シキからの問い掛けに、秋斗はしばし黙って考え込んだ。ただそれは理由を探しているというより、「今まで言語化していなかったそれを言語化するための言葉を探している」と言った方が正しいかも知れない。やがて彼は口を開いてこう語り始めた。


「一つは、前も言ったけど、オレは逃げ隠れするためにこのアナザーワールドを探索しているわけじゃないから、かな」


[だが危なくなったら逃げることに、抵抗はないのだろう?]


「その“逃げ”は状況を変えるための“逃げ”だろ? 挑戦して、それでもダメだったときに最悪を回避するための“逃げ”は別に良いというか、そこは柔軟にというか……。てか“逃げ”の選択肢を最初から捨てるなんて、それこそバカだろ」


[ならアキの言う、逃げ隠れうんぬんの“逃げ隠れ”とは、具体的にどういうものを指すのだ?]


「それはつまり……、挑戦しないっていうか、諦めて避ける、みたいな感じかなぁ」


[ふむ。では一つ聞きたいのだが、明らかに勝てそうもない敵であっても、アキはまず挑むのか?]


「どんな状況かにもよるけど……。撤退できるなら撤退かなぁ。で、どうやったら勝てるかを考えて、準備して、それから挑む、と思う。まあ、挑めたら、だけど」


[なるほど、なるほど]


 シキの満足そうな声が秋斗の頭の中で響く。秋斗は苦笑を浮かべ、それから相棒にこう尋ねた。


「それで、この回答で赤点は回避できたのか?」


[別にテストではないさ。アキの考え方をもっとよく知りたかっただけだ。目指すところが同じでないと、質の良いサポートはできないからな]


「コミュニケーションは大切だな」


[まさにその通り]


 我が意を得たり、と言わんばかりの口調でシキがそう答える。それを聞いて秋斗はおかしそうに小さく笑った。そして良い機会だと思い、彼はシキにこんなことを尋ねた。


「オレも一つ聞いてみたかったんだけど、シキはなんで生産の道を選んだんだ?」


[と言うと?]


「一緒に戦うなら、魔法とかそういう方向でも良かったんじゃないかと思ってな」


[まず誤解のないように言っておくが、他の道を切り捨てたわけではないぞ。選択的にリソースを投じているのは事実だが、生産にだけ固執しているつもりはない]


「まあ、そうだな。マッピングに索敵、あとは暗視も。すごく助かってます」


[うむ。その上で、だ。アキの手が回らない分野を補助した方が、最終的により良いサポートになると判断した。それにわたしは探索のためのサポーターだ。アナザーワールドを探索するためには、戦闘力だけが優れていれば良いわけではない]


「その点、モノを作る能力なら応用範囲が広い、か」


[そういうことだ。もっとも、現状であまり役に立っていないと言われたら、それはその通りだと答えざるを得ないが……]


 シキの声が弱くなる。百貨店エリアで秋斗に言われたことを気にしているのかもしれない。秋斗は苦笑しながらこう答えた。


「ドールで結果は十分に出てるよ。だから今後もよろしくお願いします」


[うむ。任せておけ]


 シキが力強く請け負う。川の行き着く先はまだ見えない。


秋斗「結構今更な事を話したよな」

シキ[今更だとしても、言語化することは大切だぞ]

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