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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
箍の外れた世界
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早瀬紗希


「あれ、宗方君?」


 夏休みも終わり、二学期が始まったある日の事。いつものスーパーで不意に声をかけられ、秋斗は周囲を見渡した。彼に声をかけたのは一人の少女。私服姿のため咄嗟に誰だか分からなかったが、すぐに見知った顔であることを思い出す。


「……ああ、早瀬、さん」


「今、名前出てこなかったでしょ?」


「う……」


 図星をさされ、秋斗が目をそらす。それを見て少女は「ひっどいな~」と言って笑った。彼女の名前は早瀬はやせ紗希さき。ショートカットがよく似合う快活な女の子で、去年のクラスメイトだ。


 彼女とは、仲が悪かったわけではないが、特別仲が良かったわけでもない。避けていたわけではないが機会がなく、彼女とはあまり話をしたことがなかった。二年になってクラスも別になったので、先に見つけたのが秋斗だったなら、彼女に話しかけようとは思わなかっただろう。


 そんな相手から話しかけられ、秋斗は少し驚いていた。名前が出てこなかったのはそのせいでもある。何か用でもあるのだろうかと秋斗は思ったが、彼女は純粋に顔見知りがいたので声をかけただけらしい。快活に笑ってさらにこう言った。


「それにしても、宗方君とここで会うなんて意外だなぁ」


「オレはちょくちょく来てるけどね、このスーパー。早瀬さんは……」


「紗希でいいよ」


「……じゃオレも秋斗で。紗希もこのスーパー、よく使うの?」


「あたしはほんの最近。あたし、県外の大学に行きたくってさ。でもそしたら一人暮らしで自炊しないとじゃん? 『今のうちから練習しときなさい』って親に言われてさ」


「買い物は関係なくないか?」


「アキ君もそう思うよね! でも『モノの値段を覚えておかないと後で苦労する』って言われてさぁ。アレ絶対お母さんが面倒なだけだと思うんだよね」


 紗希がやや不満げな表情でそう愚痴る。何と答えたら良いか分からず、秋斗は曖昧に笑った。そしてこう尋ねて話題を変える。


「練習しとけってことは、家で結構作ってるの?」


「まあね。この前はねぇ、キノコの和風パスタを作ったんだよ。あとはスープとカプレーゼ。普通のスライスチーズを使ったから、なんちゃってだけど」


「へえ、おいしそう」


「ありがと。アキ君も家で料理したりするの?」


「するよ。てかオレ一人暮らしだから、基本自炊だし」


「え、一人暮らしって……」


「まあ、家庭の事情ってやつ」


 秋斗は肩をすくめてそう答えた。彼は自分が一人暮らしであることを特別秘密にはしていない。ただその一方で吹聴しているわけでもなく、紗希にそれを話したことはなかった。それで彼女としてもセンシティブな話だと察したのだろう、少し気まずそうに「ごめん」と小声で謝った。


「いいって。それで、紗希は何買うんだ?」


「ああ、うん、ええっとねえ……」


 紗希がポケットからメモを取り出す。秋斗はそこに書かれている商品のところへ彼女を案内しながら、同時に自分の買い物も済ませた。


「すごいねぇ、アキ君。どこに何があるのか、全部分かってるんだ」


「まあ、良く来るから」


「それだけちゃんと自炊しているってことだよね。ズバリ、自炊を続けるコツは?」


「適度に手を抜くことだな。ほどほどにサボらないと続かない」


「ほほう~、じゃあ大量の冷凍食品はそのためですかなぁ?」


「……これは弁当の保冷剤代わりだ」


「おお~、なんか玄人っぽい」


「まあ苦労はしてますからね」


 そんな会話をしながら、二人は会計を済ませる。そして二人並んで商品を袋に詰めた。ちなみに二人ともレジ袋ではなくエコバッグである。買い物をした量は秋斗のほうが多く、彼はリュックサックにも商品を詰めてそれを背中に担いだ。


 リュックサックの中には収納袋が入っていて、いつもなら商品はそちらに片付けてしまう。だが今日は近くに紗希がいるので、彼女に不審に思われないよう収納袋は使わない。おかげで重くなったリュックサックはずっしりと秋斗の肩に食い込んだ。


 まあ、レベルアップしている彼にとっては、どれほどのこともない。ただリュックサックに入りきらず飛び出している長ネギがシュールだ。それを見た紗希がツボったのかおかしそうに笑った。


「まるで鴨ネギだね。食べられないように気をつけるんだよ?」


「鍋には早いだろ、季節的に」


「暑いもんね、まだ。それはそうとさ、アキ君、連絡先交換しようよ」


 作った料理を見せ合おうよ、と紗希が提案する。秋斗は一瞬「面倒だな」と思ったが、「断るほどでもないか」と思い直す。それで「たまにで良いなら」と言って、メッセージアプリの連絡先を交換した。


「よしよし。これでモチベーションが維持できるよ。やっぱり、ただ作って食べてじゃ、面白くないもんね」


「誰かと共有したいなら、もっと別の方法もあるんじゃないの?」


「ふ、あたしに映えを意識するほどの腕は、まだない」


 紗希がニヒルに笑ってそうのたまう。秋斗は思わず笑ってしまった。要するに、モチベーション維持のために見せ合いっこはしたいが、その一方で気恥ずかしさもあるのだろう。その点、冷凍食品の使用を躊躇わない秋斗ならちょうど良いと思ったのかも知れない。


「アキ君。あんまり凝ったのは作らなくて良いからね。あ、でもあんまり手を抜き過ぎちゃダメだよ。あたしがモチベーションを維持できるレベルでお願いします」


「いや本当に」と言って、紗希は拝むようにしながら、少し申し訳なさそうに笑った。秋斗は呆れたが、それを不愉快に思わせないのが彼女の人徳だろう。彼は苦笑しながらこう答えた。


「まあ、良さげなのを選んで写真を送るよ、たまにね」


「うんうん。ありがと。よろしくね」


 最後に「じゃあ、また」と言って、秋斗と紗希は別れた。前カゴに買い物袋を入れ、さらにずっしりと重いリュックサックを担いで秋斗は自転車をこぐ。そんな彼の頭の中で、シキがこう声をかけた。


[明るい子だったな、紗希嬢は。人なつっこいと言うか、間合いを大胆に詰めてくると言うか……]


「そうだな」


 シキの評価に、秋斗は小さく苦笑しながら同意する。「秋斗で」と言ったら、一足飛びに「アキ君」と愛称呼びだ。その距離感の近さは、特に女子ではこれまで秋斗の周りにいなかったタイプである。


 しかも連絡先まで交換してしまった。同じクラスだった時も親しかったわけではなく、クラスが変わってからはほとんど喋ったこともない相手なのに、だ。この場合、不用心と言えばいいのか、それとも社交的といえばいいのか、秋斗にはちょっと判断が付かなかった。


[何にしても、コミュニケーション能力の高い子だったな。アキも見習ったらどうだ?]


「はいはい、どうせオレは根暗ですよ」


 明らかに面白がっているシキに、秋斗はそうぞんざいに返した。とはいえ彼自身、どちらかと言えば自分が内向的な人間であることを自覚している。友人関係は広いわけではないし、くわえて浅い。もっともこのあたりには彼の生い立ちや家庭事情、さらにはその周辺環境まで絡んでくるのだが、今はいいだろう。


[それはそうとアキ、分かっていると思うが]


「ああ。紗希にはアナザーワールドのことは教えない」


[アキにそのつもりがないならそれでいい。だがそうなら、少なくとも写真で見せ合う分に関しては、アナザーワールド由来の食材はあまり使わない方がいいだろう。珍しい食材をどこから仕入れているのか、不審に思われては面倒だ]


「まあ、そうだよな。ってことは、ドロップ肉は使えないかな?」


[イノシシやカウの肉は、そのまま豚や牛の肉でごまかせると思うが。シカ、クマ、シープあたりは止めておいた方が良いかもしれないな]


 シキの言葉に秋斗も頷く。もっとも使わないでおくのは写真に撮って紗希に見せる分だけ。自分で食べるだけの分に関してはこれまで通りである。シカ肉のステーキとか、あっさりしていて結構好みなのだ。


 秋斗の乗る自転車が、川沿いの道にさしかかる。濁った水面には、鴨が何羽か泳いでいる。リュックサックに刺したネギのことを思い出し、秋斗は思わず鴨を凝視した。


[アキ。獲りたいならアナザーワールドでやれ。その方が処理も簡単だ]


「いや、アッチってカモいたっけ?」


[似たようなのはいるだろう]


 そんな会話をしながら、秋斗は自転車をこいで川沿いの道を通り過ぎる。こうして野鳥の命と安寧は守られた。


 アパートの一室に帰ってくると、秋斗は買ってきた食材を冷蔵庫とストレージに片付ける。そして一休みしてから、夕食の準備に取りかかった。作ったのはネギを大量に投入した鍋。「季節的に早い」とか言ってたくせに、鍋以外思いつかなかったのだ。


 彼は完成したその鍋を写真に撮って、メッセージアプリで紗希に送る。写真だけではよく分からないだろうと思い、彼はこんなメッセージを添えた。


『ネギは鍋になったのだ。鴨は逃げ出してしまったので、鶏肉で代用しました』


 返信はすぐに来て、大爆笑のスタンプが三つ並んでいた。


シキ[アキのコミュ力を鍛えてやらねばならぬ]

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― 新着の感想 ―
[気になる点] アキとサキ。かぶってる。 急に寄ってくる女、あやしい。
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