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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
箍の外れた世界
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遠征後2


 東京から帰ってきても、秋斗はアナザーワールドの探索を続けていた。ストレージの中には、東京で稼いだ一億円が保管されている。「一生遊んで暮らす」には足りないだろうが、ほどほどに働きつつそこそこの生活をするのであれば、恐らくこの先お金に困ることはない。だが秋斗はアナザーワールドの探索を止めるつもりはなかった。


 なぜなら秋斗の目的はお金ではないからだ。「この世界に何かを刻みつけること」。それが彼の目標だった。あまりにも漠然としていて、ともすれば子供っぽい目標だ。だが彼は真剣である。そして真剣だからこそ、アナザーワールドの探索を続けていた。自分の目標を達成するには、それしか道はないと思っているからだ。


 とはいえ同時に、一朝一夕に目標を達成できるとも思っていない。それで彼は焦らずに探索を続けていた。今はまだ、目標を達成する具体的な方法も定まっていない。だがいずれその時が来たとき、実力不足で身動きが取れないなんてことがないように、今は経験値を溜め込んでおく時期だと彼は思っている。


 さて、東京遠征以後のアナザーワールド探索だが、これまでとは多少様子が変わった。まず小さな変化としては得物である。これまで秋斗は主に六角棒を使っていたが、勲に剣を習ってからはその練習もかねてバスタードソードも使うようになったのだ。また剣だけでなく、槍も使うようになった。


 教材代わりにしているのは、インターネット上で見つけた動画だ。なんとか流の師範だのどこそこの道場主だの、今はいろんな人たちが動画をアップしている。秋斗はそういう動画を参考にして新たな武器の扱い方を習熟していった。


「すげぇな、情報化社会。この分だとそこかしこに達人がごろごろいるんじゃないのか?」


[殺伐としているな、情報化社会とやらは]


「まったくだ」


 ズレた会話がズレたまま進む。まあ二人ともズレているのは百も承知なので問題はない。ともかく秋斗は動画を参考にし、モンスターを相手にしながら鍛錬を重ねた。ただやはり二つの得物を平行して鍛えようとすればどうしても差が出る。そして秋斗がより使いやすいと感じたのは、当然ながら槍の方だった。


「槍、良いな。もっと早く使えば良かった」


 かつてブラックスケルトンがドロップした槍を振り回しながら、秋斗は明るい笑顔でそう言った。彼の周囲には魔石が幾つか転がっていて、シキがストレージを操作してそれらを回収していく。先ほど、ウルフの群れに襲われてそれを蹴散らしたところだった。


 槍の利点、それは刺さることだ。さらに使い方によっては切ることもできる。たったそれだけの事と思うかも知れないが、この辺りで出現する鳥獣型のモンスターは防具を装備しているわけでも硬い甲殻を纏っているわけでもない。広い間合いによる優位は当然として、ダメージを与えやすくしかも動きを鈍らせやすいという意味で、槍は優秀な武器だった。


「戦国時代に槍がメインウェポンだった理由が分かる気がするな」


[対人戦闘をまったくしていないのに、戦国時代を持ち出すのは不適当ではないか?]


「じゃあ、何時代いつならいいんだ?」


[ふむ……。相手は獣ばかりだし、食糧確保の側面もある。石器時代だな]


「えぇ……。そりゃ、槍は石器時代でもメインウェポンだったろうけどさ……」


 秋斗が不満そうに顔をしかめる。誰だって石器時代と同レベルと言われれば面白くない。ただ同時に彼は思い出す。そう言えば、ストレージにはまだ穂先を石器で作った槍が何本か残っていたはずだ。


「今度投げやりにして使おう」と彼は思った。その光景こそまさに石器時代であることに彼は気付いていない。まあ剣を槍や六角棒と同じレベルで扱えるようになれば、彼も石器時代を卒業できるだろう。


 さて小さな変化はこれくらいでいいとして、次は大きな変化のほうである。大きな変化としては、探索の範囲が広がった。その契機となったのは東京遠征で、より正確に言えばその際に手に入れた三つの魔水晶だった。それを得たことで、いよいよドールを動かせるようになったのである。


 それらのドールは、決してシキが一から作り上げたものではない。城砦エリアでモンスターのドールがドロップするパーツを組み合わせて作ったモノだ。とはいえパーツを組み合わせるだけでも魔道工学の知識が必要だとかで、シキのこれまでの努力が花開き実を結んだ結果だと言えた。


 ただ三体のドールを動かせるようになったからと言って、秋斗がいわば四人パーティーを組むようになったわけではない。彼と一緒に行動させ、さらに戦闘もこなすには、ドールの稼働時間が短すぎたのである。


[こればかりは内蔵バッテリーの、つまり魔水晶の容量に100%依存する。もっと長時間稼働させるためには、もっと高性能な魔水晶を手に入れるしかないな]


「残量が少なくなったら、その都度オレが充電するっていうのは?」


[別に電気をためているわけではないのだが……。理論的には可能だが、そのせいで探索が滞っては元も子もないだろう]


「それもそうか」


[それとナイトだが、手持ちの魔水晶ではまともに起動しなかった。こちらももっといい魔水晶を手に入れるまではおあずけだな]


 シキがそう言うと、秋斗はため息をついて肩をすくめた。とはいえ、ドールが使えるようになったのは大きい。戦力増強の意味合いは小さかったが、秋斗以外に手と目が増えることの意味は大きかった。


 つまり秋斗は休憩時の護衛役としてドールを活用したのである。それも食事やお茶の休憩のときだけ使うわけではない。むしろ彼は睡眠時の護衛としての活用が、ドールの主な運用用途だった。


 そしてこれが、探索範囲の拡大に繋がっている。秋斗が探索可能な範囲というのは、彼がアナザーワールドで連続して活動可能な時間と比例している。一度ダイブアウトしてしまうと、次にダイブインするときにはスタート地点に戻ってしまうからだ。


 秋斗はかつて弁当を持ち込み、食事をアナザーワールドで取ることで連続活動時間を延ばした。そして空腹の次に彼の前に立ちはだかったのは疲労だった。寝て体力を回復させるには、どうしてもリアルワールドに戻らなければならなかったのである。


 どうしてかというと、それは秋斗がソロだったからだ。つまり彼が寝ている間、不寝番をしてくれる仲間がいなかったからだ。シキに頼めば警戒はしてくれるが、いかんせん彼にはモンスターを足止めする手段がない。あまりに危険だと言うことで、これまではアナザーワールドでの寝泊まりは控えていたのである。


 だがドールを、それも三体も使えるようになったことで、アナザーワールドで寝泊まりする目途が立った。さらに秋斗には安眠アイマスクもある。「一時間で三時間分の睡眠効果が得られる」アイマスクだ。コレを使えば睡眠時間は最小限で済む。日中しか効果のないアイマスクだが、日中にダイブインすればアナザーワールドはずっと日中なので問題はない。


 そしてフリマアプリで中古の寝袋を買い、秋斗はいよいよアナザーワールドで仮眠を取ることにした。三体のドールは一体が大盾を、二体が槍を装備している。また寝袋を取り出す前に念入りにモンスターを掃討して出現率を下げておく。できる限りの事はしたはずなのだが、それでも目をつぶる秋斗は若干ビビり気味だった。


「よ、よし……。寝るぞ」


[ああ、お休み。……あまり心配するな。何かあればすぐに起こす]


「いや、分かってるんだけど、どうしてもなぁ」


 割り切れない様子の秋斗だったが、寝付きは早かった。これも安眠アイマスクの効果である。そしてそのまま彼はおよそ二時間の仮眠を取った。この間、幸運なことにモンスターの襲撃はなし。「もしかしたら動きが少ないか意識がない状態だと、ヘイトを集めにくいのかもしれない」とシキが予測を立てていたがそれはそれとして。


「あ~、結構休めたな……」


 敷きっぱなしの寝袋の上に座り、秋斗は寝起きのややぼんやりとした口調でそう呟いた。そしてストレージからペットボトルのお茶を取り出して飲む。その時ふと、「温かい物が飲みたいな」と彼は思った。


 お湯を水筒やポットに入れて持ってくることは可能だ。ストレージには時間凍結区画なるものがあるので、そこに入れて置けばいつまでも温かい。だが秋斗の頭にあったのは、アナザーワールドで実際にお湯を沸かすことだった。寝袋で寝たせいでキャンプ脳になっていたのかも知れない。キャンプなんてしたことないくせに。


(たき火……、面倒くさそう……)


 火をつけるのはともかく、そのための薪を、それも毎回集めるのはひどく面倒に思えた。キャンプならそれも楽しいのかも知れないが、秋斗はアナザーワールドへキャンプをしに来ているわけではない。


 薪代わりになりそうなものとして、例えばストレージの中にはトレントがドロップした木材が保管されている。だがこれを薪代わりに使うのはもったいない気がした。「魔石は燃える」らしいが、秋斗としてはむしろ魔道発電機の燃料として使いたい。


(またネットで何か買うか……)


 ペットボトルのお茶をもう一口飲んで、秋斗はそう考えた。ポータブルのガスコンロらしきものを、テレビで見たことがある。ああいうのならば面倒なことはないだろうし、種類もそれなりにあるだろうから適当なものを選べば良い。


 後日商品を調べている内に、アウトドア界隈では「コンロ」ではなく「バーナー」や「ストーブ」と呼ぶらしいことを彼は知った。そして結局彼はバーナーの類いを買わなかった。当たり前の話だがガスバーナーを使うにはガスを用意する必要があり、つまりランニングコストがかかる。それが彼を躊躇わせたのだ。貧乏性はなかなか抜けないらしい。


 代わりに彼が買ったのは、IHのクッキングヒーター。ポータブル魔道発電機と組み合わせて使うつもりだった。これなら燃料に魔石を使うことができる。魔石は探索中に手に入るので、ランニングコストはゼロだ。なお、温かいお茶を飲むにはお茶を淹れる道具が必要であることを彼が思い出したのは、アナザーワールドで初めてお湯を沸かした後だった。


 ちなみに、IHのクッキングヒーターよりも先に秋斗が買ったものがある。しかも新品で。それは「ポータブルウォシュレット」。文明を離れても、いや文明を離れるからこそ、生理現象はいかんともしがたいものなのである。


秋斗「トイレットペーパーも持ち込まないと」

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― 新着の感想 ―
[一言] ポータブルウォシュレットを検索してみて初めて知りました笑
[一言] ちなみに投槍器、アトラトルというものがあって手に持って投げるよりも圧倒的な秘境距離と威力が出るらしいです。
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