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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
箍の外れた世界
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遠征後1


 宗方秋斗は悩んでいた。わざわざ考える人のポーズで悩んでいた。


「圧力鍋にするべきか、それとも無水調理鍋にするべきか、それが問題だ……」


 わりとどーでもいい事で悩んでいた。


 きっかけは、東京で知り合った佐伯勲に送った食材である。勲とはなんとアナザーワールドで出会った。つまり彼もまたアナザーワールドを探索しているのだ。そして秋斗は彼にアナザーワールド由来の食材を送ることを約束していたのである。


 なぜわざわざそんなことをしたのかというと、【経験値はアナザーワールド由来の食材からも得られる】からだ。もっとも、勲自身が食材からの経験値をアテにしているわけではない。彼がそれを食べさせたいと思っているのは孫娘だった。


 勲の孫娘である奏は、二年前の交通事故のためについ最近まで昏睡状態だった。その彼女を秋斗がリッチの魔石を利用した魔法で目覚めさせたのである。だが衰えた筋力や体力までは回復していない。日常生活に戻るためにはリハビリが必要だった。


 奏は十四歳で、まだ若い。リハビリさえしっかりやれば回復は早いだろう。だが勲にとって彼女は唯一の孫娘にしてたった一人の肉親。彼女が早く回復できるのなら何でもしてあげたいと思うのは当然だろう。そんな彼に秋斗が教えたのが、【経験値はアナザーワールド由来の食材からも得られる】という石版からの情報だった。


 勲はすぐにアナザーワールド由来の食材を奏に食べさせることを考えたが、あいにくと彼の方にはそのアテがない。一方で秋斗には心当たりがたくさんあった。それらのことを話すと勲が大いに興味を示したので、秋斗はこう申し出たのである。


『良かったら、今度送りましょうか? いろいろと箱詰めにして』


『……頼んでも良いだろうか。私の方にはどうもなさそうでね』


 そして東京から帰ってくると、秋斗は早速アナザーワールドで食材を集め、それを勲に送った。ちなみにドロップ肉は送っていない。奏は目を覚ましたばかり。肉を食べられるようになるのは、もう少し回復してからだろうと思ったのだ。


『それと、コレも送っちゃうか』


 そう言って秋斗が一緒に送ったのは、東京遠征で手に入れたゴブリンの秘薬だった。服用すればゴブリン32体分の経験値が得られるアイテムなのだが、ゴブリンがばっちい手でコネコネしながら作っているところを想像してしまい、彼は使う気がなくなってしまったのである。


 そもそも勲がアナザーワールド由来の食材を求めているのは、そこから奏に経験値を得させるためだ。そして経験値を得るという意味では、食材よりもこのゴブリンの秘薬のほうがはるかに優れている。「だからコレを一緒に送るのはあくまで奏さんのため」と秋斗は自分の行動を正当化した。


[自分が使いたくないモノをいたいけな少女に使わせるのか。鬼畜だな]


『本当に使うかは勲さんが判断するだろ』


 そう考え、秋斗は軽い気持ちで秘薬を一緒に送った。だが勲の反応は彼が思っていたよりもずっと真剣で大きかった。後日、勲から電話がかかってきて、丁寧なお礼を述べてくれたのである。


『いやぁ、秋斗君。貴重なものを本当にありがとう。特に、秘薬は自分で使いたかっただろうに……』


『いえ、気にしないでください。どうせ、タダで手に入れたモノですから』


『私も秘薬は一度だけ手に入れたことがある。奏の分として取っておけば良かったと思ったが、思いがけず秋斗君が譲ってくれて、本当に感謝しかないよ。ありがとう』


 何度も礼を言われ、秋斗は逆に恐縮してしまった。何しろ彼の認識としては、「使う気になれないアイテムを押しつけた」だけなのだ。しかも勲の口ぶりからして、彼は奏にゴブリンの秘薬を使わせる気満々だ。秋斗はなんだか申し訳なくなってしまった。


『勲さんも喜んでたし、別に申し訳なく思う必要なんてないんだろうけど……』


[ゴブリンがコネコネした産物があの少女の口に……。秘薬の原材料には何が使われているんだろうな?]


『だから止めろよ、そういうこと言うの。勲さんも一回使ったことがあるみたいだし、その上での判断だろ。使っても腹壊したりはしないさ、たぶん』


 シキのきわどい皮肉をかわしつつ、秋斗はそう答えて自分を納得させた。実のところ、彼だってゴブリンの秘薬が身体に毒になるとは少しも考えていない。ただちょっと生理的に受け付けなかっただけだ。勲や奏が気にしないというのなら、彼らに使ってもらえれば無駄にもならずwin-winだろう。


『それにしても、勲さんはアナザーワールドのことを教えるつもりがあるのかな?』


 秋斗は誰にともなくそう呟いた。実際にゴブリンが作ったかはともかくとしても、何も知らない者からすれば、あの秘薬は怪しげな丸薬にしか見えない。いきなり服用するように言われても、奏はそれを躊躇うのではないだろうか。


 出所や効能を全て教えようとすれば、アナザーワールドのことを話すしかない。だが一度知ってしまえば知らなかった頃には戻れない。アナザーワールドのことを人に知られたら、どんなトラブルに巻き込まれるか分からないのだ。


 秋斗は彼なりにそのことを重く考えている。だから彼がアナザーワールドのことを誰か他の人に教えたことはないし、インターネット上へそれに関わる書き込みをしたこともない。そして今後もそのスタンスを変えるつもりはなかった。少なくとも、状況が大きく変わらない限りは。


 一方で勲はどう考えているのだろうか。秘薬の服用を含めて今後の事を考えるなら、奏にアナザーワールドのことを教えておく方が、いろいろな物事がスムーズに運ぶだろう。だがそれは同時に、トラブルに巻き込まれるリスクもはらんでいる。


[あの勲氏のことだ。むざむざと奏嬢を危険にさらすことはしないだろう。話すにしても話さないにしても、上手くやると思うぞ]


『勲さんのこと、ずいぶん高く評価してるんだな』


[うむ。東京から帰ってきてから、少し調べたのだ]


 調べたと言っても、勲本人のことではない。彼が最高経営責任者を務める会社、佐伯商事株式会社について調べたのだ。


 佐伯商事は食料品から化学薬品まで手広く扱う、貿易商社である。昨年の年商はなんと三〇〇〇億円以上。「日本を代表する」とまでは言わないが、押しも押されもせぬ大企業と言っていい。


 そして勲はその佐伯商事株式会社の創業者である。創業から今日まで、彼はずっと会社の舵取りをしてきた。その間には自然災害を含めて数々の問題が幾度も起こったに違いない。彼はそれを乗り越え、一代で会社をここまで大きくしたのだ。


 その中で、勲は何度も難しい判断を迫られたことだろう。だが彼は間違えなかった。いや、間違えたことはあるのかも知れないが、致命的な失敗は犯さなかった。酸いも甘いもかみ分けてきたであろう彼の判断能力を、シキは高く評価しているのだ。


 もっともそれは会社経営者としての能力だ。孫に言い聞かせるおじいちゃんとしての能力は、きっと別物に違いない。「そっちの方はどうなのかなぁ」と秋斗は内心で首をかしげたが、その疑問を口に出すことはしなかった。アレコレと口を挟むような事じゃないと思ったのだ。


 閑話休題。勲からお礼の電話をもらったことで、秋斗はこれで食材と秘薬の件は終わったと思っていたのだが、数日後、返礼なのだろう。勲から荷物が届いた。


 荷物の中身はお菓子やレトルトのカレーやビーフシチューなど、食べ物がメインだ。ただその中に一つ、カタログギフトが入れられていた。ちなみに秋斗がカタログギフトをもらったのはこれが初めてである。


 物珍しさも手伝って、秋斗はカタログギフトを一ページずつじっくりと眺めた。カタログギフトの中には、日用品から旅行プランまで幅広い商品が紹介されている。彼は時々「おぉ~」とか「へぇ~」と呟きながらページをめくった。


[それでアキ、何を頼むんだ?]


 カタログギフトを最初から最後まで見終えると、シキが秋斗にそう尋ねた。カタログギフトは紹介されている商品を全てもらえるわけではない。幾つかの商品を組み合わせるものを含め、カタログの中から一つだけ選ぶのだ。


『う~ん……』


 秋斗は悩ましげに唸った。カタログギフトには本当に多種多様な商品が載せられていたが、その全てが「欲しい物」や「必要な物」というわけではない。「高級包丁セット」とか「江戸切り子のウィスキータンブラー」とか、秋斗的には必要ではないし欲しいとも思わないのだ。


 ただその一方で、「良いな」と思える物は幾つかあった。そして厳選に厳選を重ねた結果、秋斗は幾つかの商品を組み合わせて注文する、セット商品を選んだ。その中に圧力鍋と無水調理鍋が含まれていたのである。


 一応、圧力鍋と無水調理鍋の両方を選ぶこともできる。だが秋斗にそのつもりはなかった。最近それなりに料理をするようになってきたとは言え、持て余すのが目に見えていたからだ。となれば、どちらがより実用的であるかを考えて選ぶしかない。秋斗はスマホを取り出した。


「角煮おいしそう……。あ、でも無水調理鍋でも作れるんだ。他のレシピは……」


 秋斗は圧力鍋と無水調理鍋で作れる料理のレシピを検索していく。どちらを選ぶのか、それはどんな料理を作れるのか、もっと言えばどんな料理を食べたいのかで決めるしかないのだ。


 そしてレシピを検索しているわけだから、おいしそうな料理の画像が次々に出てくる。その内容が肉料理に偏っているのはご愛敬か。ともかく、そういう画像は否応なく秋斗の食欲を刺激する。


「あ~、腹減った……」


 秋斗はそう呟く。圧力鍋も無水調理鍋もまだ届いていない。だから検索したレシピはまだ作ることができない。作るためには、否、食べるためには早く選ばなければならない。彼は少々恨めしげな顔をしながら検索を続けるのだった。


 ちなみに、最終的に彼が選んだのは無水調理鍋。ローストビーフを作れる、というのが決め手だった。


「いやぁ、楽しみだなぁ」


 商品を注文するためのハガキをポストに投函し、秋斗は期待に胸を膨らませる。いや、膨らんだのは胃かも知れないが。まあ、胃を膨らませるための諸々であることは間違いない。そしてそんな彼にシキが大切な点をこう指摘する。


[アキ。それで肝心の肉はどうする?]


「あ……」


 秋斗は絶句した。ローストビーフであるから、使うのは牛肉だ。それも大きなブロック肉。買おうと思えばスーパーでも買えるが、秋斗はドロップ肉を使おうと思っている。なぜならそちらの方がおいしいから。


 つまりカウ肉だ。そしてアナザーワールドのカウはノンアクティブモンスターだが、一度手を出すと群れで襲いかかってくるという性質を持つ。一度だけ経験した壮絶な追いかけっこを思い出し、露骨に「うげぇ」という顔をするのだった。


カウさん「煮て良し焼いて良し! だけど生食はやめて!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 1億以上持ってるのに鍋で悩むのw [一言] 次は肉も大量に送れますね
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