戦利品整理
東京遠征を終えて自宅のアパートに帰ってくると、秋斗は荷物の整理も後回しにして早速アナザーワールドにダイブインした。百貨店エリアで手に入れた戦利品を鑑定するためである。
「いや~、スライム蹴散らしてると、帰ってきたって気がするわぁ~」
秋斗はスコップを手に、懐かしささえ覚えながらスライムをサクサクと倒していく。彼の表情は晴れやかだ。安眠アイマスクも使って新幹線の中でしっかりと寝たので、気力・体力共に充実している。彼は意気揚々と【鑑定の石版】のところへ向かった。
【鑑定の石版】のところに着くと、秋斗はまず幸運のペンデュラムを使った。そして三つある宝箱の内、宝箱(白)を最初に取り出す。その白い箱をルービックキューブのようにひねって開けると、中から出てきたのは三つの赤い鍵だった。
「うん。まあ、予想通り」
秋斗は苦笑気味にそう呟く。それから念のため、その赤い鍵を鑑定してみる。結果は次の通りだった。
名称:赤の鍵
宝箱(赤)の開封に使用。
これもまた予想通りである。ともあれ首尾良く赤の鍵が手に入ったのだ。秋斗は次に宝箱(赤)を取り出し、今しがた手に入ったばかりの赤の鍵で開封する。中から出てきたのは、メタリックな黒い箱だった。
いや、完璧な箱形というわけではない。ただ箱形と形容しておくのが一番近いだろう。一辺の長さは30~40センチほどで、結構大きく感じる。取っ手がついていて、ポータブルな使用を想定しているらしいことが窺えた。
「お、結構重い……」
持ってみると、ずっしりとした重さが秋斗の腕に伝わる。10kgほどはあるかも知れない。さらに側面をみると、ディスプレイらしきものと、さらにコンセントらしきものがついている。「まさか」と思いつつ、秋斗はそのメタリックブラックの筐体を鑑定した。結果は下記の通りである。
名称:ポータブル魔道発電機
定格出力100V・15A。燃料は魔石を使用のこと。
「おお、バッテリーかと思ったけど発電機か!」
予想が良い方に外れて、秋斗は歓声を上げた。しかも魔石を燃料として使える。基本的に魔石は余り気味なので、こういう形で有効利用できるのは彼としても大歓迎だった。
「今年の夏は、電気代を気にせずにクーラーを使えそうだ」
[アキ。いきなり部屋の中で使うのは止めた方がいい。排気ガスが出るかも知れない]
シキにそう指摘され、秋斗は「あ、そっか」と呟く。一般的に言って、発電機とは「エンジンを回して電気を生み出す機械」だ。だから車と同じく、動かせば排気ガスが出る。部屋の中で排気ガスが出たら、エラいことになるのは間違いない。
もちろん、今回秋斗が手に入れたのは普通の発電機ではない。魔道発電機だ。リアルワールドの一般的なポータブル発電機とは仕組みからして違う。だから本当に排気ガスが出るのかは分からない。だが気をつけておくに越したことはないだろう。それで一度部屋の外で試運転をしてから使うことになった。
「それにしても、勲さんはどこであの赤箱を手に入れたんだろうな」
ポータブル魔道発電機をストレージに片付けてから、秋斗はそう呟いて首をかしげた。これまでに手に入れた物品と比べ、コレは明らかに文明レベルが違う。少なくともゴブリンがこれを作って使っているというのは考えづらい。
[いわゆるオーパーツ的な位置づけなのではないか?]
秋斗の疑問にシキがそう仮説を述べる。つまりあの廃墟群がまだ廃墟でなかった頃の遺産、というわけだ。例えそういう設定であったとしても、それなら確かに筋は通りそうな気がする。
それに、例えば城砦エリアで見つけたナイトやドールの例もある。モンスター以外で動いているところは見たことがないが、もし実物がモンスターと同程度に動くのだとしたら、そんなロボットを作るのは現在のリアルワールドの技術でも難しいだろう。
そしてナイトやドールは魔道工学を基にして作られた。つまり魔道工学は少なくともその一部において現代技術を凌駕する可能性があるのだ。そうであるなら発電機を作るくらいは驚くに当たらない、のかもしれない。そんなふうに考えて、秋斗はともかく自分を納得させた。
さて、宝箱はもう一つ残っている。秋斗は宝箱(青)を取り出し、青の鍵を使ってその箱を開封する。展開された宝箱(青)の中から出てきたのは、三つの結晶体だった。三つとも拳大の大きさで、全て占い師が使う水晶玉のようにまん丸だ。当然、見ただけではそれが何なのか分からず、彼はその三つの結晶体を鑑定する。結果は次の通りだった。
名称:魔水晶
魔力を溜め込む性質を持つ。
「おお~、バッテリーはコッチだったか」
秋斗は気楽な調子でそう呟く。「魔力を溜め込む性質を持つ」ということは、多分繰り返し使える魔石みたいなものなのだろう。彼はそう思った。
もしそうなら、魔石の代わりにポータブル魔道発電機のエネルギー源としても使えないだろうか。使えるのなら、魔石を節約しつつ電気代も節約できる。秋斗はそんなことを考えていたのだが、シキが考えていたのはまた別のことだった。
[アキ。これがあればドールを実用化できるかも知れないぞ]
「え、マジで!?」
秋斗は思わず声を上げた。シキが言うには、ドールの筐体はすでに組み上がっているのだそうだ。だが肝心の動力源がなく、これまでは動かせなかったのだと言う。
[モンスターのドールから回収したパーツの中にも、それらしき物はなくてな。恐らくだが、モンスターの場合は特別な動力源は必要ないのだろう]
つまりモンスターは訳の分からない謎存在ということなのだがそれは今更か。シキは組み上げたドールの動力源として魔石を使うことを考えていたのだが、いかんせんどれも小さい。リッチの魔石は使えそうだったが一つしかなく、しかも秋斗にとっては切り札になりえるモノだ。成功するかも分からないドールの起動実験に使うのは躊躇われた。
だが今日、まさにおあつらえ向きの魔水晶が手に入った。ドールの動力源としては今のところ最適だろう。シキが「使って良いか」と尋ねるので、秋斗はすぐに「いいぞ」と答えた。そしてふと思いついてこう尋ねる。
「ドールはいいとして、ナイトはどうなんだ?」
ナイトも多数のパーツとほぼ形の残った現物を回収してある。そしてナイトは高い戦闘能力を持つ。少なくともモンスターのナイトはそうだった。だから秋斗としては是非ともナイトを実用化してほしい。だがシキの返答は慎重だった。
[まずはドールだ。もちろん目標はナイトの実用化だが]
ナイトに比べ、ドールは確保してあるパーツの数が多い。だから仮に失敗してもダメージは少ない。またドールはナイトに比べ構造が単純である。同時に共通する部分も多い。それで先にドールを動かしてみて、いろいろとノウハウを得てからナイトに取りかかるべき。それがシキの考えだった。
「そうか……。まあ、そうだな」
そして秋斗もシキに同意する。シキの言うとおりだと思ったのだ。それにナイトでなくとも、ドールが使えるようになればできる事は格段に広がる。秋斗はあれこれと期待に胸を膨らませながら、三つの魔水晶をストレージに片付けた。
さて、これで三つの宝箱は全て開け終えた。だがまだ鑑定は終わっていない。ゴブリンの宝物庫で手に入れた物品が残っている。秋斗はそれを一つずつ鑑定していった。
ビー玉のように思えた小球が本当にただのガラス玉だったり、使い道がないように思えた金属プレートが実は結構貴重な素材だったりと、当たり外れが大きい。それでも全部がガラクタではなかっただけ、秋斗はその結果に十分満足できた。ただその中で一つだけ、彼を悩ませるモノがあった。その鑑定結果は次の通りである。
名称:ゴブリンの秘薬
ゴブリン32体分の経験値を得る。
「なんでそんなにゴブリン推しなんだ。そこはかとない悪意を感じるぞ……」
小さな木箱に入っていた茶色い丸薬を指でつまみながら、秋斗は恨めしげにそう呟く。なぜわざわざ「ゴブリンの秘薬」なのだ。そこは普通に秘薬で良いではないか。加えて色も良くない。何かヘンなモノが混じっているのではないか。そう思ってしまう。
[秘薬の一種で、経験値が手に入るのだろう? そんなに深く考えなくても良いと思うが]
「う~ん、まあ、そうなんだろうけど……」
[もしかしたらゴブリンがコネコネして作ったのかもしれないが]
「止めろよ!? そういうこと言うの!」
ゴブリンがコネコネしているところを想像してしまい、秋斗は思わず叫んだ。手がばっちいではないか。絶対に不衛生なヤツだ。もちろん全てただの想像、いや妄想なのだが、それでも秋斗は一気に使う気が失せてしまった。
「……とりあえず保留で」
そう呟き、秋斗はゴブリンの秘薬をストレージに突っ込んだ。一通りの鑑定を終えると、秋斗はすぐにダイブアウトしてリアルワールドに戻る。そして住んでいるアパートの裏手に回り、人目がないことを確認してからポータブル魔道発電機の試運転を行った。
その結果、排気ガスは出ないことが判明。しかも発電しても筐体が熱くなることもない。つまりとても効率の良い発電機だったのだ。そのおかげで魔道発電機は部屋の中で使用することができ、秋斗は涼しい夏休みを満喫できたのだった。
〜 第二章 完 〜
秋斗「まあ、一番の成果は勲さんからもらった一億円なんだけどな」