東京遠征17
一通りの情報交換を終えると、秋斗は麦茶を飲んで喉を潤す。石版情報やクエストの内容など、勲は秋斗の話を興味深そうに聞いた。特にまだ見ぬアイテムには彼も強く興味を引かれたようで、身を乗り出して聞いていた。
話したのは秋斗だけではない。勲もあれこれと話を聞かせてくれた。秋斗にとっては、初めて出会った自分以外の攻略者、または探索者である。自分のやり方と似ているところもあれば違うところもあり、いろいろと参考になった。
「……そういえば勲さんって、一番最初にアナザーワールドへダイブインした時、武器ってどうしました?」
「木刀を持っていったよ。こう見えても昔、剣道をしていたのでね。秋斗君はどうしたんだい?」
「金槌とフライパンでした……」
「それはまた何というか……、思い切ったね」
「今思うと、ホントそうですね……。でもフライパンはアタリでしたよ。スライムに有効でした」
実際、フライパンがなかったら、秋斗は最初のダイブで死んでいたかも知れない。その意味で、お鍋のフタではなくフライパンを選択したのは英断だった。そしてその後のスコップにも同じ事が言えるだろう。なお、スライムに限って言えばスコップはまだ現役だ。
「スライムか……。私はまだ見たことがないな。こちらはゴブリンばかりだ。まあそのおかげで武器がすぐに手に入ったのだがね」
「それはちょっとうらやましいです。こっちはなかなか武器が出なかったですから」
そう言って秋斗はやっと出たと思った武器が“ひのきの棒”だったことや、自分で石器を作ったことなどを話す。勲はそれを楽しげに聞いていた。
「あと武器と言えば、勲さんが使っているあの剣って、やっぱりゴブリンのドロップ品ですか?」
「サーベルのことなら、確かにアレはゴブリンのドロップ品だよ」
「サーベルを選んだのは、やっぱり剣道の経験があるからですか?」
「うむ。まあ、まったく同列に語れるわけではないがね。それでも通じる部分はたしかにある」
「二刀流も?」
「いや、それは単純に手数が欲しかったからだよ」
勲は苦笑しながらそう答えた。経験値を蓄積したことで、サーベルを軽く感じるようになったというのも理由の一つだろう。片手が空くのであれば、そこにもう一本というのはおかしな選択ではない。
手数を増やすことが目的であったとしても、秋斗の目に二刀流で戦う勲の姿は板に付いているように見えた。つまり彼は二本のサーベルを使いこなしている。その基礎となっているのは、やはり剣道の経験なのだろう。秋斗はそう思った。
同時に脳裏に浮かぶのは、昨日の自分の姿である。昨日、秋斗は実戦でショートソードを使った。だがどうもしっくりこない。というより、ちゃんと使えている感じがしなかった。それで彼は勲にこう尋ねてみた。
「実は昨日、ショートソードを使ってみたんです。でもなんか上手くないんですよね。何かアドバイスとかないですか?」
「ふむ。秋斗君、剣道の経験は?」
「ありません」
「はは、そうか。では基礎だけでも教えてあげよう」
勲がそう言ってくれたので、二人は立ち上がってもう少し広い場所へ移動した。そこで秋斗がストレージから取り出したのはショートソードではなくバスタードソード。重装備ドールからドロップした剣だ。どうせならきちんと教わりたいと思ったのだ。
それから約二時間、秋斗は勲の指導を受けた。レベルアップの恩恵もあり、バスタードソードを振るう秋斗の姿はかなり様になっている。何度か小柄なゴブリンを相手に実戦も行ったのだが、危なげなく勝つことができた。
「筋がいいな、秋斗君は。これならすぐに有段者になれる」
「はは、ありがとうございます」
秋斗はお世辞だと思ったが、勲にそのつもりはなかった。実際、初段に届かない程度の者なら、今すぐに対戦したとしても秋斗が勝つだろう。勲はそう見込んでいる。もっともその実力の裏にあるのが、蓄積された経験値であることは言うまでもないが。
「いま教えられるのはこれくらいだな。あいにく、私も指導者ではないからね」
「いえ、ありがとうございました。おかげで、何だかしっくりくるようになりました」
ひとまずの指導が終わると、秋斗は深々と頭を下げて勲に礼を言った。そして指導料代わりに一振りのロングソードを勲に渡す。秋斗が使ったバスタードソードより長めの剣で、幅が広くまた刀身が分厚い。当然ながらその分だけ重いが、勲なら十分に扱えるだろう。ちなみにブラックスケルトンのドロップ品なので、秋斗が持つ中ではかなりの業物だ。
「いやあ、ありがたい。この長さで、かつ力任せに振り回して大丈夫な物となると、なかなか手に入らなくてね」
「良かった。是非使ってください。……あと、槍も使ってみたいんですけど、何かアドバイスとかないですか?」
「……長物はちょっと良く分からないな。刺せば良いのではないのかな」
勲は困惑げにそう答えた。彼は会社経営者であって、ウェポンマスターでもバトルマスターでもないのだ。それで秋斗も「ですよねぇ」と答え、それから話題を変えてこう言った。
「ところで、昨日話していた【魔法の石版】なんですけど……」
「ああ、興味があるかね? 良ければ案内しよう。少し、いや幾分歩くことになるが……」
「お願いします」
秋斗がそう答えると、勲は「分かった」と言って大きく頷いた。そして勲の案内で二人は件の石版のところへ向かった。
外へ出ると、周囲は住宅街のようだった。ただし建物は全て廃墟になっているが。コンクリートジャングルと比べて建物の背が低く、また建物同士の間隔も開いているため、見晴らしは比較的良くて圧迫感もあまりない。
(庭が広い……。高級住宅街だった、のか?)
周囲の様子を眺めながら、秋斗は心の中でそう呟く。何となくだが、日本の住宅街とは雰囲気が異なるように思える。むしろテレビで見たことのある、アメリカのセレブが集まる地域の住宅街に似ているように感じた。まあ、全て廃墟で、中には森に呑まれているような家もあるのだが。
(盛者必衰の理、ってやつかね)
[違うと思うが]
秋斗の胸中の呟きに、シキが呆れた声でツッコミを入れる。秋斗は無言で肩をすくめた。全ては設定であるかも知れないのだ。その場合、「盛者必衰の理」など的外れなだけである。
さて、勲が言っていたとおり、この辺りで出現するモンスターはゴブリンばかりだった。それも、多少の個体差はあれど、小柄なゴブリンばかりだ。秋斗と勲は苦戦することもなく、協力しながら敵を倒していった。
(やっぱり……)
やはり勲の動きは滑らかでスムーズだ。彼が戦う様子を後ろから見ながら、秋斗はそう思った。秋斗も今はバスタードソードで戦っているのだが、勲の戦いぶりと比べるとどうしても見劣りする。これはもう年季の差だろう。
(こう、か……?)
勲の動きを見ながら、秋斗は自分の動きを修正していく。ただし勲の動きをコピーするわけではない。彼の動きや身体の使い方を参考にしながら、自分の動きを洗練していくのだ。ただ当然、すぐに良くなるわけではなく、むしろ粗ばかりが目立つように思える。それでも粗が分かるようになっただけ成長だな、と彼は自分を納得させた。
そうやって一時間ほど歩くと、勲は「こっちだ」と言って一軒の廃墟の中へ入った。秋斗もその後を追う。二人の目的である【魔法の石版】はその廃墟の中の一室にあった。部屋は八畳ほどの広さで、天井は崩れて空が見える。差し込む日の光が、ちょうど【魔法の石版】を照らしていた。
【魔法の石版】には、やはりあの見覚えのない文字が刻まれている。勲に促されて、秋斗は石版に触れた。しかし何の反応もない。彼は顔に困惑を浮かべ、「あ、あれ?」と言いながらペタペタと石版を触る。だがそれでも、石版は何の反応も示さなかった。
「秋斗君、どうしたのかね?」
「あ、いや……。石版が何も反応しなくて……」
秋斗がそう答えるのを聞き、勲もいぶかしげに眉をひそめる。そして彼は少し考え込んでから、こう自分の推測を語った。
「もしかしたら、この石版は一度しか使えないのかも知れないな」
「そう、ですね」
[もしくは、魔法が使えない者だけが利用可能で、アキはすでに魔法が使えると判断されたのかも知れないぞ]
(それもあり得る……)
勲とシキに、秋斗はそれぞれ答える。ちょっと面倒だったが、それはそれとして。【魔法の石版】が使えなかったのは残念だが、反応しないのだから仕方がない。二人はダイブアウトしてリアルワールドに戻った。
佐伯邸の客間に戻ってくると、二人は揃って「ふう」と息を吐いた。それからお互いに顔を見合わせて小さく笑う。秋斗は出されたアイスコーヒーを飲み干してから立ち上がった。
「それじゃあ勲さん。今日はありがとうございました」
「うむ。こちらこそありがとう、秋斗君。また連絡するから、今後ともよろしく頼む。……それはそうと、この後はどうするのかね?」
「東京でやることはもうやったので、家に帰るつもりです」
「そうか。では渋木君に駅まで送らせよう」
勲がそう言ってくれたので、秋斗はまた聡が運転する車に乗り込んだ。聡が送ってくれた駅は新幹線の発着駅で、秋斗は面倒な乗り換えなどはしないで地元行きの新幹線に乗ることができた。
新幹線に揺られながら、秋斗は窓の外を眺める。そうしていると彼の脳裏に東京での思い出がよみがえってくる。彼は苦笑しながら小さくこう呟いた。
「あ~、大学の印象、うっすいなぁ」
[オープンキャンパスがメインイベントのはずだったのにな]
まったくだ、と思いながら秋斗は大きく頷いた。そんな具合で彼は東京を後にしたのだった。
勲の告白「昔、剣道で二刀流やってました」