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東京遠征14


「さて、どうするか……」


 屋上への出入り口の陰に身を隠し、秋斗はゴブリン・ロードの攻略法を思案する。すぐに思いついたのは二つ。弓で狙撃するか、雷魔法を叩き込むか。


 弓を使えば一撃でゴブリン・ロードを倒せるかも知れない。初手でボスを倒せればその後はかなり楽になるだろう。だが最初の一撃で敵の注意はこちらに向く。それに一撃でロードを倒せるとも限らない。


 一方で雷魔法を使えば、敵全体にダメージを与えることができる。ただし数を減らせるかは微妙だ。召使いゴブリンは倒せるかも知れないが、それ以外は無理だろう。当然、ゴブリン・ロードも生き残るに違いない。


 少し考えてから、秋斗は六角棒を壁に立てかけて弓と矢筒を取り出した。矢筒を脇に置き、弓を左手に持つ。それから彼は魔石を取り出して右手に握り、そこへゆっくりと思念を込める。そしてその魔石をゴブリン・ロード目掛けて投げた。


 魔石を投げると、秋斗は雷魔法が発動する前に素早く矢筒から矢を一本取って弓を引いた。物陰に隠れていたこと、そして隱行のマントを装備していたこともあり、ゴブリン・ロードらはまだ彼に気付いていない。彼の投げた魔石がロードの近くに落ちて転がり、彼らの視線が魔石に集まる。そして次の瞬間、雷魔法が発動した。


「「「――ギィィィィ!?」」」


 ゴブリンらの悲鳴がこだまする。そして紫電が収まると、秋斗はすかさず矢を射た。矢は狙い通りゴブリン・メイジの眉間に突き刺さる。ゴブリン・メイジが倒れるのと同時に、他のゴブリンらが出入り口の方を向く。敵意に満ちた幾つもの視線が集まるのを感じながら、秋斗は次の矢を放った。


「ギィ! ギギィ!」


 ゴブリン・ロードが喚く。大柄なゴブリンが暴れたせいで仮小屋はあっさりと倒壊した。その間にも秋斗は構わずに矢を射ている。ただしゴブリン・ロードは狙わない。まずは数を減らすことを優先して、メイジやソルジャーを狙った。


「ギギィィ!」


 雷魔法からさらに続けざまに射撃されゴブリンらは浮き足立っていたが、ゴブリン・ロードが一喝すると落ち着きを取り戻す。そして得物を構え、秋斗目掛けて突撃する。彼は冷静に矢を射てそれを迎え撃った。


 秋斗の弓の腕はなかなかのものである。彼が一射するごとに、一体の敵が倒れた。だが連射速度はそれほど速くない。またもともと彼我の距離は三十メートルもないのだ。敵はすぐに数メートルの距離まで近づいて来た。


 秋斗は弓を投げ捨てると、立てかけておいた六角棒を手に取る。そして猛然と前に出た。その彼にまず飛びかかって来るのは二体のゴブリン・ソルジャー。だが雷魔法の影響か、その動きは精彩を欠いている。秋斗は小気味よく六角棒を振り回しそれを撃退した。


「シキ、残りは!?」


[ロードを入れて六!]


 シキの返答に秋斗は頷く。ゴブリン・ロードが残っているとはいえ、六体の中には召使いゴブリンも含まれており、実際に警戒するべきは四体ほど。しかもすでに雷魔法で少なくないダメージを受けている。加えてゴブリン・メイジはもう残っていない。つまり魔法は気にせず、物理で殴り合えばよいのだ。無論、秋斗に殴られる気はないが。


 秋斗は鋭く踏み込んでまずはゴブリン・ソルジャーに仕掛けた。六角棒の一撃は盾でガードされたが、そのまま押し込んで後ろに突き飛ばす。さらにフォローに入ろうとした別のゴブリン・ソルジャーの足を払って転ばせた。秋斗は止めをさそうとして六角棒を振り上げるが、そこへシキの警告が響く。


[アキ、後ろだ!]


 秋斗は反射的に身を翻す。見れば召使いゴブリンが短剣を手に背後に迫っていた。「無視して良い相手ではなかった」と、秋斗は顔を歪めながら舌打ちする。そして六角棒を振るって召使いゴブリンの頭部を強打して仕留めた。しかし次の瞬間、秋斗の背中がぞわりと粟立つ。


「ギィィィィ!」


 低い雄叫びを上げながら、ゴブリン・ロードが得物を振りかぶる。ゴブリン・ロードは本当に巨体だ。身長は間違いなく二メートルを超えている。体重も二〇〇キロオーバーだろう。腹はでっぷりとしているが、腕や胸それに脚は大きな筋肉でゴツゴツとしていた。


 振りかぶる得物は大きなモーニングスター。秋斗は勢いよく叩きつけられるトゲのついた凶悪な鉄球をかわし、六角棒をゴブリン・ロードのスネに叩き込む。手応えは硬い。どうやら骨を砕くまではいかなかったようだ。だがダメージは通った。


「ギィィィィ!?」


 ゴブリン・ロードが絶叫を上げてスネを押える。秋斗は追撃はせずに距離を取った。そしてゴブリン・ソルジャーと召使いゴブリンを次々に叩きのめしていく。そして取り巻きを全て倒してから、彼は改めてゴブリン・ロードと向かい合った。


「ギィィィィ……!」


 ゴブリン・ロードが低く唸る。秋斗は視線を逸らさないようにしながら、六角棒を構えてゆっくりと位置取りを変えていく。そしてやや斜めの位置から鋭く踏み込んで間合いを詰めた。ゴブリン・ロードも彼に合わせてモーニングスターを振るう。秋斗は急制動をかけてトゲのついた鉄球をやりすごした。


 秋斗のすぐ目の前を、凶悪な凶器が風を引きちぎりながら通り過ぎていく。もしこれが当たったら、彼の頭は水風船みたいにはじけ飛ぶだろう。頭だけでなく、身体のどこに当たってもただでは済まない。それが容易に分かる一撃だ。


 彼は背中に冷や汗を流しつつ、六角棒を繰り出した。狙うのはモーニングスターを握るゴブリン・ロードの右手。その攻撃は確かに当たったが、しかしゴブリン・ロードは武器を手放さなかった。


「……っ」


 秋斗は顔を険しくしながら思わず舌打ちをする。そして即座にその場から動いた。姿勢を低くし、ゴブリン・ロードの右側へ潜り込むように間合いを詰める。ゴブリン・ロードはそれを嫌がり、肘打ちで秋斗の頭を狙った。


[しゃがめ!]


 頭の中でシキの声が響くのと同時に、秋斗は膝を曲げてしゃがんだ。急にしゃがんだせいで、彼は前のめりに転がる。そんな彼の頭上を、ゴブリン・ロードの肘と続けざまに振るわれたモーニングスターが通り過ぎていく。


 秋斗は急いで身体を起こす。彼の目の前にあったのは、ゴブリン・ロードの太い脚。秋斗は片膝立ちになって、思い切りその膝を突く。関節への一撃はさすがに効いたようで、ゴブリン・ロードはガクンと体勢を崩した。


「ギィィィィ!」


 しかしそのまま倒れ込むようなゴブリン・ロードではない。体勢を崩しつつも踏ん張り、左手の拳を固めて秋斗に殴りかかる。彼は片膝立ちで俊敏には動けない。顔を強張らせつつ、六角棒を繰り出してカウンターを狙う。その一撃は見事にゴブリン・ロードの額を捉えた。しかし……。


「ギィ……!」


 首を仰け反らせながらも、ゴブリン・ロードの目は力と敵意を失わない。それどころか左手で六角棒を掴もうとする。秋斗は慌てて六角棒を引き、立ち上がってゴブリン・ロードの側面に回り込む。


 秋斗は連続で六角棒を振るった。ゴブリン・ロードの身体に次々と打撃が決まる。ゴブリン・ソルジャーであれば十分に倒せる攻撃だ。しかしゴブリン・ロードは倒れない。見た目通りの、いや見た目以上のタフネスだ。


「六角棒の、鈍器の弱点が出たな……」


 秋斗は小さくそう呟いた。もちろん叩いた分だけダメージは入っているはず。だがゴブリン・ロードは倒れない。ゴブリン・ロードにとっては全て耐えられる攻撃だからだ。関節に当てても動きがほとんど鈍らないのだから相当である。


 そしてゴブリン・ロードもどうやらそのことに気付いたようだ。だんだんと防御がおざなりになり、それと反比例するように動きが攻撃的になる。ゴブリン・ロードは六角棒が身体に当たるのをいとわずにモーニングスターを振るう。逆に秋斗は回避を優先せざるを得ず、だんだんと攻撃の手数が減っていく。彼は顔を険しくした。


 彼にとって幸いだったのは、モーニングスターが決して扱いやすい武器ではないことだろう。デタラメに振り回せば、トゲの付いた凶悪な鉄球はゴブリン・ロード自身に当たりかねない。それでゴブリン・ロードの攻撃のペースは比較的ゆっくりで、しかも単調だ。それでモーニングスターの動きにさえ注意していれば、回避はそれほど難しくなかった。


 そうしている内にだんだんと秋斗もペースが掴めてきた。彼は集中力を高めてチャンスを待つ。そしてゴブリン・ロードの攻撃をかわしてから、鋭く六角棒を突く。その攻撃は正確にゴブリン・ロードの右手首を捉えた。


「よしっ!」


 秋斗は思わず声を上げた。今度こそゴブリン・ロードの手から武器を奪ったのだ。だが次の瞬間、彼の顔は凍り付く。ゴブリン・ロードが左手を振りかぶっていたのだ。モーニングスターばかり気にしていた彼は、それに気付くのが一瞬遅れてしまった。


「しまっ……」


 秋斗はゴブリン・ロードの左ストレートを回避できなかった。だが咄嗟のガードは間に合った。彼は腕を交差させ、籠手でゴブリン・ロードの拳を受け止める。彼の身体は勢いよく後ろへ下がった。


(いっつぅ……!)


[アキ、大丈夫か!?]


 シキの声に秋斗は小さく頷く。骨が折れたのではないかと思うほどの衝撃に、彼は若干涙目だった。両腕と肩にかけての骨と筋肉がギシギシと軋んでいる。それでもガードを抜かれなかったのは、間違いなくこれまでに溜め込んだ経験値のおかげだ。


「ギィィィィ!!」


 ここが勝負所とみたのだろう。モーニングスターを拾うこともせず、ゴブリン・ロードが雄叫びを上げて突貫する。コンクリートの床の上を削るように滑っていた秋斗は、脚に力を入れて何とか踏ん張る。そしてはっと気付いた。後ろがもう屋上の縁であることに。


「…………っ」


 秋斗が息を呑んだ。その間にもゴブリン・ロードはどんどん間合いを詰めてくる。秋斗は覚悟を決めて腰を落とす。そしてゴブリン・ロードの大振りな右ストレートをかいくぐって側面に回る。そして体重が乗るロードの左足の膝へ一撃を加える。するとさすがにロードはバランスを崩した。


「こんのっ!」


 間髪入れず、秋斗はゴブリン・ロードのケツを足で押すようにして蹴る。バランスを崩していたゴブリン・ロードは前につんのめり……、


「ギィィィィ……!?」


 そのまま、屋上から転落した。二拍ほどして、下から鈍い打撃音が響く。秋斗は大きく息を吐いた。そして屋上から下をのぞき込む。すると、なんとゴブリン・ロードはまだ生きていた。


「ウソォ!?」


 秋斗は焦って魔石を取り出し、思念を込めて下へ投げる。冷静になって考えれば、ゴブリン・ロードはもう虫の息でそこまで焦る必要はなかったのだが。ともかく雷魔法で止めをさし、秋斗は脱力気味にもう一度大きく息を吐くのだった。


秋斗「二足歩行生物共通の弱点、それはおスネちゃんだぁああ!!」

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― 新着の感想 ―
[一言] やっとこの小説の楽しみ方が分かりました。街や人間との交流がなく、ひたすら探索をテーマにしている。エルデンリングと同じノリですね。但し、こちらは目標がないのが問題かな。
[一言] ああ、危ない危ない・・・。勝ちパターンが通らない相手だとこういうこともありますね。
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