東京遠征13
百貨店エリア十五階の広いフロアで回収した魔石は全部で二十八個。最初にシキが告げた「二十三体」と比べ数が多い。どうやら別のフロアから駆けつけてきた個体もいたようだ。
十五階には階段を上がってすぐの広いフロアの他にも部屋があったのだ。ただ十五階の床面積は他の階とほぼ同じ。必然的に部屋数は少なくなる。“援軍”の数が少なかったのもそれが関係しているのだろう。
さてその十五階の数少ない部屋の一つに、敵が残っている部屋があった。他の部屋はすでに空だったが、そこには警備のゴブリンが残っていたのだ。全五体で、ゴブリン・メイジが一体の、残り四体は全てゴブリン・ソルジャーだった。
精鋭が配置されている、と言っていい。しかも先ほどの戦闘には駆けつけてこなかった。よほど大事なものを守っているのだろう。「ゴブリンの宝物庫」が現実味を増したように思えて、秋斗は期待に胸を膨らませた。
秋斗はそっと魔石を握る。そしてゆっくりと思念を込めていく。物陰に隠れているからなのか、それとも隱行のポンチョを装備しているからなのか、ゴブリン・メイジらが彼に気付いた様子はない。そこへ秋斗は魔石を投げ込んだ。
彼はすぐに物陰に身を隠す。次の瞬間、けたたましい放電音が響いた。それが収まるのを待ってから、彼は六角棒を手に部屋の中へ殴り込んだ。雷魔法をくらい、敵はそれぞれグッタリしている。彼はまずゴブリン・メイジを始末した。
「ギギィ……!」
四体のゴブリン・ソルジャーが、それぞれ得物を構える。だが身体が重そうだ。雷魔法がしっかりときいたらしい。秋斗にとっては好機だ。六角棒を振り回して、たちまち二体を叩き伏せた。
「ギィィ!」
雄叫びを上げ、ゴブリン・ソルジャーが棍棒を振りかぶる。やぶれかぶれだ。気迫は大したものだが、勢いで身体を動かしているような感じである。要するに隙だらけで、秋斗は容赦なくその隙を突いた。
彼はまず腹に一撃を入れて突き飛ばし、さらに側面に回ろうとしていたもう一体のゴブリン・ソルジャーを横薙ぎに払い飛ばす。二体ともそれぞれ壁に激突し、起き上がれずにうずくまった。もう動けなさそうだが彼は気を緩めず、その二体にきっちりと止めをさした。
「ふう」
敵を倒し終えると、秋斗は大きく息を吐いた。ゴブリン・メイジらが精鋭であったことは間違いない。だが最初の雷魔法でほぼ勝敗は決した。やっぱり奇襲が成功すると楽だな、と彼は思った。
戦利品を回収してから、秋斗は部屋の奥へ目を向ける。そこにはもう一つ小部屋があった。いや部屋という程の大きさではない。物置か、ウォーキングクローゼットと言った感じだ。彼はそこをのぞき込み、そして顔をほころばせた。
「よしっ!」
秋斗は思わずガッツポーズをした。小部屋の中には雑多な物品が積み上げられている。パッと見た限りでも、ガラス瓶から銀食器と思しきものまであった。中でも彼を喜ばせたのは宝箱だった。宝箱(白)が一つ、宝箱(青)が一つ。合計で二つの宝箱を手に入れ、彼は嬉しそうに頷いた。
「宝箱が二つか。まあまあだな」
秋斗は満足げにそう呟く。宝箱(青)を開けるには「青の鍵」が必要だが、そちらはストックがある。持て余すことはない。ただ宝箱(白)を含め、秋斗はこの場で宝箱を開けることはしなかった。幸運のペンデュラムを事前に使うためである。きっと良い物が手に入るに違いない。
ゴブリンの宝物庫にあったものを、秋斗は片っ端からストレージに放り込んでいく。価値の有りそうな物から無さそうな物まで取捨選択はせずに全部だ。どうしてもゴミにしかならないものがあったとして、それはシキが捨てるだろう。
「武器がなかったな」
空っぽになった宝物庫を見渡して、秋斗が少し意外そうにそう呟く。彼の言うとおり、宝物庫に武器はなかった。ガラス瓶など武器代わりにできそうな物はあったが、剣や槍、それに盾などの武器や防具は一つもなかった。
もっとも、武器や防具はここまでで(質はともかく)それなりの数がドロップしている。だから宝物庫に武器がなくても、そのことに不満はない。だがこうして宝物庫があるということは、ゴブリンらは曲がりなりにも物品を管理していたはず。それで秋斗は小声でこう呟いた。
「別に武器庫でもあるのかな」
[十五階までのマッピングは終わっている。武器庫らしき場所はなかった。……それに装備品は使ってこそ意味のあるものだ。建物の中にいたゴブリンらに配っていたのではないのか]
シキの推察に秋斗も「なるほど」と呟いて頷く。この百貨店エリアの下の階では、武器とも言えないようなモノを振り回しているゴブリンも多数いた。つまり全体として武器の数は足りていなかったのだろう。そう考えれば、ここに武器や防具が保管されていないことも納得できる。
「ま、そういう設定なのかもしれないけどな」
秋斗は肩をすくめてそう付け足した。アナザーワールドについては、分からないことの方がまだまだ圧倒的に多い。細かい部分まで気にしても仕方がないだろう。
「さて、と。じゃあ最後はボスだな」
宝物庫の一つ手前の部屋に戻ってくると、秋斗はそう言って好戦的な笑みを浮かべた。十五階のマッピングはすでに完了している。だがボスの姿はなかった。とはいえそれはこのエリアにボスがいないことを意味しない。まだ探索していない場所が残っている。そう、屋上だ。そして屋上へ上がるための階段はすでに見つけてあった。
[すでに成果は得た。ここで切り上げる、という手もある]
少々前のめりな秋斗にシキがそう提案する。ボスがゴブリン・キングなのかゴブリン・ロードなのかそれともはたまた別のゴブリンなのか、それは分からない。だがソルジャーやメイジよりもさらに上位のゴブリンであることは容易に想像できる。また取り巻きも多数引き連れているに違いない。
どうしても倒さなければならない相手、というわけではないのだ。むしろ手強いと分かっている相手に挑むのは、無用のリスクとも言える。もちろんドロップやそれなりの経験値は得られるだろう。だがそれも数をこなせば代替可能。地下墳墓のボスだったリッチとは違うのだ。
だが秋斗に「ここで退く」という選択肢はない。そもそもこのエリアの攻略自体、手間取ったわけではないのだ。ボスは上位種であると予想されるが、勲と出会ったときに彼が最後に倒した大きなゴブリン程度であれば、秋斗は問題なく倒せる。つまり彼にとっては十分許容できるリスクだ。それで彼はシキにこう答えた。
「ここで止めたんじゃ消化不良だろ。あのホテルに泊まる事なんて、もうないかもしれないし。きっちりとクリアして、豪華なディナーと洒落込もうぜ」
[アキがそう言うなら、わたしはサポートするだけだ]
「サンキュ。じゃ、行くか」
そう言って秋斗は屋上へ向かった。彼はコンクリートの階段を、足音を立てないように上る。踊り場で折り返すと、上の方から日の光が差し込んでいる。秋斗は六角棒を握りしめてそっと残りの階段を上り、出入り口の陰から屋上の様子を窺った。
「お、いたいた……」
百貨店エリアの屋上には、思った通りボスがいた。中庭から持ってきたのだろうか、木の枝を組み合わせて仮小屋を造り、その下で日差しを避けながら胡座をかいている大きなゴブリンがいる。見た限り冠は被っていないようなので、秋斗はそのモンスターを「ゴブリン・ロード」と呼ぶことにした。
仮小屋の正面は、秋斗から見て右の方向を向いている。どうやらゴブリン・ロードは屋上からの眺めを楽しんでいるらしかった。手には杯があり、近くには果実のような物がおかれている。あの果物は中庭にはなかったな、と秋斗は思った。
ゴブリン・ロードは冠こそ被っていなかったが、首飾りや指輪などのアクセサリーをジャラジャラと身につけている。まるで頭の悪い成金のようで、ファッションには疎い秋斗でも分かる品の悪さだ。
ただゴブリン・ロードのセンスが悪くても、アクセサリーそのものの価値には関わりはない。遠目に見ているだけなので本当に値打ち物なのかは分からないが、「もしかしたら高く売れるんじゃね」と秋斗は頭の中で皮算用をした。
さて屋上にいるのはゴブリン・ロードだけではなかった。予想通り、数体の取り巻きがゴブリン・ロードの周囲を固めている。ただその内の何体かは召使いのようで、青々とした葉の付いた枝を団扇代わりにしてロードを扇いだり、果実を搾ってジュースを杯に注いだりしていた。ちなみに召使いは、ゴブリンにしては身なりが整っていて、なんだかシュールだった。
もちろん、取り巻きは召使いばかりではない。きっちりと武装したゴブリン・ソルジャーがゴブリン・ロードを警護している。さらに杖を持つゴブリン・メイジも混じっている。宝物庫の警備をしていたゴブリンらと同じく、精鋭が配置されていると見て間違いないだろう。無論、召使いは除くが。
「シキ。俯瞰図を出してくれ」
秋斗がそう言うと、彼の視界に俯瞰図が表示される。俯瞰図の中心にいる青いドットは彼で、そこから少し離れたところに一回り大きな赤いドットがあり、その周囲にも赤いドットが散らばっている。
一回り大きな赤いドットがゴブリン・ロードで、その他の赤いドットが取り巻きだ。赤いドットの数を数えて見ると全部で十二個ある。少し多いな、と秋斗は思った。
精鋭ゴブリンさん「強盗だぁ!?」