東京遠征12
秋斗が十五階に上がってまず思ったのは「広い」ということだった。実際に床面積が広いわけではない。壁がないので広く感じるのだ。もちろん十五階がワンフロアなのかはまだ分からない。だが階段を上がった先にあったのは広い空間だった。
広い空間には、それに見合うだけの敵がいる。秋斗の脳裏でシキが「二十三」とモンスターの数を伝えた。秋斗は一度撤退しようと思ったが、そこへ彼目掛けて魔法が放たれる。隱行のマントを装備しているのに、だ。どうやら階段を監視していた個体がいるらしい。
魔法を回避したせいで、秋斗は階段から離れてしまった。さらにゴブリンらが群がるようにして彼の方へ寄ってくる。もう全てのゴブリンが彼に気付いたと思った方がいいだろう。
「……っ」
秋斗は思わず舌打ちした。これではもう、容易には撤退できない。彼は腹をくくった。だがやみくもに突撃することはしない。彼はまず敵の少ない方へ走り出した。囲まれるのを避けるためだ。
二十三体いるらしいモンスターの中には、小柄なゴブリンもホブ・ゴブリンもゴブリン・ソルジャーもゴブリン・メイジもいる。オールスターだな、と秋斗は笑った。シキがプロテクションの魔法をかける。これで準備は整ったとばかりに彼は笑みを深くした。
「はあぁぁぁぁああ!!」
速度を上げ、突撃する。腹をくくった以上、躊躇っていてもいいことはない。まずは敵の数を減らす。そう考えて秋斗はまず小柄なゴブリンを狙った。猛然と六角棒を突き出し、一撃でゴブリンの頭部を破壊する。さらにそのまま六角棒を力任せに横へ振り回し、もう一体のゴブリンをコンクリートの壁に叩きつけた。
「ギギィ!」
「ギィギィ!」
「ギギギィ!」
ゴブリンらがわめく。もともと敵意を持っていたはずだが、さらに殺気立ったように秋斗には感じられた。赤々とした目に激情をたぎらせて秋斗の方へ殺到する。彼は囲まれないように足を動かした。
秋斗は小走りになりながら、孤立気味の敵を狙っていく。なるべくは倒してしまいたいが、難しそうなら無理はしない。一撃か二撃だけ入れて、すぐにその場を離れる。ヒットアンドアウェイだ。
もちろん相手は突っ立っているだけの的ではない。武器を持ったモンスターだ。秋斗の攻撃に合わせて反撃してくる。それを防御すれば足が止まってしまう。回避が主体だ。だが攻撃しなければただ逃げ回るだけになってしまう。
いくら広いとは言えここは建物の中。それではすぐに追い詰められてしまうだろう。だから秋斗としては回避と攻撃を両立させなければならない。そのためには高い集中力が求められた。
「ギギィ!」
ホブ・ゴブリンが槍を繰り出す。秋斗も六角棒を繰り出してそれを迎え撃った。ただし彼が狙ったのは槍を握るホブ・ゴブリンの手。相手が突き出している分だけ、秋斗は遠くから攻撃できる。それで槍の穂先は空を突いただけに終わったが、六角棒の先端は見事にホブ・ゴブリンの手を強か打ち据えた。
「ギィ!?」
ホブ・ゴブリンが悲鳴を上げる。その隙に秋斗は六角棒を小さく上下に振るい、ホブ・ゴブリンの手から槍をたたき落とす。そこへ「アキ!」とシキの声が響いた。理由は分かっている。彼を狙って背後から魔法が放たれたのだ。ゴブリン・メイジの仕業である。
悩む暇はない。秋斗は鋭く前へ踏み込んだ。そして六角棒をホブ・ゴブリンの腹にめり込ませ、そのまま身体を回転させて背後へ放り投げる。ホブ・ゴブリンはそのまま火炎弾に激突して悲鳴を上げた。魔法への対処と敵の排除。一石二鳥を実現させ、秋斗は会心の笑みを浮かべた。
だがその笑みもすぐに引っ込める。敵の数はまだ多い。秋斗は足を動かし続けた。その前にゴブリン・ソルジャーが三体立ち塞がる。向こうから仕掛けて来る様子はない。秋斗の足を止めることが狙いだ。彼はすぐに進路を変えた。
そこへ矢と投石が襲いかかる。秋斗は六角棒で矢を振り払い、籠手で顔をガードした。かわしきれなかった石が彼の身体に当たる。痛い。だがプロテクションのおかげで十分に耐えられる。
彼は進路を少し変え、矢と石が飛んできた方へ突っ込む。また石が飛んできたが、顔に当たるもの以外は無視する。そしてゴブリンが次の矢をつがえる前に間合いを詰めて一撃をくらわせた。
「ギィ!」
弓を持っていたゴブリンが、悲鳴を上げて後ろへ吹き飛ぶ。追撃はせず、秋斗は六角棒を振り回してその周囲にいたゴブリンらを蹴散らした。確実に倒せたのは一体のみ。だが秋斗は気にせずその場を離脱する。そこへ一拍遅れて火炎弾が飛んできて、コンクリートの床を焦がした。
「メイジが邪魔だな……」
顔を険しくしながら、秋斗はそう呟いた。シキが言うにはゴブリン・メイジは二体。視線を動かしてその姿を探すと、それぞれホブ・ゴブリンやゴブリン・ソルジャーの後ろに隠れている。突っ込んで先に片付ける、というのは難しそうだ。
そしてこのまま動き続けて敵を攪乱する、というのもそろそろ難しくなってきた。いくら広いとはいえ室内。動き回るにも限度がある。追う側からすれば先回りも難しくない。実際、秋斗は徐々に壁際へ追い詰められていた。
秋斗がチラリと後ろを振り返る。それから走る速度を上げた。それもコンクリートの壁の方へ向かって。そして大きく跳躍した。彼は壁に足をつけ、そのまま一歩壁を上る。そして壁を蹴り、後を追ってきたゴブリンどもの頭上をまるでバク転するかのように一回転して飛び越える。
「……っとぉ!」
ややバランスを崩したものの、秋斗はちゃんと両足で着地した。こんな曲芸じみた真似はもちろん初めてだが、思いのほかイメージ通りに身体が動いた。レベルアップの恩恵だ。彼はそれを強く感じた。
秋斗が目の前からいなくなってしまってゴブリンどもが騒ぐ。その騒ぎを尻目に、秋斗は身を翻して距離を取った。ゴブリンらもいつまでも騒いでいるわけではなく、すぐに回れ右をしてまた彼の後を追う。
ゴブリンらが後を追ってくるのを背中で感じながら、秋斗は魔石を取り出して左手に握った。そして思念を込める。十分に思念を込めたところで、壁際まで一気に走る。そして背後を振り返り、ゴブリンらへ魔石を投げた。
次の瞬間、けたたましい放電音が鳴り響き、紫電がまるで花火のように広がった。その紫電は秋斗の後を追っていたゴブリンらを巻き込んで焼く。ゴブリンらはいつの間にか一塊になっていたのだ。ゴブリンらは絶叫を上げ、中にはそのまま力尽きる個体もいた。
その様子を秋斗は肌にピリピリとしたものを感じながら見ていた。雷魔法は効果範囲が広い。もしかしたら自分まで巻き込まれるかも知れないと覚悟していたが、どうやらそれは避けられたようだ。いや、完全に避けられたのかは分からないが。とにかく気にするほどではない。
秋斗はギュッと六角棒を握った。そして紫電が収まると、生き残ったゴブリンら目掛けて突撃する。息も絶え絶えな様子のホブ・ゴブリンの頭をかち割り、武器を拾おうとしているゴブリン・ソルジャーをしばき倒す。彼は六角棒を振り回して次々に敵を仕留めた。
「ギィ……!」
秋斗から距離を取ろうとするのが数体。その中にはゴブリン・メイジの姿もある。他と比べるとダメージは少なそうだ。「メイジは魔法への耐性があるのだろうか」。秋斗はそんなことを考える。ともかく、ここで逃がすのはうまくない。
秋斗は六角棒を逆手に持ち替え、逃げるゴブリン・メイジ目掛けて投げつけた。それがしっかりと当たるのを視界の端で確かめながら、秋斗はショートソードを抜いてもう一体のゴブリン・メイジを探す。もう一体はもう少しで魔法の準備を終えるところだった。
「……っ」
秋斗の顔が強張る。魔法の発動前にゴブリン・メイジを仕留めるのはもう無理だ。彼は咄嗟に射線上にホブ・ゴブリンを挟む。そしてド突くように蹴り飛ばしてゴブリン・メイジの視界を塞ぐ。魔法は放たれなかった。どうやらキャンセルしたらしい。
その隙に秋斗は弧を描くようにして動いて、ゴブリン・メイジの側面に回り込む。その途中にゴブリン・ソルジャーがいて、槍を突き出して彼の動きを阻もうとする。秋斗は足を止めず、槍の穂先を避けて間合いを詰め、敵の顔を切りつけた。
「ギィィィィ!?」
ゴブリン・ソルジャーが悲鳴を上げる。一方で秋斗も険しい顔だ。剣での戦い方というか、使い方がまだよく分からないのだ。
ゴブリン・ソルジャーが両手で顔を覆う。敵が手放した槍を秋斗は素早く拾った。ゴブリン・ソルジャーにショートソードで止めをさすと、その槍を右手に持ち替える。そして六角棒と同じように槍を振り回してさらに数体のゴブリンを手早く排除。ゴブリン・メイジと一対一の状況を作り出し、その胴を槍で貫いた。
「やっぱり長物のほうが使いやすいな!」
[振り回しているだけだがな]
頭の中でシキがそうつっこむと、秋斗は楽しそうに笑顔を浮かべた。全部で二十三体いた敵もずいぶんと数が減っている。やはり雷魔法がきいた。そして二体いたゴブリン・メイジも片付けてある。
攻守は逆転した。さっきまで逃げ回っていた秋斗が、逆にゴブリンらを追い回していく。そして一体ずつ片付けた。最後のゴブリン・ソルジャーを倒すと、秋斗はさすがに大きく息を吐いた。
「終わったぁ~」
[お疲れ。上々の戦果だな]
そう言ってシキが秋斗をねぎらう。実際、多少のダメージは受けたものの、「一方的に勝った」と言っていい内容だ。秋斗も手応えを感じ、満足げに一つ頷いた。
それから彼は戦利品を回収する。六角棒とショートソードも拾い、彼は装備を元に戻した。そして視線を階段とは別の出入り口へ向ける。
十五階のマッピングはまだ終わっていない。
ゴブリンさん方「袋のネズミだぜ!」