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東京遠征11


 仮眠から目を覚ますと、秋斗はあくびをしながら時計を見る。時刻は午後四時過ぎ。秋斗はベッドから出て身体をほぐす。そして「よし」と呟いた。


 次のアタックで百貨店エリアをクリアする。キングだかロードだか分からないが、そういうボスモンスターが多分いるだろうから、それを倒すのだ。そして宝物庫を暴く。秋斗はそのつもりだった。


「夕飯は、いやディナーはルームサービスで豪勢にしてやる。きっちりクリアして、気持ちよく飯を食うぞ」


[アキがそれを望むのなら、わたしはサポートするだけだ]


 秋斗は一つ頷いてからダイブインを宣言する。スタート地点の小部屋で十秒チャージなゼリーを二つ飲み干してエネルギー補給してから、彼は階段を上って一気に十四階に向かった。


「やっぱ疲れるな……」


 十四階に上がったところで秋斗は小さくそう愚痴った。階段で一気に十四階だ。なかなか足にくる。だが息が上がっているわけではないし、動こうと思えばまだ幾らでも動ける。レベルアップの恩恵だ。


 さて十四階も十三階と同じく、一度戦闘が始まればその音を聞きつけて周りからゴブリンたちが集まってくる。その中には当然ホブ・ゴブリンやゴブリン・ソルジャーの姿があり、彼らの装備は充実している。さらに十四階からはゴブリン・メイジ、つまり魔法を使うゴブリンも混じるようになった。


 魔法は強力だ。一発でもくらえば大怪我をするだろう。そして廊下は幅が狭い。横に回避しづらいのだ。回り込むことはできず、さらに前衛が防御を固めてしまえば近づくことは難しい。魔法を使う者にとっては絶好の戦場だろう。


 だが秋斗がゴブリン・メイジに苦戦することはなかった。彼は相手の得意な場所を避けたのだ。彼は駆けつけてくるこの階のモンスターの習性を利用し、十三階の時と同じく十四階のゴブリンどもを散々に連れ回した。


 つまりトレインしたわけだが、秋斗の他にプレイヤーがいるわけではない。誰かに迷惑がかかるわけでもないので、彼は心置きなくゴブリンらを引き連れて走り回った。彼はゴブリンどもを翻弄し続けた。


 それができるのはシキのナビがあるからだ。おかげで行き止まりに追い詰められることはない。ただそのために時折、進路を塞ぐように敵が現われたり強引に突破する必要があったりしたが、突き飛ばしたり壁を走ったりして、秋斗はなるべく足を止めなかった。


 そしてゴブリン・メイジである。ゴブリン・メイジは足が遅い。また魔法を放つにはタメがいる。詠唱している間に秋斗の姿を見失い、後を追っても追いつけず、そうこうしているうちに彼我の間に多数の味方ゴブリンがひしめいていて魔法を放とうにも放てなくなる。ゴブリン・メイジは無力化されていた。


[アキ、そろそろいいぞ]


 シキの声が秋斗の頭の中で響く。秋斗は走りながら魔石を取り出して左手に握った。思念を込めつつ走るスピードを少し緩める。そして頃合いを見て、走りながら手首のスナップだけを使い魔石を後ろへ投げた。


 同時に角を曲がり、一拍おいて発動した雷魔法をやり過ごす。けたたましい放電音と一緒に、ゴブリンらの悲鳴が響く。秋斗は一度深呼吸して息を整え、雷魔法が収まるのを待って角から飛び出した。


「ギィィィィ!」


 ゴブリン・ソルジャーが腹立たしげに吼える。秋斗はそのゴブリン・ソルジャーの腹を六角棒で痛打して後ろへ突き飛ばす。だがまだ倒せていない。「追撃を」と思ったが、後ろでゴブリン・メイジが詠唱を始めていることに気付き、彼は即座に身を翻した。そしてまた走り出す。


 一度雷魔法をくらわせたことで、ゴブリンたちの勢いは弱まった。赤々とした目をさらに血走らせて追ってくるのは変わらないが、背後から感じる圧が違う。秋斗はもう一度魔石を握り、思念を込めてから後ろへ投げる。ただし今度は身体ごと後ろを振り返り、少し後ろを狙って魔石を投げた。


 秋斗はそのまますぐに前を向く。ゴブリンの側からは、彼がいきなり一回転したように見えただろう。そして彼は角を曲がる。その直後、雷魔法が発動して再びけたたましい放電音が響いた。


 角を曲がり少し進んだところで、秋斗は身を翻して六角棒を構えた。彼が二呼吸ほどしたところで、彼の後を追ってゴブリンらが角を曲がってくる。それを見て、彼はスッと視線を鋭くした。


 彼の視界にはその様子と重ねて、敵を赤いドットであらわす俯瞰図が表示されている。その俯瞰図の示すところによれば、角を曲がってきた第一陣の後ろは動きが鈍い。雷魔法をくらったせいだ。つまり敵は一時的にだが前後に分断された状態になっているのだ。


「……っ」


 秋斗は鋭く踏み込み、後を追ってきたゴブリンらに襲いかかった。最初の一撃でホブ・ゴブリンの頭をかち割り、次の一撃で小柄なゴブリンの喉を突く。もう一体を壁に叩きつけ、斬りかかってきたゴブリン・ソルジャーをいなしてその膝裏をブーツで踏みつける。つんのめったゴブリン・ソルジャーの頭部へ、彼は六角棒を上から叩きつけた。


 四体の敵を倒すとすぐ、秋斗は視界に映る俯瞰図を確認する。敵の動きはまだ鈍い。彼は三つ目の魔石を取り出し、思念を込めると角から身を乗り出してそれを投げる。放電音が響くのと同時に、俯瞰図の中の赤いドットが一気に数を減らした。


 それを見て秋斗は通路の角から飛び出した。だがすぐにゴブリン・メイジが詠唱を始めていることに気付く。しかも二体。進むべきか引くべきか。逡巡は一瞬。彼は六角棒を投げつけて片方の詠唱を潰す。そしてショートソードを鞘から抜くと、猛然と間合いを詰めた。


「ギィ! ギギィ!」


 もう一体のゴブリン・メイジがいよいよ魔法を放つ。しかしその時にはもう、秋斗は十分間合いを詰めていた。秋斗は左足を伸ばしてゴブリン・メイジの杖を弾く。魔力弾らしき魔法は明後日の方向へ飛んでいった。


 秋斗はそのまま左足で大きく踏み込んだ。そしてゴブリン・メイジをショートソードで斬りつける。いや斬ると言うよりは殴りつけたような格好になったが、ともかく攻撃は当たった。怯んだゴブリン・メイジの胸元へ、彼はショートソードを突き入れる。


「ギィ……!」


 ゴブリン・メイジの口から血がこぼれる。秋斗はそれを無感動に眺めた。彼はショートソードを引き抜き、先ほど六角棒を投げつけたもう一体のゴブリン・メイジを始末する。


 これでゴブリン・メイジは全て倒した。残っているゴブリンどもも、雷魔法のために動きが鈍い。秋斗は油断なく六角棒を拾い上げ、残りを倒していった。


「ふう……」


[お疲れ、アキ]


 トレインしたゴブリンらを全て倒し、秋斗は大きく息を吐いた。シキはそんな彼をねぎらいながらストレージを操作してドロップを回収している。そして手近なものを回収し終えると、来たルートを戻って放置していたドロップを回収していく。


 それを終えるとマッピングのために秋斗はまた歩き始めた。十四階のモンスターはひとまず全て倒したのかエンカウントはしない。ゴブリンのいない、無人の部屋を調べながら秋斗はふとこんなことを呟いた。


「……それにしても、メイジはやっぱり杖なんだな」


 イメージ通りというか、テンプレというか。まあそのおかげで、一目見て「メイジだ」と分かったわけだが。


[確かにさっきのメイジは杖を装備していたな。ドロップはしなかったが]


 シキが少し残念そうにそう答える。ちなみに地下墳墓で出現したメイジ系のモンスターはボスであるリッチだけで、取り巻きのブラックスケルトンは全て武闘派だった。そのため秋斗はいわゆる「魔法使いの杖」的な装備はまだ持っていない。


「オレも杖を使ったら、魔法の威力が上がったりするかな?」


[試してみる価値はあるだろう。ただアキの場合、魔法の使い方が少々変則的だからな。それに肝心の杖がない]


「その辺の木の枝じゃダメかな?」


[それっぽく加工することはできるが。だが実験するならちゃんとしたブツを使った方がいいだろう。不確定要素が多くては、データを比較検討できないからな]


「あ、いや、まあそこまでガチにやる気はないんだけどさ……」


 思いのほかシキが乗り気で、言い出した秋斗の方が引き気味だ。だが興味を持ったのか、シキは饒舌になってさらにこう語った。


[となるとやはり杖が欲しいところだな。ターゲットはメイジになるのだろうが、この階の感じからすると数は少ないと見える。ふむ、幸運のペンデュラムでも使っておくか?]


「クールタイムがまだ終わってないよ。それにメイジの数が少ないのは歓迎したいところだぜ、オレとしては」


 ついでに言うとこの百貨店エリアは全十五階建てで、つまり未攻略なのはあと一階しかない。終盤になってようやく出てきたことを考えると、ゴブリン・メイジはエリートで数が少ないのだろう。つまり杖がドロップするチャンスもそれだけ少ないことになる。


[杖がドロップするまで粘ったりとかは……]


「夕飯、ああいやディナー優先だな。とりあえず上でドロップすることを祈ろう」


 そう言って秋斗は階段へ向かった。残りはあと一階で、ゴブリンの宝物庫はまだ見つかっていない。もしも宝物庫があるなら十五階だろう。そして恐らくはボスがいるのも。秋斗は気を引き締めて階段を上った。


ゴブリン・メイジさん「ゼエ、ゼエ、ゼエ……!」(息切れのために詠唱ができないようだ)

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― 新着の感想 ―
[良い点] サポートがあるとしても普通に戦闘力が高まってますね [一言] 睡眠ダイブ連続の廃プレイにアイマスクが便利過ぎる
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