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東京遠征10


 そして戻ってきた十階。秋斗はすぐに整えた装備の恩恵を受けることに、はならなかった。確かに十階からは弓持ちのゴブリンが出現するようになったが、それが必ず混じっているわけではない。混じっていたとしても、そもそも無傷で勝てたのだ。もともと対処可能だったとも言えるわけで、装備を整えたからと言ってその差が露骨に出ることはなかった。


 ただやはり心構えが違うというか、余裕ができたように秋斗は感じていた。油断しているわけではない。ただ以前よりも、ゴブリンが近づいてくるのが怖くなくなった。防具で強くなったとは思わない。だが準備は自信に繋がる。そういう事なのだろう。


「ギギィ!」


 ホブ・ゴブリンが鉈を振り回しながら秋斗に迫る。彼は弓を手放し六角棒を手に取ると、冷静にホブ・ゴブリンの胸を突いた。モンスターは他にもゴブリンが四体いたのだが、全て弓で射殺している。ホブ・ゴブリンでも一体だけなら接近戦で十分に圧倒できる。そう計算しての事だった。


 胸を突かれたホブ・ゴブリンが体勢を崩す。秋斗はさらに連続で突いた。ホブ・ゴブリンは回避もままならない。腕を交差させて防御するが、腹が丸見えだ。秋斗はそこへ六角棒をねじ込んだ。


「グフゥ……!?」


 ホブ・ゴブリンが嘔吐気味に息と唾を吐く。そして腹を押えてうずくまった。秋斗はそこへ六角棒を上から振り下ろして叩きつける。グシャリというイヤな感触。頭をかち割られ、ホブ・ゴブリンは力尽きた。


「ふう」と息を吐いてから、秋斗はドロップを回収する。弓を持つゴブリンが出現するようになったことで、矢もドロップ品として手に入るようになった。ただ微妙に短くて、そのままでは使いにくい。パーツ取りに使うことになりそうだった。


 十階にもこれまでと同じく、多数の部屋がある。そこの攻略法はこれまでと一緒だ。つまり雷魔法を込めた魔石を投げ込んで先制攻撃を仕掛け、そこへ殴り込んで有無を言わさずに圧倒する。


 室内にも弓持ちがいることがあったが、そもそも部屋の中で弓は使いにくい。廊下で戦う時ほど脅威にはならなかった。それに雷魔法を喰らって動けなくなっている場合が多い。はっきり言って廊下より室内で戦う方が、秋斗としては楽だった。


 さて十一階に上がると、ゴブリンらの装備の質が目に見えて良くなった。武器だけでなく防具を装備しているヤツもいる。ホブ・ゴブリンの場合それが顕著で、これまで山賊だったのがいよいよ兵士になったという印象だ。


 もっともだからと言って秋斗が臆するわけではない。武装した人型のモンスターなど、城砦エリアで見飽きている。それどころかあそこではもっと装備の充実したドールと頻繁に戦わなければならなかったのだ。単純に比較はできないが、むしろゴブリンらのほうが戦いやすいように思えた。


「……それにしても、コレ、何の骨だ?」


 やや呆れたようにそう呟きながら、秋斗はドロップ品の一つを拾い上げる。それは何かの動物の頭蓋骨で、ゴブリンが兜代わりに頭に被っていたモノだ。当然ながら彼にはサイズが小さい。まあサイズが合ったとしても使う気はないが。


 問題というか、秋斗が気になったのは、これが動物の骨だからだ。つまり元の動物がいる。鋭い牙を見るに、肉食獣だろう。小柄なゴブリンとは言え頭にかぶれるサイズなのだから、元の動物はかなりの大きさに違いない。


 つまり大型の肉食獣がこの近くにいるかも知れないのだ。もちろん「ゴブリンの装備として用意されたただの設定」という可能性もある。だが本当に大型の肉食獣のモンスターが近くにいるかも知れないし、ゴブリンがそれを飼い慣らしている可能性だってある。


[飼っているとして、外か一階だろう。少なくともこの建物にはいないと思うぞ]


 秋斗の懸念をシキがそう言って否定する。確かに言われてみればその通りだ。秋斗は肩をすくめて考えすぎをごまかした。


「……で、シキ。コレもいるのか?」


[いる]


 シキがそう答えたので、秋斗は手に持っていた動物の頭蓋骨をストレージにしまった。何に使うのかは分からない。「薬に調合した」とか言われたら、その服用は断固拒否するつもりだ。かといって「調度品に加工した」と言われるのもイヤだが。


 十二階に上がると、ホブ・ゴブリンよりさらに大きなゴブリンが現われた。筋肉質だったり太っちょだったりと体型は様々だが、より強力なゴブリンであることは間違いない。秋斗はそれらをゴブリン・ソルジャーと呼ぶことにした。


 ゴブリン・ソルジャーの数はそれほど多くない。廊下にはほとんどおらず、だいたいは部屋の中で待ち構えている。そのおかげで雷魔法が有効だった。一度雷魔法を喰らわせれば、ゴブリン・ソルジャーといえども万全には戦えない。秋斗はこれまで通り一方的にモンスターを蹂躙できた。


「何というか、ドロップが充実してきたな」


 蹴散らしたゴブリンらのドロップを回収しながら、秋斗はそう呟いた。最初のころと比べ、武器や防具は見違えるほど立派な物がドロップするようになった。質で言えば地下墳墓のブラックスケルトンがドロップした武器が今のところ一番だ。だが城砦エリアでドールがドロップした武器と比べてもほとんど遜色がない。


 防具の中には革製の物も混じっている。ちなみにドールからは金属製の物しかドロップしなかったし、ゾンビやスケルトンにいたっては防具を装備してすらいなかった。だから革製の防具を手に入れたのは今回が初めてだ。


[ふむ。これはなかなか……]


 革製の防具にはシキが興味を示していた。単純な防御力でいえば、金属製の防具に劣るだろう。だが秋斗が防具を選ぶ基準が動きやすさであることをシキは知っている。それで革製の防具に興味を示したらしかった。


 充実してきたドロップは装備品だけではない。いわゆる装飾品の類いも数が増えてきた。今回も一つ、鉛色の指輪がドロップしている。素材が何なのかは見ただけでは分からない。だがそういう物が増えてきた。


 これは秋斗の勝手な想像だが、やはりゴブリン・ソルジャーはゴブリン社会の中でランクが高い、もしくはそういう設定なのだろう。同時にある程度管理されている印象を受ける。社会的地位に応じて装飾品が与えられているのなら、群れのトップがそれを管理しているということになる。であればゴブリンの宝物庫、本当にあるかもしれない。


「……にしても、腰蓑は相変わらずドロップするんだよな」


[うむ。数も一番多い]


「……まだいるのか? っていうか、ホント何に使うんだ?」


[…………]


 シキは答えない。だが自分でストレージを操作してゴブリンの腰蓑を回収した。それを見て秋斗は肩をすくめる。わざわざ咎めて止めさせるようなことではない。だが「ゴブリンの腰蓑なんて、本当に有効活用できるのだろうか?」という疑問は消えなかった。


 十二階をマッピングし終えると、秋斗は十三階に上がる。そしてこの階でまた難易度が跳ね上がった。さらに強力なゴブリンが出てきたわけではない。だがゴブリンたちの動き方がはっきりと変わった。


 これまでは直接遭遇したゴブリンらとだけ戦えば良かった。だが十三階からは戦闘の騒ぎを聞きつけた他のゴブリンらが別の場所から駆けつけてくるようになったのだ。たちまち多数のゴブリンに追われるようになった。


「地下墳墓を思い出すな!」


 六角棒を振り回してゴブリンをなぎ倒しながら秋斗はそう叫ぶ。モンスターが人型であることも含め、敵の方からワラワラと寄ってくるこの状況は、確かに地下墳墓とよく似ている。ただしあの時のように、聖属性魔法で一気になぎ払うことはできない。


 その一方でモンスターの密度は、今回の方がずいぶん低い。それにまさか無限ポップというわけではないだろう。つまり終わりがある。その予測が秋斗の、少なくとも心理的な負担は軽くしていた。


[アキ、後ろだ!]


「おっと!」


 シキの警告に反応し、秋斗が身体を翻す。次の瞬間、さっきまで彼がいた場所をゴブリン・ソルジャーの金棒がなぎ払った。秋斗はお返しとばかりにゴブリン・ソルジャーのみぞおちに六角棒をねじ込む。止めをさそうとしたとき、彼の頭の中にシキに声が響いた。


[アキ、走れ!]


 秋斗はすぐに走り出した。進むべき方向は、視界に投影された矢印が教えてくれる。さらに彼の視界には彼の後を追う敵の様子も赤いドットで表示されている。それを見ながら秋斗は左手に魔石を握った。


 魔石に思念を込めつつ、秋斗は走るスピードを調整する。そして引きつけたモンスターの一団目掛け、後ろを振り返らずに魔石を投げる。それから彼はすぐに角を曲がった。一拍の後、けたたましい放電音が響いた。


[よし、行け!]


「おおさ!」


 シキの声に背中を押され、秋斗は角を飛び出してモンスターの一団へ襲いかかった。雷魔法をまともにくらったゴブリンらはすぐには動けない。秋斗はあっという間にホブ・ゴブリンを含む三体を仕留めた。


「ギィィィィ!」


 低い金切り声を上げて、ゴブリン・ソルジャーが剣と盾を構える。赤々としたその目は怒りでさらに血走っているように見えた。秋斗は踏み込もうとするゴブリン・ソルジャーの眼前に小柄なゴブリンを蹴り飛ばしてその動きを阻害する。その隙に別のゴブリン・ソルジャーのスネを打って転ばせた。


「ギギィ!」


 苛立たしげなゴブリン・ソルジャーの声。見れば小柄なゴブリンを斬り捨てている。秋斗はその間に転ばせたゴブリン・ソルジャーにとどめをさした。そして即座に身を翻して走り出す。残ったゴブリンらは慌てた様子でその後を追った。


 そこから先は同じ事の繰り返しだ。秋斗はゴブリンらを引きつれて走り回り、適当なところで雷魔法をくらわせる。雷魔法を二度もくらったゴブリンらはその時点でほぼ全滅した。ゴブリン・ソルジャーが残っていたが瀕死で、秋斗はすぐにとどめをさした。


 ただどうやら新規に混じった個体もいたらしい。そういう個体は戦意を見せていたが、しかし数が少ない。秋斗は危なげなくそれらを全滅させた。それから彼はしばらく周囲を警戒する。だが新たなモンスターは寄ってこない。どうやら打ち止めらしいと思い、彼は小さく息を吐いた。


 それから秋斗は来たルートを戻り、放置していたドロップ品を回収する。そして十三階のマッピングを完了させた。この間、モンスターは現われない。どうやらこの階のモンスターは全て倒したようだ。加えて再出現にもある程度時間がかかるらしい。


 秋斗はストレージから菓子パンを取り出してそれを食べる。そして十四階へ行こうかと考え、しかし首を横に振る。彼は一度ダイブアウトして、仮眠を取ることにした。



ゴブリン・ソルジャーさん「腰蓑からの卒業! それがソルジャーの証!」

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