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東京遠征8


 皇国グランドホテルのスイートルームからダイブインした大きな建物、もしくは廃墟。百貨店エリアと勝手に名付けたその建物の三階に上がると、モンスターが少し手強くなったのを秋斗は感じた。


 出現するモンスターは相変わらずゴブリン。一階と二階は小柄なゴブリンばかりだったが、その中に一回り大きなゴブリンが混じるようになったのだ。


 ホブ・ゴブリンとでも呼ぼうか。そしてコイツは数名の雑兵をまとめる部隊長であるらしかった。


「ギィ! ギギィ!」


 ホブ・ゴブリンが声を上げる。秋斗に気付いたのだ。そしてその声で小柄なゴブリンたちも秋斗の接近に気付いて臨戦態勢を取る。それを見て秋斗は小さく舌打ちした。彼は速度を上げて突っ込んだ。


 三階に上がってから、はっきりと奇襲の成功率が下がった。ホブ・ゴブリンが周囲を警戒しているのだろう。一階や二階と比べると七割ほどだろうか。それでもまだ成功率は十分に高いが、こなすべき戦闘は一度や二度ではない。三割下がるのは大きかった。


「ギギィ!」


 ホブ・ゴブリンが声を上げ、それに合わせてゴブリンたちが石を投げる。秋斗は小刻みに六角棒を動かしてその石を払いのけた。そしてそのままスピードを落とさずに肉薄し、真っ直ぐに六角棒を突き出す。速度の乗ったその一撃は容易くゴブリンの頭を吹き飛ばした。


 秋斗はさらにそのまま六角棒を横に振るう。そして二体目のゴブリンの腹を強打して壁に叩きつけた。六角棒はそのままコンクリートの壁を打ち、「ギィィン!」と金属的な音を立てる。そのせいで手がしびれたものの、秋斗はその反動を利用して六角棒をフルスイングする。その一撃は三体目のゴブリンをしたたかに打ちのめした。


「ギィィ! ギィギィ!」


 あっという間に三体の取り巻きを倒され、ホブ・ゴブリンが悔しげに地団駄を踏む。そして右手に持った手斧を大きく振りかぶった。秋斗はバックステップで距離を取りつつ手斧の一撃を避けると、六角棒でホブ・ゴブリンの足下を払う。ホブ・ゴブリンはたちまちひっくり返った。


「この野郎!」


 倒れたホブ・ゴブリンを、秋斗は六角棒で上から叩く。反撃もガードもままならず、ホブ・ゴブリンはそのまま力尽きた。モンスターを全て倒し、秋斗は「ふう」と息を吐く。そしてドロップの回収を始めた。


 ドロップを回収すると、秋斗は三階の探索を再開した。これまでと同様、三階も幾つかの部屋が連なっている。ただ部屋の大きさはこれまでよりも少し広い。当然、部屋数は少なくなっている。


 部屋の中には、やはりモンスターがいる。しかも広くなった分、数も多い。そこへホブ・ゴブリンが混じるのだから、難易度はこれまでと比べて桁違いだ。……普通なら。本人にとっては幸運なことに、そしてモンスターらにとっては不幸なことに、秋斗は例外だった。


「シキ、数は?」


[六。うち、ホブが二]


 秋斗が次の部屋の中にいるモンスターの数を尋ねると、シキはよどみなくそれを答えた。さらに部屋の中のモンスターの位置を、秋斗の視覚に投影する。六つの点のうち、色違いの二つがホブ・ゴブリンだろう。


 秋斗は一つ頷くと、ポケットから魔石を取り出して思念を込める。そしてその魔石を部屋の中に投げ込んだ。その際、六体のモンスター全てを巻き込めるように注意する。視覚に投影された敵の位置情報があればこそのテクニックだ。


 魔石を投げ込むと、秋斗は素早く入り口の陰に身を隠す。一拍遅れて、中からけたたましい放電音が響いた。それが収まってから秋斗は部屋の中へ殴り込む。狙い通り、雷魔法は六体のモンスター全てにダメージを与えている。ゴブリンと同じく、ホブ・ゴブリンにも雷魔法は効果抜群だった。


 秋斗は六角棒を振り回す。一階や二階と比べて部屋が広くなったおかげで、六角棒のような長物はむしろ使いやすくなった。最初の一撃でホブ・ゴブリンの頭をかち割り、次の一撃で小柄なゴブリンを弾き飛ばす。


「ギィィィ!」


 身体が大きい分、体力があるのだろう。普通のゴブリンは息も絶え絶えな様子なのに、そのなかで二体目のホブ・ゴブリンは気炎を吐いた。目を怒らせ、手に持った剣を真っ直ぐに突き出す。


 だがそれは悪手だ。雷魔法をくらったせいで動きが鈍っているし、得物のリーチは六角棒のほうが長い。秋斗は焦らず、六角棒を長目に持って繰り出し、ホブ・ゴブリンの喉元にねじ込んだ。


「ギッ!?」


 ホブ・ゴブリンが息を詰まらせて後ろへひっくり返る。秋斗は追撃しようとして六角棒を構え、しかし左右に振るって近づいてきたゴブリンを二体払いのけた。


 さらにゴブリンをもう一体、今度は下から掬い上げるようにして六角棒を振るい、顎先をアッパー気味に跳ね上げる。ゴブリンは後ろへ宙返りするように吹き飛び、床に落ちる前に黒い光の粒子になって消えた。


 これで残りはホブ・ゴブリンが一体のみ。しかも得物を手放していて、その上すでに瀕死だ。だがホブ・ゴブリンの目はこれまでになく血走っていた。ホブ・ゴブリンは雄叫びを上げると、姿勢を低くして秋斗へ突進する。


「……っち!」


 秋斗は舌打ちをこぼした。彼は今、ちょうど六角棒を振り上げた状態だ。このままでは組み付かれてしまう。秋斗はやや身体をひねりつつ、突っ込んでくるホブ・ゴブリン目掛けて六角棒を斜めに振り下ろした。


 目測通りなら、それで間に合ったはずだった。だが一歩、ホブ・ゴブリンが秋斗の予想を超えて鋭く踏み込む。その分だけホブ・ゴブリンは彼の懐へ深く潜り込み、そのせいで六角棒の一撃は不十分なものになった。


「ギィ!」


 肩を痛打され、ホブ・ゴブリンは顔を歪める。だがそれでもホブ・ゴブリンは前に出た。そしてついに秋斗の服を掴んだ。彼の背中にゾクリと冷や汗が流れる。だが次の瞬間、ホブ・ゴブリンは突然バランスを崩した。シキがその足下にストレージの入り口を開いたのだ。


「……っ」


 秋斗は咄嗟に六角棒を手放した。そしてホブ・ゴブリンの腕を掴み、身体をひねりつつ後ろへ突き飛ばす。さらにたたらを踏むホブ・ゴブリンの背中を蹴り飛ばしてコンクリートの壁に激突させる。ホブ・ゴブリンはそこで力尽きた。


「ふう。シキ、助かった」


[うむ。わたしもまさかタイミングを外されるとは思わなかった。火事場の馬鹿力というヤツかな、アレは]


「そうかなぁ? 他のホブと比べてもタフだった気がするぞ」


 秋斗は小さく首をかしげながらそう言った。ゴブリンが個体差の大きいモンスターであることはすでに分かっている。秋斗はそれを主に体躯や装備の差だと思っていたのだが、いわゆるステータスの部分でも個体差が大きいのかも知れない。


 そうなるとこれまで鎧袖一触に蹴散らしていた普通のゴブリンも、個体ごとに見ればステータスの差があったことになる。だが秋斗と比べれば十分に弱かったのだろう。一階と二階では、彼がその差を感じることはほとんどなかった。


 だが普通のゴブリンより強いホブ・ゴブリンが現われたことで、個体ごとのステータス差がよりハッキリと現われるようになってきたのだ。「見た目に騙されちゃいけないってことだな」と秋斗は気を引き締めた。


「なんにしても、ホブにも雷魔法が良く効いて良かった」


[そうだな。ここまでワンサイドゲームなのは、雷魔法のおかげと言っていいだろう]


「つまりオレの力だな」


[あー、はいはい]


 図に乗ってみせる秋斗を、シキがぞんざいに扱う。秋斗はケタケタ笑いながらドロップの回収を始めた。装備品は相変わらず大したことがない。ただ何かの動物の牙に穴を開けて糸を通したアクセサリーのようなモノが一つ、ドロップしていた。何に使えるのかは分からないが、とりあえず回収しておく。


 秋斗が小さく首をかしげたのは、ホブ・ゴブリンの魔石を回収したときだった。これまでの経験上、より強力なモンスターからはより大きな魔石がドロップすることが分かっている。だがゴブリンとホブ・ゴブリンの魔石を比べて見ても、大きさにあまり差はないように見える。


 ということはゴブリンもホブ・ゴブリンも、巨視的に見るとあまり差がないと言うことだろうか。それともエネルギー密度的な部分で実は差があるのだろうか。「魔石は燃える」という話なので、前者に比べ後者は火持ちがいいとかそんな感じで。秋斗はそんなことを考えた。


 ドロップの回収を終えると、秋斗は三階の探索を再開した。シキの索敵能力と雷魔法を駆使すれば、モンスターとの戦闘はまったく問題にならない。秋斗は手こずることなく三階のマッピングを終えた。


「セーフティーエリアはなし、か」


 秋斗は少し残念そうにそう呟く。ここまで探索してきた中で、セーフティーエリアは見つかっていない。短時間ならともかく、セーフティーエリアでない場所で長時間の休憩を取ることには躊躇いがある。「仕方ない」と呟いて、秋斗はダイブアウトを宣言した。


 皇国グランドホテルのスイートルームに戻ってくると、秋斗は「ふう」と大きく息を吐いた。室内を見渡すと、当たり前だがさっきまでいた廃墟とは雰囲気がまったく違って、彼は思わず苦笑した。


 彼はまずブーツを脱いで室内スリッパに履き替え、それからトイレに入る。スイートルームはトイレまで高級感溢れる空間になっていて、彼は内心でちょっとびびった。


 手を洗い、室内の冷蔵庫を開けると、ウェルカムドリンクが用意されている。お酒ではなかったので、秋斗はありがたくそれをいただいた。甘すぎず、フルーティーなそのジュースは、探索帰りの秋斗にとってまさに甘露。一杯では足りず、彼はたちまち二杯を飲み干した。


 一瞬、「お金がかかるかも」と思ったが、支払いは全て勲持ちであることを思い出す。秋斗は遠慮なくウェルカムドリンクを楽しんだ。そうやって喉を潤してから探索服を脱ぎ散らかし、彼はスイートルームのフカフカなベッドに潜り込む。空調の効いた部屋は快適そのもので、安眠アイマスクを装着した彼はすぐに眠りへ落ちるのだった。


シキ「ストレージ式落とし穴! これもサポートの一環だ」

秋斗「はいはい、ストレージにリソースつぎ込んで良いから」

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― 新着の感想 ―
[一言] 物品に魔素を含んでる違いがあるなら、宝箱から出た100円硬貨とかとても良い素材になりそう
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