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東京遠征4


「宗方君。頼む、孫を助けてやってくれ」


 勲はそう言って秋斗に深々と頭を下げた。秋斗はゴクリと唾を飲み込み、真剣な顔をして一つ頷く。それから秋斗は奏が眠るベッドへ近づき、リュック(の中の収納袋)から魔石を取り出した。その大きな魔石を見て、勲は思わず「おお」と声を上げた。


「宗方君、その魔石は……」


「例のクエストで手に入れた、リッチの魔石です」


 秋斗はそう答えた。そして付け加えるならば、彼が持つ最後のリッチの魔石である。彼が持つ中でこれより大きな魔石はない。魔石を触媒にして魔法を使う彼にとって、切り札となり得る品だった。


 秋斗が現在の方法で魔法を使うようになったのは、ゴールデンウィークの頃からである。当初は地下墳墓の攻略が忙しく、ゆっくりと検証を行う暇はなかった。だがクエストクリア後は時間制限のあるクエストなどはなかったので、納品クエストを消化しつつ、この方法の検証も進めていた。


 その結果分かったことは、魔石を触媒とするこの方法も決して万能ではないということだ。まず、発動する魔法の威力は魔石の大きさに比例し、魔法の持続時間や効果範囲は魔石の個数に比例することが分かった。


 具体的に、魔石を二つ使ってプロテクションの魔法を使った場合のことを考えてみる。この場合、プロテクションの魔法の強さ、つまりどれくらいダメージを減らせるのかは、使用した二つの魔石の重さの平均値に比例することになる。一方で魔法の持続時間は重さの和に比例することになるわけだ。


 その上、しっかりと思念を込めるためには、魔石を包み込むようにして持つ必要があった。手に握った場合と、手のひらにのせた場合では、チャージにかかる時間が前者のほうが短かったのだ。


 また、思念を込めるためには魔石に直接触れている必要がある。二つの魔石をだるまのように重ねてそれを上から指で押えつつ思念を込めるという実験をしたのだが、この場合チャージできたのは直接指で触れていた上の魔石だけで、下の魔石には何の変化も起こらなかった。


 ただその一方で、手袋をしていても魔石に思念を込めることはできた。「思念に対して導体として振る舞う物質と不導体として振る舞う物質があり、魔石は後者なのではないか」というのがシキの推測だった。とはいえこの点についてはさらなる検証が必要だろう。


 まあそれはともかくとして。つまり威力的にも規模的にも、魔石を触媒として発動させる魔法には限界があるのだ。少なくとも「小さな魔石を山ほど集めて大魔法を発動させる」というようなことはできない。あくまで個人として使うレベルのものに留まるのだろう、というのが秋斗とシキが出した結論だった。


 そして以上の話を踏まえれば、リッチの魔石が秋斗にとって替えの利かないモノであることが分かる。効果範囲や持続時間、何より威力の高い魔法を使おうとした場合、今のところリッチの魔石に勝るモノはないのだ。代替品がなく、次にいつ手に入るのか分からないという意味では、エリクサーと同じだった。


 もっともだからと言って、秋斗はリッチの魔石とエリクサーを同列に考えているわけではない。リッチの魔石は、残っているのは一つだけとは言え、これまでに二〇個以上も手に入れた事があるのだ。彼の中では圧倒的にエリクサーの方が価値がある。


 しかしながらそれは、治療に手を抜くとか乗り気ではないとか、そういう事ではない。むしろ本気だからこそ、秋斗はリッチの魔石を取り出したのだ。そして実際に患者、奏の姿を見たことで、彼のその気持ちはより強くなっていた。


 秋斗は改めてベッドで眠る少女、奏の姿を見下ろす。伸びた髪の毛は艶やかさを失っており、肌も全体的にカサカサとしていて不健康に見える。頬はこけ、腕は細く、全体として小柄だ。かつて病室で見た母の姿がよみがえる。だが彼女はまだ生きている。僅かに上下する胸の動きだけが、かろうじて彼女の生を主張していた。


 彼女はもう二年も、こうして眠り続けているという。十代の前半の、二年間だ。秋斗もまだ十代だが、しかしだからこそ彼は二年という時間を大人よりも重く捉えている。眠るにも嘆くにも、十分すぎるほどの時間だろう。いい加減、目覚めてもいい頃だ。そう思いつつ、秋斗はリッチの魔石を両手で持って少女の胸のあたりに構えた。


「…………」


 秋斗は薄く目をつぶり、魔石に思念を込め始める。使うのは回復魔法だが、しかし外傷を治すためのものではない。必要なのは彼女を目覚めさせるための魔法。とはいえ彼女は眠らされているわけではない。彼女は事故の後遺症で意識が戻らないのだ。


(それを、取り除く……。いや、癒やす)


 ゆっくりと、そして丁寧に、秋斗はイメージを魔石へ伝えていく。この時、彼を中心にして魔力が渦巻いていた。勲はもちろん、アナザーワールドへダイブインしたことのない聡までそれを感じ取れていたのだから、大変な魔力量と言って良い。


 二人が生唾を呑み込み気圧されたように後ずさりしたことにも気付かず、秋斗は魔法を組み上げていく。そして発動させた。


「……“キュア”」


 その瞬間、魔石が光を放った。目をくらますような、強い光ではない。まるで羽衣のようなやさしい光が魔石から広がり、それが奏の身体を包み込んでいく。そして最後に、はじけるようにして消えた。


「…………」


 病室に、静寂の帳がおりる。病室の外のざわめきが、やたらと遠くに聞こえた。秋斗が両手で持っていた魔石は跡形もなく消えている。空っぽになった両手を彼は静かに下ろした。


「い、いったい、どうなって……」


 勲が困惑気味にそう呟く。とはいえ秋斗にもどう言ってみようもない。魔法は確かに発動した。だがそれで意味があったかは別問題だ。そして効果があったとして、奏がすぐに目を覚ますのかも分からない。


「少し様子を見ましょう」と秋斗が言おうとしたその時、ベッドに横たわる少女が小さく身じろぎした。それに気付いた秋斗が反射的に彼女のほうを振り返り、彼のその反応を見て勲が顔色を変える。勲はベッドの傍に駆け寄り、秋斗は彼に場所を譲った。そして彼が見守る前で少女は「ん……」と声をもらす。


「かなで……?」


 勲が少女に呼びかける。その声には期待と戸惑いが入り混じっていた。彼の呼びかけに応えるように、少女のまぶたがゆっくりと開く。少女の目の焦点が徐々に定まり、そして勲と奏はおよそ二年ぶりにお互いの姿を認め合った。


「お、じい、ちゃ、ん……?」


 奏が勲にそう呼びかける。かすれた、小さな声だ。けれどもその声は勲がこの二年間、ずっと聞きたいと願っていた声だった。この声を聞くためなら全てをなげうってもかまわない。そう思っていた声だ。彼はもう胸に溢れるものを抑える事ができなかった。


「かなで……! う、うう、うぅぅ……」


 勲の目から涙が流れ落ちる。けれども彼は崩れ落ちることも目を閉じることもしなかった。そんなことをしたら、こうして目覚めた孫の姿を見ることができなくなってしまう。彼はぼやける視界のなかで目を覚ました奏の姿を脳裏に焼き付けた。


「社長……」


 聡が勲にハンカチを手渡す。彼も目の端に涙を浮かべていた。そして彼がナースコールを押すのを見てから、秋斗はそっと病室の外へ出た。部外者がいる場所じゃない。そう思ったのだ。


[良かったな]


(ああ、エリクサーを節約できた)


[十億をもらい損ねた]


(一億でも十分に大金だろ)


 秋斗とシキが廊下でそんな会話をしていると、慌ただしい様子で医師とナースたちがやって来て、奏の病室に入った。病室のなかで何が話されているのか、それは聞こえない。だが明るい雰囲気なのは廊下まで伝わってきた。


[しかし、医師が不審に思わないだろうか?]


(思ったとして、どうしようもないだろ。佐伯さんだって、まさか「魔法で治療してもらいました」なんて言うわけないだろうし)


 そもそも病状が悪化したわけではなく、むしろ改善したのだ。しかも劇的に。親族である勲も喜んでいるし、何か問題があるわけではない。理由がわからず、奇跡としか言いようがないとしても、医療現場にいればそういう事例は幾つか見知っているはず。それなら医師が自分を納得させるのはそれほど難しくはないはずだ。


 それにいざとなれば、「オレは何もしていません」と秋斗は言い逃れをするつもりだった。まあそんなことにはならないだろうと思ってはいるが。ただしそれは勲の人間性を信頼しているから、ではない。この出会いが幸運のペンデュラムに導かれた結果だと確信しているからだ。今はまだ、このマジックアイテムに対する信頼のほうが秋斗の中では大きかった。


 さてしばらくすると、病室の扉が開いた。出てきたのは聡である。少なからず泣いたのか、目が赤くなっている。聡は廊下で待っていた秋斗を見つけると、彼に対して深々と頭を下げた。


「このたびはまことにありがとうございました。そしてお待たせして申し訳ありません。佐伯は今、少々手が離せないので、宗方さんをホテルへご案内するよう仰せつかっています。今日の所は、ひとまずそちらへ」


「分かりました。お願いします」


 秋斗がそう答えると、聡は一つ頷いてから「ではこちらへ」と言って歩き始めた。秋斗はその後を追い、少し歩いてから病室のほうを振り返る。周囲のざわめきにかき消されて、そこからは物音一つ聞こえない。けれどもきっと、みんなが笑顔でいるのだろう。秋斗はそう思った。


「……ところで宗方さん。ホテルはどこか希望がございますか?」


「どこでもいいですけど……。じゃあ、高いとこで」


「畏まりました。ご期待ください」


 冗談だったのだが、にやりと笑う聡にそう返され、秋斗はむしろ内心で慌てた。それでも「ご期待ください」というのだから期待していいのだろうと思い直し、彼は聡と一緒に駐車場へ向かうのだった。


秋斗「急展開過ぎない?」

シキ「即断即決。佐伯氏は有能な経営者だな」

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― 新着の感想 ―
[良い点] うああああ!よかったよぉぉぉぉぉ
[一言] 高いところ・・・ 値段?地上からの距離? そんなとこでネタには走らないだろうけれど・・・
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