東京遠征2
ふう、と秋斗は息を吐き集中力を高めた。彼にとって弓はメインウェポンではない。だが【クエストの石版】を消化するにあたり、一時期集中的に練習したし、実際に飛ぶ鳥を落としたこともある。それで彼は自分の弓の腕にそれなりの自信があった。
狙いを定めて、射る。秋斗が放った矢は、大きくジャンプしたゴブリンの頭に突き刺さった。そのゴブリンが地面に落ちるのとほぼ同時に、モンスターと人間の目が一斉に秋斗の方へ向く。反射的なその反応から、一瞬早く我に返ったのは人間の方だった。男は両手に持ったサーベルを駆使して、動きを止めたゴブリンを一息で二体斬り伏せた。
「ギギィ!?」
秋斗の方へ向いていたゴブリンたちの意識が、男のほうへ戻る。そこへ秋斗がもう一度矢を放つが、その射撃はゴブリンが被った兜に弾かれてしまった。
「むう……」
秋斗は眉をひそめた。件のゴブリンは頭を押えて左右に振っていて、その隙を見逃さずに男がサーベルを首もとへねじ込んで倒している。それで攻撃は決して無駄にならなかったわけだが、それでも倒せなかったことが秋斗は不満だった。そんな彼へシキがこう声をかける。
[アキ、これを使ってみろ]
そう言ってストレージから出てきたのは、一本の矢だった。これまで使っていたモノと変わりないように見える。秋斗は内心で首をかしげたが、下ではまだ戦闘が続いていて、問答をしている暇はない。彼はすぐにその矢を弓につがえ、そして射る。その矢はなんと兜を貫通してゴブリンの頭へ突き刺さった。
「おお、すごい! 何したんだ?」
[ふふん。説明を聞くか? 長くなるぞ]
「ノーサンキュー!」
得意げにするシキにそう答えながら、秋斗はまた次の矢を射る。秋斗の援護を得て、下で戦う男は次々にゴブリンを斬り伏せていく。そして最後に残ったのは最も大きなゴブリン。サーベルを両手に持つ男がプレッシャーをかけてそのゴブリンの動きを止める。そこへ秋斗が矢を放った。
「ギィ!?」
その矢はゴブリンの頭に突き刺さった。しかしゴブリンはまだ倒れない。そして狂ったように棍棒を振り回した。男はそれをかいくぐり、ゴブリンの右足を斬りつける。さらに彼はそのままゴブリンの背後へ回り込み、左の膝裏に蹴りを入れてゴブリンを跪かせる。最後に背中から心臓目掛けて二本のサーベルを突き入れた。
力を失ったゴブリンがうつ伏せに倒れ込む。ゴブリンの死体が黒い光の粒子になって消える前に、男はサーベルを引き抜いた。そして屋上にいる秋斗のほうへ鋭い視線を向ける。男の顔には警戒心が浮かんでいた。
「今から下に降ります! 話をする気があるなら、待っていてください!」
「……了解した!」
少しだけ逡巡する様子を見せてから、男は秋斗にそう答えた。彼が話と日本語の通じる相手であったことに、秋斗は今更ながらほっとする。そして弓をストレージに片付け、立てかけていた六角棒を手に取って、足早に階段を下へ降りていった。
男は建物の前で秋斗を待っていた。サーベルは鞘に収めてあり、ひとまずは敵意のないことを示している。彼は外へ出てきた秋斗へ手を振り、それから足下に置いてある魔石などのドロップ品を示してまずはこう言った。
「君が倒した分だ。まずは受け取って欲しい」
「分かりました。ありがとうございます」
ここで変に遠慮しても時間の無駄だろうと思い、秋斗は素直にドロップ品を受け取った。そして収納袋にそれを収める。ストレージを見せなかったのは、まだこの男の得体が知れないからだ。
秋斗が収納袋を見せても、男は大きな反応は示さなかった。恐らくだが似たようなアイテムを持っているのだろう。どんなクエストをクリアしたのかは分からない。だがそれなりの時間をアナザーワールドで過ごしていることは間違いない。秋斗はそう判断した。そしてドロップ品を全て回収し終えてから、彼は男にこう声をかける。
「まとめてくださっていて、助かりました」
「こちらこそ、君の援護には助けられた。……私は佐伯勲という。よろしく頼む」
「宗方秋斗です。こちらこそ、よろしくお願いします」
「……まさか、こちらで人間に出会うことができるとは、思ってもみなかった」
「オレもです」
互いに困惑気味な表情を浮かべながら、秋斗と勲は握手を交わした。これまでに得た石版情報によれば、「二人以上でアナザーワールドへ挑む場合、同じタイミングでダイブインを宣言しなければならない」はずだ。
だが二人はそれぞれ別の場所からダイブインしている。それにも関わらず二人がここにいると言うことは、全くの偶然で宣言のタイミングが重なったということになる。本当に奇跡のような確率だが、しかし秋斗はこれが奇跡だとは思わなかった。
(幸運のペンデュラムのおかげ、だな。こりゃ……)
秋斗は内心でそう呟いた。さらに言えば、彼がアナザーワールドにダイブインしてから、ようやくそろそろ一時間である。つまり今までも幸運のペンデュラムの効果は続いていたことになる。そうであるなら、勲との出会いも幸運のペンデュラムに導かれた結果である可能性が高い。
幸運のペンデュラムの効果は「使用後1時間、まだ観測されていない未来を使用者にとって都合の良い方向へ改変する」というもの。ざっくり言えば、運が良くなるアイテムだ。ならこの出会いも秋斗にとって幸運と言えるものであるに違いない。彼はそう信じた。
握手をかわしてから、二人はひとまず廃ビルの中へ入った。先ほどまで秋斗が探索していた建物だ。彼らは少し距離を取って、それぞれ手頃な瓦礫の上に腰を下ろす。そして情報交換を始めた。そのなかでまず分かったのは、二人がアナザーワールドへ導かれた経緯はほとんど同じということだった。
「それじゃあ、佐伯さんも夢を?」
「ああ。私の場合は着ぐるみのような相手だったがな」
そしてその着ぐるみを倒すと、やはり石版が現われた。その石版から得られた情報も秋斗の場合とほとんど一緒だったが、最後の煽り文句だけが違っていた。
――――挑め。救いたい者がいるならば。
「……誰か、その、助けたい人がいるんですか?」
「孫を、ね。事故に遭って、意識不明のままで、もう二年近くになるか……」
勲は深く息を吐きながらそう答えた。彼の孫は今年で十四歳になるという。およそ二年前に交通事故に遭い、以来、意識が戻らない。医師としても打つ手がなく、いつとも知れない目覚めの時を待つしかないのが現状だった。
「私もいろいろと手を尽くしたが、現在の医療技術では、孫を治療することはできない。そんなときに、アナザーワールドの事を知った」
「うさんくさいというか、不審には思わなかったんですか?」
「思ったよ。だが普通の手段では孫を治療できないのだ。それなら普通ではない手段の方が、可能性があるのではないか。そう思ったんだ」
そして実際、アナザーワールドには赤ポーションなどの回復アイテムがあった。それを見つけたことで、勲はアナザーワールドに孫を治療する手立てがあることを確信するようになったのだった。
「ただまあ、そんなに簡単な話ではなかったがね」
そう言って、勲はやや自虐的に笑った。彼の孫の治療の難易度を上げた大きな理由の一つは、彼が探索する中で見つけた石版からの情報である。そこにはこう書かれていたと言う。
「【回復アイテムの効力は、蓄積された経験値量に比例する】のだそうだ」
「……ということは、そもそもアナザーワールドにダイブしたことのない人間には効果がない、ということですか?」
「いや、どうもそうではないらしい。一度、孫の手にこちらで手に入れたクリームを塗ってみたが、確かに効いたんだ。つまり、最低限の回復量があって、+αの部分に経験値量が変数として関わってくるのだろう」
勲はそう自分の考察を語った。言うまでもなく、彼の孫が蓄積している経験値量はゼロだ。であればその孫を治療するためには、相当強力な回復アイテムが必要になる。それを探すのが、勲の探索の主たる目的となった。ただし、それだけではない。
「【魔法の石版】、というものを見つけてね」
その石版は、要するに魔法を一つ覚えるためのものだったという。言うまでもなく、勲は孫を治療するための魔法を求めた。つまり回復魔法だ。彼は勇んで孫の病室へ向かったが、しかし孫を治療することはできなかった。
「要するに、私の回復魔法は未熟だったわけだ」
そして回復魔法のいわば熟練度とでも言うべきものを上げる方法は一つしかない。つまりモンスターを倒して経験値を蓄積するのだ。それで彼は経験値を稼ぎつつ、強力な回復アイテムを探すことを目的として今日まで探索を行ってきた。
「……とまあ、手短に説明したが、ともかくこれが私の現状だ。それで宗方君、是非とも君に聞きたいことがある。孫を治療できそうな手立てに、君は何か心当たりがないだろうか?」
そう言って勲は真剣な、ともすれば祈るような眼差しを秋斗へ向けた。秋斗は彼の目をじっと見つめる。そしてこう答えた。
「あります」
思わず前のめりになる勲を片手で制し、秋斗はポケットから(正確にはストレージから)エリクサーを取り出す。そしてこう言った。
「エリクサーです。完全回復薬、だそうですよ」
「……少し、そのまま持っていてくれないか」
秋斗にそう言ってから、勲はモノクルを取り出した。それを右目にかけてから、彼はじっとエリクサーを見つめる。そして深々と息を吐いてからこう言った。
「……確かにエリクサー、確かに完全回復薬のようだ。宗方君、是非ともそれを譲ってくれないか。お金なら、幾らでも用意しよう」
そう頼み込む勲の目は、鋭く細められていた。
秋斗「キャラの男率高すぎない!?」