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日帰り遠征10


 休日を利用した「遠征」で、秋斗は城砦エリアのおよそ八割を探索することができた。残り二割も少し無理をすればいけたのだが、シキに次のように言われて秋斗は「遠征」を切り上げたのだった。


[誰と競っているわけでもない。探索を完了することより、無事に終えることのほうが大切ではないのか?]


 そう言われてしまっては、秋斗も頷くしかない。仕事をやり残してしまったような気持ちの悪さがあるが、それもダイブアウトするまでのこと。漫画喫茶の個室に戻ってくると途端に疲労を感じ、彼はシキの言うとおりにして良かったと思った。


 料金を精算して、漫画喫茶を後にする。時刻は八時を過ぎていて、つまりもう完全に夜だ。どこかで夕食を食べて行こうかとも思ったが、つい三時間ほど前にアナザーワールドでピーナッツバターとジャムを塗った食パンを四枚ほど食べたので、まだそれほどお腹はすいていない。


 結局、電車の時間まで駅で適当に時間を潰してから、秋斗は帰路についた。電車に揺られていると、だんだんと眠くなってくる。安眠アイマスクを使い何度か仮眠は取ったのだが、それでもやはり疲れは溜まるものらしい。電車が動き始めてから十分も経たないうちに、彼のまぶたは完全に閉じたのだった。


[アキ、起きろ]


 電車がアパートの最寄り駅に停車する少し前に、シキが秋斗を起こす。おかげで秋斗は寝過ごすことなく電車から降りることができた。駅の時計で時間を確認すると、時刻は九時半前。秋斗は自転車にまたがってアパートへ帰った。


 アパートの自室に戻ってくると、秋斗はもう一度迷彩服に着替えてアナザーワールドにダイブインした。【鑑定の石版】を使うためだ。スコップでスライムを蹴散らしていると、何だか帰ってきた感じがした。


 さて、【鑑定の石版】で鑑定するべきモノが幾つかある。その中から秋斗がまず選んだのはコンビニ弁当だった。ストレージからソレを取り出すと、頭の中でシキがため息を吐いたような気配がした。


 だが秋斗的にはコイツの鑑定は重要だ。何しろコレが食べられないとなると、リアルワールドに戻ってから夕飯の支度をしなければならない。彼は真剣な顔をしながら、弁当の鑑定を行った。


 名称:弁当

 賞味期限まであと9:35。


「よしっ!」


 食べられると分かり、秋斗は喝采を上げた。これで懸念は片付いたと言わんばかりに、彼は弁当を片付けて次のブツをストレージから取り出す。ルービックキューブに似た、青い箱だ。その鑑定結果はだいたい予想した通りだった。


 名称:宝箱(青)

 宝箱。開封には「青の鍵」が必要。


 秋斗は一つ頷いてから宝箱(青)をストレージに戻す。それからシキに言われるままに城砦エリアで手に入れたドロップなどの戦利品を鑑定していく。品数は多いが、類似品も多く、鑑定は比較的短時間で終わった。


「さて、帰るか」


[待った。幸運のペンデュラムのクールタイムが終わっているぞ]


 シキのその報告を聞き、秋斗は「おっ」という顔をする。幸運のペンデュラムは24時間に一回しか使えない。城砦エリアにダイブインする前に使ったのだから、リアルワールドではまだ24時間経過していないはずなのだが、どうやら「24時間」というのは「体感時間で24時間」ということらしい。


 それで秋斗は喜々として幸運のペンデュラムを取り出してそれを発動させ、次に宝箱(白)を取り出してそれを開封した。中から出てきたのは、青い鍵が三つ。見た目だけでその鍵が何なのかだいたい分かってしまったが、それでも秋斗は一応その鍵を鑑定してみる。結果は予想通りだった。


 名称:青の鍵

 宝箱(青)の開封に使用。


「うん、知ってた」


[アキ。黄昏れてないで青箱を開けよう]


 シキに促され、秋斗はストレージから宝箱(青)を取り出した。そして鍵穴に青の鍵を差し込んでひねる。すると次の瞬間、宝箱(青)は展開されて収められていた物品が姿を現した。


 秋斗の手に残ったのは、ずっしりとした重みのある書籍が三冊。重ねたその厚みはゆうに三〇センチを超えている。しかもその本のタイトルは日本語で書かれていた。すなわち、「魔道工学教本Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ」と。


[ふぉぉぉぉぉぉおおおお!!?]


 激しく興奮したシキの声が、秋斗の頭の中で響く。耳を塞ぐこともできないその大音量に、秋斗は思いっきり顔をしかめた。


「シキ、うるさい」


[あ、ああ。すまない。興奮してしまった。それよりアキ、その教本を鑑定してみてくれ]


 シキに急かされ、秋斗はまず一冊鑑定する。結果は次の通りだった。


 名称:魔道工学教本Ⅰ

 初級編。


 まあだいだい予想通りである。残る二冊も鑑定してみたが、Ⅱが中級編でⅢが上級編だった。こちらも予想通りだ。秋斗は本を開いてパラパラとめくってみる。文字は読めるが、内容は全く理解できない。


 ただページをめくる中で、図解として載せられていたある魔法陣に、秋斗の目が留まる。その魔法陣は城砦エリアで見つけた、ドールに関する資料の中に出てきたモノとよく似ていた。宝箱(青)の出所も合わせて考え、秋斗はシキにこう尋ねた。


「なあ、シキ。あのドールってやっぱり、魔道工学と関係があるのかな?」


[モンスターのドールはともかく、あそこで研究されていたであろうドールは、魔道工学の産物なのだろうな。恐らくはナイトも]


「じゃあ、この教本があればドールとかナイトを作れるようになるのか?」


 やや期待を込めて、秋斗はシキにそう尋ねる。シキは鼻を鳴らすようにしてこう答えた。


[プログラミングの教科書を読んで、ハードもOSも全てオリジナルのパソコンを作れるのであれば、できるかも知れないな]


「なるほど。そりゃ無理だ」


 シキの分かりやすい例を聞いて、秋斗はそう言って肩をすくめた。不可能とは言わないが、そんなことができるのは一部の天才だけだろう。ましてドールの場合、OSは何とかなるかもしれないが、ハードを作るのはまず無理だ。そもそも素材からして不明なのだから。だがシキは別の切り口からこんなことを言った。


[だがこちらにはパーツとはいえ現物とそれに関する資料もある。それらを駆使すれば、手持ちのパーツを組み合わせて何体か復元する事くらいはできるかも知れないぞ]


「本当か!?」


 シキの言葉に、秋斗が食い気味に反応する。正直に言って、彼はドールに戦力としての期待はしていない。だが人手があれば何かと助かる場面が多々あるのは事実。何より、食事中や休憩中に周囲を警戒してくれれば、それだけでかなりありがたい。


[確実に、とは言わないが。まあ、やるだけはやってみよう。ついてはアキ、つぎ込めるだけのリソースをストレージの機能拡張に使いたいのだが?]


「おお、いいぞ。やれやれ」


 秋斗は軽い調子で許可を出す。シキは確かに秋斗が作り出した能力スキルだが、同時に彼にとって唯一無二の相棒でもある。その要望を断る理由はなかった。


 鑑定が必要と思えるものを全て鑑定し終え、魔道工学教本Ⅰ,Ⅱ,Ⅲをストレージに片付けてから、秋斗は「ダイブアウト」を宣言する。アパートの一室に戻ってくると、彼はまずシャワーを浴びて一日の埃を落とした。


 風呂から出てラフな格好に着替えると、彼はお茶を淹れてストレージから弁当を取り出す。そして遅めの夕食を食べた。夕食後は高校生らしくノートと教科書と問題集を取り出して勉学に励む。彼が就寝したのは十二時前のことだった。


 そして翌日。彼はいつもの時間に目を覚ました。だがどうも目覚めがすっきりとしない。今日は日曜日。秋斗は二度寝を決めた。その際、安眠アイマスクを着用する。もうすでに日は昇っているので、安眠アイマスクはすぐに効果を発揮し、彼はすぐに眠りに落ちた。


 そしておよそ一時間後。彼は今度こそすっきりと目覚めた。顔を洗ってから簡単な朝食を作る。洗濯や掃除を終えると、時刻は十時過ぎになっていた。コーヒーを淹れて一服していると、シキが彼にこう尋ねた。


[それでアキ。今日はどうする。また遠征でもするか?]


「いや、遠征はまた今度にしよう。今日は、冷蔵庫の中身が少なくなってきたから、食材調達をメインで」


[スーパーに行くべきだと思うが]


「節約だよ、節約」


 ケタケタと笑いながらそう答え、秋斗はコーヒーを飲み干して探索服に着替える。そして彼は今日もアナザーワールドへ向かうのだった。


秋斗「シキさんって勉強好きなの?」

シキ「興味分野を学ぶのは楽しいものだ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔導工学の教本に興奮しているシキさん良き。 魔法の道具作るの憧れますね。
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