日帰り遠征9
「まだ立つのか……」
立ち上がってランスを構えるナイトを見て、秋斗は険しい声でそう呟いた。四度、ナイトには雷魔法をくらわせている。さらにカウンター気味に六角棒の一撃を入れてやったし、二階から落ちた衝撃もダメージになっているはず。それなのにナイトはまだ倒れることなく、こうして秋斗の前に立ち塞がっている。
とはいえ、ナイトも無傷ではない。マントは燃えてしまって見る影もない。鎧のあちこちに焼け焦げたあとが残っている。何よりナイトは右腕を失っていた。それで今、ナイトは左手でランスを握っている。
間違いなく、ダメージは入っている。そのことに励まされて、秋斗は六角棒を構えた。同時にナイトが腰を落として構えを取る。そしてその重装備に似合わない瞬発力を見せて突撃した。
突っ込んでくるナイトに対し、秋斗もまた前に出た。ただし正面から迎え撃つのではなく、左側へ斜めにずれる。ナイトにとっては、腕を無くした右側だ。何をするにも、文字通り手が足りない。
ナイトは強く踏み込んで制動をかけ、身体をひねってランスを横殴りに振るう。秋斗はそれを身を低くして避ける。そしてすかさず六角棒を振り回して三連撃を叩き込む。ただし全て鎧の上から。
硬い手応えに秋斗は顔をしかめる。ちゃんとダメージが入っているのか、ちょっと分からない。だがナイトの全身は鎧に覆われていて、“生身”を狙うことはできない。それなら剣のような刃物よりも、六角棒のような打撃武器のほうが有効なはずだ。秋斗はそう信じてさらにもう一度、六角棒をナイトに叩き込んだ。
秋斗とナイトは、まるで犬が自分の尻尾にじゃれているかのように、円を描いて位置取りをしながら戦った。秋斗はナイトの右側に潜り込もうとし、ナイトはそれを嫌がって彼を正面に持ってこようとする。彼らは駆け引きをしながら動き回った。
「……っ」
秋斗が顔を険しくして六角棒を縦に構える。そして横薙ぎに振るわれたランスを防いだ。鈍くも甲高い金属音が響き、秋斗とナイトは鍔迫り合いをするかのように、動きを止めて力比べをする。徐々に押し込んでいるのは、何と片腕のナイトの方。「馬鹿力め」と秋斗は内心で悪態をついた。
「っ!?」
秋斗がなんとか踏ん張っていると、突然ナイトの力が緩んだ。ナイトがバランスを崩したのだ。見ればナイトの足下にストレージが開かれていて、そこへナイトが片足を突っ込んでいる。シキの仕業だった。
「ナイス!」
秋斗は反射的にそう叫び、ナイトのランスを振り払ってから、六角棒を大きく振り上げた。そしてナイトの頭部目掛けて振り下ろす。その一撃はナイトの兜へ吸い込まれ、そして粉砕した。
一瞬の静止。それからナイトは崩れ落ちた。黒い光の粒子になって消えていくナイトの姿を見ながら、秋斗は大きく安堵の息を吐いた。ドロップしたのは魔石と宝箱(白)。彼は笑顔を浮かべてそれを回収した。
[開けないのか?]
「幸運のペンデュラムが使えるようになってからにする」
シキにそう答えてから、秋斗は改めて周囲を見渡す。広々とした一階のエントランスに敵の姿はない。それを確認すると、身体の節々が思い出したように鈍く痛んで彼は顔をしかめた。二階のバルコニーから落ちたときにあちこちぶつけてしまった、その傷だ。
壁際まで移動してから、彼はストレージからヒーリング軟膏を取り出して患部に塗った。ただ、全部に塗れたわけではない。服を脱がないと塗れないような場所は、ダイブアウトしてからにすることにした。
「さて、と。じゃ、一階の探索だな」
ヒーリング軟膏をストレージに片付けると、秋斗は六角棒を手に天守一階のマッピングを再開した。襲いかかってくるドールは、ナイトと戦った後だと拍子抜けするほど弱く感じる。彼は敵を蹴散らして探索を行った。そして一階のマッピングを終えてエントランスに戻ってくると、彼の頭の中でシキのいぶかしげな声が響いた。
[おかしい……]
「シキ、どうしたんだ?」
[五階で見つけた隠し階段を覚えているか? その出口が見当たらない]
「……隠されているんじゃないのか? 入り口みたいに」
[それらしき仕掛けも見当たらなかった]
シキがそう答えると、秋斗は怪訝な顔をした。シキの探索能力を、秋斗は全面的に信頼している。そのシキがなかったというのだから、本当にないのだろう。
あの隠し階段は緊急時の避難や脱出のためのもののはず。そうであるなら、建物の外へ出やすい一階へ通じていると考えるのが合理的。そう考えたのだが、しかしその予測は外れてしまった。
そうであるなら、あの隠し階段は一体どこへ繋がっているのか。二~四階にもそれらしき仕掛けや出口はなかった。秋斗はしばし頭をひねってから、最後に肩をすくめてこう言った。
「仕方ない。五階の入り口から入ってみよう」
[地下墳墓の時のように、壁を崩すという手もあるぞ]
「いいさ。途中に何かあるかも知れないし」
軽くそう答え、秋斗は五階へ向かった。軽装備のドールは襲ってくるが、重装備のドールは出てこない。再出現には時間がかかるのかも知れない。秋斗はそう思った。
そして五階。秋斗は身をかがめて隠し階段に入る。一度階段に立ってしまえば、十分な高さがあって姿勢を低くする必要はない。ただ、窓がないので数歩進むともう真っ暗だ。とはいえ暗視が使える秋斗には何の問題もない。彼はしっかりとした足取りで階段を降りていった。
「何もないな……」
ややガッカリとした声で、秋斗がそう呟いた。螺旋階段はただ単調に下へと伸びるだけで、その途中にめぼしいものは何もない。「石版でもあればいいのに」と思っていたのだが、彼は肩すかしを喰らった気分だった。
[そろそろ一階だ]
シキの声が秋斗の頭の中に響く。彼は小さく頷いた。螺旋階段はまだ下へと続いている。どうやらこの階段は一階ではなく地下へと繋がっていたらしい。ただ下をのぞき込めば、もう出口が見えている。彼の足取りも軽くなった。
螺旋階段を降りきって出口から出ると、そこは広い空間になっていた。壁はレンガで、何本か柱も立っている。奥の方には水が溜まっているのが見えて、さらにその奥へ通路らしきものが続いている。
「地下水路……、いや秘密の抜け道が水没したのか……?」
秋斗はそう呟いた。ここが水の供給を目的とした場所なら、水をくみ上げるための設備やその痕跡があってしかるべきだろう。だがぐるりと見渡してもそれらしきものは何もないし、上へと通じているのは彼が降りてきた隠し階段だけ。ここを井戸のようにして使っていたようには思えなかった。
とはいえ、その推測が当たっているという確証もない。そして秋斗自身もこの場所の真実にさほどの興味はなかった。彼は益体もない考察を打ち切ると、この場に何があるのかを調べ始める。そしてある柱の陰に隠れていたソレを見つけ、思わずその場から飛び退いた。
「……っ!」
秋斗は顔に警戒と焦りを浮かべて六角棒を構える。彼が見つけたモノ、それはナイトだった。一階のエントランスで戦ったナイトとよく似たフルアーマーの騎士が、足を投げ出し背中を柱に預ける格好で座り込んでいる。
[落ち着け、アキ。ただの残骸だ]
「残骸……?」
シキが言外に「モンスターではない」と告げたが、秋斗は信じられない様子で眉間にシワを寄せた。残骸と言うが、姿形はしっかりと残っている。座り込むそのナイトは、今にも動き出しそうだ。
だが、秋斗がいくら睨み付けてもナイトは微動だにしない。彼は六角棒を構えたまま、ゆっくりと近づいてナイトの頭を小突く。すると“ナイト”はそのまま横へ倒れた。それを見て秋斗は大きく息を吐いて警戒を緩めた。
「はぁ~」
[だから言っただろう]
「いや、だって似てるし……」
バツの悪そうな顔をしながら、秋斗がそう言い訳をする。とはいえシキも気にした様子はなく、「ソイツの回収を手伝ってくれ」と秋斗に告げる。ストレージの入り口のサイズの問題で、“ナイト”が横たわったままだと回収できないらしい。
秋斗は「あいよ」と答え、“ナイト”の両脇に手を入れて持ち上げる。持ってみるとかなり重い。ステータスが上がっていなければ持ち上げられなかっただろう。そして中身が詰まっている感じがする。つまりこれは装備ではなく人形なのだ。
そんなことを考えながら、秋斗は“ナイト”を何とか立たせる。するとその足下にストレージが開かれ、秋斗はゆっくりと“ナイト”をそこに入れた。“ナイト”を収納し終えると、シキの満足げな声が彼の頭の中に響く。
[ふう……。それでアキ、これからどうする? あの通路がどこへ続いているのか、調べて見るか?]
「いや、この建物は調べ終わったし、一回ダイブアウトする。次はまた別の建物を調べるよ」
[ふむ。アキがそう言うならわたしはサポートするだけだが。あの通路はいいのか?]
「時間があったら調べる」
そう答えてから、秋斗はダイブアウトを宣言した。
シキ「秘技、即席落とし穴!」