日帰り遠征8
天守四階は、構造的には三階と似ていた。つまり部屋の一つ一つが大きく作られている。ただ何となく雰囲気が違う。三階も四階も荒れていて、元の様子など見る影もない。ただ三階はどことなく事務的な雰囲気だったのに対し、四階の部屋はなんとなく「客間」を思わせる。まあ、全て秋斗の独断と偏見だが。
出現するモンスターは、三階と大差ない。ただ、重装備のドールの割合が少し上がった。もっとも、モンスターは基本的に部屋の中で侵入者を待ち受けるスタイル。三階と同じく雷魔法による奇襲が効果的で、秋斗は一部屋ずつ着実に探索を行った。
その成果は、しかし芳しくない。モンスターのドロップ品を別にすれば、見つける事ができたのは金貨が一枚だけだった。「コンビニ弁当置いとくくらいなんだから、現金置いておいてくれればいいのに」。秋斗は思わずそう愚痴ってしまった。
ささやかな不満を抱えながら、秋斗は階段を使って五階へ上がる。五階の部屋割りは、三階や四階と比べて細かい。大きさも画一的ではなく、どことなく生活空間的な印象を受ける。ただ一つだけ、そういうのとは無縁な部屋があった。
その部屋は広く、一段高くなっているステージがあった。これで玉座が置いてあれば、「謁見の間」と言われても納得できるだろう。もっとも、城下町も何もないこんな場所に「王」がいたのか、それはまた別の問題だが。そしてこのマップが用意されたモノであるなら、そんな考察はまったく無駄なわけだが。
まあ、ハッキリさせようのない背景はよい。重要なのは、今目の前にあるモノだ。謁見の間と思しきその広間には多数のドールが待ち構えていたが、秋斗は雷魔法を二回放つことでそこを制圧した。そして制圧した広間を改めて見渡すと、そこには思いがけないモノが多数転がっていた。その一つを拾い上げ、秋斗は相棒にこう尋ねる。
「コレ、ドールのドロップじゃないよな?」
[うむ。重装軽装いずれのドールも、こんなものは装備していなかったし、これまでもドロップはしなかった]
「でも、見覚えはある」
[そうだな。似たようなものは見たな。一階で]
端的に言えば、それは一階のエントランスにいるナイトの装備の一部だ。より正確に言えば、ナイトの装備によく似たものの一部、である。いずれにしてもドールのドロップでないのなら、コレは最初からこの広間に転がっていたことになる。
かつてここで戦闘があり、その際に破壊された装備の一部だろうか。だとすればドールと同様、あのナイトもかつてここで戦力として運用されていたのだろうか。そんなストーリーが秋斗の頭をよぎる。もっとも全てが「設定」である可能性もあるので、彼はそれ以上の深入りを避けた。
ともかく、目につくものと言えばコレだ。シキも強い興味を示している。秋斗はナイトのパーツと思しきものを片っ端から回収した。ここは高貴な人か高位の人がいたと思われる広間で、それなら金目のものが残されていないかと秋斗は探したが、残念ながらそれらはなかった。
謁見の間の探索を終えると、秋斗は次の部屋へ移動する。幾つかの部屋を調べたが、やはりめぼしいものは残っていない。ただこれまで見なかった陶器のかけらが多数の部屋に散らばっていて、それが彼の印象に残った。
[アキ。そこの暖炉に仕掛けがあるぞ]
シキが秋斗にそう声をかけたのは、彼はある部屋を調べていたときだった。相棒に言われるまま、彼は暖炉をのぞき込む。隅に一つだけ大きさの違う石が使われていて、それを押し込んでやると「カコン」と何かが外れるような音がした。
秋斗が音のした方へ顔を向けると、暖炉の側面が開いている。ただ扉というにはあまりにも小さい。彼は身をかがめながら、ともかく顔を突っ込んでその先に何があるのかを確認した。光源がないので暗いが、暗視を使えば問題にはならない。
あったのは階段である。細い螺旋階段が、上ではなく下へと続いている。緊急時の脱出か、もしくは避難用の階段であると思われた。
「なあ、シキ。これって多分、一階まで直通だよな?」
秋斗がシキにそう確認する。彼がそう考えたのは、これまでに探索した二~四階に、この隠し階段を使うための仕掛けがなかったからだ。そして彼の考えをシキも肯定する。
[たぶんそうだろうな。降りてみるか?]
「いや、止めとく」
そう言って秋斗は暖炉の外に出て身体を伸ばした。隠し階段を降りないのは、今一階まで降りても意味がないからだ。まずは二階の、吹き抜けに面したバルコニーに配置されている弓兵ドールを片付けなければならない。もし三階と同じなら、その数は十五。二回目とは言え、決して容易いミッションではない。
秋斗は謁見の間に戻ると、そこで短い休憩を取った。一段高くなったステージに腰掛け、ストレージからお菓子を取り出してそれを食べる。「この城砦が現役だったら、こんな無礼は許されなかっただろうな」と言って、秋斗はシキと笑い合った。
休憩を終えると、秋斗は階段を降りて二階へ向かう。マッピングは済んでいるし、部屋は全て探索済みなので、彼は最短ルートを進んだ。途中、三階のバルコニーを偵察して弓兵ドールがリポップしていないのを確認する。それから彼は二階の、弓兵がいるバルコニーへと向かった。
二回目となる弓兵の排除では、一回目よりも廊下と雷魔法を駆使することになった。言うまでもなくシキの進言である。シキは一回目よりも頻繁に口を出し、秋斗も反発せずにそれに従う。おかげで彼は廊下を行ったり来たりすることになった。
とはいえその甲斐はあった。廊下を使って敵を誘い込み、さらに雷魔法を駆使することで、飛んでくる矢の数は明らかに減った。つまりそれだけ、秋斗が感じる危険の度合いは小さい。運動量は増えたが、しかし一回目と比べ、かなり余裕をもってバルコニーの弓兵ドールを排除することができた。
「さて、と」
吹き抜けに面したバルコニーでドロップを回収し終えると、秋斗はやや身構えながら、一階のエントランスにいるナイトへ視線を向ける。ナイトは相変わらず、一階のエントランスに佇んでいた。
秋斗はそのまま十数秒ナイトの様子を観察するが、ナイトは正門に顔を向けたまま微動だにしない。二階と三階の弓兵ドールが全滅したことにも、気付いているのかいないのか。その姿に秋斗は、どことなく機械的で融通の利かないイメージを抱いた。
そしてふと、彼の脳裏にあるアイディアが閃いた。ナイトを一方的に倒してしまうためのアイディアである。そのアイディアについて、秋斗はシキにこう尋ねて意見を求めた。
「なあ、シキ。ここから魔石投げて雷魔法を使いまくれば、それだけでアイツを倒せるんじゃないか?」
ナイトが二階や三階の様子に注意を払っているようには見えない。もちろん一度でも攻撃すれば、ナイトの意識はこちらに向くだろう。だがナイトの得物はランスだけで、反撃の手段があるようには思えない。ナイトにできる事は逃げ回ることだけで、多少時間はかかるかも知れないが、恐らくノーダメージで倒せるだろう。
秋斗がそう説明すると、シキは彼の頭の中で「うぅむ……」と唸った。シキからすると、彼の意見は楽観的過ぎるように思える。だがその一方で、二階にいる秋斗にあのナイトが手出しするのは、確かに無理であるように思える。
本当に倒せるのかは分からない。何かしらの防御手段を持っているかも知れないし、ナイトが逃げてしまう可能性もある。だがいずれにしても、相手が反撃できない場所から最初の一撃を加えるというのは、悪くないように思えた。
そのまま倒せてしまえるなら良し。倒せなくても、ある程度のダメージは入るだろう。見た目からは分からない能力やギミックを暴くことができれば、それはそれで大きな意味がある。それでシキはこう答えた。
[やってみても良いのではないか。無駄にはならないと思うぞ]
「よし!」
シキが賛成したことで、秋斗は笑顔を見せた。彼は早速魔石を取り出し、右手に握って雷魔法の思念を込める。そしてその魔石をナイト目掛けて投げつけた。魔石はナイトの兜に当たって「カンッ」と甲高い音を立てる。そして次の瞬間、激しい放電音と共に一階のエントランスに紫電が広がった。
紫電をまともにくらい、ナイトが身体を仰け反らせる。最初の一撃は完全な奇襲だ。そのためほぼ完璧に決まった。それを見て秋斗は内心で喝采を上げ、すぐ次の魔石を取り出してまた思念を込める。
紫電が収まるとナイトは膝から崩れそうになり、しかし堪えた。そして背後を振り返り、フルフェイスの兜の奥から覗く赤い目を秋斗に向ける。秋斗はゾクリと背筋を冷たくするが、すでに次の雷魔法の準備は終わっている。彼は思念を込めた魔石をナイトへ投げつけた。
ソレが何なのか、ナイトはまだよく分かっていなかったのだろう。まるでハエを追い払うかのようにして、ナイトは投げつけられた魔石を払う。だがその直後、雷魔法が発動してナイトは再びそれをまともにくらった。
二回目の紫電が収まると、ナイトは今度こそ膝をついた。だがまだ倒せていない。秋斗はさらに三つ目の魔石に思念を込める。そしてそれをナイトへ投げつけた。
秋斗が魔石を投げると、ナイトは素早く回避行動に移る。だが雷魔法の効果範囲は広い。端っこに捉えられて、ナイトは三度紫電に焼かれた。しかしそれでも、ナイトはまだ倒れない。秋斗は若干焦りを覚えながら、四つ目の魔石を握った。
それを警戒してなのかは分からない。ただナイトはランスの切っ先を秋斗へ向けた。距離があるにも関わらず構えを取るナイトに、秋斗は不審な目を向ける。とはいえやる事に変わりはない。彼は四度、思念を込めた魔石をナイトへ投げつけた。
その時、ナイトも動き出す。秋斗の方へ走り出したのだ。彼はおもわず半歩下がったが、すぐにここが二階であることを思い出す。ナイトの手はここまでは届かない、はずだ。だがその前提は脆くも崩れ去ることになった。
助走をつけてナイトが跳躍する。次の瞬間、ナイトの背中のギミックが作動して、ナイトに推進力を与える。何とナイトはブースターを装備していたのだ。そしてブースターによって推進力を得たナイトは、襲いかかる紫電を喰い千切り、二階の秋斗目掛けて真っ直ぐに飛翔した。
「はぁ!?」
秋斗は心底驚いて声を上げた。そのせいで動くのが遅れる。彼が「あっ」と思ったときには、ナイトはもう目の前まで来ていた。ランスを構えたナイトは、バルコニーの一部を破壊しながら秋斗へ突撃する。
秋斗は反射的に動いた。繰り出されたランスを回避し、カウンター気味に六角棒でナイトの胸のあたりを突いたのだ。その時点ですでにブースターは沈黙していて、秋斗はナイトを一階へ突き落とすことに成功する。
だがナイトの攻撃のために、秋斗の足場もほぼ同時に崩れた。つまり彼も一緒に一階へ転落する。あちこちぶつけながら、彼は何とか受け身を取って大きな怪我を避けた。そして跳ねるように立ち上がって六角棒を構える。彼の視線の先では、ナイトもまた立ち上がってランスを構えていた。
こうして秋斗は否応なしにナイトと接近戦を戦うことになったのだった。
ナイトさん「ジャ~ンプッ!!」