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日帰り遠征6


 天守キープの二階に上がった秋斗は、すぐに吹き抜けの弓兵ドールのところへ向かうことはしなかった。まずは手近な部屋を探索してマッピングを進めて行く。一階と比べると、二階は構造が単純に思えた。おかげでマッピングは比較的簡単に進んだ。


 探索を行っていれば、当然ながらドールが現われて戦闘になる。そうやって騒ぎを起こせば、あの吹き抜けを見下ろすバルコニーにいた弓兵ドールが寄ってくるのではないか。秋斗はそう期待、もしくは警戒していたのだが、そうはならなかった。


[それならそれで、先にマッピングを済ませてしまえばいいだろう]


「だな」


 秋斗とシキはそう話し合い、まずは二階のマッピングを済ませてしまうことにした。キープ二階の部屋も、これまでと同じくだいたいは空だ。家具はそれなりに残っていたが、どれも価値があるようには見えなかったし、また棚や引き出しに何かが残っているということもほとんどなかった。


 ただ、秋斗もふと気付いたのだが、キープの二階にはベッドがまったくなかった。そういう視点で見ると気付くこともある。一つの部屋に多数の椅子と机、それに本棚。つまりここは生活の場ではなく、仕事の場だったのだろう。それもデスクワーク中心だったに違いない。


 そうやって探索を続けること、およそ一時間。秋斗は二階の一室で、あるものを見つけた。本棚の引き出しの奥に残されていたのは、ある資料の束だった。本と呼ぶのは憚られる。なにしろ表紙がなく、そもそも製本されていないのだ。紙を分厚く重ね、片側を糸で縫い止めてある、ただそれだけの束。それを見て秋斗は首をかしげた。


「なんだこれ?」


[さあな。文字は……、石版の文字とも違うな]


 シキの言うとおり、この資料に使われている文字と石版に使われている文字はまったく別物であるように見えた。読めもしないのに分かるのかと言われそうだが、何しろアルファベットとアラビア文字くらい違う。いくらなんでも違う文字、違う言語だろう。秋斗もそう思った。


 そして彼は何となく、文字だけの一枚目をめくって二枚目を見てみた。そこには何やら図形が載っていた。やはり意味は分からないが、彼は「へえ」と呟く。そして三枚目、四枚目とめくっていき、五枚目で彼は目を見開いた。そこにはドールの姿が描かれていたのだ。


「えっと、シキ。これって、どういうことだと思う?」


[……ハッキリとしたことは分からないが、恐らくここではドールの研究か運用、もしくはその両方が行われていたのだろう]


「じゃあ、ここで出現するドールって……」


[まったくの無関係ではないだろうな。少なくともここに由来のある“ドール”を参考にしたモンスターだろう]


 シキの推測を聞きながら、秋斗はさらにページをめくる。資料の中には武器や防具を装備したドールの姿も描かれている。ここは城砦だし、もしかしたらドールを戦力として使っていたのかもしれない。秋斗はそう思った。


 彼はさらにパラパラと、しかし真剣な表情で資料の束をめくる。ここにはドールのことが書かれていた。ならばナイトのことも書かれているかも知れない。戦う上で、何か攻略の足がかりになるような情報はないだろうか。


 秋斗はそう期待していたのだが、しかし結局この資料にはナイトのことは書かれていなかった。もしかしたら、読めないだけで実際には書かれていたのかもしれないが。彼は肩をすくめつつ、相棒にこう尋ねた。


「シキ。コレ、要るか?」


[要る]


 即答だった。しかも食い気味だった。秋斗は内心で「そんなに興味があるのか」と苦笑する。ただ同時に「シキらしい」とも彼は思う。それで彼はその資料の束をストレージの中へ片付けた。


「そっちにばっかり夢中になって、索敵とマッピングを疎かにしないでくれよ」


[もちろんだ。わたしの処理能力は日進月歩だからな]


 微妙に不安になる回答をもらい、秋斗は肩をすくめた。それから彼はその部屋をもう少し調べ、それから別の部屋の探索に向かった。そして二階のマッピングをおおよそ終え、いよいよ吹き抜けに面したバルコニーへ向かおうとした時、シキが彼を引き留めてこう提案する。


[先に三階へ向かわないか?]


「なんで?」


[三階のバルコニーにも弓兵はいた。二階で戦っている時に三階から攻撃されたら厄介だ]


「それを言うなら、三階で戦っている時に二階から攻撃されるパターンもあるんじゃ……」


[上から攻撃されるのと下から攻撃されるのでは、脅威度がまるで違う]


 シキはそう断言する。秋斗もその様子を想像してみたが、なるほど確かに三階から二階の敵を狙う方が、その逆よりも簡単そうだった。


[ただまあ、そうやって弓兵を排除しても、一階のナイトと戦うときにはリポップしている可能性もあるのだがな]


「げ……。そ、そんときは諦めて、別の場所を探索するさ。何かいいアイテムが手に入るかも知れないしな」


 秋斗の方針に、シキが「それがいい」と同意する。その声を聞きながら、彼はバルコニーを後回しにして三階へ向かう。


 三階に上がると、何となく雰囲気が変わったように思えた。秋斗はすぐにその理由に思い当たる。一室ごとが一階や二階と比べて大きいのだ。会議室や、もしかしたら何かの作業室だったのかもしれない。それらの部屋を調べながら、秋斗はそんな風に考えた。


 三階ではまた、出現するドールにも変化が見られた。これまでは武装しているとはいえ、比較的軽装なドールばかりだったのだが、三階からは全身を覆う完全武装のドールも現われるようになったのだ。


「ここまでくると、本当に中身がドールかも分かんないな!」


 完全武装のドールが振り下ろすハルバートを六角棒で受け止め、秋斗はやや興奮気味にそう叫ぶ。ドールの白い身体が露出している箇所は一つもなく、ドールというよりはまるでリビングメイルだ。


「……っ、この!」


 秋斗はドールの腹部を蹴って、強引に相手を突き飛ばす。ただ完全武装のドールは流石に重く、少し後ろへ下がらせることしかできなかった。しかし彼にとってはそれで十分だ。


 秋斗は鋭く踏み込み、六角棒でバランスを崩したドールの足を払う。ドールが仰向けにひっくり返ると、素早く六角棒を跳ね上げて敵の右手首を狙う。狙い澄ましたその一撃は、右手首を破壊するにはいたらなかったが、しかしドールからハルバートを奪った。


 床の上に倒れたドールは立ち上がろうとするが、秋斗がそれを阻む。彼はみぞおちのあたりを踏みつけてドールを押さえ込んだ。ドールはその足を掴んで引き剥がそうとするが、彼も六角棒を立て続けに振るって敵の自由をさらに奪う。


 たまりかねたのか、ドールは六角棒を掴んで秋斗の攻撃を封じようとする。彼は咄嗟に右手を離してストレージに突っ込んだ。取り出したのは工房で手に入れた、大きな金属製のハンマー。六角棒を完全に手放し、両手でそのハンマーを振りかぶると、彼はドールの顔面目掛けてそれを振り下ろした。


 フルフェイスの兜が陥没し、中の仮面が砕ける。その直後、もがいていたドールの身体から力が一気に抜ける。そして黒い光の粒子になって消えた。魔石とドロップを回収してから、秋斗は「ふう」と息を吐く。彼はハンマーをストレージに戻し、また六角棒を手に取った。


 戦って見た感じ、やはり完全武装のドールはこれまでのドールよりも手強い。防御力が高くて、なかなか有効打が入らないのだ。ただ部屋が広いので、その点はこれまでよりも戦いやすく感じた。


「さて、と」


 そう呟いてから、秋斗は改めて室内を見渡す。広い室内には、戦闘の余波もあってガラクタが散乱している。彼はその中を探ったが、価値のありそうなものは何もなかった。そのことに特に気落ちもせず、彼は次の部屋へ向かった。


[待て]


 唐突にシキの声が頭の中に響き、秋斗は咄嗟に足を止めた。その彼にシキはさらに「複数だ」と告げる。秋斗が次に調べようと思っていた部屋の中をそっとのぞき込むと、なるほど確かに複数のドールがいる。その内の一体は、先ほど戦ったのと同じ、完全武装のドールだった。


 室内のドールたちは、秋斗に気付いた様子はない。それで彼はもう少し観察を続けた。敵の数は四。重装備なのは一体で、他の三体はこれまで通りの軽装だ。得物は全員が剣と盾。ただし軽装備のドールと比べ、重装備のドールの剣と盾は一回り以上も大きいように思えた。それを確認し、部屋の入り口から少し離れたところで、秋斗はこう呟く。


「四対一、か……」


[しかも全員盾持ちだ。最初の一体に手こずれば、あっという間に囲まれかねない]


 シキの懸念に、秋斗も頷いて同意する。そして囲まれてしまったら最後。圧殺されてしまうだろう。


 幸い、敵はまだ秋斗に気付いていない。つまり先手を取れる。その最初の一撃でどれだけ優位を得られるか。それが鍵になるだろう。


「となると、魔法かなぁ」


 そう言って秋斗は魔石を一つ取り出した。そしてシキに「警戒よろしく」と頼んでから、その魔石を握って薄く目を閉じる。


 イメージするのは攻撃魔法。ただ、一体を確実に倒すような魔法は、今は向かない。しっかりと狙いを定められないからだ。ならば一定の効果範囲を持ち、四体全てを巻き込むような、そんな魔法が望ましい。その上で、例えば動きが鈍くなるとか、そんな効果があればなお良い。


 秋斗はゆっくりと魔石に思念を込めた。初めての魔法は、やはり時間がかかる。ただ近くに別のモンスターが現われたりはしなかったので、彼はしっかりと準備することができた。そしてじんわりと熱くなった魔石を、彼は四体のドールがいる部屋の中へ投げ込んだ。彼が入り口の陰に隠れると、次の瞬間、けたたましい放電音が響いた。


 秋斗が発動させたのは、雷の魔法だった。「ある程度の範囲に広がり、ダメージを与えると同時に動きを鈍らせたりする」というイメージが、放電や感電のイメージと重なったのだ。もちろんそこにはサブカルチャーが強く影響している。


 とはいえそのおかげもあり、雷魔法は無事に発動した。ただし発動させて終わりではない。秋斗は六角棒を握りしめて部屋の中へ殴り込んだ。


重装備ドールさん「中の人などいない! だが人形はいる」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ついに攻撃魔法らしいやつキタ!
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