日帰り遠征5
城砦の天守(と思しき建物)は、威風堂々とそこに建っていた。エリアのほぼ真ん中にあり、規模も大きく、また見上げれば彫刻などが目に入る。縦に並んだ窓は全部で五つ。この城砦の中枢として機能していたことはほぼ間違いないだろう。
ぐるりと周囲を一周すると、出入り口は幾つかあった。秋斗は一番大きな正門は使わず、目立たない位置にあった小さな出入り口から本丸の中へ入る。そう提案したのはシキで、その理由についてはこう説明した。
[正門から入ってすぐの場所は、おそらく敵を迎え撃つための構造になっている。そこを避けるのは当然のリスクヘッジだ]
「う~ん、まあ、そうかも知れないけど……」
秋斗はいまいち納得しきれない様子だったが、しかしその一方でことさら反対するだけの理由もない。それにどの道、マッピング率は一〇〇%にするのだ。最終的には「シキがそう言うなら」と言って、正門は避けた。
さて秋斗が使った出入り口は、正門のほぼ裏手にあった。中に入ってみると、そこはどうやら細い廊下の突き当たりらしい。いきなり矢が飛んでくるようなことはなかったが、少し進むとすぐに敵が姿を現した。
モンスターの種類は、これまでと同じくドール。ただし装備はこれまでと同じではなかった。これまでのドールは武器しか持っていなかったが、キープで出現したドールは防具を身につけていたのだ。仮面を付けたドールが兜を被っている様は、シュールなのを通り越して少々不気味だった。
秋斗は反射的に六角棒を構え、それから思いのほか通路が狭いことに気付く。ここで長物を自由に振り回すのは難しい。盾を構え、短めの剣を持って迫るドールへ、彼は咄嗟に六角棒を投擲した。
ドールはその六角棒を盾で防いだが、衝撃が大きかったのだろう、身体をグラつかせた。その隙を見逃さず、秋斗はストレージから別の武器を取り出して打ちかかる。選んだ武器はメイス。地下墳墓でリッチの取り巻きをしていたブラックスケルトンからドロップしたアイテムである。
最初の一撃で、秋斗はドールの兜を弾き飛ばす。次の一撃で仮面を狙うが、それは盾で阻まれた。さらにドールは低い位置から剣を真っ直ぐに突き出す。秋斗はドールの腕を掴んでその攻撃を止めた。
さらに一歩踏み込むと同時にその腕を引っ張る。ドールは盾で秋斗を引き剥がそうとするが、彼が踏ん張る力のほうが強い。そして彼は伸びきったドールの右腕へメイスを振り下ろす。その一撃は易々とドールの腕を粉砕した。
「ギィィィ!?」
ドールが悲鳴を上げて後ろへ仰け反る。秋斗は六角棒を左手で拾い上げると、ドールを連続で突いた。雑な攻撃で、全て盾に防がれたが、しかしドールはさらにバランスを崩す。秋斗は一気に間合いを詰め、右手のメイスでドールの仮面をかち割った。
力を失ったドールがその場に崩れ落ちる。そして黒い光の粒子になって消えた。ドロップしたのは魔石が一つと防具の一部。シキがそれを回収するのを見て、秋斗は「ふう」と一つ息を吐いた。
「やっぱり、装備が充実している敵は手強いな」
実際、先ほどのドールが防具を装備していなかったとしたら、最初に六角棒が直撃したところでほぼ勝敗は決していただろう。だがそうはならなかった。防がれたからだ。この先も防具を装備したドールが出てくることは十分に想定される。さらにそれ以上の可能性を、シキがこう指摘した。
[さっきのドールは、防具を装備していたとはいえ、比較的軽装だった。もっと重装備のドールが出てくることも、想定しておいた方が良い]
「うへぇ。……じゃあ、集団で出てくる可能性は?」
[十分にある]
秋斗はため息を吐きながら肩をすくめた。とはいえ、やってやれないことはないだろう。いざとなったら、ダイブアウトするという手もある。そう考え、秋斗は萎縮しそうになる心を奮い立たせた。そしてメイスをストレージにしまい、また六角棒を手に持った。
[六角棒でいいのか?]
「ん? ああ、やっぱりリーチ優先かなって思ってさ」
さっきの戦いで、秋斗は「六角棒を自由に振り回すスペースがない」と思って、得物をメイスに切り替えた。ここで剣を選ばないあたり、彼の価値観が表れていると言えるだろう。とはいえそれはそれとして。
先ほどはメイスでもどうにかなった。敵の得物も短めの剣だったからだ。だがこの先、槍などの長物を持つ敵も現われるだろう。そういう敵とメイスで、つまりリーチの足りない武器で戦って勝てるのか。いや、勝てはするのだろうが、苦戦しないだろうか。秋斗はそのあたりを心配していた。
だったら、最初はとりあえず長物を持っておけばいい。秋斗はそう考えたのである。そして必要に応じ、さっきのように得物を切り替えればいい。せっかくストレージがあるのだから、これを活用しない手はないだろう。
シキが納得したところで、秋斗はキープの探索を本格的に始めた。これまでと同じように、シキにマッピングを頼みながら目についた部屋を一つずつ調べていく。大きな建物らしく、部屋数も多い。ただ、何のために使われていた部屋なのか、一目見て分かる部屋は少なかった。キッチンはすぐに分かったが。
[うぅむ……。かまども解体して持って行くべきか、迷うな]
「とりあえず探索を優先しようぜ、シキさんや。つーか、最初の建物で見つけた時は放置したじゃん」
放置されて何十年かたったようなかまどに執着を見せるシキを宥めながら、秋斗はキッチンの中を探索する。かまどの中までのぞき込んだが、めぼしい物は何もない。銀食器を期待していた秋斗は、残念そうに肩をすくめた。
キッチンのすぐ隣には、食料庫らしきものがあった。中には棚がたくさんあったが、そのほとんどは空である。そう、ほとんどは。なぜか一つだけ、コンビニ弁当が置いてある。いや、本当にコンビニ弁当なのかは分からないが。ともかくコンビニ弁当に見える弁当だ。秋斗は何とも言いがたい顔をして、その弁当を凝視した。賞味期限は書かれていない。
「なぜ、なぜ、なぜ……?」
[本当に、どうしてなんだろうな……]
頭に疑問が浮かびすぎて、うまく言葉がまとまらない。そのせいで秋斗は「なぜ?」を繰り返した。シキのほうも、この状況を論理的に説明できないらしい。端的に言って、意味不明だった。
ただその一方で。このアナザーワールドはところどころで意味不明な仕様がある。クエスト報酬とはいえ、日本円やアメリカドルが出てくるあたり、よくよく考えなくても意味不明だ。
なら食料庫に弁当が置いてあっても、おかしくはあっても、受け入れられないわけではない。そもそも実際こうして目の前にあるのだから、どうしようもないではないか。目の前の事実を否定しても、得るものなど何もないのだから。そうやってやや強引に自分を納得させながら、秋斗は弁当を手に取った。
「……あ、未開封」
[……食うのか?]
「いや、さすがに鑑定してから」
そう言いつつも、言葉足らずな【鑑定の石版】を思い出す。秋斗は漠然とした不安を覚えながら、弁当をストレージに突っ込んだ。食料庫は完全に空っぽになり、そして雰囲気を取り戻す。そのことに妙な安心感を覚えつつ、秋斗は食料庫を後にした。
キッチンの近くには地下室もあり、こちらはどうやらワインの貯蔵室として使われていたようだった。ただしワインは残っていない。「弁当置いておくなら、ワインの一本くらい残しておけよ」と秋斗は内心で毒づいた。まあ、残っていたとしてもどうせ飲めないのだが。
さてキッチンを後にした秋斗は、気を取り直してキープの探索を続けた。彼は一階から順番にマッピングを仕上げていくつもりだったのだが、その方針は途中で転換を迫られた。見るからに強敵と思われるモンスターを見つけてしまったのである。
そのモンスターがいたのは、位置的に正門から入ってすぐのエントランスだった。フルプレートの鎧にマントをつけたドールが、そこに威風堂々と立ち塞がっていたのである。得物はランス。兜はフルフェイスで、仮面を付けているかは分からない。ドールではあるのだろうが、ナイトと呼ぶ方がふさわしいように思われた。
しかもそれだけではない。エントランスは三階まで吹き抜けになっており、エントランスを見下ろすバルコニーには、弓を持つドールたちが配置されていたのだ。しかもエントランスに二階へ上がる階段はない。つまり正門から入っていた場合、一方的に矢を射かけられながら、あのナイトと戦わなければならなかった、ということになる。
「命拾いした、かな……?」
通路の陰に隠れてナイトに視線を向けながら、秋斗は警戒の滲む声でそう呟く。ナイトだけなら何とかなったかもしれない。だが上から矢が降ってくるとなるとまず無理だ。何も知らずにのこのこ正門からお邪魔していたら、熱烈な歓迎を受けてハリネズミにされた挙句、串刺しになっていただろう。
正門を避けたシキの機転に感謝しつつ、秋斗はそっと来た通路を戻る。そして一つ角を曲がったところで大きく息を吐いた。彼はそのまま一階の探索を続けようとしたが、あのエントランスを避けようとするとどうにも動きにくい。そこへシキがこんな提案をした。
[あの弓兵を先に片付ければ、ナイト戦の難易度は下がるのではないか?]
なるほど確かに弓兵を片付けてしまえば、少なくともハリネズミにされる心配はない。そうやって援護射撃を封じて一対一の状態に持ち込めば、ナイトにだけ集中できるようになる。シキの言うとおり難易度は下がるだろう。
それで秋斗は一階のマッピングをひとまず棚上げし、二階へ上がることにした。階段はすでに一つ見つけてあり、彼はそこへ向かう。彼は警戒しつつ、階段を上るのだった。
弁当「解せぬ」