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日帰り遠征4


[ここは宝の山だ! アキ。なるべく、なるべく! 傷つけないでくれ!]


「そういわれてもなぁ……」


 興奮を隠さないシキの声に、秋斗はややぼやきながらそう答える。何と言っても今は戦闘中なのだ。敵であるモンスターは三体。全てドールで、三体とも大きなハンマーを手に持っている。正直に言って、見分けがつかない。


 三体のドールは秋斗を囲むように動く。彼はそれを見て小さく舌打ちすると、正面の一体に対して間合いを詰めた。何もせずに突っ立っていては袋だたきにされる、と思ったのだ。


 秋斗が正面から突っ込むと、ドールはハンマーを振り上げて応戦する。勢いよく振り下ろされたそのハンマーを、彼は余裕を持って回避した。


 空振りしたハンマーが床を打ち、その勢いでドールの体勢が崩れる。その隙を見逃さず、秋斗は六角棒でドールの足を払って転ばせた。そして六角棒をドールの頭部にねじ込んで一体目を倒す。


 そうしている間に、二体目のドールが間合いを詰めてくる。振り下ろされたハンマーを、秋斗は六角棒で受け止めた。手応えは重い。直撃したら、タダでは済まないだろう。


 さらに三体目のドールが近づいてくる。それを見て、彼は二体目のドールを蹴り飛ばした。そのドールは壁際まで弾き飛ばされ、そこに置いてあった幾つかの壺を巻き込んで転がった。


 当然壺は割れて、シキが「ああ!」と声を出したが、秋斗はそれを無視する。彼の意識は三体目のドールに向いていた。そのドールは大きなハンマーを振り回しながら彼に迫る。ただハンマーが重いせいで、どうにも大振りだ。隙も大きく、秋斗はそこへ六角棒をねじ込んだ。


 六角棒で胸を突かれ、ドールが後ろへ吹き飛ぶ。その際、ハンマーがドールの手から離れて飛んでいき、建物の壁に激突して大きな音を立てた。シキが「ああう!」と叫んでいるが、秋斗はそれも無視した。そして得物を失ったドールを素早く追撃して、これを倒す。


 秋斗が二体のドールを倒すと、先ほど蹴り飛ばしたドールがようやく起き上がる。そのドールは近くにあった割れていない壺を掴むと、それを秋斗に向かって投げた。放物線を描いて飛んでくる壺はそれほど速いわけではない。だから回避するのは簡単なのだが、同時にドールも動いている。同時に対処するのは面倒で、「それならば」と秋斗は前へ出た。


 突っ込んでくる彼を見て、ドールは両手でハンマーを構える。両者が激突するのと同時に、後ろで壺が割れて大きな音がした。最後のドールはこれまでの二体と違い、ハンマーを小刻みに振るってなかなか隙を見せない。秋斗もそれに合わせて六角棒を振るうので、しばらく建物の中に金属同士が激しくぶつかる音が鳴り響いた。


「……っ、そこ!」


 小さな隙を見逃さず、秋斗が六角棒を突き出す。その一撃はドールの左の手首を砕いた。すると途端にドールはハンマーの扱いが雑になる。趨勢の天秤は一気に秋斗の側へ傾き、彼はドールの頭部をかち割って止めを刺した。


「ふう……。それでシキ、ここは何なんだ?」


 三体のドールを倒してから、秋斗はシキにそう尋ねた。シキはここを「宝の山だ!」と言っていたが、建物に入ってすぐにモンスターがいたため、秋斗の意識はずっとそっちに向いていたのだ。


 彼はようやく建物の中を見渡す。建物の中は仕切りのない広々としたワンフロアで、なにやら色々と道具が置いてある。客をもてなすために使われていたようには見えず、また誰かが暮らしていたようにも思えない。秋斗が首をひねっていると、シキが彼にこう告げた。


[恐らく、ここは工房だ]


「工房……」


 そう呟いてから、秋斗は改めて建物の中を見渡す。すると確かに、この建物は工房であるように思えた。ハンマーや金床、炉や何かの型と思しきモノなどが見える。工房と言っても色々と種類があるが、ここは金物工房だったようだ。


「武器でも作っていたのかな? もしくはそういう設定とか」


[かも知れんな]


 秋斗の推測をシキが肯定する。まさか農具や台所用品を作っていたわけではないだろう。城砦の中に造られた工房という立地を考えれば、この施設内で使うための道具を作っていたと考えるのは自然だ。


 とはいえ、この建物がどういう使われ方をしていたのかは、この際あまり重要ではない。重要なのはここに工房の設備や道具が揃っているということだ。シキは喜々としながら秋斗に回収を指示した。


 秋斗は肩をすくめつつも、工房を一周して回収できるだけの資材や道具を、それとドールのドロップを一緒に回収する。ハンマーのように分かりやすい物もあれば、一目見ただけでは何に使うのか分からない物もあったが、ひとまず全てストレージに突っ込んだ。選別は後でシキがやるだろう。


「さて、と。こんなもんか?」


 工房を一周し終えて、秋斗がそう呟く。回収できるものは全て回収した。彼はそのつもりでいたのだが、どうもシキは違ったらしい。弾んだ声が彼の頭の中でこう響いた。


[よし。では次は炉を回収してくれ]


「いや、炉って言われても……」


 やや頬を引きつらせながら、秋斗は回収を頼まれた炉へ視線を向ける。炉は石造りで、しかも建物と一体化している。これをどう回収しろというのか。秋斗は困り果てたが、シキは事もなさげにこう言った。


[もとの構造はすでに記録してある。解体して回収してくれ。……解体だからな。破壊じゃないからな。くれぐれも、くれぐれも丁寧に頼むぞ!]


 念押しするシキに「はいはい」と答えてから、秋斗は炉に近づいてまずは良く観察する。先ほどのドールがドロップしたハンマーもあることだし、取り壊すだけなら難しくはない。だがシキから「破壊ではなく解体」と釘を刺されている。「どうしたもんかな」と秋斗は頭を悩ませた。


 しばし悩み、途中で現われたドールを撲殺してから、秋斗はおもむろに魔石を取り出した。そして右手に魔石を握り、左手を炉に添える。それから目を閉じて、彼はゆっくりとイメージを練り始めた。


 使おうとしているのは解体のための魔法。強引に属性分けするなら、「土」だろうか。炉を構成している石材を、一つ一つバラしていくようなイメージ。握った魔石がじんわりと熱を持ち始めたところで、左手を炉に押しつけるようにしながらこう命じた。


「崩れろ」


 次の瞬間、炉の表面へ格子状に光が入る。そして炉は低い音を立てながらぺしゃんこに崩れた。どうやら上手く行ったらしい。秋斗はそれを見て大きく息を吐いた。おおよそのパーツごとに解体された炉は、すでにシキがストレージへ回収を始めている。そしてそれが終わると、シキは秋斗にこう言った。


[アキ。炉の底部も、引っぺがすなりして、回収できるようにしてくれ]


「そこもかよ」


[うむ。底もだ]


 秋斗は肩をすくめると、むき出しになった炉の底の部分に視線を向けた。その部分もやはりがっちりと固められていて、壊すならともかく、解体するとなると容易ではない。それで彼はまた魔石を手に握った。


 そうやって色々と工夫しつつ、最終的には炉と一体化していた煙突の一部まで解体・回収して秋斗は一息ついた。先ほどまで炉があった場所が何もなくなっているのが、何となくもの悲しい。彼はそっとそこから目を逸らした。


「……で、シキ。これで金属加工ができるようになるのか?」


[すぐには無理だ。炉を作り直さなければならないし、そのためには必要な物もあるからな。何より場所というか、設備を収めるための設備がいる。……本音を言えば、この工房自体を解体して回収してしまいたいくらいだ]


「さすがにそこまではやりたくないぞ」


[分かっている。そもそもストレージの容量が足りん。少なくとも今はまだ、な]


 シキのその言葉に、「将来的にはやるぞ」という意気込みを感じ取り、秋斗は内心でおののく。そんな彼にシキはさらにこう言った。


[よし。では次だが……]


「まだやるのか!?」


[当然だ。建物ごと持って行けない以上、持って行ける物は全て持っていく。……これも全ては質の良いサポートのためだ]


「サポートのためか、ならば仕方ない」と秋斗は諦め、しかし次の瞬間「本当にサポートのためなのか?」と疑問が頭をもたげる。とはいえそれを口には出さず、秋斗は粛々とシキの要望に応じて設備の解体と回収を続けた。そのせいでダイブアウトするのがずいぶん遅れてしまったが、それこそもう今更である。


 さて、ダイブアウトして漫画喫茶の一室に戻ってくると、秋斗はまず迷彩服から普段着へ着替えた。そして安眠アイマスクを取り出して横になる。「寝付きが良くなる」というアイマスクのおかげで、彼はすぐに寝息を立て始めた。


 秋斗が目を覚ましたのはおよそ二時間後。安眠アイマスクは「一時間で三時間分の睡眠効果を得る」ので、およそ六時間分寝たことになる。


 目を覚ますと、彼はまずトイレに行き、それからフリードリンクを一杯飲む。ちなみに野菜ジュースだ。自炊するようになったからなのか、彼の健康意識は妙な具合に高い。そして野菜ジュースを紙コップにもう一杯注いでから、それを手に彼は借りた部屋へ戻った。


 部屋に鍵をかけると、秋斗はまた迷彩服に着替える。少々面倒くさくはあるが、これはもう仕方がない。それに着替えている内に頭がシャッキリしてくるから、これはこれで都合が良いのだ。最後に二杯目の野菜ジュースを飲み干してから、秋斗は「ダイブイン」を宣言した。


 再び城砦エリアに降り立つと、秋斗はまずストレージからこのエリアの地図を取り出した。次に探索する建物を決めるためだ。シキとの話し合いの結果、次は最も重要そうな、エリアの真ん中に位置する建物を探索することになった。


「よし。んじゃ行くか」


 地図をストレージにしまい、秋斗は歩き出す。何度かドールと戦い、目当ての建物に到着したのは、それからおよそ二〇分後。見上げたその建物は、いかにも「天守キープ」という雰囲気を漂わせていた。


秋斗「おやじギャグ……」

シキ「言っておくが、年齢はアキの方が上だからな」

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