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日帰り遠征3


 秋斗がアナザーワールドにダイブインしてから、およそ四時間が経過した。秋斗は探索済みの一室で軽食を取っていた。ちなみに椅子と机を使っているが、椅子はもともとこの部屋にあった物で、机は別の部屋から持ってきた物だ。


 エネルギー補給を終えると、そのまま十五分ほど小休止を挟んでから、秋斗は探索を再開した。二〇部屋ほどを調べてその区画の探索を終えると、次に彼が狙いを定めたのはその近くに建てられた塔だった。


 塔の内部は中空になっていて、壁に沿うようにして階段が上へと続いている。ちなみに階段に手すりはついていない。


 ただ完全な吹き抜けではなく、塔の一番上にはちゃんと部屋があるようだった。ひとまずはそこを目標にして、秋斗は階段を上り始める。そんな彼を茶化すかのように、シキの声が頭の中でこう響く。


[さしずめ、囚われの姫の救出へ向かう騎士といった風情だな]


「迷彩服と六角棒の装備でか? お姫様に枕投げられるんじゃねぇの?」


 秋斗は苦笑を浮かべながらそう答える。実際、迷彩服と六角棒の装備では雰囲気が台無しだろう。「TPOを考えろ!」と要救助者に説教されそうである。


「だいたいさ、幽閉するにしても塔の上ってやりづらいだろ。される方もそうだけど、する方もさ」


 トイレとかものすごい面倒くさそうである。他にも少し考えただけで、不便な事ばかりだ。そもそも塔とは要するにやぐらである。日常の生活空間として欠点だらけなのは当たり前だろう。織田信長は安土城の天守閣で寝起きしていたというが、もろもろの不便は感じなかったのだろうか。秋斗はちょっと気になった。


 さてバカ話をしていても、秋斗もシキも油断はしていない。ドールが近づいてくるとシキはすぐにそのことに気付いて秋斗に知らせ、彼も油断なく得物を構えた。ドールは二体。それぞれ上と下から距離を詰めてくる。挟み撃ちだ。


 二体のドールを素早く確認すると、秋斗はその場に立ち止まることはせず、駆け足になって階段を上る。そうやって上から降りてくるドールとの間合いを一気に詰めた。挟み撃ちはさすがにイヤなので、各個撃破する作戦だ。


 高い位置を取られているせいで、さすがに圧迫感を覚える。ただ逆を言えば、目線の高さに相手の足があるということでもある。秋斗は六角棒のリーチを生かし、その足を払って階段からたたき落とした。


「ギィィィィィ……!」


 くぐもった悲鳴が遠のき、下からガシャンと音が響く。倒せたのかどうかは分からない。だが秋斗は下をのぞき込んで確認したりはしなかった。下から登ってくるドールを相手にするためだ。


 ただこちらは先ほどとは逆で、秋斗の方が高い位置を確保している。上から六角棒で一方的に叩き、ほとんど何もさせずに倒すことができた。二体目の魔石をシキが回収するのを見てから、秋斗は一体目がどうなったのかと下をのぞき込む。姿が見当たらなかったので、たぶん倒したのだろうと彼は思った。


 その後は何事もなく、秋斗は塔の一番上の部屋に到着する。当然、囚われのお姫さまが助けを待っているはずもなく、その部屋は無人だった。というより、お姫さまがいたら彼女はまず間違いなくモンスターだろう。枕を投げてくるだけでは済まないに違いない。


 まあ、それはともかくとして。塔の一番上の部屋には宝箱が一つ置かれていた。秋斗は目を輝かせ、早速その宝箱を開ける。中に入っていたのは、ルービックキューブのような青い立方体だった。


「宝箱(青)?」


[だろうな。開けるなよ。罠付きかもしれない]


 シキの指摘に頷きつつ、秋斗は手に持った宝箱(青)をためつすがめつ眺める。基本的には宝箱(白)の色違いだが、六面ある内の一面に宝箱(白)にはなかったものがついていた。鍵穴である。


「これってもしかして、鍵がないと開かないってパターン?」


[もしくは鍵を使えば安全に開けられるパターンかもしれん]


「……シキ、ピッキングとかできない?」


[無理だ]


 シキにそう断言され、秋斗は肩をすくめた。【鑑定の石版】で調べて見るまでは、下手に触るのは止めた方が良さそうだ。それにどうせなら幸運のペンデュラムを使いたい。そんなことを考えながら、秋斗は宝箱(青)をストレージにしまった。


 ベランダがあったので、部屋の外へ出て周囲を見渡す。城砦の全貌は分からないが、やはりかなり大きな建造物であるように思えた。本当に一日でここを探索し尽くすことができるのか。頑張らなければなるまい。


 塔から降りる際にも、ドールの襲撃があった。一体だけだが、上の位置に出現したらしく、秋斗は見上げる格好になった。彼は急いで階段を駆け下りる。あと少しで一番下と言うところでドールが飛びかかってきたので、秋斗は六角棒で払いのけそのまま下へ落とした。


 同時に階段から飛び降り、床に叩きつけられたドールをさらに踏みつける。そこへ間髪入れずに、頭部へ六角棒をねじ込み、秋斗はドールを倒した。ドロップしたパーツと魔石をシキが回収し、秋斗はそのまま塔の外へ出た。


 彼が次に向かったのは城壁だった。先ほど、ベランダから城壁の上に登るための階段を見つけたのだ。城壁はこの城砦をぐるりと囲んでいるはず。城壁の上を一周して、ともかくこの城砦の大まかな構造を把握するのが目的だった。そうすれば時間が足りなくなった時に、探索の優先順位を付けやすいだろう。


「高いな……」


 城壁を見上げて秋斗がそう呟く。十五メートル、いやもしかしたら二十メートルくらいはあるかもしれない。「一体何と戦うことを想定していたのか」と考えてしまうが、「リアルワールドにも高い城壁はあったか」と思い直す。とはいえ、「高い」と言いつつも具体的な数字は出てこないのだが。


 まあそれはそれとして。城壁の上に上がると、秋斗は右側を城砦の内側に向けて歩き始めた。基本的に城壁の上はそれほど広くないが、そもそも戦闘を想定しているだけあって、長物を振り回すくらいのスペースはある。相変わらずドールが断続的に出現して襲ってくるが、彼は窮屈に感じることなく戦うことができた。


 ただし、やりづらいと感じることはあった。その一例が、ドールが弓を持っていたときである。それも、同じ平面に立っているならやりようは幾らでもあるのだが、尖塔の上からなど高い位置から射撃されると、秋斗は途端に防戦一方になってしまう。


「どうすっかなぁ、これ!?」


 六角棒で矢を払いながら、秋斗はぼやき気味にそう叫ぶ。敵の姿は見えている。だが距離と高さがあって手出しができない。幾つか選択肢はあるのだが、どれも有効ではないような気がして、彼は内心で頭を抱えた。


[走れ!]


 そこへシキから指示が飛ぶ。詳しい説明を聞く前に、秋斗は走り出した。そうやって少し距離を詰めると、ドールがいる尖塔へ入るための入り口が見えてくる。彼はそこへ飛び込んだ。


 尖塔は城壁の上に、さらに突き出すように造られている。それで地面からの高さはともかく、秋斗が入った入り口からの高さはそれほどでもない。ただドールの方が高い位置にいるのは変わらないし、彼が尖塔に入ったのをドールも見ている。


「っとぉ!?」


 階段を上り始めた瞬間に射かけられた矢を、秋斗は紙一重で回避する。反射的に後ろへ下がりそうになるが、ドールが次の矢をつがえているのを見て、秋斗は無理矢理足を前へ動かした。


 秋斗は二段飛ばしで階段を上る。折り返しの踊り場に来たところで、ドールが弓を引き絞った。反射的に秋斗は大きく跳躍する。それ見てから、ドールは矢を放った。彼は地に足がついていない。回避は不可能だ。彼の身体の真ん中に矢が吸い込まれ……、


「……っ!」


 当たる寸前で、秋斗はその矢を左手で掴んだ。ドールが片足を下げたのは驚いたからなのか。秋斗は頓着せず、六角棒で仮面を砕いてドールを倒した。


[アキ……、当たったかと思ったぞ。狙ってやったのか?]


「実は……、オレも当たったかと思った」


[おい]


 シキの声が低くなる。秋斗は肩をすくめてごまかし、ドロップアイテムに視線を向ける。戦利品は魔石と矢の入った矢筒。弓と矢は持っていても矢筒は持っていなかったので、彼は嬉しそうに頬を緩めてそれをストレージへ突っ込んだ。


 さてドールがいた尖塔は、城壁の下へも降りられるようになっていた。ただ秋斗は下へは降りず、城壁の上からの探索を続けた。


 そしておよそ一時間後。秋斗は城壁の上をぐるりと一周し終えた。おかげでこの城砦の大まかな構造は把握できた。重要そうな建物も幾つかピックアップすることができ、今後の探索はそのあたりを中心にするつもりだった。


「さて、と。どうするかな」


 城壁の上で、秋斗は少し悩ましげに腕組みをする。彼が悩んでいるのは、きりの良いこのタイミングで一度ダイブアウトするか否か、だった。ダイブアウトしたら仮眠を取ることになるが、疲労の度合い的にはまだ少し早いようにも感じる。だが本腰を入れて新たな建物を探索するには、体力的にちょっときつそうなのだ。


[なら、ここを調べてみるのはどうだ?]


 シキがそう言うとストレージが開き、中からルーズリーフが一枚出てくる。そこにはこの城砦エリアの見取り図が描かれていて、その中に一カ所チェックが入っていた。他の建物とは少し離れてたところにある、平屋の建物だ。確か大きな煙突があったはず、と数十分前の記憶を探った。


[平屋なら、探索にそれほど時間はかからないだろう。それに一カ所だけ外れた場所にあるから、ここを終わらせておけば、後が動きやすいと思うぞ]


「じゃ、そうするか」


 シキの提案をあっさり容れて、秋斗は城壁の上を歩き出した。件の建物の近くに尖塔があり、そこから下へ降りられるはずなので、この機会にマッピングを済ませておくつもりなのだ。もう一仕事、と彼は小さく呟いた。


シキ「お姫さまがいなくて残念だったな」

秋斗「いたら逆に驚くわ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 矢を手で!? めちゃくちゃレベルアップしとる!
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