日帰り遠征2
リアルワールドでダイブインする場所を変えたことで、秋斗は城砦と思われる場所に降り立った。雰囲気としては、中世のヨーロッパといった感じだろうか。ただ使われなくなってからそれなりの時間が経っているようで、煌びやかさは感じられずただ無骨さだけが残っている。もっともこれが実際にそうなのか、それともただの設定なのかは分からないが。
城砦エリアとでも呼ぼうか。秋斗にとっては初めて探索するエリアだ。出現するモンスターは人形タイプで、人の形をしているのに人から外れた挙動をすることも多い。そういう点も含めて、彼は慎重に探索を進めた。
「そこぉ!」
秋斗の繰り出した六角棒が、両手にダガーを持ったドールの胸をついて後ろへ吹き飛ばす。その間にもう一体のドールが壁に張り付き、そのまま壁面を移動して秋斗に襲いかかる。彼はそのドールに横から六角棒を喰らわせ、そのまま絡め取るようにして廊下の床へ叩きつけた。
「ギィ……!」
ドールの苦しげな、そして忌々しげな声が簡素な仮面の奥から響く。その声はくぐもって聞こえた。ドールには口があるのか、秋斗はまだ確認していない。そしてさほど興味もない。彼は六角棒を大きく振り上げ、上から叩き潰すようにして一体目のドールを倒した。
[アキ、後ろだ!]
シキの声に反応し、秋斗は六角棒を背後へ突き出す。ただ、振り上げた時に端を握っていたので、手のひらを滑らせるようにして後ろへ伸ばした格好だ。そのせいで攻撃に鋭さはない。だが、秋斗も足音で敵が近づいてくるタイミングはおおよそ分かっていた。それに合わせて六角棒を突いたので、牽制としては十分だった。
「ギ……!」
両手にダガーを持つドールが、動きを止める。その隙に秋斗は一瞬だけ六角棒を手放し、クルリと身体を半回転させてドールと相対する。そして左手で六角棒を掴むと、一歩踏み込みながら得物を繰り出す。
その攻撃を、ドールは一歩下がってよける。その動きには余裕があり、また両手に持ったダガーもしっかりと構えている。一方の秋斗も六角棒を引くときに身体の位置を入れ替えてきっちりと右手で得物を握っている。双方ともほぼ万全の状態で向かい合った。
睨み合ったのはほんの数秒。先に動いたのは秋斗だった。彼は六角棒のリーチを生かしながら、間合いを保ちつつ連続で突きを繰り出す。ドールは両手のダガーでそれをさばくが、しかし堪えきれずに一歩二歩と後ろへ下がる。そしてドールがわずかにバランスを崩したのを見逃さず、秋斗は突き出した六角棒を斜めにはらった。
六角棒の先端が、ドールの左手を打つ。その衝撃でドールはダガーを手からこぼした。秋斗はそこでさらに一歩踏み込んだが、その動きは少々大味だ。ドールは軽やかに身を翻すと、六角棒に沿うように動きながら逆に間合いを詰める。そして右手に残ったダガーを、秋斗の顔目掛けて繰り出した。
秋斗は身体を斜めに沈めるようにしてダガーの切っ先を避ける。同時に、力任せに六角棒を振るい、持ち上げるようにしてドールを浮かせてそのまま壁に叩きつけた。その反動でドールの動きが一拍止る。その隙を見逃さず、秋斗は六角棒を仮面にねじ込んでドールを仕留めた。
「ふう」
黒い光の粒子になって消えていくドールを見下ろしながら、秋斗が一つ息を吐く。それから彼はドロップを回収した。ダガーが一本手に入ったのだが、地下墳墓でブラックスケルトンから入手した物と比べると、やや品質が劣るように思われた。
「それにしても、何に使えってんだろうな、コレ」
そう言って首をかしげつつ、秋斗はドロップアイテムの一つを拾い上げる。それは人形の右腕。手に持った感じは、陶器よりは樹脂に近い。軽く揺らすと、手首が前後に動いてカシャカシャと音を立てた。彼としてはコレの利用方法など何も思いつかないのだが、頭の中に響くシキの声は楽しげだった。
[面白い素材じゃないか。是非回収しておこう]
「まあ、シキが欲しいなら別にいいけどさ」
そう言って秋斗は人形の右腕をストレージに放り込む。それから魔石を二つ回収し、彼は探索に戻った。
探索は順調に進んでいる。この城砦はさすがに大きくて広いが、迷路のような構造はしていない。マッピング自体はしやすいのだ。
ただ、当たり前の話なのだが部屋数が多い。それを一部屋ずつ覗いて確認していくのだから、そこで時間がかかっている。
しかも、部屋の中が空っぽならただ覗くだけでいいのだが、高確率で棚や机があったりする。それも調べようとするとさらに時間がかかる、という具合だ。ただ、そうやって探査するのは無駄ではない。
「お、銀貨発見」
机の引き出しから数枚の銀貨を見つけ、秋斗は顔をほころばせた。縁のついた円形の銀貨で、歪みなどは見られない。刻印もハッキリとしていて、歴史の教科書に載っていた古代ギリシャの銀貨などと比べても、製造技術の高さが窺える。
まあ、この銀貨に歴史的な背景があればの話だが。さらに付け加えて言えば、この銀貨を回収しても秋斗には当面使うアテはないのだが。とはいえそれでも貴金属。いつかは使い道もあるだろうと、彼はそれをストレージに放り込んだ。
ちなみに、銀貨が残されていた机も、使おうと思えば使えそうな状態ではある。だが秋斗は机の回収はしなかった。理由は単純で、数が多いからだ。目についた傍から回収していると、あっという間にストレージが一杯になってしまう。それでまずはマッピングを優先し、全体像を把握してから考える、ということにしていた。
「……さて、と。この部屋でこの区画は終わりか?」
銀貨を回収してからさらにもう幾つか部屋を調べると、秋斗はシキにそう尋ねた。残念ながら銀貨以外のお宝は見つかっていないが、これまでの探索に比べればはるかに実入りが多いので秋斗はあまり気にしていない。そんな彼にシキはこう答える。
[うむ。マッピングに抜けはないし、不可解な構造も見られない。終わったと思っていいだろう]
「お城なら、隠し通路とか隠し部屋とか、お約束だと思うんだけどな」
[造りすぎると、ありがたみが薄れるだろう?]
「ああ、なるほど」
どこかズレた会話をしながら、秋斗は廊下を歩いて次の区画へ向かう。そしてT字の角を曲がろうとしたとき、シキが彼にこう言った。
[アキ、ストップだ]
シキの声が頭の中で響くのと同時に、秋斗は足を止めた。その次の瞬間、彼の目の前を何かが勢いよく通過していく。ステータス向上の恩恵を受けた彼の動体視力は、それがクロスボウの矢であることをしっかりと確認していた。
[よし、アキ。行け!]
シキの声に背中を押され、秋斗は曲がり角から飛び出した。六角棒を手に、矢が飛んできた方へ猛然と突撃する。ドールは二体。一体はクロスボウに次の矢を装填中で、もう一体はそのドールを庇うように大盾を構えている。秋斗は少しだけ顔をしかめ、それから構わずに間合いを詰めた。
「はあああああ!」
裂帛の声を上げながら、秋斗は六角棒を突き出す。その攻撃はドールが構える大盾に阻まれた。だがそれは織り込み済み。彼はそこからさらに六角棒を押し込んだ。大盾を構えるドールも踏ん張るが、秋斗の勢いと膂力がそれを上回る。ドールは堪えきれず、後ろへ突き飛ばされた。
その際、クロスボウを持つドールも巻き込んで、二体はだんごになった。秋斗はその隙を見逃さず、さらに踏み込んで二体のドールをまとめて六角棒で滅多打ちにする。二体のドールはガードもまともにできず、あっけなく黒い光の粒子になって消えたのだった。
「やっぱりいたな。飛び道具系のドール」
[うむ。できればクロスボウは使える状態で回収して欲しかったのだが……]
シキのやや恨めしそうな声が秋斗の頭の中に響く。秋斗がデタラメに滅多打ちしたせいで、クロスボウは修復不可能なレベルで破損している。しかもそれがドロップアイテムとして消えずに残っているのだから、ガッカリ感もひとしおである。
「どうする、放置するか?」
[…………]
秋斗の問い掛けに、シキは無言のままストレージを開いてクロスボウの残骸を回収した。構造の解析ぐらいはできるだろうし、もしかしたらパーツ取りに使うのかも知れない。秋斗は小さく笑ってから魔石を拾い、それから探索を再開した。
先ほど探索を終えた区画もそうだったが、この区画も同じような間取りの部屋が整然と並んでいる印象だ。イメージとしては学校や病院、ホテルなどが近いだろうか。城砦という建造物の性質も考えれば、これらの部屋はおそらく兵士たちが寝起きするための部屋だったのだろう。
「ってことはきっと、かなりの数があるよな?」
[だろうな。この城にどれだけの戦力がいたのかは分からないが、仮に常時一万人が駐留していたとすれば……]
「一万部屋調べなきゃいけないってことか!?」
[いや、さすがに部屋数はもっと少ないだろう。だがここまでマッピングしてみたかんじとしては、百や二百ではきかないだろうな。それに例えば会議室などもあると考えると……]
「今日中に探索終わるかな……?」
[ここにもセーフティーエリアがあるといいな]
シキがどこか諦めた様子でそう語る。シキに肉体があったら、きっと遠い目をしていたに違いない。一方で秋斗も微妙な顔をしている。電車賃に漫画喫茶の利用料にと、遠征するには費用がかかるのだ。
もちろん一回の遠征で三万円を使い切ってしまうわけではない。だが納品クエストのコンプリート報酬はあくまで一時金。ましてお金が必要なのは遠征だけではない。次の収入のアテがまだない以上は、あまり気兼ねなくつかうわけにもいかないのだ。
「少し急ぐかな」
[いや、むしろ慎重にやるべきだ。初見のエリアに足を踏み入れているのだということを忘れるな]
少し焦る秋斗に、シキがそう釘を刺す。実際、焦って怪我をしては元も子もない。秋斗は肩をすくめ、それからまた探索を再開するのだった。
秋斗「シキにお人形遊びの趣味があったとは」
シキ「断じて違う」