【クエストの石版】
地下墳墓攻略のクエストをクリアした後、秋斗はまたアナザーワールドの探索を再開した。足を向けたのは、遺跡エリアを挟んで例の小高い山と反対側だ。遺跡エリアから出たところで、彼は装備をスコップから六角棒に換える。
この六角棒はリッチの取り巻きだったブラックスケルトンがドロップした武器で、チョイスの理由は「杖術が応用できそうだったから」である。また「刃物よりは消耗しにくく、手入れも簡単だろう」というのも理由の一つだ。
さて秋斗が足を踏み入れるのは未知のエリアだが、まだスタート地点の近くであり、出てくるモンスターは大したことがない。そのおかげで彼はその石版をすぐに発見した。それは【クエストの石版】である。
ただしクエストの種類は先のクエストとはだいぶ違う。今回のクエストは、いわゆる納品クエストだった。見れば納品するべきリストの中に、「魔石10個」というものがある。魔石なら地下墳墓で荒稼ぎしたので、秋斗はさっそくそれを納品してみた。
【クエストの石版】は少し大きめの台座型になっていて、秋斗はそこに魔石を10個置く。するとそれらの魔石は淡い光に包まれ、その光が消えるとそこには報酬なのだろう、真新しい千円札が置かれていた。
「おお~、こうなるのか」
手に入れた千円札を掲げながら、秋斗は機嫌良くそう呟いた。納品リストには「魔石50個」というものもあり、彼は「もしや」と思いつつそれを納品する。すると目論見通り、報酬は五千円札だった。
味をしめた秋斗は、物欲に目をギラつかせながら、次に「魔石100個」に狙いを定める。台座の上に魔石を積み上げ、報酬が出てくるのをそわそわして待つ。淡い光が消え、台座の上に残されていたのは、なんと100ドル札だった。
「なんでやねん!」
[物欲センサーが仕事をしたのではないのか?]
思わずエセ大阪弁になって突っ込む秋斗に、シキが笑うのを堪えるような声でそう答える。秋斗はやや憮然とした顔をしつつ、「円安ドル高になったら換金してやる」と心に決めて、100ドル札をストレージに突っ込んだのだった。
魔石の納品クエストはこの三つで終わりだったが、リストはまだ残っている。ストレージに在庫があるものについては、秋斗はさっさと納品を行った。その中の「一角兎の角3本」を納品すると、その報酬は一本のナイフだった。
鞘から抜いてみると、刃渡りは十五センチほどで、両刃のナイフだ。つや消しされた刃は見るからに鋭そうである。デザインはファンタジー風ではなくて現代風(秋斗主観)。そのナイフを眺めながら、秋斗はシキにこう言った。
「なあ、これって順番としては、山に登る前にコレだったんじゃないかなぁ」
[そのナイフがあれば、いろいろと便利ではあったろうな]
シキはそう答えて、遠回しに秋斗の言い分を肯定した。秋斗も苦笑いを浮かべる。ただ悪いことばかりではない。道具がないからこそ、石器を作るなどして工夫してきたのだ。その経験は決して無駄ではない。
そして手に入れたこのナイフも無駄にはならない。ナイフの鞘にはベルトが通せるようになっていて、秋斗はそれを利用してナイフを腰の位置に固定した。これならば邪魔にはならないし、またいざという時にはストレージから取り出すよりも早く使える。
さて納品リストの中には、当然ながら秋斗が持っていない物や、数が足りない物も含まれていた。例えば「ジャイアントラットの尻尾6本」というものがあった。ジャイアントラットの尻尾は、これまで手に入れても確保せずにそのまま捨ててきた。もったいないことをしていたな、と秋斗はちょっと遠い目になった。
またリストには秋斗の知らないモンスターの名前も含まれていた。「ウルフ」や「シープ」などのモンスターだ。彼はそれらしいモンスターをこれまでに見たことがない。当然ながらドロップアイテムの在庫は持ち合わせていなし、まずは探すところから始めなければならない。
[どうする、まずはアテのあるものから攻めるか?]
「いや、とりあえずこの辺りをマッピングしよう。どうしても確保できない物があったら、その時に考える」
一通り納品を済ませると、秋斗はそう言ってマッピングを再開した。当たり前だがモンスターも出現し、その中にはリストの中に名前のあったモンスターも含まれていた。ちなみにジャイアントラットも出現して、秋斗は無事に尻尾を六本確保することができた。
さらに探索の範囲を広げれば、ウルフやシープも現われる。羊は本来温厚な動物のはずなのだが、アナザーワールドのシープは群れで突撃してくる、実に殺る気に満ちたモンスターだった。しかもモコモコの毛が防御力を高めているらしく、秋斗は微妙に手こずってしまった。
また新たな石版も見つかった。その内容は【二人以上でアナザーワールドへ挑む場合、同じタイミングでダイブインを宣言しなければならない】というもの。「人数が多くなればなるほど、タイミングは合わせ辛くなるだろうな」と秋斗は思った。もっとも、ボッチの彼には縁のない話であるが。
そしてその石版の周囲にはカウがいた。どうやらノンアクティブなモンスターだったらしいのだが、牛肉の誘惑に負けた秋斗はつい手をだしてしまった。その結果、群れに追いかけられて壮絶な追いかけっこをすることになった。途中、ジャイアントラットや一角兎、果てにはウルフまでカウの群れにひき殺されていたが、その経験値が秋斗のモノになったのかは謎である。
「ひどい運動をしてしまった……」
カウの群れを何とか全滅させ、秋斗は肩で息をしながら額の汗を拭った。汗は拭っても拭ってもしたたり落ちてくる。ともかくドロップを回収すると、秋斗はシャワーを浴びるためにダイブアウトするのだった。
ちなみにカウの肉はまんま牛肉で、つまりとても美味かった。ステーキがおすすめである。ビーフシチューも食べたいのだが、本格的に作ろうとするとアレは手間がかかるので、挑戦するかはまだ考え中だった。
そんな感じで秋斗は順調に納品リストを消化していたのだが、中にはどうしても特定の場所へ取りに行かなければならない物もあった。その一つがファルムの実で、これは【クエストの石版】からはずいぶんと遠い場所で採取しなければならない。
幸い、場所は分かっていたのでそれほどの手間ではなかったが、場所が分からなかったらと思うとちょっと笑えない。要するにこれは「探索範囲を広げろ」と、システムとか運営とか、ともかくそういう存在が発破をかけているのだろう。秋斗とシキはそんなふうに理解した。
なお、ファルムの実の納品数は十五個で、秋斗は自分の分も含めて三〇個ほどを確保した。クエストの報酬は「生産教本・入門編」で、秋斗の頭のなかでシキが喝采を上げていた。自分用に確保したファルムの実は、半分ほどをジャムに加工したのだが、なかなかの出来映えだった。
納品リストは多岐に及び、簡単なものもあれば面倒なものもあった。例えばクマのように、強くてもただ倒せば良いモンスターというのはまだ楽だ。だが中には工夫が必要な場合も多かった。
その一例が鳥系のモンスターである。相手は空を飛んでいるから、これを討伐するには工夫が必要になる。秋斗はまずドロップ肉をばら撒いて鳥系のモンスターをおびき寄せる作戦をとった。
だがこの場合、ウルフをはじめとする他のモンスターも大量におびき寄せられてしまい、それを倒している間に肝心の鳥系のモンスターにはエサを食い逃げされてしまった。経験値は結構稼げたのだが、鳥系のモンスターは一羽も倒せず、作戦は失敗だった。
それで結局、弓の練習をすることになった。弓はブラックスケルトンがドロップしたもので、矢は別の納品クエストの報酬で手に入れたものだ。ただそれだけだと数が心許ないので、追加でシキに作ってもらった。
弓の練習は、まずネットでコツを調べるところから始めた。次に、木を的にしてひたすら射る。最初は全く当たらなかったが、一時間ほどで命中率が五割を超え、五時間ほどで百発百中になった。動かない的で、比較的距離が短かったとはいえ、この習熟速度は間違いなくステータスの恩恵ゆえだろう。
弓という新たな手札を得たことで、秋斗はようやく鳥系のモンスターを狩れるようになった。気配を薄くしてくれるポンチョも大活躍で、奇襲の成功率は八割を超えた。そのおかげもあり、彼は納品リストの消化を進めることができたのだった。
ちなみに、弓の使い勝手は秋斗が思っていた以上に良かったが、しかしメインウェポンにはならなかった。リアルワールドの野生動物と違い、アナザーワールドのモンスターは殺る気に満ちていて、基本的に向こうから向かってくるためだ。必然的に近接戦闘が多くなり、この頃の彼のメインウェポンは六角棒だった。
秋斗が苦労させられた別のパターンとしては、例えば「オオナマズの切り身」や「淡水サーペントの牙」などの納品クエストがある。どちらも水棲モンスターであり、要するに釣り上げる必要があり、そのための道具から準備しなければならなかった。
釣り針は、シキにシカの角を加工して作ってもらった。釣り糸は適当な物がなかったので、おとなしくリアルワールドで用意した。釣り竿は六角棒で代用。しならないので少し不安だったが、まあ何とかなった。
大変だったのは釣れるポイント探しだ。何しろ情報が何もない。ひたすら池だの沼だので釣り糸を垂れて当りを待った。最終的には幸運のペンデュラムを使い、目的のモンスターを釣り上げたのだった。
他にも大変だったのは納品するアイテムを採取してくるパターンだ。前述したファルムの実のように、名前と採取場所が分かっているケースは他にはない。名前からあたりを付けて例えば「○○茸」ならひたすらキノコを採取して鑑定し、目当ての物を見つけたら改めてそれを採取しに行く、という具合だった。
そんな具合だから、ストレージの中には大量のハズレ採取品が残っている。シキが「生産に使えるものもある」というのでそのままにしてあるが、中には「毒有り」と鑑定されたものもあったはず。何に使うつもりなのか、秋斗はちょっと心配だった。
そのように多種多様な納品クエストをこなしたおかげで、報酬として得られたアイテムも多岐に及ぶ。赤ポーションはもちろんとして、例えば「青ポーション」。これは赤ポーションの色違いで、「経口魔力回復薬」だ。また状態異常を回復する「治癒薬」や、傷に直接塗って治療する「ヒーリング軟膏」などもあった。
「報酬はだいたい消耗品だな。ありがたいと言えばありがたいけど……」
[装備品は直接ドロップさせるか、『自分で作れ』ということなのだろうな]
秋斗とシキはそんな風に話し合った。最後に「ブレードパンサーの毛皮」を納品して、秋斗は納品リストを全て消化した。ちなみに報酬は「生産教本・中級編」。シキは「素材が足りない」と嘆いていた。
また【クエストの石版】の納品リストを全て達成した報酬として、秋斗は最後に一万円札を三枚受け取った。三万円である。思わずガッツポーズしてしまったのも仕方がないだろう。そしてこの軍資金を得たことで、秋斗は前々から考えていた計画をいよいよ実行に移すことにした。
遠征である。
秋斗「大冒険が割愛されている!?」