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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
アナザーワールド
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スライム


 初めてアナザーワールドにダイブし、速攻で戻ってきたその三分後。スニーカーを履いた秋斗は再びアナザーワールドにダイブインした。左右の手には相変わらず金槌とフライパンを装備している。


 降り立ったのは、最初にダイブしたときと同じ場所。空に差す赤みの具合もほぼ同じで、つまり時間はほとんど経過していないように思われた。やはりアナザーワールドとリアルワールドで、時間経過はある程度連動しているのだろう。


「……よし」


 周囲を見渡し、小さくそう呟くと、秋斗はいよいよ歩き始めた。探索開始である。スタート地点は遺跡風で、すぐ近くに道があった。とりあえず秋斗はその道を歩く。高い壁や建物はないので思いのほか見晴らしは良い。だが死角がないわけではない。崩れた壁の陰から、ソレは現われた。


「おお……!」


 秋斗は思わず感嘆の声をもらした。ブルブルとした薄紅色の水饅頭。一言で形容するならそんなところだろうか。ただし結構大きい。半球状の形状で、てっぺんは秋斗の腰の位置よりも高い。そしてその水饅頭の真ん中には青っぽい色をした、石のようなものが浮いていた。


 ファンタジー、もしくはゲーム風に言えば「スライム」だろう。あまりにもそのまんまな姿に、秋斗は逆にちょっと感動した。スライムという単語が簡単に出てくるくらいには、彼もサブカルチャーをたしなんでいる。


 あるいはそれが悪い方へ作用したのかも知れない。スライムと言えば、ゲームなど多くの作品でザコモンスターの代名詞とされている。つまり秋斗は油断した。確かにアナザーワールドのスライムも、全体で見たときにザコモンスターの位置づけなのかも知れない。だがだからといって「秋斗にとってもザコ」であるとは限らないのだ。


 薄紅色のスライムは秋斗が思う以上に素早く動いた。ポヨンポヨンと跳ねるようにして動く、そのまま秋斗に体当たりしたのだ。油断していた彼はそれをもろに喰らって吹き飛ばされ、崩れかけた壁にぶつかって肺の中の空気を吐き出した。


「がっ!?」


 そのまま尻もちをつく秋斗に、スライムがさらに襲いかかる。ブルブルとしたその身体が、彼を呑み込まんとうごめいた。秋斗はスライムを振り払おうとしたが、のし掛かられて立ち上がることができない。それでもまだ、両腕は比較的自由に動いた。


「このっ!」


 秋斗は右手に持った金槌をスライムに叩きつけた。金槌はスライムの表面を突き破って内側に入り、そのままほとんど抵抗もなく進む。だがその一方でスライムが何かダメージを受けているようには見えなかった。その証拠に、彼が金槌をもう一度振りかぶると、抉ったはずの場所は何事もなかったかのように塞がっている。


「このっ、このっ!」


 それでも秋斗は何度も金槌を振るった。半ばパニックになっている。しかし状況は少しも改善せず、むしろ徐々に悪くなっていく。死の恐怖が秋斗の背筋を寒くする。彼は叫び声を上げて腕を振り回した。


「うわぁぁああああ!?」


 そして、ごっそりとスライムの体積が減った。その瞬間、秋斗は何が起こったのか分からずに唖然となる。だが自分が振り回していたモノを見てだいたいのところを察した。彼が振り回していたのは、左手のフライパンだった。


 つまり、フライパンでスライムの身体を“すくった”のだ。そして振り回す勢いでそれを投げ捨て、結果としてスライムの体積が減ったのである。それはつまりスライムにダメージが入ったことを意味している。


「…………っ!」


 秋斗は一心不乱にフライパンを振り回した。そのたびに少しずつ、スライムが削られて小さくなっていく。スライムが一定まで小さくなったところで、彼はスライムを押しのけて立ち上がり、フライパンを右手に持ち替えてさらにスライムを削った。そしてスライムの体積を半分くらいにしたところで、彼はスライムの体内に浮かぶ青っぽい色をした石に狙いを定めた。


「このっ!」


 ブルブルとした周囲のゼリー状の身体ごとその石をフライパンですくうと、切り離されたスライムの残りの身体が一瞬にして形を失った。そして黒い光の粒子になって消えていく。夢の中の、スケルトンの時と同じだ。どうやらこの石が核、コアで間違いないらしい。そんなことを考えながら、秋斗はコアを壁に叩きつけた。


 ベチャリと音を立てて、薄紅色をした水饅頭が形を失う。ただコアは割れたりしておらず、形を保ったまま地面に転がった。コアが無事なら、あのスライムは再生するかもしれない。そういう創作作品は多い。コアを潰さなければ。秋斗は脅迫されたかのようにそう考え、金槌を拾い上げるとコア目掛けて振り下ろした。


 ――――カァン!


 手応えは硬い。普通に石を叩いたかのようだ。だが硬度はそれほどもなかったらしい。一度叩いただけでコアは粉々に砕けた。そしてゼリー状の身体と同じく、黒い光の粒子になって消えていく。これで襲いかかってきたスライムは全て黒い光の粒子になった。秋斗はようやく安堵の息を吐いた。


「……っつう」


 スライムを倒せたことに対する、歓喜や興奮は薄い。そのせいかスライムを倒してすぐに、秋斗は

身体に痛みを覚えた。スライムに突き飛ばされて壁に激突したそのダメージを、今頃になって感じ始めたのだ。


「ボロボロだな……」


 自嘲気味に、秋斗はそう呟いた。スライム相手にとんだ死闘を繰り広げてしまった。スケルトンの時も死闘だったが、こう考えてみるとモンスター相手に戦った二戦はどちらも死闘だったことになる。なんともまあ、先が思いやられるスタートだ。


「『ダイブアウト』」


 秋斗はダイブアウトを宣言する。まだスライムと一戦しただけだし、そもそも大した時間は経っていない。だがこのまま探索を続けても、良いことはないと思ったのだ。身体も痛いし、一度冷静になってあれこれ考えてみる必要がありそうだった。


 リアルワールドに帰ってくると、秋斗はまず周囲を確認する。彼が立っているのは、ダイブインしたのと同じ場所だった。帰ってくる場所は、アナザーワールドでどれだけ動き回っても、ダイブインしたのと同じ場所なのだろう。


 次に彼は時間を確認する。やはり時間はほとんど経過していない。つまり彼が学校から帰ってきてから、まだ二〇分も経っていないのだ。もっともアナザーワールドでの活動時間を含めても、三〇分は経っていないだろう。だが秋斗ととしては二時間も三時間も経ったような気分だった。


「はぁぁ~」


 安全な世界に帰ってきた。そう思い、秋斗は気の抜けた声を出す。それから手洗いとうがいをし、冷蔵庫から菓子パンを取り出してかじる。そして菓子パンを食べながら、彼は諸々の検証を始めた。


「まあ、検証といっても、手持ちの情報が少なすぎるわけだが」


 何と言っても、まだスライムを一匹倒しただけだ。しかもダメージを受けた。スケルトンと戦った時も痛い思いをしたが、しかしアレは夢の中の話。目が覚めれば無傷だったが、今回は現実の負傷だ。一時の興奮もすでに過ぎていて、身体のあちこちがズキズキと痛んだ。


「やっぱり、一人は無理があるよな」


 痛みに顔をしかめつつ、秋斗はそう呟く。今回は油断してしまったとは言え、正面からの攻撃だった。だがもしこれが完全に不意を突かれていたら。全身打撲程度では済まなかったかも知れない。


 今後はもっと警戒しながら探索する必要があるだろう。だがそれも限界がある。人間の目は二つしかないし、視野は限られているのだ。その上、視界に入っていても意識の外、ということもありえる。


 であるならば不意打ちを避ける一番有効な方法は、警戒する人数を増やすことだろう。つまり一緒に探索する仲間、だ。だが仲間を募るのは簡単ではないだろう。仮に全てを説明して同意を得られたとしても、その彼がアナザーワールドにダイブインできるかはまた別問題だ。


「なんとかならないかなぁ」


 菓子パンをかじりながら、秋斗はそうぼやく。“仲間”でなくとも良い。せめて何かサポートしてくれる存在が欲しい。そう考えた次の瞬間、鋭い頭痛が彼を襲った。


「っ!?」


 心臓が脈打つのに合わせてズキズキと頭が痛む。その頭痛は夢の中であの不思議な石板に触れたときの頭痛とよく似ていた。


「ぐぅぅ……」


 秋斗は頭を押さえてうずくまった。夢の中では意識を失ってしまったが、今回は意識を保っている。そして耐えること数十秒。徐々に頭痛は和らいでいった。最後の残響が消えると、彼は顔をしかめながら頭を上げた。


「いったい……」


 一体、この頭痛は何なのか。この頭痛がただの生理現象だとは、秋斗にはちょっと考えられなかった。十中八九、アナザーワールドと関係があるはず。彼はそう確信していた。


 また何か情報をインストールされたのだろうか。そう思いながら、秋斗は記憶を探る。すると反応があった。


[ハロー、マイマジェスティ]


 その声は、頭の中から響いた。


スライムさん「今作において、未だかつて我ほど主人公を苦しめたモンスターがいただろうか!? いやいないっ!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] クトゥルフ的な方のスライムさんならやばかった(ガチで
[一言] まだ3話じゃねーか スケルトンが雑魚過ぎただけですね
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