ゴールデンウィーク二日目3
リッチを倒すと、ボス部屋を照らしていた青白い炎は全て消えた。光源がなくなってしまったが、秋斗にはシキのサポートがあるので問題はない。数回瞬きをすると、目が暗視に慣れて部屋の様子がはっきりと見えるようになる。静まり返ったボス部屋で、秋斗は大きく息を吐いた。
「ふう。何とか勝てたな。これで、クエストは完了、ってことでいいのかな?」
[お疲れ様。明かりが消えたし、奥へ続く通路があるわけでもない。多分そう言うことなのだろう]
シキの言葉に、秋斗は大きく頷く。そして戦利品の回収を始めた。五体のブラックスケルトンは、魔石を五つと盾をドロップしていた。魔石は、地下四階の大部屋で戦ったブラックスケルトンほどではないが、それでも地下墳墓のザコモンスターの魔石よりは大きい。盾もスケルトンがドロップするモノに比べてかなりしっかりとしている。
そしてリッチのドロップだが、こちらは魔石が一つと銀色に輝くルービックキューブに似た箱が一つ。魔石はさすがこれまでで一番大きい。コレで聖属性攻撃魔法を放ったら、リッチであろうとも一発で倒せそうだ。まあ、そんな機会はないのだろうが。
そして銀色の箱だが、これは宝箱(白)とよく似ているので、アイテムとしては同種のものなのだろう。要するに宝箱(銀)というわけだ。秋斗はすぐにでも開けてみたい衝動にかられたが、罠付きという可能性もある。開けるのは【鑑定の石版】で調べてからにするとして、ひとまずはストレージにしまった。
それから秋斗はボス部屋をくまなく探したが、それら以外に戦利品と呼べそうなモノはなかった。彼はそのことにやや不満を覚える。クエストを達成したのだから、ボスドロップとは別に、クリア報酬があってしかるべきではないのか。しかしそれが用意されている様子はない。
[ボスが確実に宝箱をドロップするのが、クリア報酬なのではないのか?]
「むう……。まあそうなんだろうな」
やや不満げにため息を吐き、秋斗は自分を納得させる。筋は通っているし、そもそも探しても何も見つからないのだ。受け入れるしかない。そう思い、気を取り直して、彼は来た道を引き返した。
ボスであるリッチを倒しても、地下墳墓では変わらずにモンスターが出現した。その出現率もこれまでと大差ないように思える。つまり秋斗にとっては何の問題もない。地下二階のセーフティーエリアで一休みしてから、彼は足早に地下墳墓の外へ出た。
地上に戻ってくると、彼はその足で【鑑定の石版】のところへ向かう。そしてリッチがドロップした銀色の箱を鑑定した。その結果は以下の通りである。
名称:宝箱(銀)
宝箱。罠はない。
宝箱(白)と色以外は全く同じである。相変わらず手抜きというか言葉足らずで、秋斗は思わず苦笑した。とはいえ宝箱であることが確定し、さらに罠が付いていないのだから、もう恐れることは何もない。彼はいそいそと宝箱(銀)を開ける。中から出てきたのは、美しいガラス瓶(と思われる)に入った、液状の何か。秋斗は早速それも鑑定した。
名称:エリクサー
完全回復薬。
「おお……!」
ファンタジーの定番とも言えるエリクサー。それを目の当たりにして、秋斗は思わず感嘆の声を上げた。「完全回復」の“完全”がどの程度を意味しているのかは分からないが、きっと死んでいなければ何とかなるくらいには凄い薬なのだろう。秋斗はひとまずそう思っておくことにした。
ただ同時に、彼は「使いにくいな」とも感じた。効果が大きすぎるし、何よりもう一度手に入るのかも分からない。下手なことには使えないから、すると結局、ストレージに死蔵しておくことになる。使わないのであれば、何もないのと同じだ。
「いっそ現金だったら、使い道なんて幾らでもあったんだけどなぁ」
[ネットオークションにでも出品してみたらどうだ?]
「ジョークだと思われて草生えまくるわ」
逆に信じてもらえたら、それはそれで大問題だ。一〇〇億とか二〇〇億とか、もしかしたらそれ以上の単位でお金が動くだろうし、中には「殺してでも奪い取る」という輩も出てくるだろう。どう考えても秋斗の手には負えない。結局ストレージにしまっておくのが一番安全だな、と彼は結論した。
エリクサーをストレージにしまうと、秋斗はダイブアウトしてリアルワールドに戻った。そして食事をしてから仮眠を取る。目を覚ますと午後の三時過ぎで、彼は少し迷ってからもう一度アナザーワールドにダイブインした。
明確な目的があったわけではない。ただ、目標にしていた地下墳墓の攻略がゴールデンウィークの二日目に終わってしまい、何となく予定が空いてしまったような気分だった。遊びに行くような気分ではなかったし、かといって勉強する気にもならなかったので、とりあえずアナザーワールドに来てみたのだ。
足を向ける先は地下墳墓。もしかしたらもうないかも知れないと思いつつそこへ向かう。イベントのために用意されたインスタントダンジョンなら、クエストの達成をもって消滅していてもおかしくはない。だが秋斗が来てみると、地下墳墓はまだそこにあった。
(もしかして……)
秋斗の脳裏に、ある可能性がよぎる。彼は小さな期待を抱いて地下墳墓へ降りていった。相も変わらずに群がってくるゾンビを蹴散らし、彼は地下一階で見つけた宝箱のところへと向かう。そして大きく目を見開く。空の宝箱があったはずの場所には何もなかったのである。
「これは、本当にもしかするともしかするか……!?」
[アキ?]
シキの怪訝な声が秋斗の頭の中に響く。彼はハッと我に返ると、ともかく一回地下墳墓の外へ出た。そしてシキに自分の推論をこう話した。
「もしかしたら、地下墳墓が初期化されたかも」
[初期化……。つまりボスが復活して、宝箱なども再配置された、ということか?]
「たぶん、だけど」
[しかしクエストはクリアしたはずだ]
「それなんだけどさ、このクエストって一回クリアして終わりじゃなくて、何回クリアしたかで評価が変わるんじゃないのかな」
秋斗がそう話すと、シキは「ふむ」と呟いてしばらく沈黙し、それから「否定する材料はないな」と答えた。
[一度潜ってみたらどうだ? 本当に宝箱が再配置されていたら、ボスも再出現している可能性が高いだろう]
シキの提案に秋斗は大きく頷いた。ボスが再出現していると言うことは、ボスドロップをもう一度手に入れられるかも知れない、ということだ。しかもゴールデンウィークはまだ二日目。時間は十分にある。彼はがぜんやる気が出てきた。
秋斗は意気揚々と地下墳墓の攻略を始めた。石版の位置と内容は変わらなかったが、宝箱は確かに再配置されていた。それを見た瞬間、秋斗は思わずガッツポーズする。そしていそいそと中身を回収した。それから本格的に攻略を始めた。
二度目の地下墳墓は、一回目と大差ない。マップ構成は同じだし、出現するモンスターも同じ。秋斗にとってはすでに何度も通った道で、彼はサクサクと進んだ。何と隠し通路もそのままで、秋斗はもう一度ガーゴイルと戦った。奥の宝箱に入っていたのはまた生産関係の物品で、シキが喜んでいた。
ガーゴイルが再出現していた時点で、秋斗はボスの再出現を確信する。彼は気を引き締めて攻略にいそしんだ。案の定、地下四階の大部屋では再びブラックスケルトンが出現。ただし得物は違っていて、今度のブラックスケルトンは二刀流だった。
とはいえ得物の差はほとんど関係なかった。秋斗はリッチの取り巻きだったブラックスケルトンの魔石を二つ使い、聖属性攻撃魔法を二回ぶち当ててほぼ何もさせずにこの中ボスを完封したのである。
中ボスのブラックスケルトンを倒すと、秋斗はそこで一休みしてから地下五階へ向かった。そして宝箱がないかしっかりと確認してから、地下六階へ降りる。彼は再び閉じられている石の二枚扉の前でボス戦のための準備をした。
「まさか、コイツを使うことになるとは……!」
秋斗がもったいぶってストレージから取り出したのは、リッチの魔石だ。コレを使って聖属性攻撃魔法を使ったら一体どれほどの威力になるのか。彼はとても興味があった。その魔石を右手に持ち、さらに取り巻きの魔石を左手に握って、秋斗はボス部屋に侵入した。
ボス部屋には再び青白い炎が灯っていた。ボスであるリッチも再出現している。取り巻きのブラックスケルトンも五体揃っている。だが秋斗はまじまじとそれを確認するようなことはせず、ボス部屋に入るや否やさっさと聖属性攻撃魔法を発動させた。もちろん、前回のボス戦で手に入れたリッチの魔石を使って。
たちまち、白い炎が六つ、燃え上がる。五体のブラックスケルトンはそのまま燃え尽きたが、さすがにリッチは耐えた。ただ白い炎はいつもより長く燃え続けていて、その分だけリッチが受けたダメージは大きい。とはいえ秋斗にとっては、その分だけ時間的な余裕を得られた事の方が大きかった。
つまり、二発目の聖属性攻撃魔法の準備である。左手に握った魔石にじっくりと思念を込め、リッチが白い炎を振り払ったその瞬間を見計らって二発目を叩き込む。哀れリッチは何もさせてもらえず、再び白い炎に包まれてそのまま燃え尽き、黒い光の粒子になって消えるのだった。
「よしっ、三周目だ!」
秋斗の意識はすでに三周目の地下墳墓攻略に向いている。シキはそんな彼にドロップを回収するよう促し、それを終えると秋斗は足早に地下墳墓の外へ出た。そして戦利品の確認をしてからダイブアウトし、それからまたすぐにダイブインする。彼のゴールデンウィークはまだ始まったばかりだ。
シキ[一度パターンができあがると、あとは早いな]