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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
アナザーワールド
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ゴールデンウィーク一日目9


「やっぱ、エンチャントかな」


 茹でたジャガイモを潰しながら、秋斗はおもむろにそう呟いた。いろいろ考えたが、他に有効で実現可能そうな方策は思いつかなかった。


 考え方としては単純である。つまり魔法的な力でゴーストを弾くのだ。ただ最初にゴーストと戦った時、プロテクションの魔法はかかっていたはずなのだが、ゴーストの体当たりにはまるで効果がなかった。一方で頭から被った聖水には、ゴーストを躊躇わせる効果があった。ということは多分、属性が重要なのだろう。


「ホーリーエンチャントだな」


 ジャガイモをしっかりと潰しながら、秋斗はさらにそう言った。聖属性の防具など、彼は持っていない。入手のアテもない。また聖水は全て使ってしまった。そうである以上、手持ちの手札で聖属性を扱うには、魔法しかない。


 そしてホーリーエンチャント自体はそれほど難しく無いだろう、と秋斗は思っていた。聖属性の攻撃魔法は散々使っているし、自分にかける防御魔法プロテクションも使える。その二つを掛け合わせれば、ホーリーエンチャントになるだろう。


 すぐには使えるようにならないかも知れないが、それなら安全な場所で何度も練習すればいいのだ。魔石のストックはたくさんある。足りなくなったら、地下墳墓の地下一階でゾンビを乱獲すれば良い。


[問題は効果の持続時間だな]


 シキの言葉に頷きながら、秋斗はカボチャの煮付けの具合を確認する。軽く鍋を揺らしてから、冷蔵庫からマヨネーズを取り出してマッシュしたジャガイモに混ぜる。作っているのはポテトサラダである。


 プロテクションは役立つ魔法だが、戦闘中にその効果が切れることが度々ある。ホーリーエンチャントも同様のことが起こるだろう。それは想定しておかなければならない。そしてその瞬間をゴーストに狙われることも。


「まあ、そのへんは仕方ないだろ。それにどういう攻撃かはもう分かってるんだ。混乱したりはしないし、一回ぐらいなら大丈夫だ」


 ポテトサラダに入れる具材を用意しながら、秋斗はそう答えた。地下三階の投石も、完全に防ぐことはできなかった。だが彼は地下三階を越えた。完封できなければ攻略できない、ということは決してないのだ。


[ふむ……。まあ防御のほうはそれでいいとして、具体的にどうゴーストを近づけないようにする?]


「攻撃手段は聖属性の攻撃魔法しかないし……、発動を早くするか、魔石を二つ用意しておくか……」


 用意した具材をマッシュしたジャガイモと混ぜ合わせ、マヨネーズと塩胡椒で味を調える。粗熱を取るためにテーブルの上に移動させ、秋斗は別の料理に取りかかる。次はイノシシのドロップ肉を使ったポークチャップだ。


 その後も料理をしつつ、秋斗とシキは諸々話し合う。ただ防御はともかく攻撃については、進展と呼べるようなものはなかった。せいぜい、シキに優先順位の設定を頼むくらいだ。ともかくまずはホーリーエンチャントが上手く機能するのか確かめよう、と言うことになった。


「よし、こんなもんか」


 およそ三時間かけて八品作り、秋斗は満足そうに一つ頷いた。チルドの餃子を焼いただけのもあるが、そこは気にしない。これでゴールデンウィークの間中くらいは保つだろう。たぶん、きっと。どれだけアナザーワールドを探索するかにもかかってくるのだが、いざという時には米を炊いて対応するつもりだった。


 時刻は六時前。秋斗は少し早めの夕食を食べ、それから作った料理を冷蔵庫に片付けた。そして皿を洗い、歯磨きをしてから、ホーリーエンチャントの練習を始める。その後、何度か彼の部屋の中で発光現象が起こったが、遮光カーテンをしていたのと、そもそも周囲に人が少ないので、それを誰かに知られることはなかった。


 シキがプロテクションと同じようにホーリーエンチャントを使えるようになったのは、八時過ぎのことだった。秋斗は少し迷ったが、もう一度アナザーワールドへ行くことにした。ホーリーエンチャントの実際の使い勝手を確かめたかったのだ。もしこれがダメなら、今日中にまた別の対策を考えておきたかった。


[向こうももう暗くなっているぞ]


「暗視があるから大丈夫だろ。それに地下墳墓はもともと暗いから同じだ」


[今日はもう、十分に探索したと思うが……]


「地下一階で様子を見るだけだからさ」


 そう言ってシキを説得し、秋斗は探索服に着替えた。グールの臭いが染みついているような気がして顔をしかめたが、迷彩服は明日着る予定なので、ともかくこれを着るしかない。そして準備が整うと、彼は「ダイブイン」を宣言した。


 シキの言ったとおり、アナザーワールドもすっかり日が暮れていた。空を見上げれば月が出ている。ただし二つ。リアルワールドではあり得ないそれを見て、「本当にアナザーワールドなんだな」と秋斗は納得した。


 周囲の様子は、暗視のおかげでよく見える。それでも秋斗はいつもより警戒を高めていた。夜になると出現するモンスターの種類や強さが変わるのは、ゲームなどでは良くある設定だ。ただ彼の心配は杞憂で、現われたのはいつものスライムだけだった。


 ホッとしつつ、彼は地下墳墓の入り口を目指す。到着すると、彼はスコップをストレージにかたづけ、代わりに古びた剣を取り出した。そしてホーリーエンチャントをかけてから地下墳墓へと降りていく。


 地下墳墓に降りて少しすると、前方からゾンビが現われる。秋斗はそれを見て、聖属性攻撃魔法を放つのではなく、右手に握った剣を構えた。そして間合いを詰めて、先頭のゾンビに斬りかかった。


 秋斗は決して、ゾンビ相手に剣術の訓練をしようとか考えているわけではない。これはホーリーエンチャントの効果を確認するための実験だった。エンチャントがかかっているのが秋斗の身体だけなのか、それとも装備品にも効果があるのか。それを確かめようとしているのだ。


「……、よしっ」


 秋斗が斬りつけたゾンビが、次の瞬間、白い炎に包まれる。それを見て彼は歓声を上げた。これは聖属性攻撃魔法を浴びた時と同じ反応で、つまりホーリーエンチャントの効果が剣にも及んでいることを示唆している。


 これは朗報だった。ホーリーエンチャントの効果が装備品にも及ぶのであれば、盾でゴーストを防げる可能性がある。もしかしたら必要ないのかも知れないが、それでも盾が有効であれば精神的に余裕ができる。


 後は、ホーリーエンチャントの効果時間だ。それを確認するべく、秋斗は地下墳墓の地下一階でゾンビ相手に古びた剣を振るい続けた。そして斬りつけても何も起こらなくなると、彼は一度地下墳墓の外へ出た。


「エンチャントは役に立ちそうだな。これならゴーストも物理で殴れるんじゃないのか」


[エンチャントをかけている時点で物理ではないと思うが。だがまあ、有効であることは間違いないだろう。問題はやはり時間だな]


 シキの指摘に秋斗も頷く。彼が積極的に攻撃していたせいもあるのだろうが、ホーリーエンチャントの有効時間はプロテクションよりも短い。だいたい五分強といったところだ。つまり何度もかけながら、地下五階を攻略することになる。だがゴースト相手に一度でもミスをすると、ごっそりと体力を奪われることになる。


「ゴーストはそんなに出てこない、って可能性もあるけど……」


[それを確かめるために地下五階まで行くのは、本末転倒だな]


「だよなぁ」


 そう言って秋斗は苦笑した。ホーリーエンチャントの有効時間を延ばす方法はある。プロテクションの時と同じく、魔石を複数使えば良いのだ。だがその場合、発動までの時間も延びる。特にゴーストが目の前にいるなら、エンチャントは一秒でも早くかけなければならない。


 結局、やり方としてはなるべく切れ目なくホーリーエンチャントをかけていくしかない。そのためには発動までの時間が短いほうが都合が良く、すると魔石は一個ずつ使うことになるわけだから、一回ごとの有効時間は最短で計算しなければならない。


「なかなか都合良くはいかないな。まあ、プロテクションで分かってたけど」


[だが条件としてはよりシビアだ]


 シキの声は厳しい。プロテクションが活躍したのは地下三階だが、仮にプロテクションが間に合わなかったとしても、投石が数個身体に当たるだけで、すぐさま攻略に支障をきたすようなダメージを負うことはなかった。


 だがゴーストの場合、秋斗は三度触れられただけでフラフラになった。ホーリーエンチャントが切れた場合のリスクは、プロテクションの場合と比べて大きいと言わざるを得ない。


[魔法が切れるタイミングがもう少しハッキリと分かれば、それに合わせて準備できるのだが……]


「じゃ、それが分かるようになるまで、地下一階でゾンビと戯れますかね」


[アキにまさかそんな趣味が……]


「ねーよ!」


 力一杯否定してから、秋斗は地下墳墓の入り口へ向かう。そんな彼にシキはホーリーエンチャントをかけた。


 その後およそ二時間に渡って、秋斗は地下墳墓を出たり入ったりしながらゾンビと踊り続けた。臭いやビジュアルがそれほど気にならなくなったのは、上位種のグールを知ってしまったからかも知れない。


 まあそれはそれとして。特訓の結果、シキはかなりの精度でホーリーエンチャントを途切れさせずにかけ続けることができるようになった。秋斗も戦いながら聖属性攻撃魔法を使えるようになってきた。


「こんなもんか?」


[うむ。いい具合だろう。モンスターの種類が違えば、また勝手も違ってくるかも知れないが……]


「それこそ、もう試しようがない」


 苦笑気味にそう言って、秋斗は特訓を切り上げた。そして地下墳墓の外へ出てから、ダイブアウトを宣言する。今日の探索はここまでだ。明日は地下五階への再挑戦である。


秋斗「長い一日だった」

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[良い点] なんとも濃いゴールデンウィーク! しかもまだ1日目!
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