ゴールデンウィーク一日目7
地下四階の大部屋で待ち構えていたブラックスケルトンを見て、秋斗は一瞬「コイツが地下墳墓のボスなのだろうか?」と考えた。だが彼はすぐにその考えを打ち消す。ブラックスケルトンの背後に、さらに奥へ続く通路が見えたからだ。この大部屋が最深部でないのなら、このブラックスケルトンもボスではないだろう。
とはいえ、油断はできない。このブラックスケルトンは見るからに特殊な、いや特別なモンスターだ。刃渡りが二メートルはあろうかという黒々とした巨大な剣は、これまでのスケルトンが持っていたような錆びた剣とは格が違う。きっと相応の攻撃力を持っているに違いない。
さて、秋斗が大部屋に入ってもブラックスケルトンは動かなかった。黒々とした大剣を肩に担ぐようにして持ち、空っぽの眼孔に宿した赤黒い光を侵入者に向けている。秋斗は大部屋に三歩入ったところで立ち止まり、後ろからモンスターが追ってこないことを確認すると、ブラックスケルトンの姿をじっくりと観察した。
身長は一八〇センチほどだろうか。長身だが、大剣の方が長大に見える。剣を持っているのは右手だ。大剣を肩に担ぐその姿は堂々としていて、イヤなプレッシャーが秋斗の肌をチリチリと焼いた。
彼はゴクリと唾を飲み込み、それからゆっくりと左手に握った魔石に思念を込め始めた。同時に盾を身体の前に構えて、ジリジリとブラックスケルトンににじり寄る。彼が徐々に間合いを詰めても、ブラックスケルトンはまだ動かない。
「……っ」
魔石に十分な思念を込めると、秋斗は覚悟を決めて一気に間合いを詰めた。ただし、真っ直ぐには突っ込まない。やや斜めに、スケルトンの左側へずれるようにして走り込む。彼のその動きに反応してブラックスケルトンが大剣を振り上げるが、もう遅い。秋斗は聖属性攻撃魔法を発動させた。
「ギィィィィィイイイ!?」
ブラックスケルトンが白い炎に包まれて悲鳴を上げる。だがしかし。聖属性攻撃魔法に耐えた。これまでのモンスターがコレ一発で蹴散らせたことを考えると、やはり桁違いの強さである。
「……っ、だりゃぁ!」
とはいえ聖属性攻撃魔法だけでは倒せないだろうことは、秋斗も予想していた。それで彼はすぐに次の攻撃を仕掛ける。未だ白い炎が消えていない、今がチャンスなのだ。秋斗は右手に握った錆びた剣を、身体をややひねりつつ斜めに振り下ろす。その一撃を、ブラックスケルトンは身体に白い炎をくすぶらせながら、黒々とした大剣で防いだ。
「げっ!?」
剣と剣がぶつかった次の瞬間、秋斗は焦ったような声を上げた。彼が振るった剣が半ばから折れたのだ。いくら錆びていたとは言え、武器の差が露骨に出た格好である。彼は半分になった剣を投げつけ、慌てて距離を取った。
「くっそぉ……」
一旦ブラックスケルトンから離れ、秋斗は悔しそうにそう呟いた。そして少し考えてから、右手をポケットに突っ込んで魔石を握る。もう一本剣を出そうかとも思ったのだが、やはりみんな錆びているのでどうせあまり役には立たないだろうと思ったのだ。
むしろ、ブラックスケルトンもまたアンデッド系なのだから、聖属性攻撃魔法こそが有効である。実際、先ほどの攻撃は効いていた。そして攻撃魔法の効果範囲は、あの大剣の間合いよりも広い。逃げ回りつつ何度か当ててやれば、それで倒せるはずだ。
そう考えて秋斗は魔石に思念を込め始める。だがその瞬間、ブラックスケルトンが猛然と動いた。恐らく秋斗が聖属性攻撃魔法の準備を始めたことを察したのだろう。あっという間に間合いを詰め、大上段から黒々とした大剣を振り下ろす。
「ちょっ……!」
速さといい、振り下ろされる大剣の巨大さといい、その迫力はかなりのもの。秋斗は顔を強張らせ、必死になってその場から飛び退いた。黒々とした分厚い刃が石畳の床を叩く。そして盛大に音を立てて石畳を割った。
それを見て秋斗は頬を引きつらせる。分かってはいたが、相当な攻撃力だ。まともに受けたら、まず間違いなく挽肉になってしまう。一応、左手に盾を装備してはいるが、こんな防具、あの大剣の前では紙と同じだろう。
つまり絶対に、あの大剣をまともに受けてはいけない。秋斗は足を動かしてさらに距離を取る。同時に、彼は魔石に思念を込め直し始めた。だがブラックスケルトンもそれを見逃したりはしない。大剣を振り回して秋斗を追い回し始めた。
「……っ」
秋斗はその刃を必死になって避ける。大剣による攻撃は動作がいちいち大きく、また攻撃から攻撃へのつなぎもぎこちない。それで秋斗の拙い回避技術でも、どうにか連続攻撃をさばくことができている。だがプレッシャーはビシバシと感じるし、何より回避に意識を取られて聖属性攻撃魔法を発動させるどころではない。
「ギギィ!?」
大剣が石畳を叩き、ブラックスケルトンが苛立たしげな声を上げる。動きが止ったのは一秒弱。その隙に秋斗は駆け出して大きく距離を取った。一拍遅れて、ブラックスケルトンが彼の後を追う。
秋斗は壁沿いに走りながら魔石に思念を込め、準備ができた魔石を身体をひねって投げつける。ブラックスケルトンは急制動をかけると、大剣で魔石を大きく弾く。次の瞬間、聖属性攻撃魔法が発動したが、ブラックスケルトンはノーダメージだった。
「やっぱダメかぁ……!」
[警戒されているな]
シキの指摘に秋斗はやや大げさに嘆息しつつ、ストレージに手を突っ込んだ。取り出したのは聖水。最も有効なのはやはり聖属性攻撃魔法だろう。だがだからこそブラックスケルトンも警戒している。それで少し別の手を考えてみることにしたのだ。
秋斗は瓶の中の聖水を半分ほど口に含む。その妙な苦さに顔をしかめつつ、彼はブラックスケルトンに対して姿勢を低くしながら間合いを詰める。彼の動きに合わせて、ブラックスケルトンは大剣を振り上げた。
そしてブラックスケルトンが大剣を振り下ろそうとしたまさにその瞬間、秋斗は機先を制する形で右手に持っていた聖水の瓶を放る。まだ中身が半分残っているそれを警戒したのか、ブラックスケルトンは大剣を振り上げた格好のまま一瞬制止して、瓶を片手で払いのけるのを優先した。
その間に、秋斗はブラックスケルトンの懐に潜り込む。だが敵も然る者で、ブラックスケルトンは後ろに飛び退きつつ強引に大剣を振り下ろす。秋斗は左手の盾を掲げ、振り下ろされる大剣の刀身にそっと沿わせてその軌跡をずらした。大剣は秋斗から逸れて、また石畳を打った。
(よしっ!)
目論見が上手くいき、秋斗は内心で喝采を上げる。彼はこうなるようにブラックスケルトンの動きを誘導したのだ。
ブラックスケルトンは彼よりも長身だし、得物は取り回しに難のある長大な大剣。姿勢を低くして正面から突っ込めば、そりゃ上から叩き潰したくなるというものだ。
さらに後ろに飛び退きながら大剣を振り下ろしたことで、その一撃は本来の鋭さを欠いていた。経験値を溜め込みレベルアップしている今の秋斗なら、その程度の一撃をいなすことくらい、やってやれないことはない。
もっとも完璧にやれたわけではなく、盾は分解してしまっている。だが秋斗はそれを気にすることなく、身体を前に伸ばすようにしてブラックスケルトンとの間合いを詰める。そして腕を伸ばしてブラックスケルトンの黒い肋骨を掴んで引き寄せ、その顔目掛けて口に含んでいた聖水を吹きかけた。
「ギィィィィイイイ!?」
ブラックスケルトンの顔が白い炎に包まれる。ブラックスケルトンは悲鳴を上げ、反射的になのだろう、両手で顔を覆った。当然、黒々とした大剣からは手を放してしまっている。それを見て秋斗は、咄嗟に大剣へ手を伸ばした。
「おおおおおおお!」
雄叫びを上げながら、秋斗は大剣を振りかぶる。正直に言ってかなり重たいが、ステータスが向上している今の彼なら、大雑把になら振れないことはない。さらに振り下ろす先のブラックスケルトンは現在、秋斗から完全に意識を外している。それで秋斗が振り下ろした刃はしっかりとブラックスケルトンの身体を捉え、そして両断した。
「ととっ……!」
大剣の重さに任せて振り下ろしたものだから、刃はそのまま石畳を叩き、秋斗は身体をつんのめらせる。体勢が大きく崩れて隙ができるが、彼が反撃を受けることはなかった。黒い骨のかけらをまき散らしながら、ブラックスケルトンはすでに倒れていたからだ。
ブラックスケルトンの身体が、黒い光の粒子になって消えていく。同時に、秋斗が持っていた大剣も同様に形と重さを失っていく。彼は大剣に視線を落とし、やや残念そうにため息をもらした。
さて、ブラックスケルトンと大剣が完全に消えてなくなると、後には魔石だけが残った。しかも通常の魔石と比べ、一回り、いや二回り以上大きい。その立派なサイズの魔石を見て、秋斗も「おお~」と感嘆の声を上げた。
「でかいな。レアものかな?」
[このサイズを今まで見たことがないのは確かだな]
つまりそれだけ、あのブラックスケルトンが強敵だったということでもある。自分が強くなっているのを改めて実感して、秋斗は大きく頷いた。
さて、魔石をストレージにしまってから、秋斗は改めて大部屋を見渡した。ブラックスケルトンを倒した後も、普通のモンスターがこの部屋に入ってくる様子はない。セーフティーエリアになったのだろうかと思ったが、しかしその保証はなく、結局秋斗は水を一口飲んで休憩を切り上げた。
「さて、と。どうする、さっさと下に行くか?」
[いや、盾がダメになってしまった。新しいモノを手に入れてからにしよう]
シキがそう提案し、秋斗は「確かに」と思って頷いた。それから彼は地下四階の、小部屋が連なっていた区画に戻る。そしてそこでまた古びた盾を手に入れてから、地下五階へと向かうのだった。
秋斗「あの大剣、欲しかったなぁ」