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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
アナザーワールド
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ゴールデンウィーク一日目4


「シキ」


[捕捉はしている]


 シキがそう答えるのを聞き、秋斗は一つ頷いた。暗がりに紛れられてしまったとはいえ、完全にガーゴイルを見失ったわけではないらしい。とはいえ敵の姿が見えないのはストレスだし、何より上空に逃げられては、秋斗は文字通り手も足も出ない。


 その上で、ガーゴイルに遠距離攻撃手段があれば、秋斗は尻尾を丸めて逃げ出すしかない。さてガーゴイルはどう動くのか。彼は警戒を高めながら、耳を澄まして敵の出方を窺う。そして数秒後、唐突に羽ばたきの音が変化する。


[アキ!]


「……っ」


 シキの声が頭の中に響くのとほぼ同時に、秋斗はその場から駆け出した。秋斗は後ろを振り返りながらドーム状の部屋の中を逃げ回る。しかしガーゴイルの羽ばたく音は彼の後を追ってくる。その姿はまだ見えない。音だけが迫ってくる。敵の姿が見えないことが、彼の恐怖心をかき立てた。


 そして暗視の範囲内にガーゴイルを捉えた瞬間、秋斗は横に飛び退いて床の上を転がった。彼がついさっきまでいた場所を、ガーゴイルが腕を大ぶりして通り過ぎていく。秋斗は咄嗟にスコップを握りしめたが、しかし彼がそれを突き出すよりも早く、ガーゴイルは再び上空へ逃れた。


「ギィ! ギギィ!」


 羽ばたきの音に混じって不気味な鳴き声がドーム状の部屋の中に響く。それを聞いて秋斗は顔をしかめた。敵の姿は見えないのに、存在感は強調される。なんだかイヤな感じだった。


「シキ。他に敵は?」


[ガーゴイルだけだ。ゾンビとスケルトンは来ていない]


 それを聞き、秋斗は一つ頷いた。ゾンビとスケルトンに悩まされずに済むのはありがたい。ガーゴイルにだけ集中できる。そしてまた羽ばたきの音が変わる。彼は小走りに動き、タイミングを見計らってガーゴイルの攻撃をかわした。


 その後何度か、秋斗はガーゴイルの攻撃をかわした。今のところ、ガーゴイルは離れた所からは攻撃してこない。遠距離の攻撃手段はないのかも知れない。朗報ではあるが、一方で秋斗は全く反撃できておらず、押されているのは彼の方だった。


(反撃するとして……)


 反撃するとして、それはガーゴイルの攻撃に合わせたカウンターという形になる。何しろ敵が近づいてこないことには、秋斗の攻撃は全く届かないのだから。とはいえ暗視で見える範囲は決して広くなく、その中でカウンターのタイミングを測ろうとするのはとても難しい。当然ながら、一撃で倒すのはもっと難しい。


(どうにかして……)


 どうにかして、ガーゴイルを下にたたき落とせないか。飛行能力さえ無くなれば、ガーゴイルはそれほど手強い敵ではないだろう。少なくともクマよりは弱いはずだ。となれば狙うのは翼か。だがそれも難しい。


 前述した通り、暗視では見える範囲が狭いからだ。見えてからでは攻撃を回避するのが精一杯。反撃までは手が回らないし、とてもではないがどこか一点を狙うことなど無理だ。それができるのなら、そもそも翼ではなく首を狙う。


 もっと確実に、ガーゴイルの機動力を奪う方策が必要だ。ドーム状の部屋の中を逃げ回りながら、秋斗はその方策を考える。そしてそっと魔石を左手に握った。同時にそのまま壁際へ移動する。


 ガーゴイルの羽ばたきの音は、変わらず上空で響いている。秋斗は魔石に思念を込めつつ集中力を高め、敵が動くのをじっと待った。そして待つこと一分弱。ガーゴイルの羽ばたきの音が変わった。


 秋斗は腰を落として身構える。視界は利かない。彼は音とシキからの情報を頼りにガーゴイルとの距離を測った。心臓の音がうるさく鳴り響く。本当のことを言えば、走って逃げ回りたい。そんな本音を抑えつけて、秋斗はタイミングを測った。


「……っ」


 そしてその時、ガーゴイルが暗視で見える範囲に入るより一瞬早く、秋斗は動いた。横っ飛びして床の上を転がる。彼はただ飛び退いただけではない。置き土産を残していた。思念を込めた魔石である。彼はそれを軽く放り投げて、いわばその場に残したのである。その魔石は見事ガーゴイルに直撃した。


 いや、形としてはガーゴイルの方からぶつかりに行った、と言うべきか。まあこの際、経緯は問題ではない。重要なのは結果だ。ガーゴイルが魔石に触れた瞬間、そこに込められていた思念が魔石の魔素をエネルギー源として魔法を発動させる。


 発動したのは拘束の魔法だった。トリモチのようなものが現われてガーゴイルの身体に絡みつき、その動きを封じている。羽ばたくことができなくなったガーゴイルは、そのまま壁に激突して床に墜落した。そしてその隙を見逃す秋斗ではない。


「このヤロ、このヤロ、このヤロ!」


 急いで立ち上がった秋斗は、これまでの鬱憤を晴らすかのように、振り上げたスコップを何度もガーゴイルに叩きつける。もっともデタラメな攻撃はストレス発散のためだけではない。拘束魔法がどれだけ保つのか、分からないのだ。再び上空へ逃げてしまう前に、ガーゴイルを倒してしまいたかった。


「ギギィ……!」


 ガーゴイルは苦しげに身をよじるが、トリモチのように粘着性を持つ拘束魔法は、石でできたその身体をしっかりと床に縫い止めている。秋斗のスコップ連打を防御することもできず、その身体は徐々にひび割れ、そしてついに砕けた。ガーゴイルが黒い光の粒子になって消えていくのを見て、秋斗はようやく安堵したように息を吐いた。


 ドロップしたのは魔石のみ。ただゾンビの魔石に比べると少し大きいようにも見える。もちろん、願望に根ざした錯覚かもしれないが。それを自覚しつつ、秋斗はその魔石をストレージに放り込んだ。


「さて、と」


 静かになったドーム状の部屋の中、秋斗は小さくそう呟いた。彼の口元には笑みが浮かんでいる。ガーゴイルから逃げ回っていた最中に、この部屋のマッピングは済んでいる。その際にさらに奥へ続く通路を見つけていたのだ。ガーゴイルが守護していた、この先にあるモノ。実に楽しみだった。


 通路の先は、思ったとおり小部屋になっていた。そしてそこには宝箱が一つ、安置されている。秋斗はいそいそとその宝箱を開け、そして首をかしげた。宝箱の中に入っていたのは、宝箱(白)だったのである。宝箱in宝箱とはこれ如何に。


「どうする、シキ。開けてみるか?」


[問題ないと思うぞ]


 秋斗の期待の混じる問い掛けに、シキはそう答えた。別に折れたわけではない。これまで幾つか宝箱(白)を手に入れてきたが、その全てに罠はなかった。それで宝箱(白)とは、つまり罠の付いていないものなのだろうと考えられる。


 シキの同意が得られたところで、秋斗は嬉々としてそのルービックキューブのような箱をひねる。宝箱(白)の中に入っていたのは、いわゆる生産道具だった。複数の道具が入っていて、この全てを普通の宝箱の中に収めるのはちょっと難しい。もしかしたら普通の宝箱の中に入りきらない場合、宝箱in宝箱の状態になるのかもしれない。秋斗はなんとなくそう思った。


「生産道具か……」


 手に入れた道具を眺めながら、秋斗は少しがっかりした様子でそう呟く。将来的にはともかく、現時点で地下三階の攻略に役立ちそうなモノはない。それを期待していただけに、肩すかしを喰らった感は否めない。とはいえ、わざわざ入手したアイテムを捨てていく理由もない。


「とりあえずはストレージに放り込んでおけばいいか?」


[うむ。いずれ使うこともあるだろう]


 頭の中に響くシキの声は、いつもより弾んでいるように聞こえた。秋斗は小さな笑みを浮かべつつも気付かないふりをして、手に入れた生産道具をストレージに収める。たぶん自分でコレを使うことはないんだろうな、と思いながら。


「さて、と。これからどうするかな」


 空になった宝箱を見下ろしながら、秋斗は思案げにそう呟いた。残念ながら、この隠し通路で地下三階の攻略に役立ちそうなモノは手に入らなかった。ただ、収穫がなかったわけではない。


「とりあえず、セーフティーエリアに戻るか」


 そう呟いて、秋斗は来た道を引き返す。その途中、彼はゾンビとスケルトンの団体に遭遇した。ガーゴイルを倒したからなのか、どうもモンスターが隠し通路の方にも侵入するようになったらしい。それを見て、秋斗は苦笑を漏らした。


「もしかしたら、ここもセーフティーエリアとして使えるんじゃないかと思ってたんだけど……」


[そうそう上手くはいかない、ということだ]


 まったくだ、と思いながら秋斗は聖属性攻撃魔法を発動させる。幸いというか、隠し通路は一本道で、つまりモンスターは一方向からしか来ない。彼は攻撃魔法でモンスターを蹴散らしながら来た道を戻った。ドロップも全て回収できたのが、地味においしい。


 隠し通路の探索を終えてセーフティーエリアに戻ってくると、秋斗は「ふう」と一つ安堵の息を吐いた。地下二階で手こずることはほぼないとは言え、モンスターの脅威を心配しなくて良いここはやはり安心できる。


 秋斗は座布団代わりにクマの毛皮を敷いてその上に座り、壁に背中を預ける。冷たくて固い壁はさすがに心地よいとは言えず、彼は「クッションが欲しいな」と思った。


[それで、地下三階の攻略だが、どうする? 隠し通路は、ある意味空振りだったわけだが……]


「いや、そうでもない」


 ストレージから取り出した駄菓子で一服しつつ、秋斗はにやりと笑ってそう答える。その笑みを受けて、シキが「ほう」と呟く。


[何か思いついたか?]


「まあ、大したことじゃないけどな」


 そう前置きしてから、秋斗は思いついたアイディアを話す。それを聞いてシキはもう一度「ほう」と呟く。話を聞く限りでは、致命的な欠陥があるようには思えない。とりあえずやってみよう、という話になった。


 ただ「一度ダイブアウトした方が良い」とシキが言うので、秋斗はそのアドバイスに従い、一度リアルワールドに戻った。そして仮眠を取る。起きて時間を確認すると正午前で、彼は大きく伸びをしてから、まずは昼食の準備に取りかかるのだった。



ガーゴイルさん「飛べないガーゴイルは、ただの石像だ」

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