ゴールデンウィーク一日目3
秘薬を服用した後、秋斗は再び地下墳墓の入り口の近くまで戻ってきた。ただ、すぐにもう一度挑戦するわけではない。三〇分ほどかけて周囲のスライムを集中的に討伐して出現率を下げ、それから適当ながれきの上に腰掛けてエネルギー補給をする。彼がストレージから取り出したのはおにぎりだった。そのおにぎりを食べながら、彼はふとシキにこう声をかけた。
「……ところでさ、シキ」
[なんだ、アキ]
「オレって、ステータスが上がってるわけじゃん? 石投げられても、ほとんどダメージなかったし。このままステータスが上がったら、ヘンに目立ったりしないかな?」
[いまさらその懸念か]
シキの呆れたような声が秋斗の頭の中に響く。ステータスが上がることで、いわば超人化してしまうという懸念は、本来「ステータスが上がる」と言われた時点で抱くべきモノだ。それを考えれば、シキが呆れるのも当然と言える。
[安心しろ。体育の授業などを見ている限り、周囲と比べて明らかに突出しているわけではない。今後のことは推測になるが、恐らくは『運動が得意な人間』の範疇で収まるだろう。自分で鍛えていると言っておけば、そこまで不自然にはならないと思うぞ]
「そっか……。いや、でもその程度でいいのか……?」
[恐らくだが、リアルワールドではステータスの恩恵はかなりの程度制限されている。もしかしたら、上限みたいなものもあるのかも知れないな]
「へぇ……。その根拠は?」
[アキの動きのキレが、アナザーワールドとリアルワールドではかなり異なる。本人が意識的にセーブしているわけではないし、そうであるならある種の制約があると考えるのが合理的だ]
シキの説明を聞き、秋斗は「なるほど」と納得する。なお、シキが話していたのはあくまで身体能力に限った話で、知力や学力の面ではまた違ってくるのだが、この時の秋斗はまだそこまで意識が及んでいなかった。そしてシキもそちら方面の指摘をすることはなく、むしろ推論を一歩進める格好でこんなことを呟いた。
[逆に、リアルワールドでアナザーワールドと同じように動けるようになったとしたら、それはリアルワールドがアナザーワールド化している、ということなのかも知れないな]
「それは……、ちょっと怖いな」
シキの呟きを聞き、秋斗は正直な感想をそう述べる。リアルワールドがアナザーワールド化してしまったとしたら、とてもではないが今の社会を維持していくことはできないだろう。具体的に何が起こるのかまでは考えつかないが、それくらいのことは高校生の彼にも分かる。
[まあ、現時点でリアルワールドがアナザーワールド化する兆候はない。……それより、目の前の問題は地下墳墓の地下三階をどう攻略するか、だ]
「それなんだよなぁ」
三つ目のおにぎりを平らげ、タッパをストレージに戻すと、秋斗はお茶で喉を潤しながらそうぼやく。一応、対策がないわけではない。というより前回撤退せざるを得なかったのは、想定していなかった飛び道具に焦ってしまったからだ。飛び道具がくると分かっていれば、恐らく聖属性攻撃魔法は発動できる。
ダメージの方も、矢はともかく石は当たっても痛いだけで済んだのだ。つまり矢を警戒しつつ、痛いのを我慢して集中力を保てば、今のままでも地下三階のマッピングはできる。ただ痛いのを我慢しながらマッピングするというのも、それはそれでイヤになる話だ。
[ふむ。では少し脇道にそれてみるか?]
「脇道って?」
[実は地下二階に、隠し通路らしきものがあった]
「え、マジ?」
隠し通路と聞いて、秋斗のテンションが上がる。しかしなぜ今になってそれを言い出すのか。その理由をシキはこう説明した。
[本当にあるかは分からないぞ。気になった場所があっただけだ。あったとしても、壁で塞がれている。壁を崩せなければ意味がないし、崩せたとしても手間取ればモンスターが押し寄せてくる。それなりにリスクはある、ということは言っておく]
シキの話を聞き、秋斗は「なるほど」と納得する。ただリスクを聞いた上で、秋斗はこのまま地下三階に挑むよりも、隠し通路に寄り道した方がリスクは低そうだと思う。それに隠し通路の先に、地下三階の攻略に役立つモノがあるかも知れない。
「良し決めた。隠し通路に行ってみよう」
[アキがそう決めたのなら、わたしはサポートするだけだ]
秋斗とシキがそう言葉を交わす。隠し通路に挑むことを決めると、二人は早速作戦会議を始めた。場所を確かめ、どう動くかを話し合い、さらに壁をぶち破る方法について検証する。もちろん詳細な作戦など決めようもないが、それでも「何とかなりそう」という所までは詰めることができた。
「じゃ、行くか」
作戦会議が終わると、秋斗は気負った様子なく立ち上がる。そして魔石のストックを確認してから、地下墳墓へと降りていった。地下一階で一度支路に入ってみるが、宝箱はすでに空。どうやら「一度外に出ればリセットされる」というわけではないらしい。
そのことを少し残念に思いつつ、秋斗はまず足早に地下二階のセーフティーエリアを目指した。一度通った道ということもあり、彼の足取りは軽い。次々に現われるゾンビやスケルトンをほとんど何もさせずに聖属性攻撃魔法でなぎ払いながら、彼はセーフティーエリアに到着した。
セーフティーエリアに到着すると、身体を休めながらルーズリーフに描かれた地図で移動ルートを確認する。それを頭に叩き込み、消費した分の魔石をポケットに補充してから秋斗はセーフティーエリアを飛び出した。
彼は確認しておいたルートを迷わずに進む。小走りになりながらもきっちり聖属性攻撃魔法を発動させていくのは、それだけ回数をこなして慣れた証だ。時々例の口上を口走るのは、「テンション維持のため」と本人は嘯いている。
[アキ、ここだ]
「了解」
シキが声をかけてきたポイントで、秋斗は一旦立ち止まる。そして十分に引きつけてから、背後から迫るモンスターを聖属性攻撃魔法で一掃する。それが終わると、床に散らばる魔石には目もくれず、彼は身を翻して目当ての小部屋に飛び込んだ。
その小部屋は本当に何もない部屋だった。棺桶などもなく、よってゾンビやスケルトンが這い出してくることもない。宝箱や石板があるわけでもなく、かといってセーフティーエリアというわけでもない。本当に何もないただの小部屋。それがここだ。だがシキによれば、入り口正面の壁の向こうに何か空間があるかもしれない、とのことだった。
だったらとりあえずぶち抜いてみればいい、というのが今回の趣旨だ。秋斗はやや獰猛に笑うと、ストレージを開いてスコップを片付け、代わりにあるモノを取り出す。クマのモンスターを仕留めた、あの杭である。彼はその杭を脇に抱えると、勢いを付けて入り口正面の壁にぶち当てた。
さすがに一度では壁を崩せない。秋斗は数歩下がって助走距離を取り、また勢いを付けて杭を壁に叩きつける。「セルフ破城槌」とか言って喜んでいるが、ステータスの向上が知性には影響を与えないことの証明と言えるかも知れない。
[アキ、来たぞ!]
秋斗が壁を崩すより前にシキの警告が響く。秋斗は舌打ちをすると、シキにタイミングを測ってもらい、長大な杭を振り回しながら後ろを振り返る。すると横薙ぎにされた杭に払いのけられるようにして、小部屋に入ってきていたゾンビとスケルトンが横に吹き飛ぶ。その隙に秋斗は聖属性攻撃魔法を発動させた。
さらに彼は杭を足下に投げ出し、一度小部屋の外に出て押し寄せてくるモンスターの団体を焼き払う。そうやって時間を稼いでから、急いで小部屋に戻って杭を拾い上げ、また壁をどつく。そしてついに、杭の先端が壁の向こう側に抜けた。
小さくとも穴が開いてしまえば、それを広げるのは容易い。秋斗は手早く人一人が通れるだけの穴を開けた。その間にまたゾンビとスケルトンが押し寄せてくるが、彼はそれを聖属性攻撃魔法でなぎ払ってから隠し通路に飛び込んだ。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
[何も出ないのが一番なのだがな]
シキのツッコミに「確かに」と思いながら、秋斗は隠し通路を進む。隠し通路は一本道で、手には魔石を握っているが、なぜかモンスターは現われない。もしかしたら出現率が低いだけなのかもしれないが、ともかくそういう設定なのだろうと彼は思った。
三〇メートルほども進んだだろうか。隠し通路の先には大きなドーム状の部屋があった。部屋の床面積もそうだが、天井も高い。シキによれば十メートル以上の高さがあるらしいが、暗視の性能の関係で秋斗は天井を視認できなかった。
そしてその広いドーム状の部屋の真ん中には台座が設置されており、その上には禍々しい石像が置かれていた。コウモリの翼を持つ人型の石像で、ガーゴイルと言えば正しく伝わるだろうか。それを見て秋斗はイヤそうに顔をしかめた。
とはいえここまで来ておいて、何もせずに撤収するという選択肢はない。秋斗は左手に握った魔石を確かめてから、警戒しつつ石像に近づく。するとゴリッと音がして石像が頭を動かし、赤々とした目が秋斗を捉える。それを見て彼は叫んだ。
「やっぱりかよ!」
叫ぶと同時に、彼は聖属性攻撃魔法を発動させる。ゾンビやスケルトンには絶大な効果を発揮する聖属性攻撃魔法だが、しかしガーゴイルには何ら痛痒を感じた様子はない。秋斗は鋭く舌打ちし、右手のスコップを握りしめて駆け出す。しかし彼が接近するより前に、ガーゴイルはコウモリの翼を羽ばたかせて上空へと逃げた。
「くそっ」
悪態を吐きながら、秋斗は天井を見上げてガーゴイルの姿を探す。しかしガーゴイルは闇に紛れていて、その姿を見つける事はできなかった。ただ羽ばたきのその音だけが、ガーゴイルの存在を伝える。秋斗は苦戦を予感して、背中に冷や汗を流した。
シキ[地下墳墓に隠し通路がある意義とは……]