表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
アナザーワールド
2/286

ダイブイン


「アキ。何か朝からボーっとしてるけど、何かあったか?」


「あ~、なんか夢見が悪かったみたいでさ」


 早起きしたその日、学校で昼食を食べている時に、秋斗は友人とそんな話をする。新学期早々のこの時期は、教室内もまだ少しよそよそしい。この友人の言うとおり、今日の秋斗は朝から集中できていない。その理由は言うまでもなく、知らぬ間にインストールされていた情報のためだ。


「ふ~ん、どんな夢だったんだ?」


「……よく覚えてない」


 秋斗がそう答えると、友人は「そんなもんだよな」と言って白飯を豪快にかき込んだ。ウソである。秋斗は夢の内容を克明に覚えている。死闘を繰り広げたスケルトンのことも、その後で現われた不思議な石板のことも。


 状況から考えると、あの石板に触れたことで情報がインストールされたと考えるのが自然だろう。ただ、石板に使われていた文字に心当たりはないが、インストールされた情報量は石板に刻まれていた分よりも明らかに多い。恐らく石板に刻まれていた文言とインストールされた情報には、直接の関わりはないのだろう。


(フレーバーテキスト、ってやつなのかね?)


 秋斗は内心でそう呟く。もっとも、誰が何のために香り付けをしたのかは分からないが。そもそも彼がいま悩んでいるのはその部分ではない。「アナザーワールドとやらに行くのか、行かないのか」。要するに彼の悩みはそこに集約される。


 アナザーワールドが平和で安全な世界なら、秋斗は悩まなかっただろう。どういう付き合い方をするかはともかく、「一度くらいは行ってみよう」と思ったはずだ。だが恐らくアナザーワールドは平和でも安全でもない。


 彼がそう考える根拠は、夢の中で死闘を繰り広げたスケルトンだった。あのスケルトンがアナザーワールドと全く無関係であるとは思えない。つまりアナザーワールドにはああいうスケルトンや、さらに言えばモンスターの類いがいると思われるのだ。


 しかも、アナザーワールドでの経験や成長、ダメージはリアルワールドにも反映される。つまりアナザーワールドで怪我をして戻ってきたら、こっちでも怪我をしているのだ。それはつまり向こうで死んだらこっちでも死ぬことを意味している。


(リアルデスゲームかよ)


 秋斗は内心で、何度目かになるその突っ込みを入れた。「デスゲームです」と言われてホイホイ参加するヤツはそうそういないだろう。少なくとも彼はそういう異常な神経はしていない。


 もっとも彼が暮らすこの日本でも、突発的に死んでしまう可能性はゼロではない。バナナの皮を踏んでひっくり返り、後頭部を打ってそのまま死んでしまう可能性はゼロではないのだ。ワールドワイドで見れば、戦争や内戦をやっている国も少なくない。そういう意味ではこのリアルワールドだって、平和で安全とは言いがたいだろう。


 とはいえこっちの世界でも、秋斗は内戦地域に突撃したいとは少しも思わない。彼はなるべく安全安心に日々を過ごしたいと思っている人間で、どれだけ危険か分からないアナザーワールドへのダイブインには躊躇いが強かった。


 しかしその一方で。完全に「あり得ない」と却下しているわけでもない。むしろ心引かれる部分があるのは事実だった。冒険心や好奇心をくすぐられる、というのとは少し違う。インストールされた情報の中の一文が、彼を強く惹きつけるのだ。


『挑め。この世に何かを刻みつけたいのなら』


 平凡な人生を生きるのだろうと思っていた。どこにでもいるような大人になって、歯車の一つとして社会に組み込まれ、クルクルと回って日々を過ごし、摩耗したら取り替えられて、一年後にはすっかり忘れ去られるような、そんな人生を生きるのだろうと思っていた。


 だがもしも。この世に何かを残せるならば。そんなことを考えてしまう。そしてその考えが、秋斗にアナザーワールドを無視させない。結局、学校にいる間中、彼はグルグルと悩み続けた。


「行くだけ、行ってみよう」


 学校からの帰り道、自転車をこぎながら、秋斗はそう呟いた。この先、継続的にダイブインするにしてもしないにしても、一度アナザーワールドの様子を見てこなければ、判断材料が少なすぎる。


 一度決まれば話は早い。秋斗は自転車を立ちこぎして自宅へ急いだ。彼が住んでいるのは六室二階建てのおんぼろアパート。とはいえ数年前にリフォームしたとかで、部屋の中はそれほど古くない。


 秋斗が住んでいるのは二階の一号室で、昨今の地方の人口流出の影響を受けてか、隣と下の階の部屋は空室になっている。おかげで多少大きな音を立てても迷惑をかける相手はいない。


 鍵を開けてドアを開けると、「ただいま」も言わずに秋斗は部屋の中へ入った。彼は一人暮らしで、そのせいで「ただいま」や「行ってきます」を言う習慣はなかった。ともかく彼はドアを閉めて鍵をかけ、靴を脱いで部屋に上がった。


 教科書類の入ったリュックサックを適当に置き、それから彼は制服を脱いで動きやすい格好に着替える。これからアナザーワールドに行くのだ。制服が破けてしまっては困る。そして着替えが終わると、彼はさらに困った問題に直面した。


「武器……」


 アナザーワールドにはスケルトンが出る。いや、スケルトンかは分からないが、モンスターっぽいのは出るだろう。秋斗はそう確信している。さらにメッセージには「挑め」とあった。であれば逃げ隠れしながら探索しても、「この世に何かを刻みつけ」ることはできないのだろう。


 となると、戦うための武器がいる。だが日本で暮らす高校二年生が武器など持っているはずもない。台所に包丁があるが、錆びていたとはいえあの剣の事を思い出すと、あんな薄い刃物が役に立つのか疑問だ。


「むぅ」


 眉間にシワを寄せて、秋斗は唸った。何か武器の代わりになるものはないかと、所持品をリストアップしていく。最終的に彼が右手に握ったのは金槌だった。武器と言うにはなんとも心許ないが、思いっきりぶち当てればそれなりの威力はあるだろう。


 とはいえ金槌一本では不安だ。左手が空いていることだし防具が、できる事なら盾が欲しい。だが当然ながら盾なんていうファンタジーな、もしくは時代錯誤なアイテムを彼は持っていない。それでまた少し悩んでから、彼はテフロン加工のフライパンを左手に装備した。


「よし」


 右手に金槌、左手にフライパン。まるで泥棒を相手にするかのような装備を確認し、しかし秋斗は大真面目に頷いた。それから大きく深呼吸をする。気持ちを落ち着けるつもりだったが、心臓はバクバクしっぱなしだ。


「……『アナザーワールド、ダイブイン』」


 覚悟を決めて、彼はその言葉を口にした。キーワードと、それに矛盾しない意思が揃ったことで、何かがカチリと動き出す。目の前が真っ白になり、秋斗は思わず目を閉じた。そして彼が次に目を開けたとき、目の前の景色は一変していた。


「はは……、ここが、アナザーワールド……」


 顔を引きつらせながら、秋斗はかわいた声でそう呟いた。装備していた金槌とフライパンはちゃんと左右の手に握られていて、彼は内心で安堵の息を吐いた。それから彼は視線を巡らして周囲の様子を確認する。


 彼が立っているのは廃墟だった。いや、廃墟と言うよりは遺跡と言った方がイメージは近いかも知れない。あちこちに見えるレンガ造りの壁は、そのほぼ全てが崩れていて、秋斗の身長より高そうな壁はほとんど見当たらない。石柱が何本か立っているが、それも視界を遮るほどではなかった。


「広い、な……」


 遺跡の様子を見渡しながら、秋斗はそう呟く。周囲は全て遺跡で、例えば草原や河川などは見当たらない。草木は生えているものの、このあたりのメインはやはり人工物だ。視線を上げれば小高い山が見えたが、あれは何キロか先にあるのだろう。


 さらに視線を上げて空を眺める。アナザーワールドの空は、一目見ただけではリアルワールドの空と区別は付かなかった。空は青く、雲は白い。ただ時間帯としては夕方なのか、空には赤みが差していた。


(そう言えば……)


 そう言えば、ダイブインした時間帯も夕方だったことを思い出す。ということは、その辺りはリンクしているのかもしれない。ということは夜にダイブインすれば、街灯もないこの辺りは真っ暗になるのだろうか。足下は悪そうだし、暗ければ歩くのも大変だろう。夜には来れないな、と秋斗は思った。


「……とりあえず、『ダイブアウト』」


 秋斗はリアルワールドへ帰還するためのキーワードを口にする。まだ一歩も動いていないが、これは最初から決めておいたことだった。まずは帰れることを確認する。そのつもりでいたのだ。なお、帰れなかった場合のことは考えていない。


 果たして、秋斗の視界はまた一瞬にして切り替わった。目に映るのは、見慣れたアパートの部屋。「帰ってこられた」と思った瞬間、彼の身体から力が抜ける。何もしていないはずなのにどっと疲れた気がして、彼はその場に座り込んだ。


 時間を確認する。デジタル時計の日付は間違いなくダイブインした当日と同じ。本当に一秒しか経っていないのかは分からないが、それでも五分も経過していないのは確かだ。もっとも、向こうにいたのもほんの数十秒だけだが。


「は、ははは……」


 そして、笑いがこみ上げてくる。アナザーワールドは本当にあった。そして行って帰ってこられた。あの夢とインストールされた情報を疑っていたわけではない。だが「普通に考えてそんなことがあり得るのだろうか?」とは思っていた。けれども今、疑問の余地はなくなった。


「とりあえず、靴がいるな」


 そう呟いて秋斗は立ち上がる。彼はさっき、靴下のままアナザーワールドへ行ってしまったのだ。武器を気にして金槌とフライパンを持ち出したのに、足下は疎かになっていた。馬鹿だなぁ、と彼は軽い調子でぼやいた。


今作は前作に比べ、一話ごとの文字数が少なくなっています。

つまり、同じ文字数に対して後書きの回数が増えるんだゾ☆

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 斬るって素人には難しいだろうし直ぐ刃こぼれするし、そもそも刃が通らない相手ばかりだろうし、ファンタジー世界で武器として優秀なのは鈍器だと思っています。なのである程度距離が取れて叩きやすい金属…
[良い点] リアルな反応のおかげで感情移入できて良いね。俺も靴履き忘れそうだわ。自分がこの状況になったみたいでドキドキする。
[一言] 現代で買えて武器として優秀なのは バールかな? 軽くても金属パイプ製だし 長いのと1mぐらいある 先も少し尖ってるしね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ