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ダークネス・カーテン2


 ダークネス・カーテンが過ぎ去るまでのおよそ一時間、秋斗は家の周囲に現われたモンスターを駆除し続けた。倒したモンスターは全部で23体。彼としてはさほど激戦だったという印象はない。だがシキの意見は違った。


[アキはアナザーワールドを知っているからな。だがリアルワールドの基準で考えれば、一時間で23体は十分すぎるほどの激戦だ]


「ああ、なるほど」


 秋斗は納得して大きく頷いた。彼自身、これまでに何度かリアルワールドでモンスターを倒している。だが全て一体ずつだった。一時間以内に二体以上倒したことはなく、その基準で考えれば確かに激戦と呼ぶに相応しい。


 激戦を経験したのは彼一人ではない。この日のニュース報道によれば、ダークネス・カーテンが通り過ぎた範囲としては、東京都を中心に神奈川県や埼玉県、千葉県にも及びそれらの地域に影響が出た。発生から太平洋へ抜けるまでの所要時間はおよそ六時間であり、完全に消滅するまでにはさらに十時間強を要した。


 また同日の夜のニュース報道によれば、ダークネス・カーテンが通り過ぎた地域において、警察と自衛隊で合計2万3862個の魔石を回収したという。モンスター・ハンターなど民間人による駆除もあったはずなので、実際に出現したモンスターの数は5万前後ではないかと言われている。


 被害も大きい。人口密集地帯だったこともあり、多数の死傷者が出ている。ただ人口が多かったためにモンスターの駆除が比較的速やかに行われたという側面もある。対モンスターグッズを持っている者は、ある意味でそのまま戦力になるのだから。


 また東京にはあらかじめ自衛隊の部隊が幾つか配置されており、これらの部隊は獅子奮迅の働きを見せた。ただしこれらの部隊は一般に公表されることなく配置されていたことが明らかになり、後日「地方の切り捨てだ!」とか、「政府が自分たちのために自衛隊を私的に運用した」などと批判が噴出した。


「政治中枢を守るのは、別に悪くないと思うんだけどなぁ」


[悪くないなら堂々とやるべきだったな。隠しておきたかったのか、遅れただけなのか、何にしても公表しなかったせいで『保身のため』と受け取られた]


 政権と、それを超えた政治家批判をテレビで眺めながら、秋斗とシキはそう話し合った。彼としてはこういう報道はちょっと白ける。政治家連中にどんな意図があったのかは分からない。だがこういう時にいつもの調子で政権批判をされると、結局のところは党利党略ではないかと思えてしまうのだ。


 よく「日本は安全だ」とか、「日本人は平和ボケしている」とか言われる。だがそんな日本と日本人の上にも、ダークネス・カーテンはその帳を広げた。容赦なく、あるいは公平に。世界の他の地域と同じように、日本もその脅威にさらされている。もうちょっと大局的に物事を見てくれないか。そう思ってしまうのだ。


「破滅的な何かが始まったのではないか」


 その予感は人々の恐怖をかき立てている。怪しげな預言書やどこかの文明の暦が取り沙汰され、ネットやテレビでは終末論や陰謀論がまことしやかに語られた。良くも悪くも世界は変わりつつあり、これまでの常識は通用しなくなっていく。ダークネス・カーテンやモンスターを目の前にして、人々は諦念や恐怖と共にそれを受け入れざるを得なくなっていた。


「どうすっかねぇ……」


 テレビを消し、ソファーの背もたれに身体を預けて天井を見上げながら、秋斗はそう呟いた。世界が変わってしまったという意識は彼にもある。いや、彼ほど強くそう意識している者はまだ少数だろう。そして彼は自分が特異な立場にいることもまた自覚していた。


 しかしその一方で、リアルワールドでの彼は一介の大学生でしかない。動画配信でモンスター対策に少しばかり貢献したという自負はあるが、それだけだ。身バレのリスクを考慮しないとしても、こんな世界規模の問題について何かできる事があるとは思えなかった。


[なら、何かできそうな人物に協力してもらってはどうだ?]


「何かできそうな人物って、ああ、アリスか」


 秋斗はすぐに彼女を思い浮かべた。というより、彼女以外に思い浮かぶ人物はいない。またダークネス・カーテン以外にも聞きたいことはある。秋斗は身支度を調えてから、アナザーワールドへ向かう。そしてアリスを呼び出した。


「あ、もしもしアリス? いま暇? え、まともに動かない機械を蹴り飛ばすのに忙しい? 血圧上がってんなぁ。まあ気持ちは分かるけど。ケーキがあるから一息入れないか? ちょっと聞きたいこともあるしさ」


 アリスは「すぐに行く」というので、秋斗はお茶の支度をして彼女を待った。連絡をしてからおよそ五分。アリスがやってくる。今日の彼女は、スカートとブラウス、そしてストールという出で立ちだった。


「お、来たか。ちょっと待ってて。今、紅茶を淹れる」


「ほう、今日は茶葉から淹れるのか。気取っておるの」


「知り合いからもらったんだ」と答え、秋斗はティーポットにお湯を注いだ。ちなみに知り合いとはもちろん勲のことである。茶葉を蒸らしている間に、秋斗は約束のケーキを取り出してお皿に盛り付けた。シフォンケーキで、ホイップクリームをたっぷり添えてやると、それを見てアリスの頬が緩んだ。


「ところで二つしか買っておらぬのか?」


「いや、オレの手作りだからワンホール分あるぞ。って、なんでそんな顔をする」


 目を大きく開けて驚愕の表情を浮かべるアリスに、秋斗は「心外だ」と言わんばかりに顔をしかめる。ただこれまでアリスに饗してきたスイーツ類はすべて既製品だったので、彼女がこのシフォンケーキもそうだと考えるのは無理もない。


 もっとも、重要なのは既製品かどうかではない。美味しいかどうかだ。アリスはまるで批評家のようにニヤリと笑みを浮かべると、スッとフォークを構えた。そしてケーキを小さく切り分け、そこにたっぷりとホイップクリームを付けて口へ運んだ。


「……ふむ。良い出来じゃな。強いて言うなら、もっと甘い方が好みじゃ」


「アリスの好みに合わせていたら、砂糖の塊になっちまうよ」


 苦笑しながらそう答え、秋斗はマグカップに淹れた紅茶を注いだ。アリスが「どうせならティーカップを用意せい」と文句を言うが、秋斗は「そっちは用意していない」と肩をすくめた。


 秋斗が角砂糖を出すと、アリスは「まったく」と言いながらそれを次々に紅茶へ投入していく。


「そんな飲み方をするヤツがティーカップがどうのと気にするな」と秋斗は内心でツッコんだが、表面上は何食わぬ顔をして自分の紅茶を啜る。香り高くて渋みの少ない、飲みやすい紅茶だ。


 アリスがおかわりを要求するので、結局ワンホール分のシフォンケーキは全てなくなった。秋斗も二切れ食べた。たっぷり用意してきたつもりのホイップクリームは全てなくなり、途中からジャムを出して代用した。そして二杯目の紅茶をマグカップに注いだところで、アリスの方からこう切り出した。


「して、今日は何用じゃ?」


「あ~、聞きたいことは色々あるんだけど……。そう言えば『まともに動かない機械を蹴り飛ばすのに忙しい』って言ってたけど、それってやっぱり次元結晶の解析のための機械なのか?」


「うむ、そうじゃ。これが、ジャンク品集めて作ったせいか、へそ曲がりでのぅ。日々エラーを吐き出してはフリーズしておる。まるで駄々っ子じゃ。蹴りを入れたらウンともスンとも言わなくなってしまったわい」


「それは壊したっていうんじゃ……」


「活を入れたのじゃ」


 ぬけぬけとそうのたまうアリスに、秋斗は「処置なし」とばかりに肩をすくめた。蹴れば直るって、とんだアナログ派である。脳裏に浮かんだスクラップの山から目を逸らしつつ、秋斗はさらにこう尋ねた。


「あ~、じゃあ、解析はまだ終わってない感じ?」


「終わっておらぬどころか、目途も立っておらぬな」


「そっかぁ」


「まあ、解析は終わっておらぬが、何も成果がないわけではないぞ。どれ、一つ面白いモノを見せてやろう」


 そう言ってニヤリと笑い、アリスは次元結晶を取り出した。そしてスッと目を細め、次元結晶の周囲になにやら複雑な魔法陣を展開する。すると次元結晶の形が崩れ、何やらグニャグニャとし始める。初めて見るその反応に、秋斗は「おお!?」と声を上げた。


 さらにアリスはその形状が不安定になった次元結晶を地面に放る。すると地面に触れた次の瞬間、次元結晶が弾けて、そこに白い新たな空間が生じた。空間が歪んでいることが秋斗の目にも分かる。とても不思議な光景だった。


「アリス、アレは……?」


「いわゆる亜空間というヤツじゃな」


「亜空間……、これが……」


 やや唖然としながら、秋斗は白い亜空間を凝視した。亜空間といえばファンタジーでもSFでもおなじみのフィクション要素。道具袋やストレージも亜空間に分類されるだろうが、それでもこうして目の前に分かりやすく示された亜空間に彼はちょっと感動していた。


「あ……」


 秋斗が小さく声を上げた。彼が見つめる先で、白い亜空間が徐々に縮んでいく。亜空間は数秒で自然消滅し、地面には元の形に戻った次元結晶だけが残った。アリスはそれを手元に引き寄せると、手の中でもてあそびながら得意げな顔でこう語った。


「とまあ、こんな具合じゃな。次元結晶というだけあって、空間系の作用と相性が良い。いや、そちらにベクトルが偏っているというべきかの? まだ実用段階にはほど遠いが、面白い素材だと思っておるよ」


「そうか。それは良かった」


 秋斗はそう応じた。彼にしてみれば、次元結晶の研究がどんな形で結実するのか、それを想像することさえできない。「なんか凄いことになりそう」という、そんなレベルだ。だがアリスが楽しそうだったので、「それでいいか」と彼は思った。


アリス「活ッ! ああ!?」

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