魔法陣の実験3
「モンスターを呼び出すための魔法陣」の試作第二号は一定以上の成果を上げたと言って良い。少なくとも秋斗とシキはその結果に満足していた。
「いろいろ分かってきたな。メリットもデメリットも」
[うむ。実験したかいがあったというものだ]
一通り思いつくだけの実験を終えてから、秋斗とシキはそう話し合う。魔法陣のメリットとしては、やはり任意にモンスターを呼び出せることだろう。アナザーワールドではあまり意味がないが、リアルワールドでも同じように作用してくれるなら、そのメリットは巨大と言って良い。
一方でデメリットというか、欠点も明らかになった。一つ目はモンスターを呼び出すにはモンスターの要素が必要であること。つまりドロップアイテムか魔石を必要とするわけだ。試作第一号のように魔法陣を描く素材にドロップアイテムを用いても良いが、その場合耐久性が問題になる。
ちなみに現われるモンスターは、用いたドロップアイテムなどに由来する。つまりゴブリンの腰蓑を用いればゴブリンが現われるし、リザードマンの鱗を用いればリザードマンが現われる、といった具合だ。魔石の場合も同じで、ゴブリンの魔石を使えばゴブリンが現われる。ワニが現われた時、ちょっとビビってしまったのは秘密である。
二つ目の欠点としては、そうやってモンスターを呼び出して倒しても、得られるのは魔石だけという点がある。少なくとも今回の実験では、秋斗は呼び出したモンスターからドロップアイテムを得ていない。一つも、だ。だから今のところ、彼は「魔法陣で呼び出したモンスターからはドロップを得られない」と考えていた。
つまり費用対効果という意味では常にマイナスなのだ。ドロップアイテムを用いて魔石を得るか、魔石を用いて魔石を得るか、そのどちらかしかない。それだけならトントンに思えるが、魔法陣を駆動させるためには魔力が必要で、その分を勘案すればマイナスだ。
「まあ、魔力は集気法で回復できるからコストには含まれないという考え方もできるけど」
とはいえ、「余計に必要な分がある」ということには変わりない。収支のことを考えるなら、魔法陣など使わず普通に探索してモンスターを倒した方が良い。ただしそれはアナザーワールドでの理論だ。
リアルワールドでは事情が異なる、と秋斗は思っている。もちろんリアルワールドでも魔法陣の基本的なルールは変わらない。だから「魔法陣を使って魔石を稼ぐ」というのは難しいだろう。だが経験値ならばどうか。
リアルワールドでのモンスターとのエンカウント率は、アナザーワールドと比べて依然としてかなり低い(秋斗調べ)。競争率も高く、リアルワールドでもモンスター・ハントは必ずしも効率的に経験値を稼げるわけではなかった。
だがこの魔法陣と魔石が一つあれば、任意の場所で繰り返しモンスターを呼び出すことができる。金銭的な収入には繋がらないが、経験値はかなり効率的に得られるだろう。スポーツ選手のトレーニングとして売り込んだらヒットするかもしれない、などと秋斗はアホなことを考えた。
さらにもう一つ、この魔法陣にはリアルワールドでの大きな役割を期待できる。それはモンスターの誘導だ。つまりA地点でモンスターを呼び出すことで、別のB地点でのモンスターの出現を抑制するのだ。
そんな事が本当に可能なのか、秋斗には分からない。だが可能性は十分にある。そしてもし可能だったなら、リアルワールドのインフラ設備の防衛は格段にやりやすくなるだろう。もっとも今のところ、彼にそれを検証してみる気はないし、魔法陣を公表する気もないのだが。公益のために身バレする気には、まだなれなかった。
さて魔法陣の三つ目の欠点だが、それは呼び出せるモンスターがみんな弱いということだ。少なくともボスクラスのモンスターの召喚には成功していない。もしかしたら大型の魔石を使えばボスクラスのモンスターも召喚できるのかもしれないが、どうもそれを試して見る気にはなれなかった。
それから、これは欠点というわけではないのだが、モンスター要素として二種類のドロップアイテムを使った場合、どちらか一方に由来するモンスターが出現した。つまり二種類のモンスターが混じったキメラにはならなかったわけだ。秋斗は安心したが、同時に肩すかしをくらった気分にもなった。
「で、だ。実験してみて課題も見えてきたな」
[うむ。実験としては面白かったが、現状では何もかも中途半端という印象だ。より大きな魔石が手に入る様にならないと、使う意味がない]
「目標はボスクラスのモンスターの召喚、だからな」
[魔法陣の改良が必要だな。今のところ、目途は立たないが……]
「ま、のんびりやろうぜ。オレも協力できるところはするから」
秋斗は気楽な調子でシキにそう言った。彼としてもそう簡単に魔法陣が完成するとは思っていない。そして急ぐ理由も特にない。ただ期待は大きい。それで彼は心の中でシキに「頑張れ」とエールを送るのだった。
- * -
「シドリム! シドリム!」
ゼファーが友人の部屋のドアを乱暴に叩いたのは、スペースコロニー標準時で夜の十一時過ぎのことだった。このときシドリムはまだ起きていて、彼はすぐに部屋のドアを開けた。そしてそこに血相を変えた友人の姿を見て怪訝な顔になる。彼はともかくゼファーを部屋の中に入れ、それからこう尋ねた。
「ゼファー、どうした?」
「どうした、じゃない。コレを見てくれ」
そう言ってゼファーは険しい顔をしながらタブレット端末をシドリムに差し出した。端末を受け取ったシドリムは、ともかくその内容に目を通す。そして読み進める内に、彼の表情もゼファーと同じように険しくなっていった。
「ゼファー、これは……!」
「ああ、そうだ! 入れておいたはずの安全機能がごっそり削除されている!」
ゼファーは苛立たしげにそう叫んだ。彼のいう「安全機能」とは一種のフィルターだった。「小型のモンスターを優先的に出現させる」ことを目的としたフィルターで、これにより魔素を流し込む先の世界で大型のモンスターの出現を抑制するのが目的だった。
もちろん小型のモンスターがたくさん出現するのも困るだろう。だが最も困るのは対処出来ないほど強力なモンスターが現われてしまうことだと、ゼファーたちは経験から知っている。それを防ぐことで、向こうの世界の犠牲を少しでも減らすことが目的だった。
もちろんこのフィルターはゼファーやシドリムの独断で仕込んだわけではない。承認を受けて計画に織り込んだ、正規の安全機能である。彼らの担当は別の場所だったので細かくチェックはしていなかったが、計画として承認されたのだから当然入っているものと考えていた。
だが実際には入っていなかった。ゼファーがそのことに気付いたのはほんの数十分前のことである。気付いて、何度も確かめ、間違いないことが分かって愕然とし、ここまで来たのだ。そして彼は焦りながらシドリムにこうまくし立てる。
「一体誰がこんなことを……! いや、犯人捜しは後だ、まずは報告して一度計画を止めないと……!」
「無駄だ。いや、無益だ」
やや突き放すかのように、シドリムは冷たくそう呟いた。そして彼はゼファーにタブレット端末を返し、さらにこう続けた。
「そいつは正規の報告書だ。堂々とそこに載っているということは、我々の知らないところで計画が変更になったのだろう。ということは計画を変更できるだけの権限を持った者の仕業か、少なくともそういう人間が賛同していることになる。我々が何を言ったところで、取り合ってはもらえないさ」
「シドリム、君は!」
「私だってはらわたは煮えくり返っている! だがもうフェーズ3なんだ! 計画は止まらない、いや止められない! 今から下手に止めようとすればどんな弊害が出るか、分かるだろう!?」
「すまない、シドリム……、わたしは……」
「いや、こちらも怒鳴って済まなかった」
二人は少しバツの悪そうな顔をして謝罪し合った。だがゼファーの苦渋の表情はそのままだ。彼はどっかりとソファーに腰を下ろすと、うなだれたまま呟くようにこう尋ねた。
「だが、一体何の目的があってこんなことを……?」
「さてな。無駄を殺いだつもりなのか……。いや、そうか……。ゼファー、コイツは恐らく『禍根を断つ』ことが目的なんだ」
シドリムのその推測を聞き、そしてその意味を理解して、ゼファーの顔から血の気が引いた。「この計画は将来に禍根を残す」。かつて強くそう主張していたのは、他ならぬゼファーその人である。計画からフィルターを削除した人間は、ゼファーと同様の危惧を抱いたのだろう。そして「ならば禍根を断つべきだ」と考えたのだ。
つまり向こうの世界では対処できないほど強大なモンスターの出現を看過し、それを持って異世界の文明を破壊する。もしくはコチラへ手出しできないほどに力を殺いで弱らせる。それが目的と思われた。ただシドリムにはずいぶん中途半端で迂遠な気がした。
「強力なモンスターを出現させるフィルターを仕込んでいない分、良心的というべきなのかな、これは。いや、それだとこちらにもリスクがあると判断してリソースの節約で妥協したのか、それとも……」
「わたしの、わたしのせいなのか……?」
「ゼファー?」
「わたしが、事あるごとに『禍根を残す』と、そう言っていたから……」
「お前のせいではない。お前が言っていたのは、当たり前で当然のことだ。……この世界のモラルや良識というものまでが魔素に浸食されていたんだ。きっとな」
そう言ってシドリムが苦く笑うと、ゼファーもつられるようにして苦く笑った。それからシドリムはグラスを二つ取り出し、片方をゼファーに渡す。グラスに琥珀色の蒸留酒を注ぎ、二人はその苦い酒で喉を焼いた。
この世界ではまだ酒が飲める。だがそれ以前の部分で、この世界は思っていた以上に追い詰められているのかも知れない。その予感は酒よりずっと苦かった。
秋斗「モンスター・ハント式ブートキャンプ。流行るかな?」
シキ「実際にやるとなると規制が入りそうな気はするな」