魔法陣の実験2
全国の受験生たちが共通テストを受けている頃、秋斗はアナザーワールドへ来ていた。場所は廃墟街エリアから少し離れた草原。「魔素を集めるための魔法陣」、もしくは「モンスターを任意で出現させるための魔法陣」の実験を行うためである。
[よし、この辺りで良かろう。これを広げてくれ]
そう言うシキの声が秋斗の頭の中で響く。続けてストレージからにょきっと巻物のようなモノがはえてきた。秋斗はそれを引っ張り出した。素材は何かの革。恐らくはドロップアイテムだろう。広げて見ると、そこには複雑な魔法陣が描かれていた。
「へえ、これが?」
[うむ。魔法陣だ。試作第一号だな]
シキはそう言ったが、秋斗にはかなり本格的な魔法陣に見えた。まあ、彼に魔法陣のあれこれなど分からないが。それで彼は適当に「へえ」と生返事をしながら、もう一つ気になっていたことをこう尋ねた。
「それはそうと、コレ、何の革なんだ?」
[水牛の革だな。大きさがちょうど良かったのと、当面使い道がなかったのでそれを使った]
「ふ~ん、なるほど」
適当な返事をしながら、秋斗はシキに言われたとおり、魔法陣が描かれた一枚革を地面の上に広げた。そしてそこに両手をつき、「ふう」と一度深呼吸をする。シキが彼の頭の中で「始めてくれ」と告げると、彼は魔法陣に魔力を込め始めた。
魔力が流れていく感覚。ただ魔力を垂れ流すのとは違うその感覚に、秋斗は「おっ」という顔をする。どうやら魔法陣は正常に動いているらしい。彼は手応えを感じつつ、そのままさらに魔力を流し続けた。
(風……?)
魔法陣に魔力を流しながら、秋斗は柔らかな風を感じた。空気ごと魔素を集めるタイプの魔法陣ではないという話だったが、しかし魔素は大気中に存在しているモノ。魔素を集める際、一緒に空気も動いているのだろう。
そして徐々に魔素が集まり始める。ちょうど膝をついた秋斗の目の高さで、何か黒い光の粒子がモヤモヤと漂い始める。魔素だ。効率はともかくとして、これで「魔素を集める」という機能は確認できた。そしてそのタイミングでシキが秋斗に声をかけた。
[アキ、ストップだ]
「シキ……? どうした?」
怪訝そうな顔をしながらも、秋斗はすぐに魔力の供給を止めた。集まっていた魔素も風に散らされて消える。上手く行っているように見えたのになぜ止めるのか。やや不満そうな顔をする彼に、シキは止めた理由をこう説明した。
[あんな目と鼻の先にモンスターが出現したら、アキも困るだろう?]
「あ、そう言えばそうだな」
当然と言えばあまりにも当然なその指摘に、秋斗は気恥ずかしさを隠しながら頷いた。出会い頭の顔面パンチなんてくらいたくはない。ただ、では離れた位置から魔法陣に魔力を注ぐ必要があるわけだが、実際問題どうやってそうすれば良いのか。
[アキ。魔法陣を一旦ストレージにしまってくれ]
シキにそう言われ、秋斗は魔法陣を丸めてストレージに突っ込む。しばらく待っていると、またストレージから魔法陣が出てくる。そこには白いヒモ、いやロープのようなモノがつなげられていた。
「シキ、これは?」
[正絹蜘蛛の糸で編んだロープだ]
「ああ、そんなのもあったな」
[うむ。魔力の伝導率が良いらしいのでな、これを導線代わりにして魔法陣へ魔力を供給する]
シキの説明を聞き、秋斗は「なるほど」と頷いた。彼はさっそく魔法陣を広げ、白いロープを握ってそこから5メートルほど離れる。そして握ったロープを通じて魔法陣へ魔力を注ぎ始めた。
数秒ほどで黒い光の粒子がモヤモヤとし始めた。秋斗が魔力を込め続けると、そのモヤモヤは徐々に大きくなっていく。そして一定のレベルを超えたのだろう、突然手応えが変わった。反射的に身構える秋斗の目の前で黒い光の粒子、つまり魔素が集束を始める。そして黒い閃光を放ちながら、モンスターが出現した。
「ブモォォォォオオオ!」
出現したのは黒い牛のモンスターだった。そのモンスターは赤い双眸を秋斗に向けると、一度嘶いてから猛然と突進を始めた。モンスターは角を使って秋斗をカチ上げようとするが、彼は余裕を持ってそれを回避する。
そのまま側面へ回った彼は、竜牙剣を鋭く振り下ろして伸閃を放った。不可視の刃がモンスターの首もとを切り裂く。地面に倒れたモンスターは、そのまま黒い光の粒子になって消えた。
「ちゃんと出現したな」
モンスターが残した魔石を拾い上げて、秋斗はそう呟いた。最初の実験でちゃんとモンスターが出現したのは幸先が良い。シキに促され、彼はもう一度魔法陣に魔力を込める。するとまた、黒い牛のモンスターが現われた。三度目も同じで、三度も続けば偶然はあり得ない。これはなにか理由があるのだろうと秋斗とシキは話した。
「まあ、思い当たるのは魔法陣を描いた革しかないんだけどな」
[うむ。その影響を受けているのだろうな。もしかしたら、因子的なモノを参照しているのかも知れん]
「じゃあさ、別のモンスターのドロップを置いておいたらどうなるんだろうな? 混ざってキメラみたいになるのかな」
[試して見てはどうだ。どのみちこのままでは、ボスクラスのモンスターは召喚できそうにない]
シキの言葉に一つ頷き、秋斗は敷いてある魔法陣のところへ向かった。そしてすぐに顔をしかめる。魔法陣が描かれたなめし革は、しかし破けてしまっていた。どうやら黒い牛のモンスターが蹄で地面をかいたときに、ガリガリとやられて破けてしまったらしい。それを見てシキが冷静な声でこう言った。
[ふむ。耐久性に難あり、か]
確かに破けてしまったのだから、耐久性があるとは言えないだろう。魔法陣が破けてしまったからには、実験は一時中断だ。秋斗は小さく肩をすくめる。そして彼は使えなくなった魔法陣を見下ろしながらシキにこう尋ねた。
「コレ、どーすんだ?」
[一応回収してくれ]
シキがそう言うので、秋斗は魔法陣を丸めてストレージに突っ込んだ。シキはこれから「次の魔法陣を作る」というので、秋斗は空いたその時間を周辺の探索に当てた。そしておよそ二時間後、コーヒーとパウンドケーキで一服していた彼の頭の中にシキの声が響いた。
[できたぞ]
「お、意外と早かったな」
[魔法陣それ自体は同じモノだからな]
ストレージが開いて出てきたのは、石版のような石の板。どこかでかひっぺ返した石畳の一つだという。秋斗は「どこだったかな」と記憶を探るがすぐには出てこない。「まあどこでもいいや」と思い出す努力を放棄した秋斗は、石畳をストレージから引っ張り出してそのまま地面に置く。ズンッと重い音を立てる石畳は、確かになめし革よりも耐久性がありそうだった。
石畳に描かれた、というより彫られた魔法陣は、シキが言うように先ほどまでと同じモノ。まあ細かな違いがあったとしても秋斗には分からないが。石畳にはやはり正絹蜘蛛の糸で作られた白いロープが繋がれていて、それを通じて魔力を込められるようになっている。ただ秋斗には一つ気になることがあり、彼はそれをこう尋ねた。
「なあ、石畳はモンスターのドロップじゃないよな? それでちゃんとモンスターを呼び出せるのか?」
[その検証も含めた実験だ]
シキのその言葉に、秋斗は「そりゃそうだ」と大きく頷いた。そして早速ロープを握って数歩離れ、魔法陣へ魔力を送る。少しすると黒い光のモヤモヤができはじめるが、しかしどれだけ魔力を込めてもそこから先に進まない。五分ほど経ったところで、シキがストップをかけた。
「やっぱりモンスターの要素がないとダメみたいだな」
[うむ、そのようだ。まあ出現しないならしないで、それも大きな知見だが。ではモンスターの要素を追加してみるか]
シキにそう言われ、秋斗は魔法陣に近づいた。そしてその中心にゴブリンの腰蓑を置く。それを選んだ理由は失敗しても惜しくないから。あと、出現するのがゴブリンなら簡単に倒せるから、というもの少しある。
ともかく用意を整えると、秋斗はまたロープを使って魔法陣に魔力を流す。またすぐに黒い光の粒子がモヤモヤと集まり始め、今度は徐々に集束していく。そして腰蓑を装備したゴブリンが現われた。
「ギギィィ!」
雄叫びを上げて突っ込んできたゴブリンを、秋斗はあっさりと斬り伏せる。ゴブリンは黒い光の粒子になって消え、後には魔石だけが残った。腰蓑はドロップしていない。秋斗は魔石を拾い上げて「ふむ」と呟いた。
「とりあえずこれで、ドロップアイテムを使えばモンスターを呼び出せることは分かったな」
[うむ。まだ検証するべき事は多いが、大きな成果と言っていいだろう]
秋斗もシキも話す声は満足げだ。魔法陣の具合も確認するが、目立った傷などはない。呼び出すモンスターにもよるのだろうが、この魔法陣なら長く使えそうだ。そしてこれが最も重要なのだが、魔法陣の上に置いた腰蓑は跡形もなく消えていた。
「消耗品扱いなのか」
[一度しか使えないようだな]
「ドロップに魔法陣を直接書き込んだヤツは繰り返し使えたのにな」
[ふぅむ……。しかし耐久性がなぁ……]
そう話し合ってから、秋斗とシキはまた実験を続けた。腰蓑以外のドロップアイテムも試して見たいし、魔石そのものも試して見るべきだろう。また最終目標はボスクラスのモンスターの召喚。そのためには魔法陣それ自体の改良も必要だろう。
[やるべきことは多いな。一つずつこなすとしよう]
「おー」
声にやる気をみなぎらせるシキに、秋斗は気楽な調子でそう応じる。そして次の実験を行うため、魔法陣の中心にリザードマンの鱗を置いた。
ゴブリンさん「腰蓑が欲しくて、つい出てきてしまいました」