聖夜にて1
世界の各地ではモンスターの出現が続いており、その問題は解決の糸口さえ見いだせていない。だがそれでも十二月の半ばともなると、世間はクリスマス一色となる。その様は、まるで人々が拠り所を求めているかのようにも思えた。
そんな折のある週末、秋斗は八王子市内の貴金属買取店を訪ねていた。もっとも買い取ってもらうのは貴金属ではなく魔石。彼はストックしてある中から小さめの魔石を五つ選んで買取店に持ち込んだ。
「お持ちいただいた魔石ですと、五つで4万580円となりますが、いかがでしょうか?」
店員が提示した数字を聞き、秋斗は「ずいぶん値下がりしたな」と思った。魔石の買い取り価格はアメリカの銃器メーカー数社の買い取り価格を参考に、政府が1グラム当りで定め、また一週間ごとに改訂している。この買取店は中間業者なのでマージンを取っているはずだが、それでも最初の頃と比べると買い取り価格は十分の一以下になっている。
「それでお願いします」
「畏まりました。ありがとうございます」
「やっぱり魔石の持ち込みって、ずいぶん増えたんですか?」
「そうですねぇ。今ではほとんどのお客様が魔石をお持ちになりますね。ただこれは私の個人的な感想ですけど、二極化しているように思います」
店員の言葉に秋斗は首をかしげる。そしてこう尋ねた。
「二極化、というのは?」
「魔石をお持ちになるお客様のほとんどは一個か二個です。その一方で定期的に数十個の魔石を持ち込まれるお客様もいらっしゃいます。その間がいない、という感じがしますね」
「なるほど……。それで二極化、ですか」
秋斗は納得して大きく頷いた。魔石を一個か二個だけ持ち込む客というのは、積極的なモンスター・ハントをしていない人たちだろう。やむを得ない事情でモンスターを倒して魔石を手に入れ、それを買取店に持ち込んでいるのだ。そのまま飲み屋にでも直行しているんじゃないだろうか、と秋斗は勝手な想像を膨らませた。
対して定期的に数十個の魔石を持ち込んでいるのは、積極的にモンスター・ハントをしている人たちだろう。誠二が言っていたが、そういう者たちはチームを組むことが多いという。仮に四人のチームで一週間に五十個の魔石を換金しているとすると、四週間で一人当り40万円以上の収入になる。
(それで生計立てられるな)
[本当に一週間で五十体のモンスターを倒せるなら、だぞ]
シキの指摘に秋斗は心の中で「まあそうだけど」と答える。とはいえ倒せているのならそれはもう本業、あるいは本職と言っていいだろう。職業欄に「モンスター・ハンター」と書かれているのを想像して、秋斗は思わず壁の掛け時計を見上げてしまった。
[そこは自営業ではないのか?]
(大きく括ればね)
シキとそんな話をしながら、秋斗はお金を受け取って買取店を出た。彼がこうして魔石を売ったのは、プレゼントを買うための軍資金を得るためだ。彼は勲宅のクリスマスパーティーにお呼ばれしたのである。
『秋斗君、今年のクリスマスは何か予定が入っているかな?』
『いえ、特に何もないですけど』
『なら家に来ないか。ささやかだがパーティーと洒落込もう』
ケーキとチキンはこちらで用意しておくよ、と言ってくれたので秋斗はありがたくその招待を受けることにした。だがまさか手ぶらで行くわけにはいかない。まして「クリスマスパーティー」である。となればクリスマスプレゼントが必要だ。
まあ正直に言えば、魔石を換金しなくても資金はあったのだが。加えて言えば換金した全額をプレゼントにつぎ込むつもりもない。要するに最近の魔石の買取事情の調査と、あとは臨時収入が欲しかったのである。どちらのウェイトが大きかったかは、あえて触れない。
閑話休題。クリスマスプレゼントを用意しなければと思い立った秋斗だったが、彼はすぐに大きな壁にぶつかった。「どんなプレゼントを買うのか?」という問題である。勲の方はまだ想像が及ぶ。だが奏に何をプレゼントすれば喜んでくれるのか、秋斗はまったく想像が付かなかった。
『……という訳なんだけど、何が良いと思う?』
『そもそも、なんでわたしに相談するのよ』
秋斗が相談したのは百合子だった。スマホの画面の向こうで呆れた顔をしている彼女に、秋斗はふと思いついてクリスマスプレゼントとは関係のないことをこう尋ねた。
『そういえば、ユリもパーティー来るのか?』
『誘われたけどお断りしたわ。その日はバイトがあるの』
『え、ユリってバイトしてたの?』
『イブだけよ。レストランで生演奏をするのよ』
『へえ。なんか凄そう』
秋斗はそう月並みの感想を述べた。ただ百合子からすればそう大した話ではない。生演奏と言えば聞こえは良い。だがコストを抑えて集客効果を上げようという、店側の意図が透けている。
生演奏は弦楽五重奏。これは店側に強いこだわりがあったからではない。お店にピアノがないからだ。その点、バイオリンなどの弦楽器なら奏者が自分の楽器を持ち込んでくれる。そもそもプロではなく音大の学生を雇う時点でいろいろお察しだ。
とはいえ、聴衆の前で演奏する機会はなかなかない。百合子がバイトに応募したのはそれが理由だった。客の主な関心は食事に向いていることは分かっているが、手を抜くつもりはない。揃ったメンバーと練習を重ねており、当日までには仕上がるだろう。
まあ百合子のバイトの話はこれくらいで良いとして。今は秋斗の相談である。「奏ちゃんに何を贈れば良いのか?」という彼の相談に、百合子はやや面倒くさそうにこう応じた。
『何が良いかって、何でも良いんじゃない? それこそアクセサリーとか、あの子、喜ぶと思うわよ』
『それも考えたけどさ。付き合ってもいないのにアクセサリーとかちょっと……』
『ああ、なるほどねぇ。確かにアクセサリーって、「こいつはオレの女だ!」みたいなのがあるものねぇ』
百合子が訳知り顔でそう言うと、秋斗は苦笑しながら肩をすくめた。彼は肯定も否定もしないまま、さらにこう言葉を続けた。
『最初はお菓子みたいな消え物にしようかと思ったんだけど……』
『それも無難ね。ちょっとお高いチョコレートとか、オススメよ』
『普通の食事会ならそうするんだけどさ。クリスマスパーティーなんだよ、クリスマスプレゼントなんだよ。それなのに消え物ってどうよ、って思っちゃってさ』
『ん~、お菓子系はダメ。アクセサリーは論外。となると、実用品かしら? ハンカチとか、何枚あっても困らないわよ』
『いや、それこそ好みがあるんじゃ……』
『めんどくさいわねっ、じゃあ腕時計!』
『今どき腕時計なんてアクセサリー枠だろ』
『ブルガ○のバッグ! エル○スの靴! カ○ティエの指輪! スト○ディヴァリウス!』
『ユリの欲しいモンなんて聞いてねーよ!?』
そんな感じで百合子に相談しても答えは出なかったのだが、誰かに相談したことで少しは考えがまとまったらしい。秋斗は奏に贈るプレゼントを決めた。勲へのプレゼントもだいたい考えてある。彼は魔石を換金したその足でデパートへ向かった。
そして迎えたパーティー当日。この日は、日中は日差しが出ていたが、夕方からはチラチラと雪が舞うようになった。ホワイトクリスマスと言うほどの量ではないが、それでも雪が降れば気温は下がる。それで秋斗もバイクは使わず、電車で佐伯邸へ向かった。
「いらっしゃい、秋斗さん。メリークリスマス、です」
「メリークリスマス、奏ちゃん」
玄関で奏と挨拶を交わし、秋斗はそのままリビングへ通される。リビングには勲がいて、テーブルの上にはすでに料理が並べられていた。ちなみにチキンはフライドチキン。「七面鳥の方が良かったかな?」と勲はジョークを飛ばした。
「フライドチキンで良いですよ。まあ、チキンなのは日本くらいだって聞きますけど」
「アメリカはもっぱら七面鳥だね。食べられてしまう七面鳥に大統領が恩赦を与える、なんて習慣があるよ」
「それは……、一週間後くらいには肉になってそうですけど」
「さあ、そこまでは知らないな」
そんな軽い調子で言葉を交わしつつ。まずはプレゼント交換をすることになった。まず秋斗が奏に手渡したのは花束。それもただの花束ではない。アナザーワールドで摘んできた花で作った花束である。ちなみに花束にしてくれたのはシキだ。
「わあ、すごい。綺麗ですね。花束なんてもらったの、わたし初めてです。ありがとうございます」
奏が目を輝かせて喜ぶ。笑顔を浮かべる彼女を見て、秋斗もホッとした。彼は続けて奏にデパートで買ったプレゼントを渡す。彼は勲にも同じようにプレゼントを渡した。
「開けてみて良いですか!?」
「どうぞ。気に入ってくれると嬉しいんだけど」
奏は包を破ってプレゼントを確かめる。中身を見て彼女は「わあ!」と歓声を上げた。秋斗が彼女にプレゼントした物、それは色とりどりなアロマキャンドルだった。なお勲にプレゼントしたのはタンブラータイプのステンレスマグカップ。蓋が付いた、保温性の高いヤツである。
「素敵です! 秋斗さん、ありがとうございます!」
「そう言えばステンレスマグカップは持ってなかったなぁ。ありがとう、秋斗君。ありがたく使わせてもらうよ」
プレゼントを受け取った二人は口々にそう礼を言った。喜んでくれたようで、秋斗も嬉しい。そして続けて彼もプレゼントを受け取る。ワイヤレスヘッドフォンだ。少しゴツめのデザインで、赤いラインがカッコいい。
「わたしが選んだんですよ。お金も、三分の一くらいは出しました」
「そうなんだ。いいね、ありがとう。大切に使うよ」
秋斗はそう二人に礼を言った。プレゼントの交換が終わったところで、三人は食事をするためにイスに座った。テーブルの上にはフライドチキン以外にも数種類の料理が並べられている。どれも美味しそうだが、勲は「冷蔵庫にケーキがあるから、その分は空けておいて」と二人に注意した。
そして始まるパーティー。秋斗はお洒落なワイングラスに注がれた辛めのジンジャーエールを飲みながら、並べられた料理に舌鼓を打った。会話も弾み、楽しい一時が流れる。そして一時間が経った頃、事件は起こった。
全ての明かりが消えたのだ。
秋斗「アロマキャンドルなら消耗品だろ!」
奏「しばらく飾っておこうっと」
シキ「予想されたことだな」




