ヘキサ・シープの羊毛4
「ちっ……!」
ヘキサ・キングに浸透打撃を叩き込んだ秋斗が鋭く舌打ちする。ロア・ダイト製の六角棒を使い、全力で叩き込んだとは言え、さすがに浸透打撃一発でヘキサ・キングの毛が剥けたりはしない。だが手応えはあった。
秋斗は一発ずつ全力で浸透打撃をヘキサ・キングへ叩き込んでいく。ヒットアンドアウェイだ。ヘキサ・シープの妨害が入るが、そちらは勲がフォローしてくれる。秋斗はヘキサ・キングにだけ集中して戦うことができた。
「もう一つ!」
浸透打撃を叩き込む。一カ所を集中的に狙うのではなく、ヘキサ・キングの全身にできるだけまんべんなく叩き込んでいく。威力を抑えれば連続で叩き込めるのだが、それをすると手応えからしてほとんど効き目がない。一回につき一発。全力で浸透打撃を叩き込んだ。
そうやって何度か攻撃を続けていると、徐々に変化が現れ始めた。ヘキサ・キングの羊毛がズレるような動き方をしているのだ。つまり剥け始めている。秋斗は内心で「よしっ」と頷きながらさらにもう一発、浸透打撃を叩き込んだ。
「メ゛メ゛メ゛ェェェェエエエエエ!!」
ヘキサ・キングが雄叫びを上げながら駆け回る。そう言えばヘキサ・キングは現われてからずっと走り回っている。もの凄い持久力だ。恐らくは保有する魔力のおかげだろう。要するにヘキサ・キングの魔力量は桁違いに多いのだ。
その魔力を特殊な攻撃には使わず、防御と持久力にだけ使っているのだろう。だから浸透打撃をどれだけ叩き込んでも本体は無傷なのだ。だが今やその鉄壁の鎧(羊毛)は今にも脱げそうになっている。
ヘキサ・キングが弧を描くように走る。遠心力に引っ張られて、脱げそうになっている羊毛が「うにょーん」と伸びた。それを見て、秋斗は「良く足を引っかけないな」と妙な感心をする。
ただヘキサ・キングの羊毛は脱げそうになっているのであって、脱げてしまったわけではない。ヘキサ・キングはまだ羊毛を纏っていて、身体と接しているからなのか、その羊毛は相変わらず高い防御力を誇っている。飛翔刃を当てても完全に弾いてしまうほどだ。
(ならっ!)
ズンッ、と秋斗はロア・ダイト製の六角棒を地面に突き刺した。そして鞘から竜牙剣を抜く。彼はヘキサ・シープたちを捌いている勲を呼び、それから視線をヘキサ・キングに向けて合図する。彼が頷くのを見てから、秋斗はヘキサ・キングへ向かって駆け出した。
少し遅れて勲が続く。邪魔なヘキサ・シープたちは力尽くで弾き飛ばす。絵図的には動物虐待だが、どうせ奴らにダメージはない。すぐに立ち上がり、「メェェェ!」と不満げな鳴き声を上げながらまた突進してくる。だが一度距離が開けば、二人の方が速度は速い。
ヘキサ・キングが地響きを立てながら突っ込んでくる。ヘキサ・キングの動きは単調で、急激な転進はしないことはこれまでで分かっている。小細工を心配する必要はない。秋斗と勲はそれぞれ左右に跳んでヘキサ・キングの突進を回避した。
「はあああああ!」
回避と同時に、秋斗は竜牙剣にたっぷりと魔力を喰わせた。そしてその刃をヘキサ・キングの羊毛へ突き立てる。身体へ届いた様子はない。「どんだけ分厚いんだ」と呆れつつ、彼は羊毛へ真っ直ぐな切れ込みを入れた。反対側では勲が同じようにしている。
「メ゛メ゛メ゛ェェェェエエエエエ!!」
何かを感じ取ったのか、その瞬間、ヘキサ・キングは雄叫びを上げながら大きく跳躍した。そして切れ込みのところから羊毛が浮いて見事に脱げる、いや剥ける。小気味よくもどこかばかばかしいその光景に、秋斗は開いた口が塞がらなかった。
ドスンッ、と重い地響きを立ててヘキサ・キングが着地する。毛は全て剥けていて、ちょっと寒々しい姿だ。だがヘキサ・キングに気にした様子はない。一拍遅れてドサリと落ちてきた羊毛には目もくれず、ヘキサ・キングは悠々と歩き出した。
「メ゛ェェェ」
「あ~、サッパリした」とでも言うかのように一鳴きしてから、ヘキサ・キングは悠然と去って行く。秋斗はその背中を唖然としながら見送った。いや、唖然としているうちに行ってしまったと言うべきか。なんにしても、ヘキサ・キングはこうして羊毛だけ残してどこかへ行ってしまったのだった。
ヘキサ・キングが去ったことで、ヘキサ・シープたちも平常運転に戻った。興奮して飛びかかってくることはなくなり、またのんびりと草を食んでいる。草原は再び長閑さを取り戻したが、秋斗はなんだか収まりが付かないというか、いきなり放り出された気分だった。
「……コレは、『ヘキサ・シープ・キングの羊毛』というらしいね」
勲がヘキサ・キングが残していった羊毛を鑑定してそう告げる。「正式名称にはシープが入るのか」と益体のないことを考えながら、秋斗はぎこちなく頷く。そして何となく、その巨大な羊毛の端っこを掴んだ。
(どーんすだ、コレ)
秋斗は心の中で困惑げにそう呟いた。納品クエストのリストはすべて消化し終えていて、さらに言えば「ヘキサ・シープ・キングの羊毛」という項目はなかった。もちろんキングの羊毛は普通の羊毛より高品質なのだろう。だが刈りたて、いや剥きたて(もしくは脱ぎたて?)の羊毛はそのままでは使えない。
周囲に散乱しているヘキサ・シープの羊毛は、石版のクールタイムが終わったらまた納品するために使える。だがヘキサ・シープ・キングの羊毛はせめて紡いで糸状にしなければ使い道がない。秋斗はそう思ってため息を吐いたが、その時彼はふとあることを思いついた。つまり「クールタイムがあったのだから、隠し要素とかもあるかもしれない」と。
単なる思いつきだ。確証は何もない。だが石版はすぐ近くにある。確認はすぐにできる。秋斗は駆け足で石版のところへ向かった。そして石版に触れる。すると納品済みになっているリストの中、一つだけ未納品になっている項目があった。言うまでもなくそこには「ヘキサ・シープ・キングの羊毛」とある。
「よしっ」
秋斗は笑みを浮かべて小さくガッツポーズした。そして勲に事情を説明する。彼はすぐにヘキサ・シープ・キングの羊毛を納品することに賛成してくれた。二人でえっちらおっちらその巨大な羊毛を運んで納品する。報酬として現われたのは予想外の、しかしある意味では納得の品だった。
「……ジンギスカンセット、ですよね、コレ。どこからどう見ても」
秋斗が困惑げにそう呟く。ヘキサ・キングはあの後お肉になってしまったのだろうか。そんなアホな想像が脳裏をよぎった。だが次の勲の言葉を聞いて、その妄想も吹き飛ぶ。
「これは秘薬だね」
秋斗は慌てて鑑定のモノクルを取り出した。そしてジンギスカンセットを鑑定する。その結果は次の通りだった。
名称:秘薬(ヘキサ・シープ・キングのジンギスカンセット)
ヘキサ・シープ100体分の経験値を得る。
「これは、なかなか……」
秋斗の頬が少し緩む。ヘキサ・シープ100体分の経験値というのはなかなかの量だ。ここまでヘキサ・シープは一体も倒していないが、このジンギスカンセットでむしろおつりがくる。もっとも、魔石の分を含めると微妙だが。
「秋斗君、これは、その……」
「奏ちゃんも一緒に、三人で食べましょうか」
秋斗がそう言うと、勲は少し驚いた顔をしてから「ありがとう」と礼を言った。それから二人は散乱しているヘキサ・シープの羊毛を集める。放置していくのもどうかと思ったし、なんならまた納品しに来ても良い。
「その時にまたキングが出たらどうしますか?」
「秋斗君がいたら、秋斗君に任せる。いなかったら、すぐにダイブアウトする」
勲が真面目くさった顔でそう答える。秋斗は苦笑して頬をかいた。羊毛を集め終えると、二人はダイブアウトを宣言する。なお、ジンギスカンセットにクールタイムがあるのかは確認できなかった。報酬を受け取ったら項目ごと消えていたのだ。
「コーヒーを飲んで行かないか。今日のお礼に御馳走するよ」
立体駐車場に停めた車の中に戻ってくると、一度大きく息を吐いてから勲はそう言って秋斗を誘った。何でもこの駐車場から少し歩いたところに、美味しいコーヒーを出す喫茶店があるのだという。秋斗は二つ返事で「行きます」と答えた。
歩くことおよそ十分。勲に案内されたのは、小さな個人経営の喫茶店だった。店内は白を基調とした内装で、明るくモダンな雰囲気だ。観葉植物が幾つも飾られていて、まるで公園か植物園のようにも思えた。
勲が奢ってくれるというので、秋斗は遠慮無くコーヒーとケーキのセットを注文した。ちなみにコーヒーはオリジナルブレンドで、ケーキはチョコレートシフォン。コーヒーは酸味が少なくてコク深い味わいで、ケーキはそんなコーヒーに良くあった。
しばらくの間、二人は他愛もない会話をしながらコーヒーを楽しんだ。話題はモンスターのことが多い。特に勲は役人と個人的な伝手があるらしく、あまり表に出てこない情報も色々と教えてくれた。
「へえ、じゃあ警察の方はクロスボウがメインなんですか」
「うむ、どうやらそのようだ。やはり警察のほうが市民と接する機会は多いからね。銃器よりはクロスボウのほうがマシらしい」
「でも威力なら銃のほうが上でしょう?」
「そうだが、威力が高すぎるというのも問題らしい。貫通してしまうからね」
「ああ、なるほど」
「海外ではそれで死傷者も出ている。その点クロスボウなら貫通することはほぼないし、何より回収が容易だからね」
秋斗はもう一度「なるほど」と言って頷いた。それから彼は警察についてさらにこう尋ねる。
「最近は結構民間人が積極的にモンスター・ハントしているって話ですけど、警察が対処するのはどれくらいのモンスターなんですか?」
「一概にどれくらいとは言えないが、『人間より大きなモンスター』だと通報数が増えるという話だよ。やはり大きいというのはそれだけで脅威なんだろうね」
「クロスボウだけで大丈夫なんですか?」
「盾を上手く使っているそうだよ。特に機動隊とかは以前から訓練なんかで盾を使っているからね。それが役立っていると聞く」
「盾で防ぎながらクロスボウで攻撃、ですか。いっそ槍でも作ったら良いんじゃないんですか?」
「ふむ。では今度提案してみよう」
「いっ!?」
慌てる秋斗に小さく笑みを返しながら、勲はゆっくりとコーヒーを啜る。盾にクロスボウに槍。まるで中世だな、勲が思ったのは秘密である。
ヘキサ・シープ・キングさん「いや~、身体が軽くなった!」