ゴールデンウィーク一日目2
地下墳墓の地下二階で見つけたセーフティーエリアで三〇分ほど休憩すると、秋斗は「よしっ」と気合いを入れ直して立ち上がった。座布団がわりに敷いていたクマの毛皮をストレージに片付け、魔石のストックを確認する。それから彼は探索を再開した。
地下墳墓の地下二階には、大小さまざまな部屋が幾つもある。秋斗はその一つ一つをしらみつぶしに調べていく。地下三階へ降りる階段がどこにあるのか分からないからだが、同時に新たな石板や宝箱を求めてのことだった。
ゾンビとスケルトンは、相変わらず次から次へと湧いてくる。そして秋斗はそれを聖属性攻撃魔法でなぎ払っていく。一見して無双しているようにも見えるが、実のところあまり余裕はなかった。早足で移動しながら魔石に思念を込め、さらに周囲にも気を配らなければならない。彼は結構手一杯だった。
それでもマッピングが進んでいるのは、ひとえに昨日ひたすら練習した聖属性攻撃魔法のおかげだ。正直、これがなければ地下一階さえ踏破できなかっただろう。秋斗はそう思っている。同時にコレが通用しなくなったら、あるいは足りなくなったら、探索は一気に難易度を増すだろう。彼はそんな予感を覚えてもいた。
とはいえ、現在の地下二階なら魔石を用いた聖属性攻撃魔法は十分に通用する。もともと余計なことを考える暇はないのだ。秋斗はともかくこの階層のマッピングを済ませることにした。
セーフティーエリアを出てからおよそ二〇分後、秋斗は地下三階へ続く階段を発見した。ただ地下二階のマッピングが終わっていないので、地下三階へは降りずにそちらを優先する。その結果、新たな石板は発見できなかったが、宝箱を一つ見つける事ができた。
宝箱に入っていたのは、ガラス瓶に入った液状の何か。内容量は50mlといったところか。それが三本、宝箱に入っていた。当然ながら秋斗に正体不明の液体を口にする勇気は無い。後で鑑定してみるとして、今はともかくストレージに突っ込んだ。
「……さて、と。これで地下二階のマッピングは終わったか?」
[うむ。一通りは終わったな]
セーフティーエリアに一度戻り、秋斗とシキはそう話す。秋斗はさらにストレージから菓子パンを取り出してエネルギー補給だ。お腹がすいていたこともあり、どうしても早食いになる。最後に水を飲んでから、秋斗はさらにこう言った。
「じゃあ、地下三階に降りようと思うけど、どうだ?」
[……少し休んでからのほうが良いのではないか?]
シキにそう言われ、秋斗は浮かせかけた腰を再び下ろす。結局、彼がセーフティーエリアを出たのはその一〇分後だった。すでにマッピングは済んでいる。彼は小走りになって地下三階を目指した。
地下三階に降りても、見た限りの雰囲気は変わらない。ただ秋斗は少し空気がひんやりとしたように感じた。少しイヤな予感がして、彼は気を引き締める。そして残念ながらその予感は当たった。
地下三階で出現するモンスターは、地下二階と変わらずゾンビとスケルトン。しかも単位時間あたりに湧く数は地下三階の方が少ない。しかしそれでも秋斗はいきなり難易度が上がったと感じた。地下三階で出現するゾンビとスケルトンは、それぞれ手に武器を持っていたのだ。そのなかでも厄介なのは飛び道具である。
地下三階に降りてきて、最初の通路を十歩ほど進んだところで、秋斗は最初の団体客と遭遇した。まず目に入ったのはゾンビで、彼らは木製の棍棒を持ってる。そのあからさまな武器を警戒しつつも、彼はこれまで通り魔石に思念を込めて聖属性攻撃魔法を発動させようとする。そこへ、一本の矢が射かけられた。
「うわっ……! と、っと……!」
まさか矢が飛んでくるとは思っていなかった秋斗は、その矢を慌てて避ける。おかげで傷は負わなかったものの、魔石に込めていた思念が乱れてしまう。彼はまた慌てて思念を込め直すが、そうしている間にもゾンビはどんどんと近づいてくる。
しかもゾンビの中にはスケルトンも混じっていて、こちらは金属製の武器を持っている。そんな敵が徐々に近づいてくるのだから、秋斗も気が気ではない。ようやくあと少しで発動できる所までくると、今度は彼目掛けて石が投げつけられた。
敵の、やや後ろにいる連中が石を投げている。位置的な問題もあり、半分ほどはフレンドリーファイアしていたが、それでももう半分ほどは秋斗目掛けて飛んでくる。さらにゾンビもスケルトンも、石が当たったくらいでは歯牙にもかけない。構わずに前進を続け、秋斗に迫ってくる。
一方の秋斗は、投げつけられた石から反射的に頭を庇う。腕に幾つか石があたり、さらに魔石に込めていた思念がまた途切れた。気付けばゾンビもスケルトンももう目の前だ。彼は顔を引きつらせながらスコップを握る右手に力を込め……、
[アキ、退けっ!]
シキに撤退を進言され、秋斗は脱兎の如くに地下三階から逃げ出した。もともと階段のすぐ近く。地下二階へ戻るのは簡単だった。だが地下二階へ戻ったからもう安心というわけではない。武器は持っていないが、相変わらずゾンビとスケルトンが次々に襲いかかってくる。
だが石と矢が飛んでこないだけで、難易度は雲泥の差だ。秋斗はそれらのモンスターを、今度こそ聖属性攻撃魔法でなぎ払いながら、一度セーフティーエリアまで退いた。
「ああ、クソ。焦りすぎた」
セーフティーエリアに入るや、秋斗は床に座り込んでそうぼやいた。思いがけない飛び道具に動揺してしまった。もっと冷静でいられたら、魔法は発動できていたはず。敵は、武器を持っているとは言えゾンビとスケルトン。聖属性攻撃魔法を発動できれば、それで片はついていただろう。
次はもっと冷静にやる。悔しさを噛みしめながら、秋斗はそう心に決めた。そして彼の反省が終わったところで、シキが彼にこう声をかけた。
[アキ。さっき石が腕に当たっていたが、大丈夫か?]
「ん? あ、ああ。別に痛くはないな」
秋斗はそう答えたが、念のため迷彩服の袖をまくって腕の様子を確認する。腕には傷一つなかった。石は確かに当たったはずなのだが、内出血はおろか赤くなったりもしていない。痛みが無いことも合わせれば、ダメージはすでに回復したと言っていいだろう。
「石が当たっても、こんなもんなのかな」
[そんなわけはないと思うが……。恐らくは向上したステータスの恩恵だろう]
つまりタフネスだか防御力だか分からないが、とにかくそういうものが上がったおかげで、投石程度ではほとんどダメージを受けなかった、ということなのだろう。しっかりと経験値が蓄積されているのを文字通り肌で感じることができ、秋斗はちょっぴり達成感を味わった。
さて、反省と短い休憩を終えると、秋斗は気合いを入れ直して立ち上がる。彼はこのまま、もう一度地下三階へ挑戦するつもりだったが、そこへシキが「待った」をかける。シキは彼にこう提案した。
[一度外へ出ないか? 手に入れたアイテムを鑑定してみよう]
秋斗が地下墳墓で開けた宝箱は二つで、それぞれ小さな丸薬が一つと液体の入ったガラス瓶三本が入っていた。恐らくは消耗品だと思うのだが、取説が一緒に入っていたわけではなく、どう使えば良いのかは分からない。
このままストレージの肥やしにしておくのはもったいないし、もしかしたら地下三階の攻略に役立つかも知れない。そう考え、秋斗は一度地下墳墓の外へ出ることにした。ただ歩いて出るのも面倒だ。それで彼は一度ダイブアウトすることにした。
「『ダイブアウト』」
しかしダイブアウトを宣言しても、秋斗はリアルワールドへ帰還できなかった。一瞬何が起こったのか分からず、彼はパニックを起こしかける。そこへ、シキの落ち着いた声が頭の中で響いた。
[落ち着け。たぶんダンジョンの中ではダイブアウトできない仕様なのだろう]
シキの推測を聞いて、秋斗も頷く。確かにあり得そうな話だ。
[分かったのがセーフティーエリアで良かった]
シキのその言葉に、秋斗はもう一度頷いた。これが戦闘中でだったなら、大惨事になりかねない。そういう意味では、早い段階でダイブアウトできない仕様が判明したのは、いっそ幸運だったとさえ言えるだろう。
[ここからなら、地下墳墓の外へ出るのは容易い。そういう意味でも運は良かった]
秋斗は三度頷いた。そうやってシキの話を聞いている内に、一時の混乱も静まっていく。彼は「ふう」と息を吐いて気を落ち着かせた。そして目の前の目標を再確認する。
やるべき事は「地下墳墓からの脱出」。ルートはすでに分かっている。それを妨げるのはゾンビとスケルトンだが、これを蹴散らすのは難しくない。
「よし、行こう」
落ち着いた声で秋斗がそう呟く。それからおよそ四〇分弱で、彼は地下墳墓の外へ出た。日の当たる場所へ出てくると、彼はそのまま【鑑定の石板】の所まで足を延ばす。そして地下墳墓で手に入れたアイテムを鑑定した。
名称:秘薬
スライム31体分の経験値を得る。
名称:聖水
対アンデッドモンスター用。振りかけて使う。
相変わらず、【鑑定の石板】は言葉足らずだ。まずは秘薬だが、経口摂取すれば良いのか説明されていない。聖水も「振りかけて使う」というが、自分に振りかけるのか、それともモンスターに振りかけるのか、はたまた周囲に撒くのか、さっぱり分からない。
ただこれだけでも分かれば、後は推察できるし検証もできる。まずは秘薬だ。「薬」と銘打ってあるからには、少なくとも毒ではないだろう。そう考えて秋斗は秘薬を口に含み、水で流し込む。次の瞬間、胸のあたりがカッと熱くなった。
ただそれも一瞬のこと。熱は徐々に減衰し、数秒後には何事もなくなる。秋斗はそのまま十数秒待ったが、身体には何の変化もない。彼は小さく首をかしげてこう呟いた。
「これで、ちゃんと経験値を得られたのかな?」
[さて、な。そもそもスライムを三一体倒しても、はっきりと分かる変化などないだろう]
「それもそうだな」
ともかく反応はあったのだし、コレで良かったのだと秋斗は思うことにした。
名称:聖水
お嬢様の。