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ヘキサ・シープの羊毛3


 ヘキサ・シープの羊毛を納品するクエストはひとまず終わった。クールタイムがあるためにコンプリート報酬はないが、ともかく全ての項目を「納品済み」の状態にしたからだ。だが勲は少し考え込み、それから秋斗の方を向いてこう言った。


「秋斗君。もう少しヘキサ・シープの毛刈りに付き合ってもらって良いかな?」


「構いませんけど。ナイトが使えるようになるまで、もう少しかかります」


「む、そうか。では休憩だな」


「はい。一服しましょう」


 そう言って秋斗はシートを広げた。さらに魔道コンロを出してお湯を沸かし、ドリップパックのコーヒーを淹れる。勲にも一杯渡すと、彼は笑顔を浮かべてそれを受け取った。秋斗はさらに道具袋からサンドイッチの入ったタッパを取り出す。彼は勲にもサンドイッチを勧め、二人は一服しながら軽食を食べた。


 ふう、と息を吐きながら秋斗はぼんやりと草原を眺める。ヘキサ・シープがのんびりと草を食むその光景はいかにも長閑だ。アナザーワールドといえば基本的に殺伐としているのだが、ここはセーフティエリアでもないのに平穏そのものだった。そして同じ風景を見ていた勲が、ふと呟くようにこう話す。


「こうしていると……」


「勲さん?」


「いや、こうしていると、あの羊たちが雄叫びを上げながら突進してくるようには、どうしても見えなくてね……」


「騙されちゃダメですよ、勲さん。連中は猫を、いえ羊の皮を被っているんです。それも厳重に」


「まあ羊なのだから羊の皮を被るのは当然だと思うが」


「思い出して下さい、何度草と土を舐めることになったのかを!」


 秋斗が芝居がかった仕草で拳を振り上げると、勲は可笑しそうに笑った。そんな感じで休憩時間は過ぎ、二人はやおら立ち上がった。秋斗がまたヘキサ・シープを捕まえるために身体能力強化を使うと、シキが彼にこう尋ねる。


[アキ、魔力は大丈夫か? 魔水晶の充填のために結構使ったが]


(大丈夫。集気法で回復した)


 シキにそう答えてから秋斗は駆け出した。そしてあっという間に一体のヘキサ・シープを捕まえる。すぐに勲が駆け寄ってきて毛刈りを始めた。二体のナイトが大盾を構えて二人の周囲を固めた。


 二人は手際よく次々にヘキサ・シープを丸裸にしていく。特に勲の鋏捌きはすでに達人レベルだ。草原には伸びすぎた毛を全部刈られて寒々しい姿になった、ヘキサ・シープたちの悲しげな鳴き声が響く。その鳴き声は幾重にも重なり合い、ついに彼らの王を召喚した。


「メ゛メ゛メ゛ェェェェエエエエエ!!」


 低い羊の雄叫びが草原に響く。普通のヘキサ・シープのものとは明らかに違うその雄叫びに、秋斗と勲は何事かと顔を上げた。彼らが視線を巡らすと、巨大なヘキサ・シープが地響きを立てながら突進してくるのが見える。その真っ赤な双眸は怒りに燃えていた。


「これは、これは……。群れの主を怒らせてしまったかな?」


「いや、一体も殺してませんよ!?」


「とはいえ羊毛を奪っているからね。彼らにしてみれば強盗だろう」


 などと軽口を叩きつつも、勲は鋏を止めない。そしてまた一頭のヘキサ・シープから羊毛を剥ぎ取った。彼はその羊毛を道具袋にねじ込んでから、二本のサーベルを取り出して両手に構える。秋斗もナイトを片付け、代わりに竜牙剣を取り出して腰に吊った。


 そうこうしている間に草原の主は地響きを立てながら近づいてくる。その姿を見て秋斗は「大きいな」と思った。ヘキサ・シープは足が六本あることを除けば普通の羊と代わらない。だが草原の主の体躯はゾウほどもあった。「ヘキサ・キング」とでも呼ぼうか。秋斗は思った。


「メ゛メ゛メ゛ェェェェエエエエエ!!」


 ヘキサ・キングが雄叫びを上げながら突っ込んでくる。秋斗と勲はそれぞれ左右に跳んでそれを回避した。同時に二人はそれぞれ飛翔刃を放ってヘキサ・キングを攻撃する。だがその攻撃は分厚い羊毛によって阻まれた。あの伸びすぎた羊毛はまるで鎧である。


「ならっ!」


 秋斗は駆け出した。鎧のようだというのなら、鎧と同じように対応すれば良いのだ。つまり浸透攻撃である。彼は身体能力強化を駆使してあっという間にヘキサ・キングに追いついた。そしてその横っ腹を竜牙剣で斬りつけ、同時に浸透斬撃を放つ。だがその手応えに彼は顔をしかめた。


 手応えは硬い。秋斗の放った浸透斬撃はしかし浸透しきらず、途中で散らされた。かつてナイトと戦ったときと同じ現象だ。つまりヘキサ・キングの魔力で防御されてしまったのである。


 ただ防御の仕方は少し異なる。ナイトの場合は、いわば「硬い魔力の盾」だった。だがヘキサ・キングの場合は「分厚い魔力の層」とでも言うべきか。要するに伸びすぎた毛に魔力が充填されていて、層のようになったそれを秋斗の浸透斬撃が突破できなかったのだ。


「大きいことは良いことだ、ってか!? 時代はコンパクト化だぞ!」


 少々意味不明な愚痴を秋斗が叫ぶ。その彼目掛けて、一体のヘキサ・シープが体当たりする。彼は舌打ちしながらそれを避けた。そしてすれ違いざまに竜牙剣で一撃をくれてやる。だがその攻撃はヘキサ・シープの羊毛に阻まれた。


「はあ!?」


 秋斗は困惑の声を上げた。ヘキサ・キングはまだ分かる。アレはボスクラスのモンスターだ。だがヘキサ・シープにまで攻撃を防がれたとなると、これはただ事ではない。彼は顔を険しくしながら、次々に突進してくるヘキサ・シープを避け続ける。そしてふとあることに気付いた。


「毛が、伸びてる……!?」


 周囲に多数いたはずの、毛刈り済みのヘキサ・シープがいない。皆、毛が伸びすぎの状態に戻っている。幾らなんでもこの毛の伸び方は異常だ。ヘキサ・キングの影響と考えて間違いないだろう。


 ということは、ヘキサ・キングは周囲のヘキサ・シープに影響を及ぼすモンスターと言うことになる。ヘキサ・シープの羊毛が竜牙剣を防いだのも、ヘキサ・キングによって防御力が強化されていたからなのかもしれない。


「っち」


 ヘキサ・シープたちの縦横無尽な突進を捌きつつ、秋斗は険しい顔で舌打ちする。勲の方へ視線を向けると、彼もヘキサ・シープたちを攻めあぐねている様子だった。二本のサーベルを駆使して戦っているが、ダメージを与えられていない。


「メ゛メ゛メ゛ェェェェエエエエエ!!」


 そこへまたヘキサ・キングが地響きを立てながら突っ込んでくる。勲と秋斗が重なる直線のラインだ。まず勲が大きく横へ跳んでそれを避け、秋斗も同じようにする。ヘキサ・キングが通り過ぎた後には蹄の後がくっきりと残っていて、コレに踏まれてはタダでは済まないだろう。


(厄介だな……)


 顔をしかめながら、秋斗は心の中でそう愚痴る。今のところヘキサ・キングはその巨体を駆使して走り回るだけ。轢かれたら大ダメージは避けられないだろうが、そもそも大味な攻撃なので回避は容易だ。ヘキサ・シープたちの攻撃も体当たり一辺倒で、避けるだけならば問題はない。


 ただその拙い攻撃とは裏腹に、羊たちの防御力は高い。「どうしたもんかな」と秋斗が攻略法を考えているところへ、またヘキサ・シープが一体突進してくる。彼はそれを竜牙剣で受け流し、さらに交差する瞬間に左手の拳を振り抜いた。そして浸透打撃を放つ。


 次の瞬間、ヘキサ・シープの毛がツルリと剥けた。日本語の使い方としておかしい気もするが、しかし他に表現のしようがない。一頭分の羊毛がドサリと地面に落ち、毛が剥けたヘキサ・シープは「メェェェ」と悲しげな声を上げて逃げていく。


(えっ? えぇ? 何が起きたの!?)


[どうやら浸透打撃でダメージを与えると毛が剥けて、毛が剥けるとヘキサ・キングの影響下から脱するようだな]


 混乱する秋斗に、シキがそう冷静に推測を語る。シキは「浸透打撃以外でも効くのかは要検証だな」と続けたが、いま秋斗が欲しいのは確実な対抗策。それで彼は竜牙剣を左手に持ち替えると、今度は右手で浸透打撃を放った。


 もう一体分の羊毛が剥けて地面に落ち、丸裸になったヘキサ・シープがまたどこかへ逃げていく。これでもう決まりと言っていいだろう。浸透打撃だけが有効なのかは分からないが、ともかく浸透打撃は効くのだ。今はそれが分かれば十分だった。


 秋斗は素早く竜牙剣を鞘に収めた。そしてロア・ダイト製の六角棒を取り出す。浸透打撃ならコイツの出番だ。彼は六角棒と浸透打撃を駆使して次々にヘキサ・シープを丸裸にしていく。同じ数だけ剥けた羊毛が景気よく宙に舞った。


(あ、ちょっと楽しい……)


 秋斗が毛剥きに熱中していると、徐々に戦闘に参加するヘキサ・シープが少なくなっていく。それに危機感を持ったのか、ヘキサ・キングが雄叫びを上げた。すると残ったヘキサ・シープたちが秋斗へ殺到する。さらにヘキサ・キングも彼を狙って動き始める。


「秋斗君っ!」


 そこへ勲がフォローに入る。ヘキサ・シープと秋斗の間に割って入って、彼が動けるだけの余裕を作り出した。そしてそのフォローに秋斗も応える。彼はヘキサ・キングの土手っ腹に浸透打撃を叩き込んだ。


勲「次は百合子さんを誘ってみようと思ったのだが……」

秋斗「ああ、ここはバイオリンの練習に良さそうですよね」

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― 新着の感想 ―
[一言] 剥けた所を動画で見てみたい…_(:3 」∠)_
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