アリスとパーツと宇宙船1
アリスが久しぶりに姿を見せたのは、十一月の末のことだった。その日、秋斗は自宅からホームエリアへダイブインしたのだが、まるでタイミングを図っていたかのように彼女が姿を現わしたのだ。この日の彼女は秋斗が初めて見るカジュアルなパンツスタイル。肩にはストールを掛けている。そしていつも通り彼女の赤い瞳には自信が満ちあふれていた。
「よ、久しぶり」
「うむ。久しぶりじゃ。まずは茶を所望じゃ」
アリスがそう言ってイスとテーブルを用意する。秋斗は苦笑してからお茶の用意を始めた。本日饗するのは、市販の抹茶ラテ。今日は和菓子がメインなので、それに合せてみたのだ。緑茶にしなかったのは、アリスが飲めるとは思わなかったから。
案の定というか、アリスは抹茶ラテを一口飲むと「甘くない……」と顔をしかめ、シロップを次々に投入する。一〇個以上のシロップを投入したところでまた一口飲み、「うむ、甘い」とご満悦の表情。秋斗は肩をすくめながら大福と金つばを並べ、栗羊羹を切り分けた。
(本物の抹茶を飲ませたらどうなるんだろうな?)
[殺されても知らんぞ]
(そこまで!?)
シキの過激な予想におののきながら、秋斗はイスに座って芋羊羹をつまむ。彼が飲むのはペットボトルの緑茶で、和菓子に良くあった。
秋斗とアリスはまず何気ない雑談から始めた。あれやこれやと他愛もないことを話したり、アリスが秋斗の作ったジャムに「甘くない」と文句を付けたりした。また彼が「東京には美味しいお菓子のお店がたくさんある」と話すと、アリスは目を輝かせながらうらやましがった。
「いいのぅ、行ってみたいものじゃ……」
「まあ確かに、コッチにお菓子屋さんはなさそうだよな」
「うむ。全て潰れておるな」
「間違いなくそれ以前の問題だと思うけど。……で、だ」
ペットボトルの緑茶を半分ほど飲んだところで、秋斗は居住まいを正してやや真剣な視線をアリスに向ける。アリスは相変わらず饅頭だのおはぎだの食べることに夢中だが、秋斗は構わず彼女にこう尋ねた。
「いろいろ聞きたいことはあるんだけど、調べ物の進捗はどんな感じなんだ?」
「そうじゃな、今は例の次元結晶の解析に注力しておる。コイツは他の調べ物をするときにも、良いツールになりそうなのじゃ」
「へえ。じゃあ、その次元結晶の解析はどんな感じなんだ?」
「行き詰まっておる」
アリスは肩をすくめながらさらりとそう答えた。それを聞いても秋斗は驚かない。何となくそんな気はしていたのだ。
「どんなところで行き詰まっているんだ? アカシックレコード(偽)だと権限レベルが足りなくて見れないんだ」
「ふむ。まずは自分で調べられるだけを調べた。何も分からないでは、どんな調査をすれば良いのかも定かではないゆえな。次に得られた情報を元に、類似品やその資料を探した。じゃがこちらはほぼ何も無しじゃ。思うに次元結晶などというシロモノは、これまでにこの世界では発見されなかったのじゃろう」
「でも、アリスは次元の壁を見たときに、すぐにソレと分かったよな? 次元の壁はこの世界にも似たようなモノがあったんじゃないのか?」
「確かに次元の壁らしきモノはあった。ただしそれは全て人工的に発生させていたモノじゃ。当然、規模は小さかったし、装置のスイッチを切れば消えてしまう。あれほど大規模に自然発生していた例はないの。……思うに自然発生というのが重要なのじゃろう。つまり修復される。その際の副産物が次元結晶というわけじゃな」
「分かるような、分からないような」
「次元結晶はかつてこの世界に存在していなかった。ゆえにそれに関する調査データはない。となれば自分で調べるしかないわけじゃが、次にぶち当たったのは設備の問題じゃ。この通り星丸ごと廃墟の状態じゃ。まともな設備がどこにも残っておらぬ」
アリスはぼやくようにそう言った。そのぼやきは秋斗にも理解しやすい。確かにこの世界のこの状況で、稼働するしっかりとした研究施設が残っているとは思えなかった。
「それで今は地道に機材やパーツを集めておる。設備を作るところからやっているわけじゃ。じゃが機材もパーツも集まりが悪い。正直やってられん状態よ」
肩をすくめてアリスはそうぼやく。どうやらその気晴らしで茶を飲みに来たらしい。ただ彼女の話を聞いて、秋斗はやや不思議そうにこう尋ねた。
「意外だな。機材もパーツも魔素から作れるんじゃないのか?」
「おぬしが思うほど我は万能ではないし、魔素は便利ではない」
不機嫌そうに秋斗をねめつけ、アリスはそう答えた。そして大きな口を開けてどら焼きを頬張る。このペースでは菓子がなくなってしまうと思い、秋斗は最中などを追加した。そしてふと思いついたことがあってこう言った。
「機械パーツなら、少し前に幾つか手に入れたぞ。使えるのがあるなら持っていくか?」
「ふむ? 見せてみよ」
アリスがそう言うので、秋斗は立ち上がってまずは地面にシートを広げた。その上に機械モンスターを倒して手に入れたパーツを並べていく。数は結構あるので、まずは一種類ずつ並べた。それを見てアリスは「ほう」と呟いた。
「コレとソレと、ああコッチも使えそうじゃな。それから……」
「一個ずつでいいのか、在庫はまだあるぞ」
「ではあるだけ寄越すのじゃ」
「あいよ」
[いや、あるだけは……]
(またちゃんと補充するから)
シキにそう答え、秋斗はまずアリスが選ばなかったパーツを片付けた。そしてアリスが選んだパーツをあるだけシートの上に積み上げる。彼女は「ほう」と呟くと、右手の人差し指をクルリと回してそれをどこかへ収納した。それから彼女は秋斗にこう尋ねた。
「ときにアキトよ、おぬし、このパーツをどこで手に入れたのじゃ?」
「どこって……、宇宙船?」
「宇宙船じゃと……?」
怪訝な顔をするアリスに、アキトは奥多摩からダイブインしたエリアとそこで見つけた宇宙船の残骸のこと、そしてそれを宝箱(緑)に収納したことを話した。するとアリスは真剣な顔をして彼にこう尋ねた。
「その宇宙船、中はどうじゃった? 生きておったか?」
「いや、中は入ってないんだ。警備のモンスターがわんさか現われたせいで。でも残骸だし、生きているか死んでるかなら、死んでるんじゃないのか? ……ああ、でも中からあれだけモンスターが出てきたって事は、一部は生きてるのか……?」
「仮に動いていなかったとしても、パーツは取れるかも知れぬな……。いや、モンスターという形で一部の機能が動作している可能性もある」
アリスは顎先に細い指を添え、思案しながらそう呟いた。そして「よし」と呟いてから残っていた菓子を食い尽くし、抹茶ラテを飲み干す。それから彼女はアキトにこう言った。
「その宇宙船、収納してあると言ったな? ちと用がある」
「出すのは良いけど、ここはイヤだぞ。結構デカいから、周りが崩れる」
「分かった。広い場所じゃな。行くぞ」
そう言ってアリスは秋斗へ向かって一歩踏み出す。すると彼はそれに合せて一歩下がった。縮まらなかった距離を見て、アリスは不満げな顔をする。そんな彼女に秋斗はこう言い訳をした。
「いや、横抱き、お姫さま抱っこはちょっと……」
「なんじゃ、そんなことか。ではこうじゃ」
そう言ってアリスは秋斗を肩に担いだ。いわゆる山賊スタイルである。秋斗は「わっ、わっ?」と情けない声を出しながら抵抗するが、逃れることができない。
「自分で歩けるって!」
「この方が速い。それと黙っておれ。舌を噛むぞ」
秋斗は抗議するが、アリスはそれをさらりと却下した。そして背中に純白の翼を顕現させて飛び上がる。その瞬間、秋斗の腹には急激なGが加わって、彼は「ぐえ!?」という顔をした。
アリスが秋斗を肩に担ぎながら空を飛ぶこと数分。彼女は開けた場所に着地した。彼女は秋斗をそっと地面に下ろしたが、彼はなかなか立ち上がらない。アリスは首をかしげながらこう尋ねた。
「アキトよ、どうしたのじゃ?」
「いや、いろいろとダメージが……」
「ふむ。ではさっさと回復するが良い」
「ったく……、アリスは厳しいな……」
ブツブツ言いながら、秋斗は立ち上がった。そして周囲をぐるりと見渡す。広く開けた場所で、ここならあの宇宙船を出せるだろう。ただその前に、秋斗は迷彩服から強化服へ着替えることにした。
宇宙船を出せば、また大量の警備モンスターと戦うことになるだろうからだ。彼はストレージからコンテナを取り出し、即席の着替え室を作る。それを見てアリスは呆れたようにこう言った。
「なんじゃ、お主の裸になんぞ興味はないぞ」
「コッチが気にするの!」
気恥ずかしさを誤魔化すためなのか、ややキレ気味に秋斗はそう答えた。彼はそそくさとコンテナの中に逃げ込み、迷彩服を脱いで強化服に着替えた。着替えて出てきた彼の姿を見ると、アリスは「ほう」と呟いて視線を鋭くした。
「な、なんだよ?」
「いや、その強化服もなかなか……」
「ダメだからな!? コレは絶対にダメだぞ!」
「分かった、分かった。では、我の気が変わらぬうちにさっさと宇宙船を出すのじゃ」
アリスに催促され、秋斗は慌ててストレージから宝箱(緑)を取り出した。彼はルービックキューブのようなそれをグリッと捻ってから大きく放物線を描くように投げる。高度が最も高くなったその瞬間、宝箱(緑)はパッと弾けるように展開した。そして中から宇宙船の残骸が出てくる。
「おお、これは……!」
宇宙船の残骸が地面に降りる。その速度はゆっくりだったが、大きさが大きさなので大きな音がした。さらに強風が数秒の間吹き荒れて、秋斗は反射的に両腕で顔を庇った。その音と風に紛れながら、アリスの感嘆混じりの呟きがこぼれた。
風が収まると、宇宙船の中から警備モンスターがゾロゾロと出てくる。それを見ると、アリスは純白の翼を広げてふわりと宙に浮かび上がった。そして秋斗を見下ろしながら彼女はこう言った。
「では、ちと行ってくる」
「ああ。心配はしてないけど、気をつけて」
そう言って秋斗は宇宙船の残骸の方へ飛んでいくアリスを見送った。それから彼は竜牙剣を鞘から抜く。そして一度深呼吸してから、彼は警備モンスターの群れへ吶喊した。
アリス「お茶さえ飲めないこんな星、もうイヤじゃ~!」
秋斗「ってな感じでこっち来たわけね」