動画の公開と反響2
「……っ」
前川昇が携帯の着信音にたたき起こされたのは、ある日の午前二時を回ったころだった。電話の相手は同じ対策室の同僚。相手の名前を確認すると、彼はベッドの中で横になったまま電話に出た。
「……はい……、前川……」
「前川か? 悪いな、こんな時間に」
「いや……。それで、どうした……?」
「Mr.が新しい動画をアップした」
「……!」
昇は眠気が吹き飛ぶのを感じた。ベッドから身を起こし、スタンドの明かりを付ける。それから彼は同僚にこう尋ねた。
「どんな内容なんだ?」
「魔石を燃やしている、ただそれだけの動画だ」
「魔石を……? 燃えるモノなのか、アレは」
「動画の中では燃やしていたな。だがこれは……。いや、これ以上は後で話そう」
「……分かった。私も確認して見る」
そう言って昇は電話を切った。そして早速某動画投稿サイトを開き、Mr.がアップしたという動画を確認する。内容は同僚が言っていた通り、ただ魔石を燃やすだけのもの。起伏も何もないその動画を、しかし彼は真剣に見続けた。
動画を見終えると、昇は「ふう」と息を吐いた。たき火などの動画はリラックス効果があると聞くが、彼は動画を見ている最中緊張しっぱなしだった。彼はもう一度動画を再生する。そして動画を見ながら色々なことを考えた。
最初に考えてしまうのは、「魔石を発電に使えるのか」ということだ。例えば石炭の代わりに使えるのなら、発電にも使える可能性がある。そしてもし魔石で発電できるなら、資源を持たないこの日本にとっては朗報だろう。
もちろん、すぐにそんなことが可能だとは思っていない。様々な実験を経る必要があるだろうし、炉を新設する必要さえあるかもしれない。そもそも現在、魔石はAMBの調達といった、モンスター対策のために用いられている。安全保障や治安の維持にも関わる話で、できるからと言ってすぐに発電ということにはならない。
また発電できるようになったからと言って、現在の買取量で石炭をすべて魔石に置き換えることは不可能。エネルギーの自給率を上げることができたとして、数パーセントにすらなるかどうか。つまり効果や影響は限定的だ。
(だが……)
そう、だが。できるとすればそのインパクトは大きい。この世界に魔石という新たなエネルギー資源が誕生するのだ。しかもこの資源はこれまでの資源とは明らかに異質。魔石を巡ってどんな動きが起こるのか、現時点では想像もできない。
「ふう……」
昇は大きく息を吐き、先走る思考をそこで留めた。すでに予想ではなく妄想の域に入っている。頭はまだ良く働いていないらしい。
「思いのほかリラックス効果はあったか」
苦笑気味にそう呟き、昇はスマホから手を離した。スタンドの明かりを消して、ベッドに横になる。目をつぶってから、彼は心の中でこう呟いた。
(一つ言えるのは……)
一つ言えるのは、魔石の可能性が広がったということだ。これまで魔石の用途はほぼ対モンスターに限定されていた。だがこの動画によってそれ以外の用途があることが分かった。今後は魔石の研究が加速していくだろう。それがこの世界に何をもたらすのか。それを思いながら彼は再び眠りについた。
- * -
十一月に入った。秋斗が魔石の燃焼動画を投稿してから、すでに三週間以上が経過している。この日、秋斗は講義を受けるために環境・エネルギー工学科棟の一室に来ていた。講義が始まるまでまだ少し時間があり、学生の入りはまばらだ。そこへ夏休み前、一緒にモンスター・ハントをした三原誠二がやって来た。
「お、アキ。隣良いか?」
「ミッチーか。良いぞ」
秋斗はそう答えて隣の席に置いていたリュックサックを床へ下ろした。誠二が隣に座ると、秋斗はやおら彼にこう尋ねた。
「……そういえばさ、ミッチーはまだモンスター・ハント続けてるのか?」
「おう。迷彩服も買ったからな。ただチームとかは組んでないから、細々とだな」
「お、でもじゃあレベルアップとか実感しちゃってる?」
秋斗は軽い感じでそう尋ねた。それに対し、誠二は苦笑しながらこう答える。
「いや~、オレが倒したのなんてまだ四匹くらいだしなぁ。レベルアップしたなんて感じは全然ないよ」
それを聞いて、秋斗は「そっか」と答えた。モンスターを多数倒した者の身体能力が向上する、いわゆるレベルアップについては、秋斗や百合子が予想したようにすでに広く拡散されてしまっている。
ただ最初はやはり「ネット上の与太話」的な扱いだった。だが少し前、各国に先駆けてブラジル政府が「レベルアップ現象」について公表したことで、その信憑性は一気に高まった。そしてブラジルを皮切りに、世界各国でレベルアップを認める発表が相次いだ。
その流れの中でもう秘密にしておくことはできないと思ったのだろう。日本でも国会でレベルアップの件が取り上げられ、政府がそれを正式に認めている。ただしどの程度レベルアップしたかについては、「個人差があり、また個人情報に類する事柄であるので回答は差し控える」とされた。
人々の反応は様々だ。喜ぶ者もいれば、気味悪がる者もいる。ただ現時点まででマイナスの影響は確認されておらず、それが多少なりとも人々の不安を和らげている。もっとも「将来にどんな影響が出るのかは分からない」との指摘もあるが。
しかしそうは言っても、現実にモンスターは出現するのだ。そして魔石は金になる。となればモンスター・ハントは今後ますます活発になるだろう。それに伴ってレベルアップする者も増えていくに違いない。
「でもやっぱり興味あるよな、レベルアップ。そしたらオレももっと稼げるのになぁ」
「稼いでたらそのうち実感できるんじゃないのか、レベルアップ」
「そりゃそうだ。……そう言えば魔石の事なんだけどさ」
「どした?」
「先輩に聞いたんだけど、何でもウチの学科でも魔石の研究を始めるらしいぞ」
「ウチの学科ってことは、エネルギー資源として、ってことか?」
「らしい。ええっと、そう、これこれ」
誠二はスマホを取り出して、秋斗にある動画を再生して見せる。その動画は秋斗もよく知っている、魔石の燃焼動画だ。自分が投稿した動画を見せられて内心で苦笑しつつも、秋斗は神妙な顔をしてその動画を見る。そしてこう呟いて見せた。
「燃えるのか、魔石って」
[大根だな。棒読みすぎるぞ]
(うっさいよ)
秋斗がシキの辛い評価に文句を言っていると、誠二が「そうらしい」と答えて動画を途中で止めた。そしてさらにこう言葉を続けた。
「まあこんな感じで燃料になるかもってことだから、国が研究する大学を募集して、ウチも手を上げたらしい。どこの研究室でどんな研究するのかはまだ分かんないけど、まあそのうち分かるだろ」
「そもそもオレら、研究室に入るのまだ先だしな。……それにしても、研究するための魔石はどうすんだ? まさか自分たちで調達してくるのか?」
教授が研究室の学生たちを率いてモンスター・ハントをする様子を想像し、秋斗は思わず失笑する。似たような光景を想像したのだろう。誠二も苦笑しながらこう答えた。
「いや、そうなったら面白そうではあるけどさ。しばらくは国が買い取った分から少し回してもらえるらしい。何個くらいなのかは分かんないけど」
「へえ、実質的に予算を付けてくれたってことか。太っ腹だな。珍しい」
秋斗は少し驚いた様子でそう言った。とはいえ、現在政府が公表している魔石の買い取り価格は、一個につきだいたい1万円強。仮に百の研究室に十個ずつ配ったとしても、大した額ではない。まあ、十個で本格的な研究ができるとは思えないので、数としてはもっと配るのだろうが。誠二も肩をすくめながらこう答える。
「それだけ期待しているってことだろ。もしかすれば国産エネルギーに化けるかもしれないわけだしな」
「夢のある話だな」
秋斗は当たり障りなくそう答えた。ただ実際、現時点では本当に夢のような話だ。そしてそれは誠二も同じ意見のようで、彼は肩をすくめて「そうだよな」と答えた。
「夢のある話と言えばさ、魔法ってどうなんだろうな」
「どうって?」
「いや、使えるようになった人っているのかな、って」
そう言う誠二に、秋斗は曖昧に笑いながら「どうなんだろうな」と答えた。魔法を使える人間であれば、彼は自分も含めて三人ほど知っている。だがそれを教えるわけにもいかない。それで彼は知らぬ素振りでこう答えた。
「ニュースじゃ聞かないし、ネットでも見たことないなぁ」
「使ってみたいよなぁ、魔法。レベルアップがあるんだから、魔法だってさ」
「いや、どうだろうな。レベルアップだって分かりやすいからそう言ってるだけで、ゲームのレベルアップとは違うだろうし」
「いや、あるって、絶対! きっとそのうち誰か使えるようになるって」
「リアル超能力ってか?」
「超能力! それもいいな! 映画みたいなこともできそうだ!」
誠二が興奮した様子でそう話す。彼はまくし立てるようにどんな魔法や超能力を使いたいかを話した。それを聞きながら、秋斗はふとこう思う。「そう言えばビームソードはあったな」と。ファンタジーだけでなくSFでも、リアルワールドは空想世界に近づいているらしい。
ちなみに、ビームソードの性能だが、はっきり言って微妙だった。魔力を消費して刃を出すので魔道具の一種なのだが、武器強化や武技が使えないのだ。威力の調整はできるが幅が小さいし、「焼き切る」武器なせいかどうも感覚が微妙に違う。見た目のインパクトとコンパクトにしまっておけること以外は見るべき点がなく、今のところはネタ武器扱いだった。
閑話休題。教授が教室に入ってきて講義が始まる。ノートを取りながら、秋斗は大学で始まるという魔石の研究について考えていた。国が魔石を配るということは、それなりの数を確保できているのだろう。動画を公開するタイミングとしては良かったのではないか。
(楽しみだな)
たぶんこのこの瞬間、世界で一番魔石に詳しいのは秋斗自身だろう。だが彼は魔石についてきちんと調べてみたことはない。であればこの先、彼も知らないことが分かってくるかも知れない。
彼はそんな期待をしながら、まずは講義に集中した。
誠二「フォ○ス!」
秋斗「もはやなんでもアリだな」