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フルーツ狩り


 大学の夏休みが終わっても、東京はまだ暑い。そんな地球温暖化の影響をひしひしと感じつつ、秋斗はこれまで通りにアナザーワールドの探索を続けていた。そしてこの日も自宅からアナザーワールドへダイブインする。今回の探索のターゲットはフルーツだった。


 きっかけは霧島百合子の戦利品である。彼女は探索中に宝箱(白)を手に入れ、喜び勇んで開封したのだが、中に入っていたのはなんと「上白糖20kg」だった。彼女は一人暮らしで、二〇キロもの砂糖はさすがに使い道がない。いや、時間をかければ使い切れるのだろうが、その間ずっと保管しておくのも邪魔である。


『コンポートか、ジャムも良いわね。よろしく』


『自分で作れ』


 そう言って秋斗は最初すげなく断ったのだが、「手伝うから」と言われて最終的には了承した。ちなみに取り分は半々である。ただコンポートにしろジャムにしろ、百合子が欲しがっているのはアナザーワールド産の素材を使ったモノ。秋斗もただのジャムなら店で買う。そんなわけでフルーツを狙ってアナザーワールドへ来ていた。


 幸いというか、彼のホームエリアである廃墟群エリアには多様な樹木が生えていて、その中には実を付けるものも多数ある。さらにその中の幾つかは食用であり、彼も日常的に食べている。狙うフルーツのメインはすでに美味しいと分かっているものだが、この機会に彼は新しい食材も開拓したかった。


「さて、と。じゃあ行くか」


 アナザーワールドに降り立つと、秋斗はさっそく心当たりの場所へ向かって歩き始めた。民家だったと思しき廃墟の庭で、甘いフルーツを付ける木が生えているのだ。「ハトシュ」という木の実なのだが、味はマンゴーに似ている。ただあまり数は採れない。別の場所に種を植えてみたのだが、今のところ芽吹く気配はなかった。


 ちなみに、秋斗は最近手に入れた強化服を装備していない。強化服は非常に優れた装備だったのだが、一つだけ大きな欠点があったのだ。それは着脱の不便さである。いや、ここは正直に白状しよう。大にしろ小にしろ、用を足すときに非常にやりづらかったのだ。


 恐らくだが、この強化服レイヴンは長時間の着用を想定していないのだろう。長くても数時間の着用を想定した作られた強化服であり、つまり用を足すことはそもそも想定していない。そしてそれでも不都合はなかったのだ。


 だが秋斗にとってこれは大きな問題だった。彼は長時間の探索を行うからだ。アナザーワールドで食事をしたり仮眠を取ったりするのはザラで、すると当然さまざまな生理現象が起こる。まあ要するに、強化服を装備していると戦闘は楽になったが、それ以外の部分では不都合が多くなってしまったのだ。


『普段は、今まで通りの探索服でいいや……』


 秋斗はやや疲れた顔でそう呟いた。彼としては、強化服をメインの装備として使いたかった。だが探索する上で不都合が多いのであれば、その方針は撤回させざるを得ない。そんなわけで強化服は現在、ストレージの中にしまわれている。


『ただなぁ、強化服を普段使いできないとなると、探索服の替えがなぁ』


 秋斗はそうぼやいた。着た切り雀もどうかと思うので、この際ネットショッピングなんかで調達しようかと思っている。迷彩服で検索したら色々出てきたので、そういうのも参考にしながら良さげなのを選ぶつもりだ。


 モンスターが現われる前までは、リアルワールドで迷彩服を着ているのは本職の軍人かサバイバルゲームをやっている趣味人か、そのどちらかくらいだっただろう。それが最近では魔石を求めるハンターたちの間でも、迷彩服の着用率が急上昇している。


 秋斗の周囲でも「迷彩服を買った」という者たちがチラホラと出てきているくらいだ。一緒に奥多摩へ行った三原誠二もその一人である。彼はどうやらモンスター・ハントを続けるつもりらしい。


 まあそんな感じだから、「今なら迷彩服を買っても目立たない」という考えが彼にはあった。もっとも、そんなことを気にしているのは本人だけなのかも知れないが。また「迷彩服を買って『モンスター・ハントをしている』と周囲に思わせれば、魔石を換金しても不審に思われない」という思惑もある。


『まあ、魔石の買取価格はさらに下がっているけどな』


 一時は金より高くなった魔石だが、モンスターの出現数に反比例してその価格は下がり続けている。とはいえまだ一個で一万円弱は稼げるので、「安い時給でこき使われるのは馬鹿らしい」と考える者は多い。


 そのため、特にコンビニや飲食店でアルバイトを確保するのが難しくなってきているという。人手不足は待遇改善や賃上げの圧力となるが、一方でそれは人件費の上昇を意味する。そして人件費が上がればサービス等の価格も上がるだろう。実際、ここ最近は値上げラッシュが続いている。


 ただしその原因は、決して人手不足に伴う人件費の上昇だけではない。モンスターの出現が世界中で頻発しているために、ありとあらゆるコストが上がっているのだ。日本人と日本企業は値上げを嫌がる傾向があるというが、そうも言っていられなくなってしまったのが実情である。


『インフレに耐えられるよう、経済の足腰を強くする必要がある。そのために魔石の買取を強化して国民所得の底上げを行うべき』


 政権や与党の中からはそんな声が出ているとかいないとか。大変ロマン溢れる話ではあるが、幾らなんでも荒唐無稽だ。国民全員に狩猟民族になれとでも言うのか。「モンスターにはまず警察と自衛隊で対処する」としていた政府答弁との整合性が問われている。


 だいたい、魔石の買取で国民所得を底上げするためには、その分だけ沢山のモンスターが出現する必要がある。だが出現数が増えれば被害も増える。結局はマイナスじゃないだろうか、と秋斗は思っている。そもそも買取資金の出所は税金だ。


『ま、魔石をより高く買い取ってくれるなら、オレとしてはありがたいけどね』


 秋斗は肩をすくめながらそう嘯いた。彼は魔石を売る側だ。それに結局のところ、増え続けるモンスターに対処するためには人海戦術しかなく、そのためには魔石の価値を上げるしかないのではないか。そんな風にも思うのだ。


 閑話休題。ともかくまずは今回の探索の目的はフルーツである。四時間ほどかけて、彼は全十二種類ほどの果実を採取した。その中には今回初めて採取したモノもある。ただしその全てが食べられるわけではない。


「コレは『毒有り』……、こっちは『一応食用』……。一応ってなんだよ、一応って」


 採取した果実を鑑定のモノクルで鑑定しながら、秋斗は険しい顔をしてそう呟いた。ひとまず「毒有り」は廃棄だ。シキは欲しがったが、彼は自分の意思を通した。聞けば何かレシピがあるわけでもないというので、気分を優先させた次第である。必要になったら、その時にまた採れば良いだろう。


 判断が付きかねるのは「一応食用」と出た果実である。ハトシュの実を鑑定した時は「食用」だった。そしてハトシュの実は美味しい。では「一応食用」とされた果実はどうか。毒はないようだが……。


[睨み付けていても味は分からないぞ。さっさと試食したらどうだ?]


「いや、そうなんだけど……。仕方ないか」


 シキに促され、秋斗は少々嫌々ながら小さく切り分けた果実をつまんだ。色は白に近い黄色で、採取したばかりのためとてもみずみずしい。匂いもそんなに悪くない。では肝心の味はどうか。彼は意を決して果実の小片を口へ入れた。


「……っ、これは、また、何というか」


 絶妙に、美味しくない。「不味い!」というほどではないのだが、絶妙に的を外している感がある。吐き出す程ではないので呑み込んだが、それでも終始秋斗はしかめっ面だった。そしてしかめっ面のままシキにこう尋ねる。


「コレ、火を通したら甘くなる、とか……」


[アカシックレコード(偽)で検索してみたが、そういう特性はないようだな。火を通すと、むしろえぐみが強くなるらしいぞ。そのせいなのだろうな、レシピもほとんどない]


「シキ、お前……」


 しれっと答えるシキに、秋斗のしかめっ面がますます深くなる。火を通すとえぐみが強くなると言うのであれば、コンポートやジャムには向かない。最初からアカシックレコード(偽)で検索していれば、試食する必要などなかったではないか。


[異世界人とアキの味覚が同じであるかは分からない。どのみち試食は必要だった]


 シキはヌケヌケとそう答えた。顔もないくせにすまし顔が浮かんできそうな声である。頭の一つでもひっぱたいてやりたくなるが、まさか自分の頭をひっぱたくわけにも行かない。秋斗は「はあ」と大きくため息を吐いて鬱憤を散らす。そしてやや真面目な声でさらにこう尋ねた。


「食べる以外の、薬なんかとしての利用は?」


[検索した限りではないな]


 シキのその返答に、秋斗は「そうか」と答えた。機械モンスターのドロップを多数手に入れることができたおかげで、このホームエリアで見つけた納品クエストは全て消化することができた。そしてクエストコンプリートの報酬としてゲットしたのが「閲覧権限カードキー」だったのだ。


 このアイテムはアカシックレコード(偽)の閲覧権限レベルを一つあげるためのもの。これを使用したことで現在、アカシックレコード(偽)の権限レベルは「3」になっている。閲覧できない情報はまだ多いが、普通の果実の情報を見るだけならこれで十分すぎる。つまりこれ以上の情報はないと思って良い。


 そのあとも秋斗は採取したフルーツの選別を行った。結果としてコンポートやジャムに使えそうなのは八種類。数も十分に確保した。ただ彼はすぐにダイブアウトするのではなく、さらなる探索を行うのだった。


秋斗「フルーツってスーパーで買うと結構高いよね」

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― 新着の感想 ―
[一言] エグみが強いなら干し柿またいな加工は出来ないかな? 焼酎に漬けたり。
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