奥多摩遠征5
アブランティル社製強化服、型式:AER-68s72、品名「レイヴン」。秋斗は改めてその強化服を目の前に広げてみる。色は黒。ツナギのような作りになっていて、つまり上下一続きになっている。それどころか靴まで一体化していた。
サイズはダボダボ。ただアカシックレコード(偽)で見つけた仕様書によると、強化服を起動させるとピッタリのサイズになるらしい。生地はやや厚手に思えるが、防具として考えると心許ない。だが、やはり仕様書によれば、生地自体の防刃性能もなかなかのものらしい。
しかしながらレイヴンの強化服としての真価は、やはり起動した状態にある。レイヴンの基本的な能力は「運動能力強化、防御力強化、魔法のインストール」とされている。運動能力強化は身体能力強化とほぼ同じと考えて良いだろう。
ただし注意点もある。これはレイヴンだけでなく強化服全般に言えることだが、強化服を使うにはエネルギーが必要で多くの場合それは魔力だ。つまり強化服は起動すると何もしなくても装備者の魔力を消費するのである。
さらに当然ながら出力、つまり強化の度合いを強めれば、その分だけより多くの魔力を消費する。もっともそれは今現在でも変わらない。それで秋斗は手に入れたこの強化服の使用を躊躇わなかった。
こなせるだけの納品クエストをこなしてから、秋斗はさっそく強化服に着替えてみることにした。ただ誰も見ていないとは言え、青空の下で素っ裸になるのは気が引ける。それに着替え中にモンスターに襲われたら大変だ。
それで彼はストレージからコンテナを取り出し、その中で着替えることにした。例によって入り口はナイトで固める。ちなみにこれまでこなしてきた納品クエストの成果として二つ目の高品質魔水晶が手に入っており、二体のナイトを同時に展開できるようになっていた。新しい方のナイトは彼が倒して手に入れたヤツだ。
先ほど見つけた納品クエストで、強化服とは別に「強化服用インナー」も何枚か手に入れることができた。それで秋斗は下着も含めて装備を着替える。インナーは伸縮性に優れていて、意外とキツくない。そして起動前のダボダボの強化服を着ると、秋斗はそこへ魔力を通した。
「おっ」
秋斗が小さく声を上げる。起動すると、強化服はまるでボディースーツのようにピッタリのサイズになった。同時に身体がちょっと軽くなったように感じる。運動能力強化の機能が働き始めたのだろう。
彼は「へぇ」と声を出しながら全身の具合を確認する。見た目の印象ほど締め付けられている感じはしない。ちなみにボディーラインがハッキリ出ているとはいえ、ケツの割れ目までは出ていなくて、彼はちょっとホッとした。
[魔力の消費量はどんな感じだ?]
「あ~、ちょっと吸われている感じはするけど、気にはならないな。何なら、すぐに集気法で回復できるし」
手のひらを閉じたり開いたりしながら秋斗はそう答える。ただ言ってみれば今はアイドリング状態。強化の度合いも魔力の消費量も最低限だ。実際に戦闘で使ってみてどれほど魔力を消費するのか。重要なのはそこだろう。
何にしても使ってみないことには使い勝手は分からない。秋斗は腰に竜牙剣を吊るし、「よし」と呟いてからコンテナの外に出た。そしてコンテナと二体のナイトをストレージに片付ける。彼は軽く屈伸すると、まずは最低限の強化度合いのまま、走ったり飛んだり跳ねたりして新しい装備の具合を確かめた。
少しだけだが、やはり身体が軽く感じる。とはいえ身体強化を使った時ほどではない。秋斗はすぐに慣れることができた。次に彼は獲物を求めて窪地から少し離れる。すぐにシキの索敵に反応があった。現われたのはイタチのようなモンスターである。
秋斗は竜牙剣を構えた。そしてそっと剣に魔力を流す。強化服は指先までしっかりと覆っているので、武器にだけ魔力を流すことができるのか、その実験である。結果は良好。彼は跳びかかってきたモンスターをいつも通りの感覚と動きで斬り捨てた。
彼はさらに数体のモンスターを倒した。特別意識しなくても、これまで通りのやり方で武器にだけ魔力を流すことができる。彼はそれを確認した。「きっと色々と工夫したんだろうな」と彼は異世界の技術者たちの奮闘を思った。
次はいよいよ「運動能力強化」の確認である。彼は「ふう」と一度息を吐いてからゆっくり、少しずつ強化服に魔力を流していく。そして彼はまず一歩歩き、二歩歩き、徐々に速度を上げていった。五割ほどのペースで一分ほど駆け回り、それから足を止めて魔力の供給も止める。彼はもう一度「ふう」と息を吐いた。
「身体能力強化と変わんないな」
秋斗はそう呟いた。原理的な違いはあるのだろうが、強化服を使っても身体能力強化を使っても感覚的には変わらない。消費する魔力の量も、だ。それで彼の受け止め方は冷静だった。ただ運動能力強化は一度発動すると意識的に停止しない限りその状態を保持し続ける機能があり、自動でやってくれるという点においては楽で、また画期的だった。
彼は続けて「防御力強化」のテストを行う。この機能は運動能力強化と一緒に発動するので、改めて何かする必要はない。彼は強化服に魔力を流した状態でまず手近な岩を殴ってみた。すると岩に触れる面に力場のようなモノが発生して衝撃を和らげる。秋斗はちょっと楽しくなって、岩をガンガンと殴った。
ついでにこの状態で浸透打撃を使えるのか、試して見る。結論から言えば、使えなかった。発動自体はするのだが、防御力場に阻まれて上手く対象へ伝わらないのだ。ただ武器を介せば普通に使えたので、それほど深刻な欠点ではないだろう。
「よし、じゃあ次は……」
次に行うのは、実戦での防御性能の確認だ。要するにモンスターの攻撃をあえて受けてみるのである。やや抵抗はあるものの、やっておく必要はあるだろう。秋斗は自分にそう言い聞かせて手頃なモンスターを探した。
そして見つけたのはタヌキのようなモンスター。そいつが繰り出す尻尾の一撃を、秋斗は両腕を交差させて受け止める。衝撃は思いのほか重い。だがダメージはない。彼はさらに数発の攻撃をあえて受けてからそのモンスターを倒した。
「うん、いいな」
大雑把に強化服の使用感を確かめると、秋斗はこの新しい装備に高評価をつけた。特に運動能力強化が自動的に持続されるのが良い。非常に使いやすかった。防御力も、動きを阻害せずに高めることができる。魔力の消費量が増えそうなのがネックだが、それは集気法で何とでもなるだろう。
「メイン装備に確定だな」
[それはそれで良いのだが。アキ、もう一つ試して見ないか?]
「ん、何を?」
[運動能力強化と身体能力強化の併用だ]
「……!」
シキの提案を聞き、秋斗は「あっ」という顔をした。運動能力強化は強化服に魔力を通すことで使うのに対し、身体能力強化は体内に魔力を循環させることで発動させる。発動方法が違うのだから、併用できるのではないか。シキの提案はそういう事で、秋斗もいけるような気がした。
早速、試して見る。まずは強化服に魔力を流して運動能力強化を発動させる。その状態で秋斗はさらに身体能力強化を使った。ただ立っているだけの状態だと、何か効果があったようには思えない。だが一歩踏み込んだ瞬間、彼の姿はそこからかき消えた。
「わ、わっわっ……!」
秋斗の焦った声が響く。彼の姿は空中にあった。強化がかかりすぎて跳躍してしまったのだ。彼は空中で何とか姿勢を立て直して着地する。そして今度はもっと慎重に動き始めた。それでも一歩毎の歩幅はまるで跳んでいるかのように大きい。
歩数を重ねると、徐々に彼の動きが安定していく。慣れてくると、彼はさらに強化の度合いを高めた。まるで背中に翼が生えたかのような動き。万能感のようなものさえ覚える。今までにない機動力に、彼は思わず笑い声を上げた。
「ふう……。スッゲーな、コレ」
ひとしきり走り回ってから、秋斗は足を止めて感嘆気味にそう呟いた。身体能力強化を解き、運動能力強化の方もアイドリング状態に戻す。すると途端に身体がズンと重くなったように感じた。
深呼吸をしながらクールダウンする。同時に集気法を使って魔力を回復させた。最後に呼気と共に熱を吐き出す。それから彼は運動能力強化と身体能力強化の併用についての考察を始めた。
メリットとしては、その強化率だろう。はっきり言って圧倒的だ。秋斗の感覚だが、足し算ではなくかけ算になっている。一方で消費魔力量は足し算。つまりコストパフォーマンスが凄まじく良い。
ただし、強化されすぎとも言える。例えば身体能力強化の場合、身体の防御力自体も強化される。だから強化して動き回っても、その反動でダメージを受けることがない。しかし運動能力強化と併用した場合、防御力の強化は乗算されない。つまり反動がキツくなる。
もっとも、強化服には防御力強化の機能もあるので、今回はそちらが働くことで反動はかなり抑えられていた。ただしこれはデメリットでもある。動くだけで防御機能が働き、魔力を消費するのだ。これらの分も全て合せれば、コストパフォーマンスはややマイナスに傾くだろう。
「短期決戦用の切り札、って感じかな」
[うむ。普段使いするようなモノではないだろう]
秋斗とシキはそう結論した。何にしてもできる事が増えたのは喜ばしい。そう思いながら、彼は短い休憩を取った。
休憩の後、彼は探索を再開する。宇宙船は宝箱(緑)に収納した。棚上げというか後回しにしたわけだが、それはそうとしてもこのエリアはしっかりと探索しておきたい。発見した納品クエストの納品リストのなかには、手持ちにはないアイテムも含まれていた。もしかしたらこのエリアで手に入るかもしれない。そんな期待をしつつ、彼は探索を続けた。
リアルワールドは混迷を深めつつある。その混乱は確実に秋斗の身近にも迫ってきている。ただそれだけなら、世界中の人たちが同じだと言える。だが彼は知っている。アナザーワールドというもう一つの世界があることを。
もう知らんぷりはできなくなるのかも知れない。秋斗にはそんな予感がある。だがだからといってアナザーワールドのことを公表してしまって良いのか。彼にはそうは思えない。
ではいざという時に、来たるべきその日に、自分はどう行動するべきなのか。そんなことを、秋斗はぼんやりとだが考え始めていた。
~ 第六章 完 ~
秋斗「あ、魔法のインストールの機能を試すのを忘れた」