ゴールデンウィーク一日目1
ゴールデンウィークの初日。この日、秋斗はいつもと変わらない時間に目を覚ました。というより平日だろうと休日だろうと、また夜寝るのが遅かろうが早かろうが、彼はいつもだいたい同じ時間に目を覚ます。それが習慣になっているのだ。
朝のルーティーンを終え、探索服に着替えて地下墳墓攻略のための準備を終えると、秋斗はアナザーワールドへダイブインする。そして真っ直ぐに地下墳墓へ向かった。今日からいよいよ、地下墳墓の本格的な攻略を始めるのだ。目標はゴールデンウィーク中のクエストクリアである。
地下墳墓の入り口に到着すると、秋斗はもう一度自分の装備を確認する。メインウェポンはスコップ。迷彩服の各ポケットには、魔石を全部で三〇個ほどストックしてある。ストレージの中にはさらに一〇〇個ほどの魔石があり、そもそもモンスターを倒せば魔石は手に入るのだ。魔石切れを心配する必要はほぼない。
「よし、行くか」
[うむ]
軽く言葉を交わしてから、秋斗は地下墳墓へ足を踏み入れる。数歩歩いたところで、視界がパッと開ける。暗視の効果だ。秋斗は一旦立ち止まり、数回瞬きして目を慣らしてから、彼はまた通路を奥へと進んだ。
同時に前方からモンスターが現われる。ゾンビだ。漂ってくる腐敗臭に顔をしかめつつ、秋斗は素早く魔石を握って聖属性攻撃魔法を放つ。
「汚物は消毒だぁぁあああ!」
[わざわざ叫ばなくても、もう使えるだろうに]
「一回はやっておかないと。それにゾンビが汚物であることは間違いないしな」
白い炎に焼かれて燃え尽きるゾンビどもを見ながら、秋斗とシキはそんな会話をする。そしてゾンビどもが完全に燃え尽きると、魔石の回収はシキに任せて彼はさらに奥を目指した。
ゾンビは次から次へと襲いかかってくる。奥へ進むにつれて、背後からも押し寄せてくるようになった。聖属性攻撃魔法は中心点から放射状に放たれるので、前方の敵も背後の敵も一気に焼くことができる。ただ背後でドロップする魔石に関しては、その回収は諦めた。いちいち回収していては、文字通り前へ進めなくなるからだ。
「帰り道に回収できるかな?」
[来た道は戻るのではなく、さっさとダイブアウトすれば良いのではないか?]
「ああ、それもそうか」
もっとも、そんな会話をするくらいには余裕がある。後ろを振り返らなければ、前へ進むのに問題は無い。秋斗は聖属性攻撃魔法でゾンビを焼き払いながら、着実に地下墳墓の奥へ進んだ。ちなみにゾンビは白い炎に包まれて逝くわけだが、今のところ酸欠を心配する必要はなさそうだった。きっと白い炎はファンタジー的な何かで、実際に酸素によって燃焼している訳ではないのだろう。
さて、地下墳墓の地下一階は単純な十字構造になっていた。入り口からメインの通路が延びており、その奥に地下二階へ降りる階段がある。そしてメイン通路の真ん中ほどに十字路があり、左右に支路が延びていた。
秋斗が最初に曲がったのは入り口から見て右側の支路である。支路に入り、追ってきた分全て倒すと、ゾンビの出現がピタリと止まる。秋斗は首をかしげ、身構えたまま十数秒警戒を続けたが、新たなゾンビは現われない。どうやら支路に入るとモンスターの出現は止まるらしかった。
[この先に何かいる可能性もある。気を緩めない方がいい]
「分かってる」
シキの忠告に一つ頷き、秋斗は左手に魔石を握りしめて支路を進んだ。支路の先にあったのは小さなスペースで、その突き当たりの壁には、石板が一つはめ込まれていた。秋斗がその石板に触れると、彼の頭の中で文字が躍る。得られた情報は次のようなものだった。
【ダンジョンのなかでは、一定範囲内でモンスターを連続討伐しても、モンスターの出現率は変化しない】
「やっぱりか」と秋斗は呟く。昨日の時点でそんな気はしていた。しかし、ということは、ダンジョンの中ではモンスターの出現率は常に変化しないのだろうか。彼がそんなことを考えていると、シキの警告が飛ぶ。
[ゾンビ! 後ろから来るぞ!]
秋斗は慌てて振り返り、魔石を握って聖属性攻撃魔法を発動させる。にじり寄ってきていた三体のゾンビは、白い炎に焼かれて消えた。どうやらこの支路も、モンスターが出現しないわけではないらしい。
(いや、もしかしたら徐々に出現率が上がっていくのかも……)
もしそうであるなら、ダンジョンの中でもモンスターの出現率が変化する場合もあることになる。まあ石板情報では「モンスターの連続討伐」による出現率の変化はない、とのこと。逆を言えば、それ以外の要因では出現率が変化することもあり得るのだ。
検証してみようかと考え、秋斗はすぐに首を横に振った。恐らくだが、ダンジョン内部ではかなり恣意的にモンスターの出現率が設定されている。つまりこの場で検証したことはこの場にしか当てはまらない。それならばマッピングを優先するべきだろう。
そう考え、秋斗は来た道を戻ってもう一つの支路、つまり入り口から見て左側の支路へ入った。左側の支路も突き当たりは小さなスペースになっていて、そこにはいかにもなモノが置かれていた。宝箱である。
モンスターがドロップする、ルービックキューブのような宝箱ではない。見てそれとすぐに分かる程度には、テンプレ的造形の宝箱だ。アナザーワールドでは初めて見るいかにもな宝箱に、秋斗もテンションが上がる。だが彼はいきなり宝箱を開けたりはしなかった。
「罠とか、大丈夫かな?」
[さて、どうかな……]
シキの声が自信なさげに響く。確かにシキはサポート役だが、これまでこういう宝箱は出てこなかったので、罠を探知したり解除したりする能力は磨いてこなかったのだ。ストレージに収納できないかと試してみたがそれも失敗。最終的にスコップを使い、なるべく距離をとりながら開けることにした。
結論から言えば、宝箱は何事もなく開いた。どうやら罠はなかったらしい。秋斗はホッとしつつ、宝箱をのぞき込む。中には小さな化粧箱が収められていて、その中身は小さな丸薬だった。いや、それっぽく見えただけで本当に丸薬なのかは分からないが。
「何だコレ?」
[食べるなよ。毒かも知れないからな]
「いや、流石に鑑定してみるまではそんなリスキーなことはしないけどさ」
丸薬を化粧箱に収め直し、それをストレージに放り込む。【鑑定の石板】でどういうモノかをハッキリさせるまでは、ストレージの肥やしで決定である。もっとも、【鑑定の石板】も基本的に言葉足らずなので、一抹の不安は残るのだが。
さて、秋斗がメインの通路に戻ると、またゾンビがワラワラと現われて寄ってくる。彼はそれらのゾンビを聖属性攻撃魔法でなぎ払いながら奥へと進み、そして階段を使って地下二階へと降りた。
地下二階へ降りると、雰囲気は一気に地下墳墓らしくなった。地下二階には幾つかの部屋があり、それぞれに棺桶が安置されているのだ。また壁に幾つもの穴が開けられている部屋もあり、本来であればそれらの穴にはそれぞれ遺体が埋葬されていたものと思われた。
現在、それらの穴に遺体はない。だがそれらの穴を基点として、スケルトンが次々に出現してくる。棺桶の方も同様で、こちらからは次々とゾンビが現われる。どうやらモンスターが際限なく湧くのは地下二階も同じらしい。違いはそこにスケルトンが加わったことくらいか。だがこれは結構大きな変化だった。
「スケルトンの方が、足が速いな」
[うむ。組み付かれないようにな]
「分かってる、よっ!」
シキと話をしながら、秋斗は聖属性攻撃魔法を発動させる。放射状に広がる白い光は、ゾンビもスケルトンもまとめて白い炎に包んで焼いていく。地下二階でも聖属性攻撃魔法は有効だった。そうでなければ話をしている余裕はなかっただろう。
足が速いということは、感知してからの時間的猶予が短いということだ。その間に聖属性攻撃魔法を発動させなければならない。そのため秋斗は少なからずプレッシャーを感じていた。
今はまだ集中力が続いている。さらに地下二階では、モンスターが出現するポイントが決まっている。そのおかげで今のところ秋斗は余裕を持ってモンスターに対処できていた。だが集中力が切れたらまずい。本人もそのことを自覚していて、彼は少しペースを上げて地下二階のマッピングを急いだ。
その甲斐もあり、秋斗は一つ小部屋を見つけた。その小部屋の壁には石板がはめ込まれていて、そこから得られた情報は次のようなものだった。
【ここはセーフティーエリア】
「セーフティーエリアか……」
[あまり気を抜きすぎるなよ。どこまでセーフティーなのか、まだよく分からないのだからな]
あからさまに肩の力を抜いた秋斗に、シキがそう釘を刺す。彼は慌てて気を取り直した。左手に魔石を握りしめ、そのまま一分ほど警戒を続けるが、モンスターが出現する気配はおろか、外からモンスターが入ってくる気配もない。
どうやらここは本当にセーフティーなエリアらしい。それが分かって秋斗は「ふう」と息を吐き、今度こそ肩の力を抜く。シキもそれを咎めず、彼はそのまま座り込んで壁に背中を預けた。
「あ~、シキ。地下墳墓に入ってから、どれくらい経った?」
[一時間と少し、だな]
「まだそんなもんか」
秋斗は小さく息を吐く。体感的にはもっと長い時間、地下墳墓を探索していた気がする。それだけ息つく間もなかった、と言うことなのだろう。そう思いながら、彼はストレージから水筒を取り出し、お茶を飲んで一服する。幸い、ここは腐敗臭に悩まされることもない。少し長めに休んでいくつもりだった。
スケルトンさん「いや~、またヒロインより先に出番が来ちゃって」