奥多摩遠征4
「△●□‡◎※◆!」
バニッシャーは秋斗を見つけるとすぐに駆け出した。さらに背中に背負った二門の砲を水平にして撃ちまくる。二足歩行だからなのか、バニッシャーの移動速度は速い。秋斗は足を止めないで動き回りながら、まずは小手調べとばかりに飛翔刃を放った。
バニッシャーはビームソードを交差させてその攻撃を防ぐ。ただし完全に足を止めて踏ん張っている。ただ現われたバニッシャーは一体ではなく多数いる。足を止めなかったバニッシャーたちは砲を撃ちながらどんどん距離を縮めた。
それを見て秋斗も走る方向を変えてバニッシャーらの方へ向かう。正面からの砲撃が激しくなるが、そもそもインセクト・キャノンらの砲撃の真っ只中を突っ走っているので、全体としてみれば大差はない。そしてそろそろ敵が伸閃の間合いに入ろうかというタイミングで、不幸が秋斗を襲った。
「ぐっ!?」
砲撃の一つが彼の横っ面に直撃したのだ。ダメージとしてみれば大したことはない。だがいきなりビンタをくらったようなもので、一瞬何がなんだか分からなくなる。そしてバニッシャーはその一瞬を使って間合いを詰めた。
「△●□‡◎※◆!」
バニッシャーがビームソードを振り下ろす。秋斗はそれを受けることはせず、地面を転がって回避する。武器強化している竜牙剣がそうそう打ち負けるとは思わない。だが「熱は別」という可能性もある。替えがない状態で試して見る気にはなれなかった。
立ち上がりざまに、秋斗はバニッシャーの片足を切り落とす。彼はバランスを崩したバニッシャーに止めをさそうとしたが、別のバニッシャーがビームソードを振り回しながら接近してくるので、やむなくそちらへの対処を優先した。
「すっげぇ、手首グルングルン」
[マシン兵器、という感じがするな]
その軽口は心に余裕を持たせるためのもの。秋斗は飛翔刃を放った。バニッシャーはビームソードを交差させてソレを防ぐが、時間差を付けて放たれた二発目が腰の辺りを両断する。真っ二つになったバニッシャーは地面に転がり、黒い光の粒子になって消えた。
(防御力はそんなでもない。でも……)
手際よくバニッシャーを片付けつつも、しかし秋斗の表情はさえない。バニッシャーの近接戦闘能力はお世辞にも高いとは言えない。砲撃も精密とはいえないし、ダメージもマジックガードがあれば大したことはない。だが彼はこの新顔の機械モンスターを警戒していた。
今は両手にビームソードだが、片方をシールドに持ち替えたらどうだろうか。さらにソードではなくスピアーにする。まとまって隊列を組めば、ファランクスの完成だ。しかもバニッシャーは背部砲門を持つ。
盾を構え、槍を揃えて、砲撃を行う。それを狭い通路でやられたら、秋斗としてはかなり面倒なことになる。突破できないとは言わない。だが宇宙船を攻略できるのかと言われると、ちょっと自信はない。
(まあ根拠のない憶測と言われればその通りなんだけど……)
だがソードがある以上、シールドもスピアーも十分にあり得る。そしてファランクスは大昔から有効な戦術だ。であれば敵がそれを用いることを想定するのは、決して突飛なことではないだろう。とはいえ想定はどこまでいっても想定で、確かめるには突入してみるしかないのも確かだ。
(どうするかなぁ……)
激しさを増す砲撃の中、群がるモンスターを斬り捨てながら、秋斗は難しい顔をして悩んだ。これがホームエリアなら彼も悩む必要はない。「とりあえず突っ込んでみて、ダメそうならダイブアウト」で良い。だがこのエリアへは奥多摩からダイブインしている。多数のモンスター・ハンターの目も気にしなければならず、今後も気楽に挑戦できるかは分からない。
(ホント、どうする……?)
行くべきか、行かざるべきか。秋斗は悩んだ。ただそうしている間にも、彼は少しずつとはいえダメージを受け続けている。あまり悠長に考えている時間はない。宇宙船の中からはまだ続々と増援が現われていて、その中にはバニッシャーの姿もある。
まさに無尽蔵の戦力だ。これもただの予想になるが、宇宙船の中には別の新型までいるかもしれない。撤退が秋斗の頭をよぎる。警備モンスターは近づかなければ仕掛けてこないのだ。宇宙船だけがこのエリアの全てではない。ここはひとまず置いておいて、別の場所を探索するのも一つの手ではないか。そう考えた瞬間、彼の頭に第三のアイディアが閃いた。
(試して見るか……!)
心の中でそう呟くと、彼は身を翻して宇宙船の方へ走り出した。モンスターを倒すのはおざなりで、とにかく距離を詰める。彼は竜牙剣を鞘に収め、ストレージからあるアイテムを取り出した。宝箱(緑)だ。
宝箱(緑)は宝箱という名前の収納アイテムだ。ただし中に収められるアイテムは一つだけ。この宝箱(緑)に宇宙船を収納してしまえないか。秋斗が思いついたアイディアはそういうことだった。
正直、秋斗もできるとは思っていない。幾らなんでも宇宙船は大きすぎるだろう。だが宝箱(緑)の最大容量はまだ検証できていない。だから不可能と言い切るだけの根拠を彼は持っていない。だから試して見よう、と言うわけだ。
最悪、宝箱(緑)が失われても大きな損失ではない。そう思いながら秋斗は宝箱(緑)を捻って宇宙船のほうへ投げた。宝箱(緑)は放物線を描き、そして宇宙船の外壁にカツンと当たった。
次の瞬間、宝箱(緑)はカッと光ったかと思うと、パッと展開された。そして猛烈な勢いで宇宙船を収納していく。ほんの五秒にも満たない時間で宇宙船は宝箱(緑)の中に収められ、後には巨大な窪地だけが残った。
「わお……」
巨大な構造物が消えたからなのか、一瞬だけ風が強く吹く。反射的に顔を覆いながら、思ってもみなかった結果に秋斗は唖然とする。宇宙船はまるで手品のように消えてしまった。その光景が信じられない。どうやら宝箱(緑)はとんでもないアイテムだったらしい。
ともかく、宇宙船の収納には成功した。ただ周囲にはまだたくさんのモンスターがいて、砲撃を続けている。バニッシャーが近づいてくるのを見て、彼はまず宝箱(緑)の回収に向かった。
宝箱(緑)をストレージにしまうと、秋斗は残敵の掃討に移る。宇宙船がなくなったので、もう増援は現われない。彼は着実に敵の数を減らしていった。そしてついに最後のバニッシャーを仕留める。一拍の後、彼はその場に座り込んだ。
「終わった……」
肩で息をしながら秋斗はそう呟いた。正直、達成感よりも安堵感のほうが強い。体力も魔力も限界で、ついでに言えば体中が痛い。彼はまず赤ポーションでダメージの回復を図り、それから集気法で魔力を回復させた。ただ、回復できないものもある。
「装備品がダメになっちゃったなぁ」
ボロボロになった装備品を見ながら、秋斗はそうぼやいた。特に探索服はあちこちがちぎれたり穴が空いたりしてしまっている。これはもう繕うとかそういうレベルではない。ウェスにするくらいしか使い道はないだろう。
一応、探索服には替えがある。ただそろそろリアルワールドで探索用の衣服を揃えることを考えた方が良いかもしれない。資金は例の一億がほぼ手つかずのまま残っているし、そもそも魔石を売ればどうにでもなる。
「さて、と」
麦茶を飲み、汗と呼吸が落ち着いてきたところで、秋斗はゆっくりと立ち上がる。そして周囲に散らばる魔石やドロップアイテムの回収を始めた。シキは何に使うのかよく分からない機械パーツに興奮気味で、秋斗はバニッシャーがドロップしたと思しきビームソードに目を輝かせた。
魔石も大量だ。雷魔法や継続的にかけていたマジックガードのために多数の魔石を消費してしまったが、それを補って余りある。ボロボロになった装備の分を差し引いても黒字と言っていいだろう。秋斗はホクホク顔だった。
「んで、本命は、と」
戦利品の回収を終えると、秋斗は宇宙船があった窪地へと視線を向ける。戦闘中から気付いてはいた。窪地の底になんと石版があったのだ。「なんつう場所に隠してあるんだ」と呆れる一方で、やはりその内容が気になる。ゴクリと唾を飲み込んでから、彼は石版に触れる。石版は、納品クエストの石版だった。
「よしっ!」
秋斗は思わずガッツポーズをした。彼はすぐに納品リストを確認する。すると手持ちの在庫で消化できる項目が結構あった。彼は笑顔で納品を始めた。そしてすぐにあることに気付く。報酬のラインナップがSFチックなのだ。例えば次のようなアイテムがある。
名称:回復用アンプル
使用すると回復効果が一定時間持続する。
「継続回復か。戦闘中とかは良いかもな。まあ、一番良いのはダメージを負わないことなんだけど」
[保険として使っておくか、あるいは開き直って赤ポーションの代わりに使うか。少々悩ましくはあるな]
「しかもこれ注射タイプなんだよなぁ。ちょっと痛そう」
[首筋に打ったら、ラリってしまうかもしれないな]
「いや、さすがにそれはないだろ。……ないよな?」
秋斗はちょっと不安になった。回復アイテムをキメて中毒になるのは勘弁してもらいたい。まあ、その可能性はかなり低いとは分かっているが。「ユリとの交換用にするかな」と彼は心の中で呟いた。
さて納品リストのなかには「竜の骨」という項目もあった。竜の骨は、秋斗が持つアイテムの中ではレアリティの高いアイテムだ。しかも今のところ、継続的に入手する目途は立っていない。
秋斗はどうしようかと少し悩むが、納品クエストでは基本的に同等以上のアイテムが手に入る。彼は物欲と好奇心に負けて、竜の骨を要求量分だけ石版の上に載せた。報酬として手に入れたのは、次のようなアイテムだった。
名称:強化服
アブランティル社製。型式:AER-68s72。
「おお、強化服!? でも相変わらず説明が説明になってない」
[少し待て、アカシックレコード(偽)で調べて見る]
シキにそう言われ、秋斗は大人しく待つ。少しすると、またシキの声が彼の頭の中に響いた。
[……あったぞ、アブランティル社製の強化服、型式AER-68s72。品名は『レイヴン』。汎用の強化服で、バランスや使い勝手の良さを評価する声が多い一方、全体的に中途半端という意見もある]
「特注品やハイエンド品、目的を絞った特化型には一歩か二歩及ばない、って感じなのかな」
[うむ。だが初めて使う強化服としては、むしろ都合が良いのではないか?]
シキの意見に秋斗も頷く。何にしても、これでダメになった探索服の替わりが手に入った。しかも「強化服」である。その響きに秋斗は内心のワクワクを抑えられなかった。
シキ[ワクワク]