奥多摩遠征2
なだらかな斜面を下り終えると、そこは谷間の小さな平原になっているようだった。その平原のほぼ真ん中に、墜落もしくは不時着したと思しき宇宙船が放置されている。今回の探索における、秋斗の目的地だ。ただし、どうも簡単には近づけそうにない。
「警備モンスター、ってところかな」
人の背丈ほどの岩の影に隠れながら宇宙船の周囲を窺い、秋斗は険しい顔でそう呟いた。宇宙船の周りでは多数のモンスターが周囲を警戒する素振りを見せている。しかもそれらのモンスターは今までのようなタイプのモンスターではない。SFチックな機械のモンスターだ。
種類としては大きく分けて二つ。ドローンのように宙に浮いているモンスターと、虫のような足と砲身を持つモンスターだ。秋斗は、前者はそのままドローン、後者はインセクト・キャノンと呼ぶことにした。ちなみにドローンはプロペラで浮いているわけではない。
「砲身を持ってるって事はさ、撃ってくるんだろうなぁ」
[撃ってくるのだろうな]
「ドローンも撃ってくるかな?」
[そう思っておいた方が良いのではないか]
シキがそう答えるのを聞いて、秋斗は険しい顔をする。敵は多数で、しかも射撃武器を持っている。この平原は見晴らしがよく、隠れながら近づくということはできそうにない。となればほぼ間違いなく、面制圧のような、激しい飽和攻撃を受けることになる。
そのすべてを回避することは難しい。というより不可能だろう。ダメージをくらうことを覚悟しなければならないわけだが、それがどれほどのダメージかが問題だ。一発くらったら手足が吹き飛ぶような威力なら、現状での攻略は諦めなければならない。
(さて、どうするか……)
何とかして敵の攻撃力を確かめる必要がある。そのためにはどうすれば良いのか。秋斗は頭を捻った。そしてこんなアイディアを思いつく。
「……ドールを一体突っ込ませる、ってのはどうだ?」
要するに、一度敵に攻撃させれば良いのだ。そのためにドールを囮にして突っ込ませる。それで威力はだいたい分かるだろう。だがシキの反応は芳しくない。
[……消極的反対、とさせてもらおうか]
「その理由は?」
[ドールは魔水晶を動力源にしている。そして魔水晶の数は決して多くない。ドールのパーツが吹き飛ぶくらいなら構わないが、魔水晶まで失われるのは痛手だ]
シキのその主張に秋斗は「むう」と唸る。確かに魔水晶が失われるのは痛い。だが確実に失われる、というわけではない。それにシキも敵の手の内を一度見ておく必要性は分かっている。だから「消極的反対」なのだ。
「……どうしても反対か?」
[リスクは指摘した。あとはアキの判断だ]
「じゃあ、やろう。盾を両手に持たせてさ。そうすれば魔水晶くらいは守れるだろ」
[了解した]
秋斗が「やる」と決めると、シキはその指示に従った。すぐにストレージからドールが出てくる。そのドールは両手で大盾を装備していた。防御力だけならなかなかだ。秋斗はそのドールにこう命じた。
「よし、行け!」
ドールが岩陰から飛び出し、大盾を構えて走り出す。宇宙船の周囲にいる警備モンスターたちはすぐにそれに気付き、砲身をドールの方へ向けた。そしてまずインセクト・キャノンらの砲が一斉に火を噴く。
発砲音が思いのほか低く、しかし連続して響く。次々と地面が爆ぜるが、命中精度は案外低いのか、なかなかドールには当たらない。だがやはり数が多い。戦うとすれば足を止めてはいけないだろう。
(そう言えば……)
敵の砲撃を観察していた秋斗は、あることに気付いた。見た限り、インセクト・キャノンは砲弾を撃ち出しているようではないのだ。撃っているのはどうやらエネルギー弾。ただレーザーやビームという感じでもない。魔力か、もしくは魔素そのものを圧縮して発射している。そんな感じに見えた。
「コスパは良さそうだけど」
さて威力はどうか。視線を鋭くする秋斗の前で、ドールの構えた大盾に砲撃が直撃する。さすがにドールの足が鈍るが、ドールはまだ前進を続けているし、大盾も無事だ。だがその一撃を皮切りに、徐々にドールに攻撃が当たるようになる。それでもドールは前進を続けた。
そして砲撃が続くなか宇宙船に一定の距離まで近づくと、今度はドローンが動き始めた。ドローンはドールを半包囲するように展開し、三方から攻撃を仕掛ける。こちらもやはりエネルギー弾で、見た目としては細かいビームのよう。ドローンはその攻撃を雨あられとドールへ浴びせた。
ドローンの激しい飽和攻撃を、ドールはまったく避けられない。完全に足が止まり、たこ殴り状態だ。ただドローンの攻撃は、威力はそれほどでもないらしい。ドールが破壊されるまで数十秒を要した。そして脅威の排除を終えると、インセクト・キャノンの砲撃が止まりドローンも元の場所へ戻っていく。それを見て秋斗はこう呟いた。
「なるほどね。少なくとも、『くらったら終わり』ってわけじゃなさそうだ」
[大盾は有効だったな。しっかりと防具を装備していくことを推奨する]
「う~ん、でもやっぱり機動力重視じゃね?」
シキと相談した結果、秋斗は動きを阻害しない程度に防具を身につけた。一方で隱行のポンチョは外してストレージに片付けておく。機械タイプのモンスターに効果があるのか分からないし、あの激しい飽和攻撃で破けてしまったら大変だ。
「あと、武器はどうするかなぁ。やっぱり硬そうだよな」
特にインセクト・キャノンのことを想定しながら、秋斗はそう呟いた。あの装甲を竜牙剣で斬れるだろうか。できるかも知れないが、確信はない。少し考えてから、秋斗はロア・ダイト製の六角棒を取り出した。コイツと浸透打撃の組み合わせなら、たぶん通じるだろう。ただ六角棒は両手で使うので盾は持てない。
「それから……」
魔法はどうするか。候補はプロテクションとインスタント・アーマーの二つ。インスタント・アーマーは主に奇襲を防ぐことを主眼にした魔法。なので秋斗はプロテクションの魔法を自身にかけた。
準備が整い、秋斗は「よし」と静かに呟いた。そして身体に魔力をたぎらせて身体強化を行う。一度大きく息を吐いてから、秋斗は岩陰から飛び出した。そして宇宙船のほうへ、警備モンスターらの群れに向かって吶喊する。
「△●□‡◎※◆!」
モンスターたちはすぐに反応した。まず攻撃を開始したのはやはりインセクト・キャノン。多数のエネルギー弾が秋斗目掛けて放たれる。そして彼の動きを追うように、次々に地面が爆ぜた。
だが秋斗のスピードはドールの比ではない。またドールは真っ直ぐにしか動かなかったが、彼は曲線的な動きでジグザグに動く。それで砲撃はほとんど当たらなかった。加えて彼にはちゃんと防御手段がある。
「っと!」
秋斗は走りながら六角棒をコンパクトに振るい、直撃コースのエネルギー弾を弾き返す。恐らく六角棒に込められている魔力のほうが密度が高いのだろう。六角棒で弾くと、エネルギー弾はそのまま霧散した。
(行ける!)
秋斗は内心でそう呟き笑みを浮かべた。敵の攻撃は想定していた最悪よりもかなりマシだ。これなら何とかなりそうだと思い、秋斗はさらに大胆に距離を詰める。その際、彼は破壊されたドールに近づいてその残骸をシキに回収させた。パーツはともかく、魔水晶は無事かもしれないと思ったのだ。
そしてその距離まで近づいたことで、いよいよドローンも動き出す。ドローンはやはり秋斗を包囲するように展開した。だが彼は構わずに突っ込んだ。六角棒を振り回してたちまち数体のドローンを叩き落として敵の不完全な半包囲陣を食い千切る。
(よしっ!)
秋斗はさらに速度を上げた。そして一気にインセクト・キャノンの群れに飛び込む。浸透打撃を使ってまず一体。それが効くことを確認して彼は一つ頷いたが、ここから彼は徐々に追い込まれていくことになる。
「っち、数が多いな!」
悪態をつきながら秋斗はまた浸透打撃でインセクト・キャノンを一体倒す。だがその間に別のインセクト・キャノンが突進してくる。彼は反射的にそれを避けて六角棒を振るったが、装甲を凹ませるだけで倒すにはいたらない。また足を引っかけて転ばせようにも、多脚を持つインセクト・キャノンを転倒させるのは難しい。
さらにそこへ、やや離れた場所にいるインセクト・キャノンが砲撃を加える。フレンドリーファイアお構いなしの飽和攻撃だ。また敵が近くにいるせいで、秋斗は思うように回避行動ができない。さらに突進してくるインセクト・キャノンに対処しようとすると、砲撃を完全に防ぐのはもう無理だった。
「ぐっ……!」
次々にエネルギー弾が身体に当り、秋斗はうめき声を上げる。ただ一発ごとのダメージはさほどではない。彼は浸透打撃を駆使しつつ、まずは数を減らすことに注力した。だがそこへドローンの攻撃が加わる。こちらもフレンドリーファイアお構いなしだ。細かなビームが回避を許さない密度で秋斗に襲いかかった。
「ぎゃあ、痛い痛い痛い!」
まるで全身を細かく針で刺さるような痛みに、秋斗は思わず悲鳴を上げた。堪らず彼はその場を全力で離脱した。多数のドローンが分厚い壁のように行く手を阻むが、秋斗は六角棒を振り回して強引に突破を試みる。
「ぐっぅ……!」
その背中へインセクト・キャノンの砲撃が浴びせられる。幾つかが直撃して、秋斗は息を詰まらせた。ただその砲撃はドローンの群れにも当たっていて、結果的に彼の突破をアシストすることにもなった。
「このままっ……!」
ドローンを弾き飛ばしながら、秋斗は足を動かした。ここで足を止めたら圧死させられる。久々に感じる死の恐怖に首筋を寒くしながら、秋斗は何とかその場から離脱するのだった。
インセクト・キャノンさんA「我らは一にして全。全にして一」
インセクト・キャノンさんB「ゆえにフレンドリーファイアなどしない」
ドローンさんA「ゆえに一発でも当たれば命中率100%」
ドローンさんB「物量万歳!」