奥多摩遠征1
大学の夏休みは長い。その終わり頃、秋斗はバイクを走らせて奥多摩へ向かっていた。後ろには誰も乗せておらず、一人である。モンスター・ハントが目的ではなく、そこからアナザーワールドへダイブするのが今回の目的だった。
前に来たときと同じように、奥多摩にはモンスター・ハントに来たと思しき者たち(今ではハンターと呼ばれる事が多い)がいた。むしろその人数は前より増えているように思える。政府の方針転換の影響だろう。大っぴらに“武器”を持つ者の姿も見られる。「物騒だな」と秋斗は他人事のように思った。
他人事ではないのは、この地域に住む住民の方々だ。彼らを見つめる住民たちの表情は、しかしどこか複雑そうだった。“武装”したよそ者が大勢いるのは不安だろう。だが彼らがいなくなってモンスターが跋扈するのも困る。そういう心情がよく表れていた。
さて秋斗はバイクを走らせ、前回と同じように山奥へ向かう。万が一にもダイブインするところを見られる訳にはいかない。彼は人気のないほうへバイクを走らせる。そうしているとシキの索敵に反応があった。
[アキ、モンスターだ]
「っち、わざわざコッチに来なくても良いのにな」
舌打ちをしながら、秋斗は面倒くさそうにそう答える。そして彼がぼやいている間にモンスターが現われた。二本の角を持つ、カモシカのようなモンスター。ただし例によって墨を塗りたくったかのように真っ黒だ。その中で赤い双眸だけが異様な光を放っている。
モンスターはバイクを走らせる秋斗の後ろに現われた。そして猛然と彼のことを追ってくる。彼はこのまま逃げ切ろうかとも思ったが、付いてこられるのも面倒だと思い直す。彼はややドリフト気味にバイクを滑らせて停止させた。そして追ってくるモンスター目掛けてナイフを投げる。
「ギィ!?」
ナイフはモンスターの前脚の付け根の辺りに刺さった。モンスターは悲鳴を上げて転倒する。それを見て秋斗はちょっと顔を引きつらせた。もともとナイフは首を狙って投げたのだ。それで倒してしまうつもりだったのだが、狙いが外れて倒せなかった。転倒させたのはいいが、モンスターは慣性のまま彼の方へ突っ込んでくる。彼は慌ててバイクを降りた。
「こんのぉ!」
声を上げながら、秋斗は足を振り抜いた。モンスターの身体が横に吹っ飛び、コンクリートで固められたのり面に激突する。モンスターは力なく道路に転がり、そのまま黒い光の粒子になって消えた。
「ふう……、あっぶね……」
秋斗はヘルメットの中で安堵の息を吐く。もっともそれはバイクが無事だったことの安堵だが。彼は車が来ないことを確認してからナイフと魔石を回収する。そして足早にバイクにまたがって発進させた。
「それにしても、ハンターも結構いたし、奥多摩ってモンスターが良く出るのかね?」
[それは分からないが。ただ均等に出るわけではないだろうから、ある程度の偏りはあるはずだ]
「モンスター出現率の高い場所と低い場所が出てくるわけか……。そういう統計、政府は取らないのかなぁ?」
[民間のサイトでやっているところはあるぞ。ただ信用度がどの程度のものなのか、それが問題だな]
シキによると、そのサイトは誰でも自由に情報を投稿できるようになっているという。その全てを確認などしていないだろうから、フェイクが混じっていれば信用度は下がることになる。出現率が高い場所には多くのハンターが集まってくるだろうから、それを目的にフェイクを投稿することは十分に考えられる。
また情報を出す側にも偏りがある。ある地域Aで活動しているハンターは頻繁に情報を投稿するが、別の地域Bで活動しているハンターがそのサイトのことを知らないとすれば、サイト上では当然ながら地域Aのモンスター出現率が高くなる。だがその情報が正しいかと言えば、それは別問題だ。
「なるほどね……。ちなみにそのサイトだと奥多摩はどんな感じ?」
[平均よりは高くなっているな]
多数のハンターが集まっていたのはそのせいかもしれない。だがそうなると奥多摩には今後、さらに多くのハンターが集まりかねない。人目に付かない場所を探すのは大変になるかも知れず、今回の探索は重要性を増したと言える。
「さて、どれだけ粘れるか……」
秋斗はヘルメットの中で小さくそう呟く。そうやってバイクを走らせているうちに、彼はバイクを停められそうな場所を見つけた。勲から教えてもらった場所ではないが、ハンターが多数いたのでそこは使いづらかったのだ。
(まあダメだったら、その時はその時って事で)
秋斗はそう呟き、肩をすくめた。それからバイクのエンジンを止め、手で押しながら目立たない場所へ移動する。周囲に人影がないことを確認してから、彼はバイクをストレージに収納した。そして幸運のペンデュラムを発動させてから、彼はダイブインを宣言した。
一瞬の浮遊感の後、視界が切り替わる。身体の重さが戻ってくると、彼は素早くナイフを構えて辺りを見渡した。そこはどうやらなだらかな斜面のよう。木々は生えているが、鬱蒼としているというほどではない。周囲にモンスターの姿はなく、秋斗は小さく息を吐いてからナイフを鞘に戻してヘルメットを脱いだ。
[アキ、アレを見てみろ]
シキの声が頭の中に響くと、秋斗の視界にターゲットマークが現われる。ただ遠くにあるのか、小さくてよく見えない。秋斗は望遠を発動させ、スマホの画面を拡大するかのように視界を引き延ばす。ソレを見て秋斗は思わず口角を上げて笑った。
「アレは本当に、宇宙船じゃないか……!」
秋斗は感嘆の声を上げた。確かにそれは宇宙船のようにしか見えなかった。ただしリアルワールドに実在する宇宙船ではなく創作物の中に出てくる宇宙船で、しかも見た限りずいぶんとボロボロだ。だが雰囲気はかなりある。
もちろんこの宇宙船が、勲が言っていた宇宙船であるかは分からない。ダイブインした場所が違うからだ。だがこうして宇宙船を見つけたのだから、同一であるかどうかはもうあまり関係ない。
秋斗はすぐにも飛び出したくなったが、まずは準備を整える。ドールとナイトを出して周囲を警戒させ、彼は探索服に着替えた。だいぶへたってきたが、生地が丈夫なおかげでまだまだ現役だ。竜牙剣を腰に吊るし、森避けの腕輪をはめ、隱行のポンチョを羽織る。準備が完了すると、「よし」と呟いてから彼は斜面を下り始めた。
進むべき方向は決まっている。というか目標をすでに視認しているので、あてもなく彷徨うということをしなくていい。その点、いつもより気が楽というか、モチベーションを上げやすかった。
「ギギィ!」
「ギィ、ギィ!」
「ギギィ、ギィ!」
秋斗が歩き始めて数分後、モンスターが現われた。ゴブリンである。だが彼は顔をしかめた。ゴブリン達は灰色のオオカミのようなモンスターに騎乗していたのだ。いわゆるゴブリン・ライダーである。
ざっと見た感じ、得物は槍か弓。メイジっぽいヤツはいないようだ。だがここは斜面で足場も良いとは言えない。障害物も多く、小柄で俊敏に駆け回るゴブリン・ライダーにとってはうってつけの戦場だろう。だが秋斗も負けてはいない。
「舐めるなよ……!」
秋斗は竜牙剣を鞘から抜くと、身体強化をかけて一気に駆け出した。ゴブリン・ライダーたちは散開したが、彼は最初から狙いを絞っている。そして標的としたゴブリンをまず刺突で貫き、間髪入れずに騎乗していたグレーウルフを斬って捨てた。彼はそのまま流れるようにして次の敵を追う。
彼は集気法の練度を上げるために山ごもりをしたことがある。その時にはひたすら斜面を駆けずり回り、モンスターが現われればそれを排除した。あの山と比べれば、ここはまだ傾斜がなだらかだし、木々もまばらで見通しが良い。つまり彼にとってもここは十分に対応できる戦場だった。
「ギギィ!」
ゴブリン・ライダーが逃げ撃ちの要領で矢を放つ。秋斗はそれを最小限の動きで回避し、そのまま足を止めることなく追撃する。彼は追いつくとゴブリンをグレーウルフごと伸閃で一刀両断した。
「ギィィ!」
ゴブリン・ライダーが槍を構えて飛びかかってくる。グレーウルフも牙を剥き出しにしているが、秋斗は慌てることなくその場から飛び退いてその攻撃を避けた。そして着地した瞬間を狙って飛翔刃を放つ。今度もゴブリンとグレーウルフはまとめて真っ二つになった。
「ギィ、ギィ!」
少し離れたところからゴブリンのわめき声が響く。そこへ弓矢の風切り音が重なる。ゴブリン・ライダーが木々の間を駆け抜けながら矢を放っているのだ。秋斗は矢を二本切り払い、近くの木の陰に身を隠す。弓矢が一本、その木に突き刺さった。
最後に残ったゴブリン・ライダーは弓使いで近づいてこない。秋斗のほうから間合いを詰めても良いのだが、彼は少し考えてからストレージから弓と矢筒を取り出した。彼は矢をつがえて弓を引く。彼は視界に表示される俯瞰図も参考にしながらゴブリン・ライダーを射た。
一射目は外れる。だが二射目は見事にゴブリンの胸の真ん中を射貫いた。突然背中が軽くなって驚いたのか、グレーウルフが戸惑った様子で動きを止める。その隙を見逃さず、彼は三射目でグレーウルフも仕留めた。
「よしっ。腕は鈍ってないな」
そう言って秋斗は満足げに頷く。どうやらそれを確認したくてわざわざ弓を引っ張り出したらしい。
とはいえ弓をメインにして戦うつもりはない。ゴブリン・ライダーを片付けると、秋斗は早々に弓をストレージにしまった。そして魔石やドロップを回収してから、また斜面を下り始める。
ちなみにゴブリンはやっぱり腰蓑をドロップしていて、秋斗はちょっとげんなりした。
ゴブリン・ライダーさん「我らの伝統芸能、逃げ撃ち!」